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メトのライブビューイングで「エルナーニ」を見てきた

 メトのアンコール上映で、2011-12年シーズンに上演されたヴェルディ作曲「エルナーニ」を見てきました。もう12年も前の上演なので、出てくる人たちがみんな若くて、ちょっと違和感を感じました。

 キャスト&スタッフは以下の通りです。

 指揮:マルコ・アルミリアート
 演出:ピエール・ルイジ・サマリターニ

 エルナーニ:マルチェッロ・ジョルダーニ(テノール)
 エルヴィーラ:アンジェラ・ミード(ソプラノ)
 国王ドン・カルロ:ディミトリ・ホヴォロストフスキー(バリトン)
 シルヴァ:フェルッチオ・フルラネット(バス)

 さすがは“かつての”メトですね。スター歌手が揃ってます。昨今…特にコロナ禍以降のメトでは、これほどスター歌手を集める事ができてません。やはりアメリカは…ヨーロッパから見れば遠いのでしょう? 気軽にスターが出てくれるような環境ではないのでしょう。メトにスター歌手が集うようになるまでには、あと何年かかるのでしょうか?

 それはさておき、歌手たちが良いですね。弱いところを探せば…ソプラノのミードが、当時はデビューしたてのボッと出で、まだキャリア不足かな?って程度でしょう。男性陣はなかなか力強い布陣です。これで悪いはずはありません。

 もっともミードは見事な酒樽体型なので、昨今のオペラ劇場の“デブ排斥運動”のせいでしょうか、あまり見かけなくなりました。ホヴォロストフスキーは、この5年後に亡くなっています。ジョルダーニは7年後に亡くなっています。フルラネットはまだお元気のようですが、すでに高齢のため半分引退状態にあります。そういう意味では、この上質な上演は貴重な上演記録と言えるでしょう。

 「エルナーニ」はヴェルディの作品の中では、有名とは言えない作品ですが、歌にあふれた良作です。もっともヴェルディ作品ですから、例によって「ストーリーはよく分からない」事になっています。まあ“歌が聞ければ満足”という観客向けのオペラですね。そういう意味では日本人受けはしないオペラかもしれません。

 サマリターニの演出は、割と伝統的な演出です。まあ、奇抜なのは、ラストシーンで本来死なないはずのエルヴィーラが死んじゃうところぐらいかな? それ以外は、割とオーソドックな演出です。それこそ「かつてのメトでよく見られたタイプの演出」です。私は個人的には、こういう演出、大好きです。

 このオペラは、あまり知られていないオペラですし、そのストーリーがかなり無茶苦茶なのです。18世紀のヨーロッパ貴族の矜持みたいなものがストーリーの要になっているので、余計に我々には分かりづらいかもしれません。

 とは言え、基本的にはラブストーリーであり、恋の鞘当てがストーリーの中心になっているのは、例によって例のごとしです。ただ、このオペラの特徴として、普通のオペラなら、テノールとソプラノの恋路をバリトンが邪魔をすると言った“恋の三角関係”を描きますが、このオペラは、テノールとソプラノの恋路をバリトンとバスがそれぞれ邪魔をすると言った“恋の四角関係”と言うか、一人の女の子を3人の世代の違う男たちが取り合うってストーリーになっているのです。そこにヨーロッパ貴族特有のメンタリティが絡んできて、ストーリーを分かりづらくしているわけです。

 おそらくそれぞれのキャラクターの設定年齢は、ソプラノが20歳前後、テノールが20代前半、バリトンが30代で、バスが50歳前後なのだろうと思います。つまり、ソプラノから見れば、テノールはほぼ同世代、バリトンは少々年上の世代となるけれど、バスに至っては親世代なのです。実際、ソプラノとバスの関係は伯父(叔父かも?)と姪ですから、そりゃあ親子ほど年齢が違うわけです。

 それなのに、バスはソプラノを自分の嫁にしようとするわけです。オペラではよくある設定です。でもね…50歳のオッサンにしてみれば、20歳の娘さんはピチピチで魅力的な女の子で、当然、自分的にはアリなのでしょうが、20歳の娘さんからすれば、親世代の男なんて恋愛の対象外で、むしろ生理的に無理なのです。でも、そんな娘さんの拒否感はバスには通じません。それがこのオペラのストーリーの、最も悲劇的な要素なのかもしれません。

 この恋の四角関係のうち、バリトンは途中で恋のバトルから降りてしまいます。彼は恋愛よりも世間体を選ぶのです。で、残るのは、テノールとバスなわけで、当然若い娘であるソプラノは、テノール一択なわけですが、年寄りって、ある意味“無敵”ですから、自分が選ばれないと悟るや、テノールに圧力をかけて、彼を自殺に追い込んでしまうのです。もはや老害でしかないのです。

 これ、18世紀のコスチュームプレイだから、何とか見られるけれど、読み替え演出とかで現代劇にしたら、ほんと、目も当てられないほど見苦しいオペラになるだろうなあ…なんて思いました。“老いらくの恋”と言えば、言葉は美しいけれど、それを劇化したら、目も当てられないお話になるんだろうなあと思いました。そういう意味では、昨今流行りの読み替え演出には不向きなオペラなんだろうなあと思いました。

 でも、そんなストーリーをさらっと無視して、音楽だけを聞くなら、とても素晴らしいオペラだし、今回のようなスター歌手を集めて歌わせれば、もうそれだけで満足できちゃうオペラなのです。

蛇足 幕間に登場したホヴォロストフスキーの子どもたち、まだ幼かったなあ。特に下の女の子なんて、たぶん5歳くらいだよね。この5年後にお父さんが亡くなってしまうわけで、今はティーンエイジャーだろうけれど、ちゃんとやっていけているかな? 他人の子だけれど、モスクワ在住だから彼らの国は戦争状態だし、色々と心配してしまいます。

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