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フルートは最も人の声に近い楽器?

 「フルートは最も人の声に近い楽器です」と言う言葉を、私は今まで何度も聞きました。試しにググってみたら…フルートに限らず、色々な楽器を、皆さんそれぞれで「○○は最も人の声に近い楽器」と明言されていました。チェロでしょ、ヴァイオリンでしょ、トランペットでしょ、トロンボーンでしょ。サックスでしょ、ハーモニカでしょ、他に何かあったかな? とにかく、ありとあらゆる楽器が「最も人の声に近い楽器」なのだそうです。

 …「最も」という言葉の使い方をレクチャーしたくなりました(笑)。

 それはさておき、他の楽器のことは軽くスルーして、確かに「フルートは最も人の声に違い楽器」らしいです(笑)。

 この言葉、よく言われる言葉だけれども、私はそれを聞くとゲンナリします。だって、明らかに間違っているもの。最も人の声に近い楽器は…ずばり「歌声」でしょ。なにしろ「近い」どころか「そのものずばり」なんだから「歌声」ほど「人の声」に近い楽器はありません。

 ま、もちろん、「フルートは最も~」という言葉の前提に「ただし、イケメンに限る」じゃなかった(笑)、「ただし、歌声を除く」という、無言の前提はあるのでしょうね。でなければ、おかしいです。

 それはさておき、どの楽器でも「人の声に最も近い楽器」と言い張るところをみると、「人の声に近い楽器」が理想の楽器という事になるのかな? これもまた、ちょっと変です。だって、人の声が理想の楽器なら、現実に歌声という楽器はあるんだから、この世のすべての楽器は不要になります。オーケストラや吹奏楽団なんて、今日この場で全部解散して、世界中に合唱団をバンバン作れば良いことになっちゃいます。

 ごめんなさい、屁理屈こねました(笑)。オーケストラが無くならないのは、そうならないだけの理由があるからです。つまり、楽器には楽器にしかない魅力があるって事です。

 というわけで、フルートの魅力を考えるべく[理想の楽器である]歌声とフルートを比べてみました。

 まず、共通点。二つとも、吹奏楽器だという点。歌声ってあまり意識されませんが、吹奏楽器なんですね。息のエネルギーがなけれは、うんともすんとも言いません。だから、この点では同じ。

 でも、発声の仕組みは違う。フルートはエアリードで空気そのものが振動して音になるけれど、声は声帯が振動して音になります。つまり、声帯というリードが音を作ってます。そういう意味では、人の声は、フルート以外の木管楽器(大抵はリード楽器ですから)に近く、フルートとは違うのでしょう。人の声と違う、というのは、楽器としての魅力の一つです。

 さらに音量が違います。フルートの最大音は歌声に比べて小さく、その最小音は歌声よりも遥かに大きいです。え、歌声よりもフルートの方が音量が大きい? 一流同士で比較しましょうよ。一流のフルーティストと一流のオペラ歌手ならば、改めて考えるまでもなく、オペラ歌手の勝ちです。オペラ歌手と音量争いをしたいなら、生楽器ならトランペットあたりを相手に持って来ないと勝負になりません。

 というわけで、フルートという楽器はむしろ、小音量楽器だと言えますし、音量変化の幅の少ない楽器と言えます。これは一見、弱点に見えますが、室内での演奏ではむしろ長所になります。だいたい、聞いていて無理のない音量ですし、何よりも聴衆が耳をそばだてて聞いてくれますので、とても細かいニュアンスまで表現できます。パワフルで大味な音楽ではなく、繊細で陰影のある音楽表現に向いているといえます。これもフルートの魅力の一つに数えられるでしょう。

 音色の豊富さ…言葉(つまり各種の母音と子音)を使える歌と楽器では比較になりません。表現力も同様ですが、これはフルートに限ったことではなく、楽器全般に言えるので、比較項目から外しましょう。

 運動性…フルートの運動性は素晴らしいですね。運動性というのは細かい音符をどれだけ素早く演奏できるかって能力です。歌の分野ではコロラトゥーラ・ソプラノという人がいますが、この人とフルートの運動性は、ほぼ一緒じゃないかと思われます。つまり、フルートは運動能力的には、歌とほぼ同じで、かなり優秀と言えます。運指がハ長調ベースだし、半音階の運指もそれほど複雑でないので、運動性が高いのだと思います。

 音域は三オクターブあり、この部分はソロ歌手よりも優れているでしょう。歌手の実用音域は、せいぜい二オクターブともうちょっとですから、これに関してはフルートの勝ち。ただし、アンサンブルとなると、フルートの方は特殊管を加えずに、フルートとピッコロとアルトフルート程度のアンサンブルだと、混声合唱団に負けますが…。

 音域に関して考えてみます。フルートって、日本以外の国では、基本的に男性の楽器でしょ。男性にとって、フルートの音域ってのは、自分にない、女声の音域楽器ですから、自分では出せない音域で音楽を奏でられるという点は良いです。女声用の曲を演奏できますね。これもフルートの魅力ですね。

 あと、単純に音色が美しい。小鳥のさえずりにも似た、美しい響きは、人の声とはまた別の魅力だと思う。

 そして、音に決定的な色気がない。これもフルートの特徴です。美しいけれど、全くセクシーではない。この色気のない音って、大きな魅力だと思います。これは歌だけでなく、音域がかぶるヴァイオリンやサクソフォーン(ソプラノあたりか?)に対しても有効な魅力だと思います。どうしても女声だと色気が声に載ってしまうし、ヴァイオリンも実はなかなかセクシーな音色だし、サックスは色気過剰な音(笑)でしょ。そこへ行くと、フルートの音には、からっきし色気というのがありません。セクシーな魅力がないので、聖なる音楽や癒しの音楽を演奏するには良いです。

 音楽的には関係ないかもしれませんが、一応、貴金属製品ですね。これもフルートだけが持つ魅力の一つです(他に貴金属で作られた楽器って…ないでしょ)。

 まとめ(笑)。フルートの魅力。

 1)室内で聞くには、無理の無い安定した楽音。繊細で陰影のある音楽を得意とする。
 2)操作がたやすく、運動性にすぐれている。
 3)広い音域。
 4)(男性でも)女声用の曲を演奏できる。
 5)単純に音色が美しい。
 6)聖なる音色、清楚な音色で、癒し系音楽に適している。
 7)とりあえず、貴金属製品。

 フルートの魅力については、探せば、まだまだいっぱいあるだろうけれど、今日のところは、これくらいで勘弁しておきます(笑)。フルートって「最も人の声に違い楽器」なのかもしれないけれど、人の声との違った魅力のある楽器ですね。

 最後に、フルートが単なる「最も人の声に近い楽器」でない証拠は、歌を歌える人でもフルートを吹くことからも分かります。フルートに歌声を越える魅力がなければ、歌う人はフルートを吹きませんもの。

 と言うわけで、私にとって「フルートは最も人の声に近い楽器」というよりも、「フルートは楽器として、極めて魅力のある楽器」です、と言いたいです。というよりも、歌声と楽器を比べることが、ナンセンスかな(でも、比較するとおもしろいですね)。

コメント

  1. とと より:

    こんばわ、すとんさん

    >というよりも、歌声と楽器を比べることが、ナンセンスかな(でも、比較するとおもしろいですね)。

    確かに(長所の)比較おもしろいです
    (でも、欠点の比較は、面白くなさそう。。
    どの楽器(歌声も含めて)も名人のかたの演奏はすばらしいです んんん?? ぅん!!、音楽そのものが素晴らしいのかな すばらしい御意見ありがとうございます

  2. アリサ より:

    以前、チェット・ベイカーのことを書いておられましたよね。
    そういうタイプの方を聞いていると、わかってくるかもしれないです。

    フルートの音色…いろんな表現があるんですが、他の楽器と比べてというレベルの話になると、色気がうすいかもしれませんね。生活感のない音というべきか、浮世離れしているというべきか。
    それが、変態的なプレー(?)につながっていくのがおもしろいです。
    足かせ(音色や音量の幅が比較的狭いなど)がある方が、限界点を表現する音ができるということでしょうか。

  3. すとん より:

    >ととさん

     実は、私は長所短所というのが、実はよく分かりません。『他と比べて劣っている部分』を短所と言うんだろうと思ってます。でも、劣っている部分は特徴であって、短所とか欠点とかにはならないのではないかとも、私は思います。つまり『ピンチはチャンス』って考え方です。

     記事にも書きましたが、小音量というのはフルートが他の楽器比べて劣っている部分ですね。おそらく“短所”になるんだと思います。でも、私はそれを“室内で聞くにはちょうどいい”という風に考える人です。

    >確かに(長所の)比較おもしろいです (でも、欠点の比較は、面白くなさそう。。

     『欠点の比較こそがおもしろい』と私は思いますよ。それはお互いの足りない部分をどうやって補っていこうかということにつながりますから。逆に、長所の比較って、誉め殺しみたいで、どうなんでしょう。

     孫子の「敵を知り、己を知らば、百戦危うからず」の精神です。

    >音楽そのものが素晴らしいのかな 

     うん、そうです。そういうことです。

  4. すとん より:

    >アリサさん

     楽器の性能が良いと、人は感動するんでしょうか?

     例えば、大きな音が出せること、高い音が出せること。これは一般的には、良い性能ということになるんでしょうが、大きすぎる音はうるさいですし、高すぎる音は耳障りです。しかし、大きすぎる音が出せる、高すぎる音が出せるのは、一つの特徴だと思います。

     フルートの音はおよそ色気がありません。だから、単なるロングトーンでは魅力がありません。そこで、アジリタの技法(って言っちゃっていいのかな? 細かい音符が連続する演奏方法です)がフルートの演奏方法として発達しました。逆にサックスのような楽器でアジリタをやると、えらくクドイ音楽になってしまいます。一見、欠点に見える事が、実はその楽器の特徴になって行くのだと思います。

     「生活感のない音が変態的なプレーにつながる」というのは「ああ、なるほどなあ…」と思いました。つまり、真っ直ぐ行って行って行っちゃうと、いつしか反対側に行っちゃうと言うわけで、それじゃあユークリッド幾何学の世界みたいですね。

     チェット・ベイカーの歌は、もう、声学的な見地から見れば、欠点だらけです。あんな歌手はありえないです。でも、感動的なんですね。(ベイカーが下手という意味ではないけれど)うまければ良いのか…、なんかそう思ってしまいます。フルートも色々と限界がある楽器です。他の楽器と比べちゃうと残念な部分もたくさんありますが、だからこそ、人を感動させられるのでないかと思います。

     どうでしょ?

  5. アリサ より:

    すとんさんのレスを見て思い出したのですが、かのワーグナーは、当時の大音量フルート(今はもっと大音量ですか)に向かって、「その大砲をどけろ!」と言ったそうですね。

    モーツァルトはフルートの音色が大嫌いだったとか。
    (苦手だったのを嫌いと言ったのかもしれませんが…)

    牧神パンの笛も、形は違うけどフルートの一種で音が出る原理は一緒。パンは「パニック」の語源となったいたずら好きな牧神です。

    嵐が来たときに、ぴーっとすきま風が鳴るのも同じ原理ですよね。
    癒しとはほど遠いエピソードも結構あるものなんですね。

    声楽をしていないのでわからないのですが、フルートのビブラートと声楽のビブラートは似てますか?
    フルートは音程を揺らさないですよね。
    サックスは音程を揺らすので、その違いも色気の有る無しにつながるのかなと思いました。

  6. すとん より:

    >アリサさん

    >声楽をしていないのでわからないのですが、フルートのビブラートと声楽のビブラートは似てますか?

     フルートは元々ビブラートをしない楽器で、モイーズが始めてフルートにビブラートを持ち込んだと聞いています。で、そのモイーズが持ち込んだビブラートですが、モイーズは若い時、歌劇団付属のオーケストラで修行をしていたそうで、その歌劇団に出演する歌手たちのように、フルートを吹きたいと思い、オペラ歌手たちのビブラートをフルートに持ち込んだのだそうです。

     なので「フルートのビブラートは声楽のビブラートに似ているか?」という問いに対しては「フルート側が似せようと努力してきた」と言うのが正解だと思います。

     声楽のビブラートのメカニズムは複雑です。声楽の場合は、声帯の複雑な動きで付くビブラートと、横隔膜のうねりで付くビブラートと、体内にある多くの共鳴腔で響き合ってできたビブラートの、三つの種類のビブラートが互いに共鳴(共振?)しあって、出来上がっています。ですから、音程と音量と音質の三つを同時に複雑に揺らします。

     なので声楽では、人為的にビブラートを“付ける”というのはできません。声が成長してくると自然とビブラートが付いてくるものです。そしてさらに訓練を重ねていくと、ビブラートを押さえる事ができるようになります。

     ちなみに、声楽では、音程の揺れが目立つビブラートは嫌われます。これは“ちりめんビブラート”と呼ばれます。音程も音量も音質も少しずつなだらかに複雑に揺らすのが、美しいビブラートですが…ビブラートそのものは少なめにかけるのが、美しい声の条件なんですね。

     「ビブラートは控えめに」が声楽の方の常識です。

    >癒しとはほど遠いエピソードも結構あるものなんですね。

     つまり、今のフルートは、改良に改良を重ねて、ここまで美しい音を獲得してきたのだと思います。その過程で多くの楽器職人さんたちが努力と苦心があったのだろうと想像します。

     もちろん、今のフルートで汚い音も発声できますが(笑)。

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