知覧の武家屋敷を見学した後は、昼食です。昼食は、知覧特攻平和会館の駐車場です。ここには数軒のお土産屋さんと食事処が密集している、一種のミニ繁華街っぽい場所なのです。ここで1時間の予定で自由昼食の予定でしたが、特攻平和会館のすぐそばまで来て、何も見ないでメシだけ食べて帰るのは、なんか変だなと思った我々は、昼食をパスして、1時間の食事時間を利用して、特攻平和館を見学することにしました。
結論。ここを1時間で見学するのは無理です。歴史博物館であるミュージアム知覧も併設されているので、両方を合わせて見学するなら、少なくとも3時間程度の時間は必要です。でも、たとえたった1時間であっても、知覧に来たら、少なくとも特攻平和会館だけでも見るべき場所だと思いました。
特攻した英霊たちの写真や遺品、遺書の数々が展示され、実際に使用された特攻機があったり、それらのレプリカ(当時の姿に復元されています)が展示されていたりします。また、いくつもの映像展示もありましたが、我々はそれらを見る時間的余裕がありませんでした。
英霊たちのプロフィールを見て、私が気づいたことは、彼ら特攻隊員って、誰でも彼でもなれたわけではなくて、彼はみなエリート軍人であったのでした。
その多くは、日本陸軍の尉官と一部の優秀な下士官たちであり、一般の兵士ではなく、みな職業軍人でした。階級的には、少なくとも伍長以上でした。しかし、下士官から特攻隊員になる道は厳しくて、多くは尉官(つまり若手将校)と、一部の佐官たちであったわけです。これは何を意味しているのかと言うと、当時の日本の優秀で立派な若者たちが特攻隊員として登用されていた…ってことです。
日本は、戦争末期、そういった優秀な人材を消費していったわけで…ここにも戦争の愚かしさが現れていると思いました。
それにしても戦争は遠くなりました。
私が子どもの頃は「0戦はやと」とか「紫電改のタカ 」とかの、いわゆる戦記漫画というのが普通にあって、戦争も兵隊さんも戦闘機乗りも身近に感じられる存在だったのに、今はそうではないのだからこそ、この手の戦争博物館って必要なんだと思います。平和を願うためにも、これらの戦争博物館って必要だと私は思うのです。
個人的には、昔読んだ「のらくろ」を電子書籍で読みたいですよ。でも、どこの出版社からも電子化されていないので、全然読めません。ああ、残念。そもそもリアルなのらくろ世代なんて、もうみんな死んじゃったから、今更電子化なんて無理か…。
ちなみに、私の戦争関係の知識の大半は、子供の頃に、のらくろで学んだんだけれどね。
そんなわけで、駆け足で特攻平和会館を見学した我々です。昼食は食べ損なったので、駐車場近くのコンビニでサンドイッチを購入して、バスの中で食べました。我々と違って、当初の予定通り、駐車場近くの飲食店で食事をした人たちは、あまりの混雑でゆっくりとご飯を食べるわけにもいかず、たっぷり待って、急いで食べてきたようです。そういう意味では、その時間を博物館見学に当てて、バスの中でゆっくり食事した我々は、案外、正解だったのかもしれません。
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