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昭和音大で「ラ・ボエーム」を見てきた

 秋の三連休の初日、台風が日本列島に迫りくる中、昭和音大のある新百合ヶ丘まで雨の中出かけて、プッチーニ作曲の「ラ・ボエーム」を見てきました。スタッフ&キャストは以下の通りでした。

 指揮:ニコラ・パスコフスキ
 演出:マルコ・ガンディーニ

 ミミ:中村芽吹(ソプラノ)
 ムゼッタ:中井奈穂(ソプラノ)
 ロドルフォ:原 優一(テノール)
 マルチェッロ:市川宥一郎(バリトン)
 ショナール:友杉誠志(バリトン)
 コッリーネ:平賀僚太(バス)

 いわゆる“大学オペラ”というヤツです。独唱者たちは大学OBの若手のプロたちで、オーケストラと合唱が学生たちです。まあ、市民オペラの上等で上質なヤツだと思えば正解です。

 演奏レベルも演技レベルも、きちんと水準以上だし、演出も大道具小道具もしっかりしているし、チケット代も手頃で、とても良いオペラ公演だと思いました。ほぼほぼ文句のつけようがないわけですが…実は一つだけ、どーしても受け付けられない部分がありました。

 それは…時代設定です。

 昨今のオペラ上演では、原作どおりの時代や場所などの設定を、より現代に近づけて演出するのが、もはや当然のようになっています。多くのオペラで、原作の時代設定が17世紀や18世紀になっていたものを、19世紀あたりの設定に変えるは、もはや当然だし、メトなどでは、20世紀初頭あたりのアメリカに舞台を変えた演出も見られます。まあ、それでも、見ている私達が楽しめれば、それはそれでアリだなって思っていました。

 でも今回のオペラは…おそらく時代設定は1970年前後、舞台はアメリカ西海岸あたり…じゃないでしょうか? いわゆるヒッピームーブメントの頃、フラワーパワーが炸裂していた時代であり、そんな感じの場所になっていました。

 いやあ、ダメだよ。私には、この設定は受け入れられません。だって、1970年なんて、私の子供時代だよ。私にとっては、同時代なわけよ。よく知っている世界なわけです。でもオペラのテキストは昔のままだから、もう違和感バリバリなわけです。

 なんかもう、背中が痒くなってしまいました。

 それに、もう一つ、違和感を感じるのは、ミュージカル「レント」との無意識の比較です。

 「レント」って「ラ・ボエーム」のオマージュ作品って言うか、「ラ・ボエーム」の世界を1990年のアメリカ東海岸に移し替えたミュージカルで、この2つの作品は兄弟というか、親子みたいな関係にあるわけなんだけれど、その「ラ・ボエーム」の時代設定(1930年代のパリ)を、思いっきり「レント」にの時代に寄せてしまうと、無意識のうちに両者を比較してしまい、結果「ラ・ボエーム」の不自然さを強く感じてしまうわけです。不自然さ…というのは、物語と時代の合わなさ具合の不自然さです。

 さらに言うと、物語と時代の合わなさも問題だけれど、世相問題への食い込み方も全然「レント」には敵わないと思います。それくらい「レント」って、実によく出来たミュージカルなのです。だから両者を比較しちゃダメなんです。比較してしまうと、「ラ・ボエーム」のドラマが、みすぼらしく、嘘っぽく見えてしまうのです。

 でもまあ、そんな違和感を感じない人にとっては、今回の演出は、これはこれでアリだろうし、面白く見られたんだろうと思うのだけれど、私は背中が痒くなってしまったし、「レント」と比較してしまったので、なんか冷めた気持ちでしか見られませんでした。

 「ラ・ボエーム」は、原作の時代設定が19世紀なんだから、そのままやってくれれば良いのに…なんで変更したんだろ?

 それにしても、歌も演技も良かっただけに、残念です。まあ、これは良し悪しの問題ではなく、私個人の好き嫌いの問題なのですけれど…ね。

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