さて、ブログを再開します。 お盆休み中にサンパール荒川(東京・荒川区)で行われた、トマ作曲の「ハムレット」を見てきました。
スタッフ&キャストは以下の通りです。
指揮:松村優吾
演出:尾城正代ハムレット:高田智士(バリトン)
オフィーリア:福士紗季(ソプラノ)
クローディア(国王):清水良一(バス)
ガートルード(王妃):星野由香利
亡霊:平賀僚太(バス)
まず、会場のサンパール荒川は、いわゆる区民会館で、荒川区の官庁街っぽい場所にあるのですが、周囲の鉄道駅から、微妙に遠くて、少々不便な場所にありました。私は日暮里から都バスで向かいました。オペラという興行は、日本では人気のない演目なのだから、開催場所って大切だと思いますよ。
で、そんなわけで「ハムレット」の客の入りですが…実にスカスカでした。客席の3割り程度しかお客さんが入っていませんでした。演目がレアな上に、会場の場所が悪いので、集客力が十分ではなく、演じるキャストの皆さんが可哀想でした。とにかく、スカスカだったのよ。
オペラ公演としては、その質は良かったと思います。キャストの皆さんは、実力十分で、歌も演技も不足を感じませんでした。演出は、やや古いタイプの演出(今どきはプロジェクトマッピングを使用するのが普通でしょ)で、舞台にライトをたくさん持ち込んで、光で演出するパターンでしたが、物語を伝えるには十分な演出でした。オーケストラもバッチリでした。
不満を言うと合唱団と字幕かな? 合唱団は、滑舌悪いし声量も足りませんし、何より演技が全然ダメでした。素人さんたちで構成されているのかな? ならば、あのレベルでも仕方ないと思いました。とにかく、合唱団の人と、ソリストさんたちとのアンバランスが目立って、芝居の足を引っ張っている感じでした。あと、字幕は小さくて見づらかった上に誤字が多かったです。私は字幕はチラ見程度で十分な人なので、それでも困らなかったけれど、初見の人は字幕…読めたかな?
お客さんはオペラに不慣れな人が多く(つまり出演者の関係者、それも合唱関係者ばかりなのでしょう)マナー的にも問題のある人が少々いました。光を使った演出なので、会場が暗いのに、平気でスマホをいじりまくる人がいて、眩しくて困るくらいです。スマホをいじらなければいけないくらい退屈を感じているなら、来なければいいのに…と思うくらいです。
そんなわけで、色々あったのだけれど、オペラ公演そのものは、とても楽しめました。それなのに、こんなにお客さんが入っていなくて残念だなあと思ったくらいです。
トマの「ハムレット」は、正直無名なオペラで、この演目での公演なんて、実に珍しいと思います。そういう意味で、レアな公演なんだし、高水準な公演なので、もっとたくさんのオペラファンが集まればよいのになあ…と思いました。残念です。
でも、これだけ分かりやすくて高水準な公演を見て「ハムレット」という作品がなぜ無名な作品として甘んじているのか、その弱点も分かりました。
音楽的には美しいし、脚本的にもよく整理されていると思うので、傑作オペラになっても不思議はないのですが、傑作オペラになれない、大きな欠点が2つあると思いました。
一つは主人公のハムレットがバリトンであるということです。ハムレットは、19歳の若者で、やや思慮に欠け、性格も尖った人物です。簡単に言うと「若くて思慮不足」な人なんです。若さとか思慮不足とかって、テノールの特徴ですよ。実際、作曲家のトマは、ハムレットをテノールで書きたかったようだけれど、彼の手駒には上手なテノールがいなくて、やむなくハムレットをバリトンで書くしかなかった…というエピソードがあるようです。そもそもバリトンって、知的で老練な声で、ハムレットの人物像の真逆な声ですから、ここでキャラと声のミスマッチが起こり、オペラの文法としては、大きな矛盾が生じてしまったわけです。
それに、主人公がバリトンであるために、作劇上のカタルシスが解放されず、最後まで観客は鬱々したままってのも、良くないと思います。そのため、ソプラノに長大な狂乱の場が与えられて、音楽的なカタルシスはそっちで解放しようとしていますが、この「ハムレット」というストーリーでは、ソプラノのオフィーリアは、ただの脇役だからね、そこが音楽的に頑張っても、ちょっと違うなあ…と思うわけです。
そもそも「ハムレット」って男臭いお芝居なので、本当はヴェルディあたりがオペラにしてくれたら、きっと傑作になったんだろうなあ…って思いますし、手駒に使えるテノールがいないなら、そもそも「ハムレット」ではなく別の題材でオペラを作ればよかったのに…って思いました。。
もう一つの欠点が、ストーリーが尻つぼみで、ラストシーンの書き換えがあって、これが不人気の理由だと思います。
オペラの脚本は、オフィーリアの葬式までは、割とうまくやっていたと思いますよ。オペラはストレートプレイと違って、登場人物やストーリーを整理しないと成り立ちませんが、それも上手にダイジェストにしていたと思います。
で問題は、原作では、オフィーリアの葬式の後に、オフィーリアの兄であるレアティーズとの決闘があり、決闘の最中に王の策略が誤って王妃が毒殺されたり、レアティーズもハムレットも決闘で使った剣に毒が塗られていたため、その毒で死んでしまったり、その王も死に際のハムレットに殺されたり…と、主要人物みんな死んでしまう悲劇なのに、このオペラでは、オフィーリアの葬式会場に、亡霊がいきなり現れて「ハムレットが王になれ」と命令して、ハムレットが王を殺して、民衆が「ハムレット万歳」とたたえて、ハムレットが王様になる…というハッピーエンドなわけで、そのラストシーンを見ると「ううむ、これはハムレットじゃないよ」と思わずうなってしまうわけです。
つまりストーリーの一番盛り上がる最後の場面を端折った上に、改悪作業がほどこされてしまった…という印象なのです。そりゃあ、ダメだよね。
そんなわけで、トマの「ハムレット」は、良く出来ているのだけれど、傑作オペラにはなれなかったわけでした。ある意味、納得です。
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