例によって、メトのライブビューイングのアンコール上映を見てきました。今回は、2011-12シーズンの、ヘンデル作曲の「ロデリンダ」です。メト的には、2004年版の再々演なんだそうですね。よほど評判が良かったのだろうと思います。
例によって、スタッフとキャストは以下の通りでした。
指揮:ハリー・ビケット
演出:スティーヴン・ワズワース
ロデリンダ:ルネ・フレミング(ソプラノ)
ベルタリード:アンドレアス・ショル(カウンターテナー)
エドゥイージェ:ステファニー・ブライス(ソプラノ)
グリモアルド:ジョセフ・カイザー(テノール)
ウヌルフォ:イェスティン・ディヴィーズ(カウンターテナー)
ガリバリド:シェン・ヤン(バリトン)
10年ほど前の上演ですが…これは手放しに素晴らしい上演です。まさにオススメです。ほんと、ヘンデルの音楽も素晴らしければ、それを歌っている歌手の皆さんも素晴らしいし、演出も実に分かりやすくて退屈しません。4時間超の上演時間ですが、ほんと、その4時間が、あっという間に終わってしまいました。実に楽しい時間を過ごせました。エンタメとしては、申し分ありません。
そう、エンタメとしては…ね。たぶん、音楽的には色々問題は、あるんだと思います。
例えば、キャスト6名のうち、2名がカウンターテナーである事です。バロックオペラを見慣れていない人にとって、いい年したオッサン歌手が、いきなりオカマ声で歌い出すんですから、そりゃあ噴飯ものです。違和感バリバリで、気持ち悪いですよね。でも、これって、ある意味、仕方ないのです。
本来、これらの役はカストラートと呼ばれる声種の歌手が歌っていました。カストラートと言うのは、子供時代に去勢して少年のような高音をキープして歌える成人男声歌手であって、別に裏声で歌う歌手ではありません。おそらく声質的には、マイケル・ジャクソンとか小田和正などのような、極めて高い男声だと思います。でなければ、王様とか英雄とか神様とかのイケメンな役なんてやれないでしょ?
でも今はカストラートはいませんから、その高音を歌うために、仕方なく女性歌手が男装して歌ったり(これを称して“ズボン”と言います)、男性歌手が裏声で歌ったり(これがカウンターテナーです)して代替していますが、やはり不自然さは隠せません。
まあ、今回の上演では、ズボンではなくカウンターテナーが歌っていたわけで、少なくとも容姿の点では、オッサンの役をオッサンが歌うわけで自然なので、そこは評価できますが、やはり声には違和感が残ってしまいます。世の中に、高い声のオッサンはいても、裏声のオッサンなんていないよね。
まあその、声の違和感を乗り越えて受け入れてしまえば、これはこれでアリだし、今回の二人のカウンターテナーは、実に美声だったので、良かったと思います。
次に、そもそもヘンデルの「ロデリンダ」は小さな歌劇場を前提に書かれているオペラなので、巨大な歌劇場であるメトでの上演って、本来は無理難題だらけで、そこを力技で何とかしちゃって上演しているわけで、そこが受け入れられるか…という問題もあります。
例えば、オーケストラの音量問題です。このオペラにおけるオーケストラって、弦楽4部と通奏低音(チェンバロだね)の他は、ホルンとリコーダー、フルート、オーボエ、ファゴットの木管楽器たちです。まあ、メトのオーケストラは現代楽器を使用していますから、音量の点に関しては、ホルンとかフルート、オーボエ、ファゴットは良いでしょうが、リコーダーとかチェンバロなんて、何をどうやっても、全然聞こえないはずです。でも、実際はちゃんとはっきり聞こえていたので、当然、これらの楽器はマイクで拡声して演奏していたわけです。私は、それもアリだと思いますが、クラシック音楽的には一部(あるいは全部)の楽器の音をマイクで拡声するなんて、邪道だよね。許せないと思う人がいても当然でしょう。
歌手たちの歌唱スタイルにも問題はあります。
今回の歌手たちのうち、本来的なヘンデル歌いの歌手は、おそらく…カウンターテナーのショルだけでしょうね。他の歌手は、明らかにヘンデル歌手ではありません。なので、オペラの中で、ショルの歌だけが浮くんですね、違和感バリバリなんですよ。
ショルはスター歌手ですし、本職のヘンデル歌手ですから、上演に不可欠なんだろうけれど、残念ながら、小劇場向きの歌手であって、メトで歌うのは…かなり無理があるんだろうと思います。それに他の歌手たちは、大劇場向けの発声で歌っていたので、ショル一人だけ、なんか違うんです。まあ、実際の舞台では、彼の歌はマイクで拡声されて声量を補っていたのだろうと思います。
実際、エドゥイージェ役のステファニー・ブライスなんて、歌手のジャンルで言えば、ワーグナー歌手だよ。本来、ヘンデルを歌って良い歌手じゃないのですが、そんな彼女を起用せざるをえないほど、メトという歌劇場は巨大な歌劇場だって事なのですよ。
それにしても、普段はワーグナーを歌っている人がヘンデル歌っちゃうなんて、音楽的にはほぼ真逆と言っていいくらいに違うのに…ブライスって、すごいテクニシャンだけど、やっぱり声的には…ヘンデルには強すぎると思うわけです。
強すぎる声は、別にブライスだけじゃなく、ショル以外の歌手全員について言えちゃういますが…私はそれでいいと思うし、それもアリだと思ってますが、バロックファン的にはありえないキャスティングだろうと思いますよ。
そんなわけで、私は素晴らしい上演だと思ったけれど、音楽的には、あれこれ感じる人もいるだろうなあって思いました。
でもでもやっぱり、私的に問題ありません。現代的な歌唱方法で歌われるヘンデルは、素晴らしいですよ。それに、劇中で歌われる歌のほとんどが独唱曲ばかりなのですよ、信じられますか? なので、歌手たちの歌声がたっぷりと楽しめます。二幕の最後に二重唱が1曲、三幕の最後に合唱(ただし、合唱団ではなく、ソリスト5人で歌います)が1曲あるだけで、あとは全部全部、独唱曲なのです。4時間全部ほぼ独唱曲! ああ、幸せ…。
ほんと、素晴らしい上演なのです。この上演はDVD化されたそうですが、今では悲しいことに廃盤になっていて、アマゾンでの取り扱いがありません。ううむ、残念。まだ購入できるのなら、ぜひ購入しようと思っていただけに、ほんと残念ですよ。海外サイトから輸入盤は購入できるかもしれないけれど、日本語字幕が付いていない可能性も考慮すると、簡単に輸入盤は買えないしねえ。
チャンスがあったら、もう一回見てもいいと思うほどに、素晴らしい上演だったのです。
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