一応、歌曲の話です。オペラアリアは、性別の前に声種で歌う歌手が限定されるからね。
で、歌曲って、原則としては、どの声種どの性別の歌手が歌ってもOKではあります。だから、男性が歌っちゃいけないとか、女性が歌っちゃいけないとか、そういう縛りは本来はありません。
ありませんが…やっぱり歌うべきではないと思う曲って、私、あると思ってます。
例えば、男性が歌うべきではない曲として、いわゆる「アヴェ・マリア」ですね。たくさんあるし、名曲揃いですが、そもそもマリア様って、女性がお祈りを捧げる対象…とてもラフに言っちゃうと「女性が信仰する神様」…なんだよね。だから、男性がマリア様関係の歌を歌うのは、なんか違うわけです。
歌詞の主人公が女性の曲…例えば、シューベルトの「糸を紡ぐグレートヒェン」とか、シューマンの「女の愛と生涯」とかも同様に、男性が歌うべき曲ではないと思ってます。
日本だと、昔の演歌などで、男性歌手が女主人公の歌を女言葉で歌っちゃうのがあって、そういうのが受け入れられてきたから、女性目線の歌詞の歌でも男性歌手が歌っても平気って感覚があるのかもしれないけれど、あちら(西洋社会ね)の世界線では、日本よりも男女の区別ってくっきりしているわけで、そこらの感覚を履き違えてしまうと、LGBTの世界に突入してしまうわけです。
逆に男性が歌うべきではない曲として、今の逆パターン…つまり歌詞の主人公が男性の曲があります。特に求愛系の曲は、歌うべきではないと思ってます。具体的に言えば、セレナーデとかマッティナータとかですね。だって、この手の曲を女性が歌うと「女が女を口説いている」ことになるわけで、日本では「宝塚っぽくていいじゃん」って思う人がいるかもしれませんが、やっぱりこれも、あちらの世界線だとLGBTの世界に突入してしまうわけです。
「LGBTのどこがいけないだ!」と思う人もいるだろうし「ヨーロッパとか白人社会の習慣とか、あちらの世界線とか、どうだか知らないけれど(プンプン)」と思う人もいるだろうけれど、クラシック声楽で歌われている歌の世界って、ヘテロな世界であって、そこにわざわざポリコレを持ち込む必要はないだろうって、私は個人的に考えているのです。実際、女性に性転換したバリトン歌手が、女性の姿でバリトンのアリアを歌っている動画を見た事がありますが、いくらポリコレ的に正しくても、私は正直、違和感しか感じませんでした。そんなもんです。
ちなみにこんな感じです。歌っているのは、ルチア・ルーカスというアメリカのバリトン歌手(元男性で現在は女性のオペラ歌手)です。
21世紀に生きている人間としては、この歌唱に絶賛しないといけないんだろうけれど、個人的には難しいかな?と感じています。無論、異論反論はあるだろうと思うけれど、私はこう考えているって話なのです。
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