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結局、無趣味な人が多いから、カルチャーセンターは老人たちであふれるわけだ[2013年12月第4週・通算33週]

体重:108.6kg[-1.0kg:-3.6kg]
体脂肪率:31.1%[+0.2%:+0.1%]
BMI:34.3[-0.3:-1.1]
体脂肪質量:33.8kg[-1.1kg:-2.0kg]
腹囲:106.0cm[-2.0cm:-3.0cm]
     [先週との差:2013年当初との差]

 日本のオジサンって、基本的に無趣味な人が多いと思います。

 日本の学校には、部活という、ある意味、立派な趣味養成機関(しばしばマジになりすぎて、趣味の領域を越えてしまうという悪癖もあるが…)があるにも関わらず、多くの日本人は、学校を卒業すると部活で学んだ事を忘れ、やがて無趣味な人になってしまうのです。これは何もオジサンに限った話ではなく、オニーサンだって、オバサンだって、同様に無趣味な人が多いのです。辛うじて、オネーサンと呼ばれる人たちの中に“お稽古事大好き”という性癖の方が多少いる程度で、多くのオジサン、オニーサン、オバサンは無趣味であるというのが、日本の特徴なのではないでしょうか。

 では、そんな無趣味と思われる、オジサンやオニーサンたちに「あなたの趣味はなんですか」と質問すると「今は、仕事が趣味かな?」って返事が返ってくる事が多いです。それこそ、無趣味の極みのような返答です。

 ちょっと前までの日本のオジサンと言えば、モーレツサラリーマンタイプが大半で、せいぜい仕事帰りに赤提灯のお店で一杯ひっかけてくるとか、ウチに帰って来て、プロ野球中継を見ながら一杯やるってのが大半であって、仕事帰りに趣味を楽しんでくる…なんて人は、本当に少数だったわけです。

 「赤提灯はともかく、プロ野球観戦は、立派な趣味じゃないの?」 そうおっしゃる人もいらっしゃるだろうけれど、私はそれは違うと思いますよ。

 と言うのは、オジサンたちが毎日プロ野球中継を見ていたのは、野球が好きと言うよりも、野球を見るのが暇つぶしとして、ちょうど良いから見ていただけ…なんじゃないかなって思います。だって、野球中継って、仕事が終わって帰宅して、一息ついた頃に始まるでしょ? で、野球を見ながら晩酌をして、野球が終わったら、寝る。これぞ、理想のオヤジのナイトライフだったわけです。

 なにしろ野球ってのは、テレビで見ている限り、タダでお金がかかるわけでもないし、毎日見なくても状況が大きく変わることはないし、仮に大切な試合を見逃してたとしても、翌日の新聞を見れば、前日の結果が載っているわけだから、十分追いつけるわけです。野球中継ってのは、その日その日で刹那的に見ていても、十分暇つぶしの用が足せたわけです。

 だから、昨今の野球中継の視聴率激変も当然なんですよ。昔は野球中継しかオジサンが見れるテレビ番組が無かったけれど、今は同じテレビを見て暇つぶしをするにしても、野球以外の選択肢がたくさんありますからね。お気に入りのビデオをレンタルして見たっていいし、ネットをしてもいいし、YouTube画像を見てもいいし、テレビ番組だって録画しておいたものを見ればいいし、何もリアルタイムで野球中継を見る必要はないわけです。ま、本当に野球好きなら、野球中継を見るだろうけれど、暇つぶしのために野球を見ていた層は、今の時代、野球以外のコンテンツで暇つぶしているわけです。これこそ、野球中継が暇つぶしとして見られていた事の間接的な証明になるわけです。

 おまけに、オジさんたちの帰宅時間が昔よりも遅くなって、野球中継の時間に家にいない…と言うのも、野球にとっては不幸な出来事なんでしょうね。今は野球中継の代わりに、夜10時前後のニュース番組をオジさんたちは暇つぶしに見るようになったようです。ニュースも、野球同様、前後のストーリーもなく、その日その日で刹那に見ても楽しめるコンテンツだからね。

 これがドラマだと、連続してきちんと見ないと楽しめないので、刹那に楽しむわけにはいかないのです。

 もっとも、私のように、見たい番組を録画してみるオジサンも増えたようです。録画して番組を見る人なら、時間に制約を受けずにテレビを楽しめるわけで、そうなると、ますます暇つぶしで見ていた番組を見なくなるわけです。

 しかし、私を含め、テレビを見るのが習慣になっている人は、趣味人ではありえないと思います。なぜなら、テレビって、簡単に時間を浪費できる魔法の機材であって、そんなもので時間を浪費してしまったら、趣味に時間が使えなくなってしまうからです。ま、私のように、睡眠時間を削ってテレビを見るなら、また話は別ですが(涙)。

 つまり、趣味に生きる人はテレビを見ない。見ていても、時間的に短いはずです。なのに、日本の家庭へのテレビの普及率が相当に高いのは、それだけ無趣味な人が大勢いるって事になるんじゃないでしょうか?

 もっとも、日本のオジさんに無趣味な人が多いのは、テレビのせいばかりにはできません。むしろ、単純に自由になる時間がない事と、趣味に割ける体力の余裕がない事の方が、大きな要因と見られます。

 それに何より、オジサンがわずかに自由になる時間に、もしも趣味にかまけて、家族を放り出していたら、嫁さんと子ども達に叱られるのは必然でしょう。それを回避するために、家族サービスって奴が存在するわけで、家族サービスにかまけていたら、趣味の一つもやってられないのも事実です。

 だから、日本のオジさんが趣味に没頭できるようになるのは、やはり現役引退後になってしまうのです。

 もっともオバさんだって、オジサンと状況は似たようなものです。

 オバサンはオバサンで、実は忙しいのです。子育ての最中は、子ども優先の生活は当然の事で、趣味どころの話ではないでしょう。育児から手が離れ、時間にゆとりが生じても、まだまだ子どもにはお金がかかるわけで、よほど生活にゆとりがあるならともかく(いわゆる“有閑マダム”って奴ね)、そうでなければ、趣味どころか、余った時間にパートの一つや二つぐらいこなして、小金を稼いでこないと生活が廻らないのが現実でしょ? そうなると、子ども達が成人して独立した後でないと、なかなか時間や生活に余裕が生まれないわけで、趣味生活はそれからって事になります。運悪く、家に引きこもった息子や、嫁に行きそびれた娘がいたら、まだまだ趣味どころの騒ぎじゃないわけです。

 そんなわけで、オバサンも、オジサン同様(ある意味)現役引退しないと、趣味などできないのです。

 日本におけるオニーサンの立ち位置は“若いオジサン”という立ち位置だから、オジサン同様に趣味などに時間を裂ける余裕もなく、日本では、立派な成人のうち、嫁入り前のオネーサンという種族だけが、趣味生活を過ごせるような社会になっているわけです。

 なので、日本における趣味産業ってやつは、老人相手の産業にならざるをえないわけです。実際、カルチャーセンターに出入りする人を見ていると、子どもとオネーサンと、ジーサマ、バーサマばかりで、オジサンオバサンって、ほんと少ないよね。

 別にこの状況がダメな状況だと、私が思っているわけではありません。

 世の中には優先順序ってのがあるわけで、趣味よりも生活が大切だし、趣味よりも生業を優先するのは当然だし、無理に趣味に時間を割くよりも休息をとって健康維持に努める方が賢い生き方であると思います。

 でもね、趣味って老人になってから始めたのでは、ちょっと遅いと思うんですよ。老人になってから趣味を楽しむためには、現役時代から少しずつでもいいから、備えておかないと、老人時代を楽しめないんじゃないかなって思うわけです。

 でも、現役時代に趣味を持つ事は、なかなか大変です。私もある時、一念発起をして音楽趣味を始めたわけで、その一念発起がなければ、多くのオジサン同様、無趣味な生活をしていたと思います。

 できれば、世のオジサンオバサンたちが、一念発起せずとも、その生活を豊かにするために、軽い気持ちで趣味生活を遅れるようになったら素晴らしいなあって思います。それが本当に豊かな国の幸せな国民の生活…って思うんですけどね。なかなか厳しいですね。

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コメント

  1. だりあ より:

    私も、趣味が「音楽」でほんとによかったなあと、昨日絵画の展覧会にでかけて、大きな大きな油絵の群列を前に、つくづく思いました。この方たち、こういう作品・絵をどこにしまっていらっしゃるのかな、きっと大きな倉庫をおもちなのかな、と思いました。

    >本当に豊かな国の幸せな国民の生活

    人間、特にオトナは特に、「何もしない時間」ってのが耐えられないのでしょうね。なので仕事とか家事とか子育てとか介護とか、とりあえず忙しい忙しい、大変大変と時間が過ぎて一日が終わると、その内容いかんにかかわらず、めげたり充実したり、時間の中に喜・怒・哀・楽がうずまいて、生きてる感じがするんだと思うんです。座禅、とか、瞑想、とか静かななにもしない時間も、その時間が明ければ、また忙しい生き生きした?時間が戻ってくるのがわかってるから過ごすことかできるんでしょう。なにもしないではいられない、かといって、エサさがしと生殖で生命全時間を費やせるほど人間はできていない、というか、進化しすきてしまったんですよ。
    趣味、考えてみれば生命の安全と生活の安定と明日の希望が保証されている先進国の人々は、趣味について考えられるだけ、恵まれているのでしょうね。

  2. すとん より:

    だりあさん

    >人間、特にオトナは特に、「何もしない時間」ってのが耐えられないのでしょうね。

     同意します、だから、人間の世界には文明って奴が発生しちゃったのでしょうね。もしも人間が、エサさがしと生殖以外の時間を平気でボケーっと過ごせたら、きっと今でも、猿山のお猿さんたちと変わらない生活をしていたに違いないと思います。

     私自身、暇が出来ても、決してボケーっとはしていませんもの。休日の当初こそは、疲労回復に励んで休養を優先してますが、疲れが取れれば、すぐさま色々な活動を始めちゃいますからね。“何もしない時間”なんて、1分1秒たりともありません、ってかモッタイナクて、時間を無駄にできません。…なにしろ本当に暇な時でも、すぐさま頭の中では、ブログネタを考えちゃったりしている私です。

     貧乏暇無しです。

    >考えてみれば生命の安全と生活の安定と明日の希望が保証されている先進国の人々は、趣味について考えられるだけ、恵まれているのでしょうね。

     ですね、生活に余裕があるから、趣味に興じられる…んだと思います。だから、自分の幸せに感謝しないといけないと思ってます。

  3. susanou より:

    ひと昔前は,職場の自己紹介の際,趣味は「ゴルフです。」とか「車です。」「スキーです」とか,ほとんどが人と同じことを言っていました。その時から横笛を趣味にしていた私は,「変わった趣味をお持ちですね」と思われるのが嫌で,少しだけやっていた「スキーが趣味です」と言っていた記憶があります。
    その時の心理状態を分析すると,日本人は,人と同じことをやっていないと不安に感じる人種ではないかということです。趣味にまで人と同じことを強要される必要はないはずなのに,無理やり職場のゴルフコンペに参加させられ,これって余暇なのか仕事なのかと,釈然としない思いをしたこともあります。
    今は,おたく文化が肯定的に容認されるようになって,個性的な趣味を持つことが堂々と言えるような環境に変わり,今は私も気兼ねなしに自分の趣味をアピールできるようになりました。私は歴史も好きだったのですが,今は歴史を趣味にしている若い女性が多くなって驚いているところです。最近は,人と違う特技を有する趣味を持っている人は尊敬される傾向になってきているようにも感じます。
    ひと昔前,野球観戦やゴルフしか趣味にできなかった,職場の人間関係一辺倒で生きてきた年代の方達が,一番趣味を見つけるのが下手なような気がします。

  4. すとん より:

    susanouさん

     私は職場で「趣味でフルートを吹いてます」とは言えますが「趣味で歌っています」とか「声楽を学んでいます」とかは言えません。少し前、うんと上の上司に、合唱で歌っているところを見られ「すとんさんは合唱を嗜まれるのですね」と言われたときは、なんとも居心地の悪さを感じたものです。

     私の中では、フルートは世間に公表できる趣味で、歌は世間には秘しておきたい趣味、なのかもしれません(汗)。なぜなんでしょうね?

    >日本人は,人と同じことをやっていないと不安に感じる人種ではないかということです。

     分かります。それと同時に、同じことをしない人がいる事に不安を感じる人種でもあるのかもしれません。例えば、飲み会の強制とか、飲み会に行ったら、強制的に飲まされるとか…誰もがお酒が好きなわけじゃないし、酒に強いわけでもないのにね。

     私は外で酒飲む時間があったら、ウチで音楽の練習をしたいタイプですが、そうも言ってられないので、しぶしぶ飲みに付き合ってますし、最近では若いモノを飲ませてやったりしています(はぁ~)。

    >ひと昔前,野球観戦やゴルフしか趣味にできなかった,職場の人間関係一辺倒で生きてきた年代の方達が,一番趣味を見つけるのが下手なような気がします。

     あ、なるほど。確かにそうかもね。

     しかし、ゴルフも車もスキーも嗜まない私って、相当に変人かもね(笑)。

  5. tetsu より:

    こんばんは。

    会社は辞めて転職しても、参加し続けている(Flでは他の行先がない)アマオケですが、指揮者には「何回演技奏していている曲でも、もうわかったと言ってしまえば、技術がいくらあっても演奏する資格はない。」というようなことを言われて、なぜか感動してしまいました。団内での人間関係、その他もろもろありますが、それも含めて、入れ歯(?)とかでフルート吹けなくなるまでは続ければ、とかなり本気で考えるようなってしまいました。
    そういえば、免許証は持っていません。徒歩と公共交通機関だけで生活できる環境を探してその範囲で住む程度です。
    こんな環境で生活できている、ということは奇跡に近い、というかマジ感謝しています。

    失礼しました。

  6. すとん より:

    tetsuさん

    >指揮者には「何回演技奏していている曲でも、もうわかったと言ってしまえば、技術がいくらあっても演奏する資格はない。」というようなことを言われて

     音楽には『これで完璧』というラインはないんだと思ってます。ただ、締め切りと言うか、演奏する期日は決まっているわけだから、その日に向けてベストを尽くすのは当然としても、それでお終いではなく、さらに高みを目指して精進していくものだろうと思ってます。もちろん、これは音楽に限った話ではありません。

     フルートでアマオケのポジションってのは、なかなか手に入るものではありません。よっぽどの事がない限り、そのポジションは手放すべきじゃないと思います。それこそ、いればになっても、まだまだフルートは吹けますからね。出て行けと言われるまでは居すわるくらいの覚悟でちょうどいいのでは?

     趣味を持てる事に感謝する心を、私は忘れずにいたいと思ってます。

  7. だりあ より:

    すみません、コメント欄で質問していいことかどうかわかりませんが、入れ歯になるとホントにフルートや横笛、管楽器はできなくなるのですか。どの程度の入れ歯で吹けなくなるのでしょうか。それはなぜなんでしょうか。どなたかご存じの方、教えていただけませんか。その言葉を聞くたびに恐れおののいています。できることなら、原因を作らないようにこころがけたいと思いますので、よろしくお願いします。
    (すとんさん、このコメントが不適切でしたら削除していただいてけっこうです。)

  8. すとん より:

    だりあさん

     以前、H先生と入れ歯談義をした覚えがあります。今となっては、ややうろ覚え(なぜかこの雑談はネットにアップしてなかったんですよ)なんですが、たしかその時の先生の回答は「入れ歯になってもフルートは吹けるよ」だったと思います。ただ、クチの中の形が変わってしまうので、とても吹きづらくなるそうだし、音色もそれ以前とはガラっと変わってしまうし、入れ歯がガタつくようでは、とてもフルートどころの騒ぎでは無くなってしまうそうです。

     ちなみに、晩年のランパルは入れ歯だったそうです。そして、H先生は晩年のランパルは評価していません。

     なので先生は「入れ歯にするくらいなら、差し歯がいいね。インプラントなら完璧だね」とかおっしゃっていたような気がします。実際、H先生はインプラントをしていますが、フルートを吹くには支障なさそうです。

     他に情報をお持ちの方は、補足お願いします。

  9. tetsu より:

    こんばんは。

    こちらは、歯並びもきれいでありません。当時は歯列矯正も今ほど流行っていなかったのでガタガタのままです。
    「管楽器奏者にとって歯は命」と考えるようになったのは、何かのキッカケで次の本を読んだからです。

    根本俊男:すぺての管楽器奏者へ ある歯科医の提言,音楽之友社,東京,1988

    といっても、この本は実家に埋もれているはずですが、内容はほとんど記憶にありません。
    ググッてみると本の外にもいろいろと情報はあるようです。

    うろ覚えの記憶ですみません。

  10. すとん より:

    tetsuさん

     管楽器奏者、とりわけ、マウスピースを使う金管奏者にとって、歯は命だろうと思います。だって、マウスピースをクチに…と言う事は前歯に押し当てながら演奏するわけですからね。前歯が入れ歯では、ラッパを吹くのは、かなり難儀なことだろうと思います。まあ、歯の有無でクチの中の形が変わると言うか、容積がだいぶ減りそうですから、木管楽器奏者だって、決して他人事ではないと思います。

     平成23年度の厚労省の調査では、入れ歯の使用率は、50歳まではほぼ無視して良い程ですが、そこから少しずつ増えて、50代で12.6%、60代で32.2%、70歳以上では60.1%と過半数を越えます。決して他人事ではなさそうです。なるべく入れ歯にならないように、歯の健康には気をつけていきたいと思ってます。

  11. だりあ より:

    情報、ありがとうございます。ハはほんとうに大事ですね。ご紹介いただいた本、一度読んでみたいと思います。お互いがんばりましょう。
    すとんさん、この場をお借りして学ばせていただきました。ありがとうございました。

  12. すとん より:

    だりあさん

     私も勉強になりました。良い質問を感謝です。

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