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ソーシャル・ディスタンスなんて、止めちゃおう!

 クラシック系音楽ホールや映画館の話です。
 「人と人との距離を、なるべく2mは開けましょう」という、いわゆる“ソーシャル・ディスタンス”ですが、これを音楽ホールや映画館に適用するのは止めちゃおう!というのが、今回の記事の主旨です。
 だって、意味ないじゃん? それどころか、悪い影響しかないじゃん。
 まず、なぜソーシャル・ディスタンスが必要とされているのか? はっきり言っちゃえば「他人につばをかけない/かけられないため」でしょ? そのために飛沫が届かない距離(飛沫は、くしゃみで3m、咳で2mまでしか届かないんですって)離れる必要があるけれど、これはマスクをしていない時の話でしょ? マスクをしていれば、飛沫はマスクで防がれるから、会場内ではマスク着用を義務付ければ、本来、ソーシャルディスタンスは考えなくてもいいんじゃないの? 
 いや、それどころか、音楽ホールとか映画館って、みんな静かに黙って正面を見ているわけで、客同士が向かい合わせになる事もないし、おしゃべりをする事も無いわけです。だったらソーシャル・ディスタンスは不要だと思うのです。
 なので、音楽ホールや映画館では、マスクをしていれば、普通に座席にお客が入っていても、特に問題は無いと思うわけです。
 その一方、同じ音楽ホールであっても、ポピュラー系の音楽がメインのところは、客が大声あげて騒いだりするし、座席がなくて、全席立ち見で、隣の人と接触しまくりという会場もあるわけだから、さすがにそうなると、そのあたりは改善しないといけないわけだし、ソーシャル・ディスタンスの確保も、実は意味がある事なのかもしれません。
 さらに野球場やサッカー場なども、大人しく試合を観戦する…と言うのは、無理難題だし、どうしても大声出して応援したいんだから、ソーシャル・ディスタンスの確保は必要かもしれません。
 なぜ、このような事を考えているのかと言うと、今、民間音楽ホールやそれに準じるところが、どんどん潰れているからです。コロナ禍で休業を余儀なくされ、再開しても、集客は従来の半分~それ以下では、必要経費を賄うことができず、到底経営が成り立たなくなって潰れていくからです。それらの場所の経営が成り立たずに潰れてしまえば、そこを使っていた人たちが活動できなくなり、活動する人たちが減ってくれば、やがてその分野は寂れてしまいます。音楽だって、他人事じゃないよ。
 なので、クラシック系コンサートと映画館は、その性質上、ソーシャル・ディスタンスなんて守る必要はないのだから、従来どおり、普通にお客を入れても良いことにしましょう。ただし、お客さんは、マスクを着用する事ね。
 ポピュラー系は…難しいですね。正直、客の立場で言えば、大声出して騒ぎたいのが本音ですからね。大声出しちゃダメとか、騒いじゃダメなら、ライブに行く意味ないじゃんと考える人がいても不思議じゃないもの。それは野球やサッカーも同じ。試合観戦と同時に大声だして応援したいから試合を見に行くわけで、ほんと、これらは難しいと思います。ソーシャル・ディスタンスだって必要かもしれません。
 でもね、でもね。鄧小平の先富論じゃないけれど、できるところから始めるしかないと思います。そうしないと、共倒れだよ。
 というわけで、クラシック系コンサートと映画館は、ソーシャル・ディスタンスなんて止めて、従来どおりの定員でたっぷりお客を入れていきましょう。それで経済を少しでも回していきましょう。
 ポピュラー音楽とか野球とかサッカーとかは、その業界の人たちが知恵を絞って、従来どおりの定員でお客を入れられるようなやり方を考えて、経済を回していきましょう。でないと、マジでライブハウスとか、潰れちゃうよ。音楽家がどんどん廃業していっちゃうよ。

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コメント

  1. reyus より:

    これに関しては私もそう思います。
    状況を見て大きな要因から具体的な対策を打ち出して推進していく必要があると考えるのですが、ただただ「三密を避けろ」と連呼するだけで具体的には何もしていないということに問題があるのだと思います。
    正直なところマスクも口さえ覆えていれば鼻が出ていても問題ないと思っていますし、鼻を出していれば熱中症のリスクも減ると思います。
    結局は飛沫をいかに抑えるかだけだと思うんですけどね。( ̄~ ̄;)

  2. ショウ より:

    経済と感染防止のバランスは難しいですね・・

  3. すとん より:

    reyusさん
     もはや、ソーシャル・ディスタンスさえ守っていれば大丈夫とか、3密さえ避けていれば平気とか…それじゃあ、まるで宗教じゃんって思うわけです。もっと頭を使おうよって、私は言いたいのですよ。必要な事は粛々と推し進め、見直さなきゃいけない事は見直し、不要なことは率先してやめるべきだし、何事もケース・バイ・ケースで見ていかないといけないって思ってます。
     良い意味での“臨機応変”さが大切だと思ってます。

  4. すとん より:

    ショウさん
     それは言い換えれば、生活の不安と罹患の不安のせめぎ合いなんだと思います。
     誰だって病気になりたくないし、死にたくないんです。そこで、生活に不安の無い人は病気だけを恐れていればいいけれど、生活に困っている人は病気だからなんて言ってられないわけなんです。恐ろしいのは、病気より明日の食事が無い事なんだから。
     要は、死神と貧乏神、本当に怖いのは、どっち? って話なんです。日本は豊かな人が多いから、感染予防の話がメインになってくるけれど、本当に生活に困っている人にとって、感染予防よりも、今日の日銭を稼ぐ事の方が全然大切なんですよ。今、コロナ禍のおかげで、稼げなくなった人たちは大勢いますよ。ただ、彼らは決して泣き言を言わないから、その声が我々の耳に届きづらいだけの話であって、今日も生きるのに精一杯な人たちってたくさんいて、その人たちの事を我々は忘れちゃいけないんです。

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