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歌を学ぶのは難しい(涙)

 昨今、声楽のレッスン帰りに思うことは「歌って難しいなあ」って事です。ほんと、難しいです。

 私などは、声楽を継続的に習い始めて、もう10年を越えました。実は学習歴12年ですよ、学校で言えば、声楽を習い始めたのを小学校1年生に例えるなら、今や高校3年生です。来年はいよいよ音大受験なんですよ(って、嘘です)。

 12年も習っていて、現在の実力は…と言えば、たかが知れています。ほんと、たかが知れているわけで、たまに音源をアップするからお分かりでしょうが、まあ、あんな程度です。自分的には、だいぶ進歩していますが、世間的にはまだまだ全然と言ったレベルです。

 私の場合は、そもそもの音楽的な才能がかなり不足していた上に、音楽的な経験も皆無だし、音楽的な専門教育ももちろん受けていなかったし、ただただ「歌が好き」という気持ちだけでやってきた、いわば“旦那芸”なわけですから、そりゃああんまり上達はしないわけですが、それでも毎日のように歌の練習をして、命の次に大切なお金もつぎ込んできたわけだから、もうちょっと上手くなっていても良いような気がするけれど、現実は、あんな程度だったりするわけです。

 ああ、歌って難しいなあ。

 そこで、悔し紛れに、なんで歌を学ぶのは難しいのか、その理由を考えてみました。

1)自分で音程を作らないといけない。

 ピアノならキーを叩けば、ギターなら正しいフレット位置を指で押さえて弾けば、管楽器なら正しい運指で吹けば、ほぼほぼ正しい音程が出ます。歌は、キーもなければフレットもないし、運指なんて便利なものもありません。耳で聞いて、それを覚えて、声で出す。ただ、それだけ。いやあ、難しい。

 最初は耳で聞いても、正しく聞けなかったりするし、聞いて覚えても、思い通りの高さの声なんて出ませんよ。いやあ、ハードル高い。音程を作ると言った点では、歌って、ヴァイオリン(つまり弦楽器)並に難しいわけです。

2)自分のカラダの動きをコントロールできなゃいけない。

 横隔膜のコントロールだとか、ノドまわりを脱力するとか、軟口蓋を上げるとか、自分のカラダ…それもいわゆるインナーマッスル(体内の筋肉)の動きをコントロールしないと歌えません。同じ筋肉でも、手足の動きなら、他人の動きを見て参考にしたり、自分自身の目で見て確認しながら学ぶ事ができますが、インナーマッスルって、自分のモノも他人のモノも見ることができません。他人のインナーマッスルの動きを推測し、自分のインナーマッスルを理想的な状態になるように動かしていく。そんなコントロールが出来なきゃいけないわけで、こりゃあ難しいよね。ほんと難しい。

 でも、これが出来なきゃ、声楽的な美しい声では歌えないわけだから、頑張るしかないわけです。

3)外国語…英語じゃなくて、イタリア語とかドイツ語とかフランス語とかに慣れ親しまなきゃいけないんだよ。

 歌って、音楽と言葉で成り立っているわけで、私が学んでいる声楽の場合、どうしても、イタリア語は不可欠なわけだし、進歩してくると、ドイツ語(今苦労しています)やフランス語にも手を出さないといけなくなります。

 外国語って、難しいよね。我々は学校で英語を習いましたが、声楽では、そんな親しみのある英語ではない外国語で歌わないといけないわけで、ああ難しい。難しいよね。

 外国語が難しいなら、日本語専科で歌えばいいじゃん…って思うだろうけれど、声楽の場合、日本語って、イタリア語よりもずっと難しいわけで、そんな難しい日本語で歌えるほど、まだ進歩もしていなければ、上達もしていないんだよ。

4)所詮、我々は顔の平らな日本人なんだよ。

 それなのに、立体的な顔を持つ西洋人と同じような声を出さなきゃいけないわけで、こんな平べったい顔の中に、擬似的に立体顔の西洋人のような形を構築して、その上で声を出さなきゃいけないのです。西洋人と比べると、スタート位置が全然違うわけです。

 まあ、クラシック声楽なんて、所詮、彼らの音楽であり、彼らにしてみれば、自分たちのご先祖様の音楽だし、伝統文化は今に脈々と続いているわけです。

 でも我々日本人にとっては、肉体的にも精神的にも西洋人に近づかなきゃ、歌えないのです。もちろん、肉体的にも精神的にも、我々は西洋人とは全く異質な人類なわけで、彼らがたやすく出来る事が我々には無理難題だったりもするわけです。それでも、日々、西洋人の猿真似(ウッキー!)を目指していくしかないのです。

 ハードウェアの違いを、ソフトウェアと努力と根性と要領の良さで乗り越えていかないと、いかんとです。ああ、難しい。

5)おまけに完璧主義の日本人なわけだし。

 ちょっとでもミスがあると全否定しちゃうのが、日本人の悪い体質です。減点方式なんだよね。だから、超一流のオペラ歌手の歌をレコードとかで聞いて、あのレベルで歌えないと「ああ、自分なんて、全然ダメなんだ」と落ち込むのです。ああ、面倒くさい。そんな面倒くさい日本人の一人だったりするのですよ、私だって。一年前の自分よりも、だいぶ上手になっていたとしても、とてもとても、パヴァロッティやドミンゴとは比較にならない程度の歌しか歌えない(当然の話です)わけで、無意識のうちに彼らの歌と比べて、無駄に落ち込んでいたりする私は、やっぱり完璧主義な日本人なんですよ。

 一体、誰と戦っているつもりなんだろ>自問自答だなあ…。

 そんなこんなで、歌って難しいです。自分には難しいです。いつになったら、自分で納得するレベルの歌が歌えるのか…そんな機会は一生与えられないものなのか? それを考えると、わけもなく凹むんだよね。

 

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