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すとん前史 その7

 合唱を辞めて、個人レッスンを受けようと思ったのは、もちろん力不足を感じてというのが一番の理由だったけれど、団の指導者さんから「君の声は合唱じゃなくてオペラ向き」と言われた事も理由の一つです。まあ、当時は「オペラ向きうんぬんって言うけれど、実は体よく追い出されただけなんじゃないの?」と思わないでもありませんでしたが、今思えばそれは私の“下衆の勘繰り”で、当時はまだまだ貧弱な声の私だったけれど、その中に光るものを見つけてくれて言ってくれたんだと思います。

 実際のところ、私の声は合唱ではなくオペラ向きなんだよなあ(笑)。つまり基本的な声の声質が“溶け合う声”ではなく“突き抜ける声”って事ね。実際、歌声でなく、話し声であっても、音量を抑えたヒソヒソ声であっても、結構遠くまで届いちゃうし、人混みの中でも声が飛んで行くから、たいして大きな声を出さなくても、人を呼び止めるくらいはお茶の子さいさいだったりして…まあ、便利と言えば便利な声だよね…内緒話はできないけれど(溜息)。

 それにしても、プロの声を見抜く力は凄いね。

 さて、合唱団を辞めて、声楽の先生を探しましょうとなった時に、私の身近にいたペラキチの彼女に「どこかに良い先生はいませんか~?」と相談をしたところ「じゃあ自分が習っている先生を紹介してあげる」と言われて紹介していただきました。

 それがT先生でした。

 T先生はメゾソプラノの方で、まだ若い先生でした。もっとも“若い”と言っても、私よりは、だいぶ年上でしたけれどね(笑)。

 T先生、今思うに、本音で言えば、私を引き受けたくなかったのかもしれません。初レッスンの時に「私は基礎は教えるけれど、基礎をマスターしたら、すぐに男性の先生とチェンジしますよ」と言われたらくらいです。おそらく男性…と言うか男声の生徒を教える自信がなかったのかもしれません。だって、女声と男声って、発声方法が全然違うからね。今の私なら、そこんところも分かりますが、当時はそんな事も分からなかったので「この先生、何を言っているだろ?」って思っていたくらいでした。

 T先生のところには毎週レッスンに通いました。やったのは、コンコーネ50番とイタリア古典歌曲と言う、典型的な初心者学習セットのような組み合わせです。

 それまで合唱団の練習前のヴォイストレーニングってのが発声を良くする訓練だと思っていた私でしたが、いやあ、個人レッスンは全然違いました。合唱団のヴォイトレなんて、ただの準備運動だよね。声をきちんと育てようと思ったら、やっぱり個人レッスンは必須だな。

 T先生の元で、熱心にレッスンに励みました。そうしていくうちに、どんどん声が出るようになりました。そして声が出るようになるとともに、どんどん歌えなくなってしまいました。どういう事かと言うと…声は出るんですよ。大きな声も力強い声も高い声も低い声も良い方向にドンドン声が出るようになりました。でも、その一方で、音程をガンガン外すようになりました。

 それ以前も、そんなに精密な音程で歌える人ではなかったのですが、それでもバンドで下手くそなヴォーカルをやれる程度には歌えた私でしたが、T先生に習い始めてからは、全然正しい音程で歌えなくなりました。だって当時の私は、実際に声を出してみるまで、どんな声が自分から出てくるのか、見当もつかなくなっていたからです。

 急速に私の声が変化をし、私の感覚がそれに追いつかなくて、急性音痴になってしまったわけです。ざっくり言えば“自分の声をもてあますようになった”わけです。

 でもまあ、それでもレッスンを続けていれば、急成長した自分の声のコントロールの仕方も体得して、やがて急性音痴も治る…はずだったのですが、その急性音痴が治る前に、T先生に放り出されてしまいました。

 実は、破門されちゃったのです(驚)。

 破門の原因は…当時、全然分かりませんでした。とにかく破門されちゃったのでした。レッスンの終了時に「あなた、破門だから! 次回からレッスンには来ないで!」と、言葉を投げつけられて終了でした。つい直前までレッスンしていたのに…。私はすぐには状況が飲み込めませんでした。それくらい唐突な出来事だったわけです。

 これは一大事件であり、門下に激震がハシリました。もちろん、私を紹介してくれたお姉さまも驚いていました。「あんた、先生に何をしたの!」って、怖い顔して責められたもの…。でも、私、何にもしてないのよ。これはほんと、嘘偽りなしで何もしてません。

 破門とはおおごとなので、お姉さま以外にも、同門の方々から散々心配されてしまいました。なにしろ私、門下では黒一点でしたから、門下のお姉さまたちに可愛がられていたんですよ。それが破門ですよ。そりゃあ、みんなビックリしますよね。で、大騒ぎになったわけです。それくらいの出来事だったのですが…私が破門されて、一ヶ月もしないうちに、門下生全員が次々と破門されちゃいました(笑)。私を責めていたお姉さまも自分が破門されるとは思っていなかったらしく、自分が破門されてから、私に「あの時はごめんね」と謝ってきましたからね。

 で、T先生。生徒を全員破門して、どうしたのかと言うと、海外に行っちゃいました。要するに、自分の活動拠点を海外に移すために生活や仕事をリセットして、当時教えていた生徒たちを全員切ったわけです。

 …だったら破門にせずに、理由を話して、円満解決をすれば良かったのに…なぜかそれをしなかったT先生でした。なぜでしょ?

 T先生は、多少癖のある人だったけれど、概ね常識のある人だと思っていましたが、きっと何か生徒には言えないような事情があったんでしょうね。でも一切何も話さないままで消えてしまったので、たくさんいた女性の生徒さんたちはブーブー言ってましたし、結構口汚く先生を罵っていました。女の人の口撃って凄いよね…。

 私は、人生最初の破門を喰らい、真面目に落ち込んだのでした。あれだけ音楽が好きだったのに、憑き物が落ちたように、そこでぷっつりと音楽を辞めちゃいました。

 これ以降、約15年ほど、音楽とは無縁な生活をしたわけです。

P.S. T先生時代に、一回だけ発表会に出演しました。そこで歌ったのが、スカルラッティ作曲の「Gia il sole dal Gange/陽はすでにガンジス川から」と、ベッリーニ作曲の「Vaga luna, che inargenti/優雅な月よ」です。当時は歌曲のなんたるかも分からずに、ただ与えられたから歌っただけでした。

 こちらは、ベッリーニ作曲の「Vaga luna, che inargenti/優雅な月よ」です。いい曲ですよね。でも、当時の私はこの曲の素晴らしさが分からず、ただただ「上手く歌いたい」と願っていただけなんです。上っ面だけで気持ちの入っていない歌い方しか出来なくて…なんかモッタイナイ話だよね。

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コメント

  1. たろすけ より:

    そんなことがあったのですか。トラウマになってしまうのも仕方がありませんね。
    真面目にやっていればいる程、そのような仕打ちを受けた時の傷は深くなりますよね。

    声楽家を始めとする芸術家には一風変わった人が多いですから、いきなり人格者の先生に出会うのは中々難しいように思います。
    ひょっとしたら上達の一番の秘訣って、まず自分に合う先生を引き当てることなのかもしれませんね。でもこれってバクチのようなものです。
    特に声楽は先生によって発声法が180度違ったりしますし、人格に於いても発声法に於いても、いかに自分に合う先生を見つけるか、というのが器楽よりも遥かに重要になってくるように思います。

    すとんさんはよく記事で声楽は才能の占める割合が大きいと書かれていますが、
    才能と運がものをいう分野と考えると、悪く言えば努力の報われない、良く言えばロマンに溢れた楽器ですよね。
    ちなみに私は一発逆転のチャンスがある声楽が好きです。大人になってからピアノやバイオリンを始めても、長くやっている人にはかないっこないですから。笑

  2. すとん より:

    たろすけさん

    >すとんさんはよく記事で声楽は才能の占める割合が大きいと書かれていますが、

     まあ、声が楽器屋に行っても買えませんからね。神様からもらった楽器がすべてで、どんな楽器をもらえたかは、人によって違うし、気に入らないからと言って返品できないし…ねえ。そういう点では、才能と運がものを言う世界です。

    >悪く言えば努力の報われない、良く言えばロマンに溢れた楽器ですよね。

     そうそう、ロマンに溢れた楽器です(笑)。

    >一発逆転のチャンスがある声楽が好きです

     あ、なるほど。私にはそういう考えはなかったなあ。でも確かに、器楽では子どもの頃からやってきた人には、絶対にかないませんが、歌は、もしかするとプロにも勝てちゃうかもしれない、一発逆転の魅力がある楽器です…まあ、たいていは勝つどころか、足元にも及ばないのですが、それでも夢は見られます。そこが…ロマンなんだな。

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