「長いものには巻かれろ」とか「出る杭は打たれる」とか言います。それくらい、我々日本人は集団に埋没することを良しとし、そこからはみ出ることを嫌います。
合唱なんて、その最たるものかもしれません。みんなで声を合わせて、一つの音楽を作っていく…まさに日本人的「長いものには巻かれろ」が美徳と感じられる音楽です。
そうだよね、そうなんだよね。
私が合唱を出来ない理由の一つには、私の気質があまり日本人的では無い事が原因なのかもしれません。とにかく「長いものには巻かれろ」ってイヤなんです。そう感じちゃう自分がいるんです。
別に尖っているわけではありません。あくまでも「自分は自分。やれる事を粛々とやるだけ。Do the best」と思っているだけなのです。私は、最善を尽くすために懸命に努力を積み重ねていけるタイプの人間なだけです。長いものに巻かれる事が最善ならば、喜んで巻かれてよいのですが、そうとは思えない状況で、ただの同調意識に支配されるのは、なんともイヤなのです。
だから、合唱という場においても、私は私の最善を尽くしたいし、全力で挑みたいのです。でも、多くの合唱団で、私と彼らの声は違いすぎます。彼らが私に合わせる事は、まず無理でしょう。私が彼らに合わせるためには、私は自分自身を偽り、だまさなければいけませんし、何より自分を出し惜しみ、自分の力を隠さなければいけません。
手を抜いて歌えばいいのかもしれませんが、それでは音楽の神様に失礼極まりありません。自分の持てるものをすべて出しつくして歌わなけれはいけません。どんな歌であれ、歌である以上、それは神様への奉納でしょ? 自分に与えられた能力をきちんと使ってこその、人としての全うと言えるでしょう。
つまり分かりやすく言えば、合唱をするなら、周囲の歌声に合わせるべきだけれど、それは絶対にイヤだと、生理的レベルで感じて行動してしまうので、私は合唱できないのです。
私と同レベルの歌声の人たちが集っている合唱団があるなら、そこで歌いたいのですが、そもそもアマチュア合唱って、声に恵まれた人はやらない音楽ジャンルですからね。こればかりは、無いものねだりと言わざるを得ません。
それでも私が、いわゆる“日本人気質”であるなら、自分を殺して、周囲に合わせる事に喜びを感じられるのでしょうが、そうじゃあないから、困っているのです。
これでも合唱大好きだし、歌いたいんだよねえ。でも、合唱は一人じゃできないんだよ。そこか大問題なんだよ。
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