歌が上手いとか下手だ、と言うのは当然あります。素晴らしい歌唱とそうではない歌唱もあります。聞いていて、耳障りで迷惑な歌唱、と言うのもあります。
歌の良し悪しは当然あります。良い歌は時代を越えて残っていくし、悪い歌は時代と共に消えていきます。歌手もまた同様で、上手い歌手は伝説になりますが、下手な歌手は消えていきます。
これらの歌の良し悪しとか、歌手の力量の話はは、あくまでも芸能の世界の話であって、好き嫌いの世界であって、勝ち負けの世界の話ではありません。
「じゃあコンクールってどうなの? あれって歌手に順位をつけたり、勝ち負けを決めたりしているじゃないか?」
プロを対象としたコンクールについて書きます。と言うのも、アマチュア対象のものに関しては、同じ“コンクール”という名称を使っているものの、全くの別物だと考えていますし、それについて色々と考えることがあるので、いずれの日にか稿を改めます。
さて、コンクールとは本来、新人発掘のための登竜門であって、力のある若者にチャンスを与える場であると同時に、力の無い若者に引導を渡すための道具なんだと思ってます。だから、コンクールに出場するのは、デビュー前のプロの卵たちであって、すでに新人ではない人(つまりデビュー済だが売れていないプロ)が出ても意味はないし(そんな人はさっさと他業種に行くべきでしょう)。
ですからコンクールという場では、勝ち負けがあるかのように思えますが、あそこで判定されているのは、歌手としての強さ弱さ…勝ち負け…と言うよりも将来性です。業界として、この新人を推していけるかどうか…という、将来性の有無が判定されているわけです。ま、その将来性の有無を勝ち負けというなら、勝ち負けがあるのかな?
コンクールでの勝ち負けがあったとしても、私はやはり、歌に勝ち負けはないし、歌手にも勝ち負けはないと信じています。だから、素晴らしい歌手はいても、強い歌手はいません。人々に愛される歌手はいても、敵に恐ろしがられる歌手はいません。
歌手として生きていくのに大切なのは、何よりも人気、愛され力です。まず人気がなければいけない。これはプロもアマチュアも同じこと。観客という他人に気に入ってもらえるから、人前で歌えるわけです。人気がなければ、愛されなければ、身銭を切って歌うしかないのです。アマチュアならともかく、プロはそうであってはいけません。
人気に勝ち負けはありません。あるのは、好き嫌いだけです。だから、歌を上手に歌える人って、結局、多くの人(この中には歌手自身も含まれます)に好きになってもらえるような歌が歌える人…なんだね。技術的にうまいとか、声が素晴らしいとかは、あくまで二の次三の次ってわけよ。極端な話、歌がさほど上手くなくても、声が濁っていても、人気があるなら、その人は素晴らしい歌手であり、この人が歌っている歌は名曲って事になるわけです。
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