お盆あたりから、築地の東劇で毎日、メトロポリタン歌劇場のライブビューイングをアンコール上映してます。私がやむなく見逃してしまったワーグナー作曲「ワルキューレ」の再上映をしてくれると言うので、さっそく行ってみました。なにしろ、メトでは今年と来年の二年かけて「ニーベルングの指輪」のチクルスをやってくれるわけですし、せっかく「ラインの黄金」を見たのに「ワルキューレ」見逃すわけにはいかないじゃないですか? ってか「ワルキューレ」無しの指輪って考えられないでしょ? 私だって、本当は万難を排して「ワルキューレ」を見に行きたかったけれど、本来の上演日が声楽の発表会だったんだから、行けなくても仕方がないじゃないですか!
そんな私のような境遇の方が大勢いたのか、東劇はなんとほぼ満員でした。あの、決して大きいとは言えない劇場に、人がミッチリですよ、いやあ、オペラって人気がないとばかり思ってましたが「ワルキューレ」は別格なのかな? 券売所もいつもの場所(一階)だけでは客がさばききれず、臨時の券売所を劇場の入り口(三階)に作って、そっちに客を誘導していたくらいですから。
とにかく、あの劇場に人があふれていました。なんにせよ、活気があるのは良いことです。
しかし、私は男性ですから問題ないのですが、ああいう古い施設の弱点って女性トイレなんですよね。これだけ大勢の人が集まり、それも大半は女性でしょ。そこへ持ってきて、オペラ映画って上映時間がやたらと長いわけです。ちなみに「ワルキューレ」の上映時間は5時間14分です(驚)。普通の尺の映画の約三本分なわけで、当然、休憩も二度ほど入ります。で、その休憩時間が10~15分しかないわけで、こんな短い時間でトイレが済ませないといけないので、そこはもう…静かにして過激な女の争いが勃発するわけです。
劇場内の施設だけで、全員が用を済ませられるわけではないので、かなりの人が劇場を飛び出て、外部のトイレを利用した(ちなみに妻は、近所のコンビニで買い物してトイレを借りました)わけだけれど、それでも休憩終了までトイレの列がハケる事はなく、また、ナマのコンサートとは違って、映画なので休憩時間がバッチリ決まっていて、女性客のトレイが終わるまで、次の幕を待つ…なんて事はありえないので、やむなくトイレの列に並ぶだけ並んだにも関わらず、目的を果たせずに、泣く泣く座席に戻っていった女性の多いこと。ほんと、こういう時は、男に生まれた幸せを感じますね。
しかし、用を済ませたいのに済ますことができず、問題を抱えたまま、次の休憩まで1時間とか1時間半も我慢していると…オペラに集中できないよね。とてもかわいそうだと思います。実際、二度目の休憩の時は、まだ前の幕が終わりきっていないのに、劇場を飛び出して行った女性客が数名いましたよ。きっと、色々とエマージェンシーだったんでしょうね。
さて、肝心のオペラの話をします。
とにかく、ワーグナーの音楽の素晴らしさに脱帽ですよ。もう、これだけの比類なき音楽の前には、演奏の出来不出来なんて問題じゃないですね。ただただ「ワーグナーって天才なんだなあ…」と感じるだけです。圧倒的に『音楽そのものの勝利』を感じるだけです。
今回「ワルキューレ」を見ていて思ったのは、この物語って、無骨なふりをしているけれど、実はかなり濃厚な“愛の物語”なんだなあって事です。ジークムントとジークリンデの男女の愛(&兄妹の禁断の恋)がストーリーの中心にあるのだけれど、それを多くの愛の物語が何重にも取り囲んで、ストーリーが進んでいきます。ヴェルゼとジークムントの父息子の愛、ヴォータンとブリュンヒルデの父娘の愛、ヴォータンとフリッカの夫婦の愛、フンディングとジークリンデの夫婦愛?、ワルキューレたちの姉妹愛、ジークリンデのお腹の子(ジークフリート)に対する愛…実に様々な愛が錯綜していきます。
音楽そのものの素晴らしさが突出しているオペラなんですが、出演者もなかなか良かったですよ。さすがはメトロポリタン歌劇場のシーズンのクロージングアクトですよ。ワルキューレたちには、さすがに多少デコボコががあったけれど、後は特に不満無しかな。
ジークムント役のヨナス・カウフマンの高声は絶品でしたよ。ジークリンデ役のエヴァ=マリア・ヴェストブルックはひたすら美声なソプラノでした。ワルキューレ役のデボラ・ヴォイトとヴォータン役のブリン・ターフェルは歌唱のみならず、演技まで含めてブラボーでした。
ただ、ちょっとだけ耳の痛い事を書くと、本来のワーグナー歌手である、フリッカ役のステファニー・プライズとか、フンディング役のハンス=ペーター・ケーニヒが、さほど光っていなかった事です。悪かったわけではなく、一生懸命歌っているにも関わらず、映画のスクリーンからは、あまり迫力が感じられなかった事です。おそらく、舞台を生で見ると、この二人が際立っているはずなんですが…生と録音の違い以上の何かがあるのかな? って邪推しちゃいます。
例のデッカイ舞台装置は、見慣れたせいもあるでしょうし、スタッフも「ラインの黄金」の反省を踏まえたのでしょうか、「ラインの黄金」の時よりも具象化された表現とか、歌の背景説明の影絵の動画などが多用されて、全般的により見やすいものになっていました。悪くないですね。メトのオペラは分かりやすさが信条であって、あまり前衛に傾きすぎるのはいかがなものって私は思うので(前衛っぽいオペラはヨーロッパの歌劇場の奴で見ればいいじゃん)、私は演出がこっちの方向に傾くのは賛成ですよ。
そうそう、この風変わりな装置ですが、歌手さんたちには評判がいいみたいですね。舞台にこれだけのデカイ板が載っているので、これらがどうやら反響板の役割を果たしているみたいです。ふーん、そうなんだ。
この「ワルキューレ」ですが、今回のプレゼンテーターは、なんと、プラシド・ドミンゴでした。いつものメトのプレゼンテーターさんも、一流どころの歌手が担当し、舞台で歌っている歌手たちと実にフレンドリーなやりとりを見せてくれますが、今回はドミンゴがホスト役なので、フレンドリーというよりも、皆、ドミンゴに敬意を払って接してるし、それが見ていてよく分かりました。プラシド・ドミンゴって歌手は、あの一流の歌手たちから見ても、別格な存在なんですね。まさに“生ける伝説”なんでしょう。
今回の幕間のおまけコーナーの中に、指揮者のレヴァインのドキュメント映画の宣伝がありました。そこで、抜粋して流してくれた内容は「ドミンゴとレヴァイン」みたいなノリの箇所で、ドミンゴ出っぱなし(笑)。なんと「ワルキューレ」を見に行ったのに、ドミンゴまで見せてもらって、なんか得した気分。特に若き日のドミンゴの声は…すごいですよ。もう、ギンギンギラギラなんだもん。テノールって、こうじゃないとね。
そうそう、客席は満席で荷物を置く余裕もないほどでしたが、気の毒なのは、ヴァイオリンケースを持っていた人たち。なんか、知らないけれど、やたらとヴァイオリンケースを持っていた人がたくさんいて、その人たち、映画のあいだ、ずっとヴァイオリンケースを抱きかかえて見ていたわけですよ。ヴァイオリンケースって小さくないよ…。ジャマだろうなあ…でもコインロッカーに入れるのも不安で、肌身離さずもっていたい(ヴァイオリンって一財産するものね)んでしょうね。分かるような、分からないような気がします。
さて、11月になると、メトも次のシーズンが始まりますね。私は何を見に行こうかな? ひとまず「ジークフリート」と「神々の黄昏」は見に行くつもりです。オープニングの「アンナ・ボレーナ」は某イベントとぶつかるんだよなあ…どっちに行こうかな? クロージングの「椿姫」は東劇では一日三回上映だそうだから…相当な出足が見込まれているんだろうね。ドミンゴが出演する新作オペラの世界初演って奴もあるし、その他にもモーツァルトの「ドン・ジョヴァンニ」のような定番もあれば、グノーの「ファウスト」とかマスネの「マノン」のような有名だけれど、なかなかオペラそのものを見ることが少ない演目もあるし、その他にも新作とかバロックとか通好みのオペラもあるし…。それら全部を見るわけにはいかないから、いくつかを選んで見に行くわけだけれど、さあ、どれを見に行こうかな? 今から楽しみ、楽しみ。
コメント
今度息子がウェストブルック嬢主演の「ジョコンダ」の舞台に
乗ります。
うらやましいー!
チケットは、ソールドアウトで、私は観られそうにないです。
彼女、今やオランダでトップのソプラノ歌手となりました。
私もワルキューレは、大好きですよ。
時々こっそり歌の練習してます。(先生に言ったら怒られそうだから。[E:wink])
私も土曜日に行きました。
土曜日は満席じゃなかったですが、それでも普段に比べたら驚く程混んでました。
しかもおじぃさん、おばぁさんが多く5時間以上あるし終わるの10時半頃だし大丈夫か?と思いましたが、皆さん平然とされてましたね(*_*)。
いやぁ、でも面白かったです。
オペラというより一大スペクタル映画を見てるような感じでした。
総計5時間なんてまったく感じませんでした。
流石METです(^O^)
ただ土曜日曜は深夜バスがなく、できれば終バスに乗りたかったのでカーテンコールをブッチせざるを得なかったのが残念でした(^_^;)
来期、東劇の予定出たんですか?
MET本チャンの予定はあるのですが。。。
おぷーさん
確かに息子さんが、うらやますぃ~です。しかし、我が子が出演するのに、お母様が観たいのに観れないってのも、どうなんでしょ? そこはやっぱりオランダなのかな? 日本では色々な意味でありえないですよ。
というのも、日本だと親が観れないどころか、チケットノルマがババ~ンとやってきますよ。今度、ウチの息子が声楽アンサンブル団体のソロコンサートにゲスト出演するんですが、ゲストなのにチケットノルマが結構あって、売りさばく事ができず、我が家は赤字決定で、もうチケット無料配布すらしているのに、まだまだ残券(つまり“死に券”)がある始末です。
>時々こっそり歌の練習してます。(先生に言ったら怒られそうだから。)
大丈夫?(笑) 声つぶさないようにね~。
BEEさん
私は日曜日の昼間…だったかな? 良い時間帯の方で行きました。
>来期、東劇の予定出たんですか?
八月あたりから松竹系の映画館で配っている、来期のライブビューイングの紙のパンフに載ってますよ。東劇は、「椿姫」が一日3回公演の他、「マノン」が一日2回公演。「ドン・ジョヴァンニ」「エルナーニ」「エンチャンテッド・アイランド《魔法の島》」が19:00開始、「ジークフリート」「神々の黄昏」は16:30開始、その他は18:30開始です。ウェブ(http://www.shochiku.co.jp/met/)にも、同様の情報が載ってますので、そちらを見てもOKだと思います。
で、来期のライブビューイングのパンフを見ていて気付いた事。来期で一番上演時間が長いのは「神々の黄昏」の6時間24分です。いやあ、長いねえ。ゆうに、普通の映画の4本分(爆)。ちなみに一番短いのが「椿姫」の3時間7分。これだって、十分長いのに、そんな長い「椿姫」を二度上映しても、まだ終わらないのが「神々の黄昏」ですね。
ある意味、これを映画でやるって…無謀だよね~。
息子が乗るコンサートは、コンセルトヘボウなんですよ。
公的機関では、プライベートでチケットを売りさばきは出来ないんです。
ウェストブルック嬢が出るので、あっと言う間に売り切れて
しまったわけです。
うえーん!
コンセルトヘボウのサイトを開けては、空きが出ないかとチャンスをうかがってますが、
ちょっとムリっぽいです。
http://www.concertgebouw.nl/concerten-tickets/2011-2012/okt-2011/de-terugkeer-van-eva-maria-westbroek-la-gioconda?Datum=15OKT2011-12:30-16:25&ID=17219&PID=8594&archive=0
“Uitverkocht”って売り切れって言う意味です。とほほ。
おぷーさん
コンセルトヘボウ!!
いやあ、そっちはオランダだから、当たり前かもしれないけれど、極東の地にいると“コンヘルトヘボウ!”って聞くだけで、平伏しちゃいそうな気分になります。
>公的機関では、プライベートでチケットを売りさばきは出来ないんです。
たしか、王立でしたっけ? 日本には類似の音楽団体って無いから比較できませんが、とにかくフェアなんですね。
しかし、関係者用の券がないって、ドライなんですね。日本じゃ考えられない…。
チケットノルマで苦しむのと、関係者なのにチケットが買えないのと、どっちがいいのかな? チケットノルマもちょっとならいいけど、やっぱりこれは程度問題だよね。
そちらにも、チケットノルマって、あるんですか?
うちの合唱団は、チケットノルマはないです。(時勢が悪くなっているにも
拘わらず。)
一般に、チケットノルマと言う考えは、プロにもアマにもありません。
「宣伝して、なるべく売るようにして下さい。」と言われる位です。。
それより、「友の会」に友人達を引き込むよう、がんがん言われます。
こっちの方が頭痛い。各音楽団体は、「友の会」の収入が大切みたいですよ。
「友の会」に入ると、割引やコンサートのお知らせがあります。
ちなみに私、「コンセルトヘボウオケの友の会」に入ってます。
コンサートのお知らせが色々ありますから便利です。
来年のイースターで息子の入っている合唱団は、ヘボウオケと
マタイ受難曲を歌います。こっちのチケットはしっかり押さえました。[E:scissors]
2等席で70ユーロでした!
おぷーさん
>一般に、チケットノルマと言う考えは、プロにもアマにもありません。
ふうむ、となると、チケットノルマってのは、日本独自の文化なのかな?
アマチュアであっても、あまりうれしくないチケットノルマだけれど、プロなんか、ギャラの一部がチケットで支払われたりするもんねえ、こっちでは。役の重さによって、チケットのノルマが違うのも、当たり前で、オペラの主役クラスになると、一人で200枚程度のノルマがあるのもザラだって聞きます。
>、「友の会」に友人達を引き込むよう、がんがん言われます。こっちの方が頭痛い。
なるほど、チケットなら、お義理で2枚くらい買ってあげようか…って気にもなるけれど「友の会」となると、年契約でしょ。ちょっとお義理ってわけにはいかないかな。でも、コンセルトヘボウの友の会なら、オランダに在住していたら、私も入りたいよ。
チケット販売方法にも、お国柄ってのがあるんですね。情報、ありがと。