なんですか? なんか急に涼しく…いや、寒くなりましたよね。ついこの前まで半袖OKだったのに、今じゃ上着どころか、上着の下に毛糸のベストを着込んでますよ。それくらい急に寒くなりました。
秋って…ありましたっけ? なんか夏から急に冬に突入したような気がします。
ああ、寒い寒い。富士山も雪を被りましたよぉ。
グルーブ感のある音楽
グルーブねえ…まあ確かに「心を込めて歌う」と「グルーブ感のある歌」は近いかもしれません。でもそうすると、合唱音楽は一部例外を除いて“心のこもらない音楽”になってしまうかもしれません。だって、合唱でグルーブ感のある音楽って、ゴスペルぐらいだものね。で、日本人はゴスペルが苦手…となると「日本の合唱音楽には心がこもっていない」って事になりかねません。
まあそれは、合唱音楽に限らず、クラシック音楽全般にグルーブ感ってのは大いに欠けるから、クラシック声楽に関しても、大半の音楽は「心がこもっていない」って事になりかねません。そもそも、クラシック音楽って、声楽器楽問わず、リズムに弱点があって、ノリなら悪いのが当たり前だからね。
そんな中、あえてグルーブのある音楽ってのをクラシック音楽(ゴスペルはクラシック音楽ではないと私は考えています)の中から探すなら…かろうじて、オペラアリアがそうかなって思わないでもないです。とりわけ、ヴェルディ~プッチーニにかけてのヴェリズム音楽は、熱が入っているし、心がこもりまくっています。
とは言え、まあ、やっぱりクラシック音楽全般とグルーブ感は、相性が悪いと思いますよ。
楽譜通りに歌う事の気持ち悪さ
私は歌を学び始める前からクラシック声楽が好きだったため、レコ勉(音源を聞いて曲を勉強する事)をする前から、多くの歌手の歌がカラダに入っています。ですから、歌を学ぶ時に改めて楽譜を見ると「あれ、このメロディ、違くねえ?」と思う事はたびたびあります。それくらい、プロの歌手たちって、勝手気ままに歌っていますよね。で、そんな勝手気ままなメロディが私の骨の髄まで染み込んでいたりして、これはこれで苦労しています。
今、学んでいるメサイアのアリアなんて、楽譜通り歌っている歌手なんて、皆無なんだよね(涙)。なので、そこんところを先生に注意されまくっていますが、だからと言って、楽譜通りに歌うと、結構、気持ち悪かったりします(ヘンデルさん、ごめんなさい)。
そんなわけで、私も楽譜通りに歌うために、泣く泣くピアノを叩いて音取りをしているわけです。
今月のお気に入り ぼおるぺん古事記
古事記は…難しい。とにかく、日本語の文字が完成する前に書かれた書物だから、日本語で書かれているにも関わらず、日本語の文字では書かれていないのです。その代わり、いわゆる万葉仮名と漢文の交ぜ書きで書かれているわけで、現代人の我々にとっては暗号文書のような、訳分からん書物なのが古事記なんです。で、その内容は“日本神話”だから、なおのこと訳分からんのも当然の話です。
さらに言えば、とにかく古い。なにしろ成立したのが約1200年ほど前だから、アメリカが5回くらい建国しちゃうほどの大昔だから、日本語で書かれていると言っても、我々が使っている日本語とはかなり違うわけで、その難易度は推して知るべしってわけです。
だから古事記は今に至るまで、たくさんの現代語訳が存在するし、コミカライズ本もたくさんあります。どれもこれも読者の理解のために、様々な工夫が施されていて「なるほど」と思いながら読んでいくわけです。
で、今回の、こうの史代による「ぼおるぺん古事記」は、それらの書物とどう違うのかと言うと、古事記のコミカライズであるのはもちろんなんだけれど、従来のコミカライズと違うのは“絵が主、言葉が従”である構成です。いや“言葉が従”は正しくないなあ。言葉は…当然「読めない」という前提で「無視しても構いません」というニュアンスで書かれています。「読める人は読むと面白いけれど、読めなくても分かるし、楽しめますよ」という感じかな?
と言うのも「ぼおるぺん古事記」のテキスト部分は、古事記の原文(書き下し文)そのままだったりします。現代語訳なんてしていません。そのままです。そりゃあ難しいし、無視しても仕方ないね。だから、読んで分かる人は読めばいいけれど、大半の人はまず読めないから、そこはスルーすればいいし、スルーしても分かるように絵が書かれているのです。
つまり、絵だけを追っていっても、ちゃんと古事記が分かる…そういうつくりになっているのです。
漫画の絵の力って、すごいなあ…と単純に感心してしまうのです。絵を追っているだけで、本当に何が書かれているのか分かるんだもの。すごいよね。
ちなみに、絵だけでは分からない箇所や、なぜその絵を書いたのかの解説が欄外にあるので、ぞれも理解の助けになっています。特に長歌などの歌の意味については、ちゃんと欄外に現代語で歌意が書いてあるし、歌の部分だけはカラーページになっているのも面白いです。
とにかく、他に類のないコミカライズだと思いました。まさに“コミカライズ=マンガ訳”なのです。
まあ、誰にでも薦められるような軟弱な本ではありませんが、正面から取り組むなら、おそらく小学生でも楽しめるでしょう。そういう意味では、類書の無い本です。
ちなみに書名にある「ぼおるぺん」というのは、マンガ原稿が、ペンと筆とか、コンピューターとかの通常マンガで使われる筆記用具ではなく、紙にボールペンだけで書かれている…と言った意味です。そのため、絵のタッチが従来のマンガとも違っていて、それもまたこの本の面白い部分です。
色々と個性的で、アーティスティックな本なのです。
今月の金魚
2025年10月6日(月) 緋ドジョウのジャナイが星になりました。
2025年10月12日(日) 緋ドジョウのルビーがやってきました。
今月のひとこと
伊東市長に続いて、前橋市長がつまらない事で騒動を起こしていますね。この二人に共通しているのが“女性”という事です。これがまた女性の市長がくだらない問題を起こすなら、本格的に「女はダメだ」という世論が巻き上がりそうです。ううむ、女の人って男よりも真面目な気質の人が多いと思っていましたが、どうやらそれは私の買いかぶりに過ぎなかったのかな? 全国の女性市長の皆さん、頑張れ。そして身を律してください。(2025年9月28日~10月5日)
自民党の新総裁に高市氏が選ばれました。おそらく、日本史上初の女性首相になるんでしょうね。歴史的快挙だと思います。それはさておき、マスコミはずっと小泉氏推しでした。おそらくマスコミは高市氏が優勢だと分かっていて、だからそれを阻止するために小泉氏推しをしていたのだと思います。なぜマスコミは高市氏が日本の首相になるのを阻止しようとしていたのでしょうか? まあ「神輿は軽い方が良い」のは分かりますが、おそらくそれだけが小泉氏推しの高市氏サゲの理由ではないのだろうと思いますが…。(2025年10月5~10日)
自民党は少数与党です。総裁である高市氏が総理大臣になるのは単純な話ではありません…が、もしも高市氏が総理になれなかったとしたら、日本社会は女性が国のトップになる事を良しとしなかった…と、国際社会から笑われることでしょう。日本は未だに女性差別の国であると…ね。事実はそうでなくても、そう思われてしまうでしょう。でも、女性がトップになる事を良しとしない日本のジイさん(器の小さな嫉妬深いジイさんたちね)は大勢いるから、それも有り得る話だけれど、国際社会から笑われ、がっかりされるのは、日本人としてイヤだな。(2025年10月10~17日)
自民党は公明党との連立を辞め、新たに維新と手を結ぶようです。そのためには、維新の主張も政策に盛り込まないといけないのです。細かなところはともかく「大阪都構想」がいよいよ前進するのかな? でも、万が一に備えて、副都心を作っていくのは良いとしても、本当に大阪で良いの? 京都はハズして良いの? 広島とかではダメなの? そもそもなぜ名古屋はダメなの? まあ横浜は東京に近すぎるからハズされているのは分かるけれど…。(2025年10月17~20日)
ようやく涼しくなってきたので衣替えをしました。やっと秋服です。今年は夏服の時期が長かったなあ…。(2025年10月20~22日)
ふと気がつくと、金木犀が満開で、かぐわしい日々がやってまいりました。なんかいいですね。でも金木犀の香りって言うと、以前は“トイレの臭い”と言って嫌われたものです。こんなに良い香りなのになあ…。残念です。(2025年10月22~30日)
今月は以上です。よろしくお願いします。
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