かつて…私が若者と呼ばれていた頃は、日本国内で上演されるオペラの大半は、日本語訳で上演されていました。舞台で使える字幕装置なんて、無かったんだから仕方ありません。
オペラ歌手の皆さんは、普段は原語でオペラの勉強しているのですから、原語で歌う方が楽だったと思いますが、オペラは歌芝居である以上、客に舞台上で何が行われているかが伝わらないといけないので、当時は、歌詞やセリフを日本語に訳した、日本語訳オペラが数多く上演されていたのです。
当時も原語上演のオペラはありましたが、その時は、客に歌詞と日本語訳が書かれた分厚いバンフレットを渡します。客は、薄暗い客席で、舞台も見ずに、暗くてよく見えないパンフレットばかりをひたすら見ていました。そうしないと、舞台で何が行われているか分からなかったからです。私は、パンフレットを見ていたにも関わらず、よくパンフレット上で迷子になって、舞台で何が行われているのか分からないままに、オペラを見ていた記憶があります。そんな、不自由な時代があったのです。
それが、いつの頃か、舞台上で使える字幕装置が普及すると、オペラがドンドン原語で上演されるようになりました。字幕装置があるので、客は分厚いパンフレットから解放され、何語で歌われようと舞台上の字幕装置を見れば良くなりました。客的には、まるで字幕映画を見るような感覚でオペラを見ることができるようになりました。技術の進歩です、素晴らしかったですよ。
やがてプロジェクタが普及してくると、パソコン+プロジェクタを利用することで、もっと安価で簡便に字幕を利用することできるようになり、国内で上演されるオペラは原語上演が普通に行われるようになり、日本語訳オペラはめったに見かけなくなりました。よかった、よかった。
そんな令和の時代でも…実はたまに日本語訳オペラが上演されます。その事情や目的は様々ですが…昔と比べると、日本語訳オペラの上演の質が下がったように感じられます。
まず、日本語でオペラを歌うのは、おそらく、とてつもなく難しいのです。音楽が聞こえるだけでなく、ホールの隅々まで言葉を伝えられるような声と滑舌が必要です。原語で歌うなら、字幕の助けがありますから、言葉が不明瞭な発声や滑舌であっても何とかなりますが、日本語訳オペラでは、たいてい字幕が無いので、何ともなりません。
たとえどんなに難しくても、昔はそればかりだったから、歌手の皆さんも日本語訳オペラを上演できる腕があったのだと思いますが、今は日本語訳での上演数がめっきり減ってしまったため、日本語訳オペラを歌えるだけの力量が備わっていない歌手が増えてきました。そんな歌手ばかり集めて、適当に日本語で歌わせても、何を言っているのか分からないオペラになってしまいます。
また、日本語訳オペラは字幕がないため、子どもが見に来ることが多いです。子どもは字を読むのが得意ではないので字幕上演では楽しめないからです。子どもが見に来るからこそ、抽象的ではなく、具体的で具象的な舞台が必要になります。演出は分かりやすくなければいけないし、大道具小道具も必要だし、もちろん衣装もちゃんとしないといけません。そのあたり、オトナは知性と教養と人生経験で補ってしまうかもしれませんが、子どもはそれが無理です。日本語訳オペラは、子どもの鑑賞を前提とするなら、原語上演のオペラよりも、きちんとお金と時間をかけて準備しないとダメだろうと思います。
でも現実は、たいていの日本語訳オペラは、原語上演のオペラよりも、舞台がショボい事が多いです。おそらくは経費が少なくても字幕装置が用意できないから日本語で上演している…のだとしたら、それは良くない事だと、私は思います。
オペラの普及を考えるなら、日本語訳オペラの上演は必要不可欠となりますが、きちんとした質の上演ができないなら、無理に日本語訳オペラなんてやらない方がマシだと、私は考えます。我が国では、オペラの上演が無くても、困るのは、それを生業としているオペラ業界の人たちだけで、我々一般市民の生活には、何の影響もないのですから、低レベルの上演なら、ヤラない方がマシってもんなんです。
結論、今の日本のオペラ業界の未来を考えるなら、程度の低い日本語訳オペラを上演する事は、自分たちの首を締める行為でしかないと思います。欲をかかずに、原語上演をして、今いるファンを大切にするべきだと思います。どうしても日本語訳オペラを上演したいのなら、オペラ歌手を使わずに、ミュージカル俳優たちを使った方が、何倍も良い上演になると私は思いますよ。だって、日本語歌唱に関してなら、オペラ歌手よりもミュージカル俳優たちの方が数倍も上手ですからね。
実は私、昔々、ミュージカル俳優たちによる、モーツァルトの「イドメネオ」を見たことがありますが、とても良い舞台でしたよ。ミュージカル俳優たちによるオペラ上演も捨てたものではないのです。
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