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メトのライブビューイングで「運命の力」を見てきた

 さて、ブログを再開します。秋になりましたので、メトのライブビューイングのアンコール上映で「運命の力」を見てきました。

 「運命の力」は、ヴェルディの後期のオペラで「ドン・カルロ」と同時期に作曲された名作オペラです。この上演は、今年(23-24年シーズン)に上映されたものですが、このオペラの上映時期は、ちょうど妻の病気治療の時期とぶつかってしまい、見に行きたかったものの、ちょっと無理めだったので、秋のアンコール上映に譲ってしまったわけで、今回、無事に見ることができて、うれしいです。

 このオペラのキャスト&スタッフは以下のとおりです。

 指揮:ヤニック・ネゼ=セガン
 演出:マリウシュ・トレリンスキ

 レオノーラ:リーゼ・ダーヴィドセン(ソプラノ)
 ドン・アルヴァーロ:ブライアン・ジェイド(テノール)
 ドン・カルロ:イーゴル・ゴロヴァテンコ(バリトン)
 フレツィオジッラ:ユディット・クタージ(メゾソプラノ)
 メリーネ:バトリック・カルフィッツィ(バス・バリトン)

 このオペラは、そもそも名作なので、色々な演出による上演がありますが、基本的にはどんな演出であっても、音楽そのものが素晴らしいので、大概、素晴らしい上演になります。それほど、作品の力の強いオペラなのです。今回の上演も、実に感動的な上演でした。

 と言うのも、このオペラを上演するためには、かなりの腕扱きのオペラ歌手を揃えなければならず、そういう歌手を揃えれば、それだけで客を満足させられるからです。なので、キャスティングが難しいため、滅多に上演されないオペラ(メトですら20年ぶりの上演)ですが、もしも上演されたら見るべきオペラなのです。

 今回のメトの上演もなかなかのものです。特筆すべきなのは、レオノーラを歌ったダーヴィドセンでしょう。歌唱も見事ながら、その演技が秀逸です。逆に言えば、本来の主役であるドン・アルヴァーロを歌ったジェイドや、その敵役であるドン・カルロを歌ったゴロヴァテンコの演技の軽さが目立ってしまうほどです。やはり歌唱力でキャストを選んだ時、歌手層の厚いソプラノと比べ、層の薄い男声は演技面で劣って見えてしまうのでしょう。

 演技うんぬんを言ってしまう理由には、それだけトレリンスキの演出が秀逸であった事があげられます。

 トレリンスキの本業は映画監督なのだそうです。それゆえ、オペラ演出もビデオ材料との組み合わせがとても効果的で、現代的な演出でした。

 この演出も読み替え演出ですが、かなり大きく劇の内容を変更しています。

 まず、時代設定を現代とし、戦争場面は、ロシア対ウクライナの現在進行中の戦争をイメージしているのだそうです。特に、第四幕のシーンは、ロシアにやられたウクライナの街と人々をイメージしているそうです。また、レオノーラの父であるカラトラーヴァ侯爵とグァルディアーノ神父を同じ歌手に演じさせた事(つまり、一人二役)によって、第4幕の神父のパートを死んだ侯爵(つまり亡霊)に歌わせてみたりと、ストーリーに深みを与えています。

 無論、ストーリー進行には無理は感じました。なにしろ本来のストーリーは18世紀のスペインの物語ですからね。本来はキリスト教の影響の強い社会での物語を、宗教から自由になった現代に移した事による違和感は拭い去れません。現代は法治社会なのに物語には司法の姿が見えなく、敵役のドン・カルロが私怨と復讐に燃えているという、いかにも18世紀的人物像であったりすることも、現代劇だとすると奇妙に感じます。レオノーラの逃亡先が修道院の裏山の洞穴というのも、18世紀ならばありえるのかもしれないけれど、21世紀では「なんじゃ、それ?」ということも…。そもそも、侯爵がドン・アルヴァーロとレオノーラの結婚を反対する理由が「異民族に娘はやれない!」という人種差別によるものなのだけれど、そんな理由は現代ではありえないよね、少なくとも社会的立場のある人が公言しちゃいけないことでしょ?

 そもそもの物語が18世紀という時代(スペイン継承戦争が物語の背景にあります)に強く根ざしているため、台本の文字(つまり歌詞)を変更しないまま、現代劇に変更するのは無理なわけだけれど、そういう細かな違和感(細かいけれど案外大きい)を無視すれば、いかにも現代人に共感できる演出になっているわけです。

 “苦肉の策”の“苦肉”の部分も合わせて味わいましょう…って事です。

 少なくとも、オリジナルの18世紀の時代設定のままの演出では、もはや我々が物語に共感するのは難しいです。だって、18世紀のヨーロッパの貴族男性って、タイツの上に提灯ブルマを履いているわけで、昔はそういう演出で見ていたけれど、それって時代的には正しくても、あまりに風俗やファッションが違いすぎて、我々と物語世界との距離感を感じてしまうんだよね。オペラそのものがすでに100年以上も前に作られた古典作品なわけだから、それをどうやって現代人に届けるべきか…という点に、オペラ関係者の皆さんは苦労しているわけなんだと思います。

 同様な問題は、もちろん歌舞伎にもあるわけで、それゆえに歌舞伎は新作歌舞伎を作り続けて永らえているわけだけれど、オペラは実質、新作を作り得ていないわけだから、古典作品をどうやって新作として蘇らせるのかという点に心血を注いでいるわけで、最近流行りの読み替え演出は、その手の方策の一つであって、色々と試行錯誤しているわけなのでしょう。

 このトレリンスキの演出は、その中では成功している部類に入ると思います。オススメな上演です。

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