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テオバルト・ベームさんには、足を向けて寝られない

 私達笛吹きが今日、こんなにフルートで楽しませてもらっているのも、みんなみんな、テオバルト・ベームさんのおかげじゃないかって、私は思ってます。

 普段の私は、ブログに書く際、外国人の場合は名前を呼び捨てにするのが常ですが、今回は敬愛の念を込めて『ベームさん』と呼ぶことにします。

 で、そのベームさんは何をした人なのかと言うと、今日私達が手にしているフルートを完成させた人であります。

 ベームさんは19世紀の人です。彼は当時の神童で、ドイツを代表する天才フルート奏者でした。彼は元々金属加工業者の家に生まれ、フルートを始める前は、金属加工職人としての修業をし、腕の良い職人として将来を嘱望されていたそうですが、フルートを始めたところ、その才能を一気に開花させ、昼は金属加工業者として働き、夜はプロフルート奏者として活躍していたのだそうです。

 そんな二足のわらじを履いていたベームさんでしたが、やがて自分が吹いている楽器に不満を感じるようになり、自分の工房でフルートの改良&製作に着手するようになりました。そこで生まれたのが、ベーム式フルートであって、我々が現在手にしているフルートそのものだったりします。

 当時の一流奏者の意見が基に、当時の一流職人が改良を加えて完成させたんだから、悪いはずないのです。で、フルートという楽器が、その段階で、一挙に完成してしまったわけです。

 つまり、19世紀半ばに生まれたベーム式フルートを、我々は現在、吹いているわけです。

 もちろん、ベーム以前にもフルートはありました。例えば、バロック時代に活躍した、フルート・トラヴェルソであったり、古典派の時代に重宝されたクラシカル・フルートなど、フルートはその時代時代の音楽趣味や観客の好みに合わせて、少しずつ改良されてきました。それが19世紀になりベームさんによって、一気に完成されたわけです。

 まあ、ベーム以前のフルートがダメだとは言えないと思いますが、ベーム以前の時代の音楽も、今ではベームさんが完成させた現代フルートで演奏するのが常ですから、やはりベームさんの功績は大きかったと言えると思います。

 ベームさんがフルートに与えた改良点は、以下のとおりです。

1)トーンホールを巨大化し、音量を増し増しにした。
2)管体を円柱形にして半音階もクリアに出せるようにした。
3)メカの改良により運指を簡単にした
4)リングキーを採用して、複雑な演奏テクニックを可能とした
5)管体を銀製とし、メンテを楽にした
6)フルートを明るめの均一した音色で演奏できるようにした

 まあ、ざっとこんなところでしょうか? もしも、ベームさんがこの世になく、フルートが19世紀に完成されることなく、モーツァルト時代のクラシカル・フルートを今でも吹いているとしたら、たぶん、私達はフルートを楽しむことは難しかったと思います。

 フルートという楽器そのものは、バロック時代の名曲たちがレパートリーとして残っていますし、ベームさん以前に、すでにオーケストラの中の楽器として定着していたので、ベームさんがこの世に生まれなかったとしても、フルートという楽器そのものが無くなっていた事はないでしょうが、ベームさんがいなければ、近代フランス音楽におけるフルートの偏愛は生まれなかったろうと思います。つまり、ドビュシーもラベルもフォーレもサン・サーンスもプーランクも、フルートの曲を書くことは無かったでしょうし、フルートの運指も難しいままで演奏は難しく、音量は小さいままで、音色も均一でなくて凸凹していて、なんとも霞んだ音しかしない楽器になっていたと思います。

 そんな寂しい楽器を、趣味の人たちが喜んで吹くでしょうか? たぶん私は吹かないと思います。だって、つまんないもん。

 ベームさんが19世紀にフルートを完成させてくれたおかげで、フルートが楽しくなった…と私は思ってます。だから、私が今フルートを吹いているのだって、それはきっと、ベームさんのおかげなんです。

 だから、ベームさんには足を向けて眠れないなあって思ってます。

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コメント

  1. おざっち より:

    まったく、すとんさんのおっしゃる通りですね。我々はベームさんの恩恵をものすごく受けているわけです。ちなみに、クラリネットなんかも、ベーム式を参考にしてメカニズムを完成させたとのことで、ベームさんの恩恵というのは計り知れないですね。

  2. operazanokaijinnokaijin より:

    先般、NHKのクラシック音楽番組で、フルートを特集していた際、
    金属加工の専門家にして、名フルーティストのテオバルト・ベームさんが
    紹介されておりました。

    XX細胞だ、重力XXだ、だといった、科学の大発見をした方々は皆、
    天才or秀才と思いますが、しかし、その誰か1人がいなかったら、
    他の誰もそれを発見していなかったか?というと、どうなんでしょう?

    科学の世界に研究者は多く、激しい競争をしているわけで、
    大発見の一歩手前に位置している人はたくさんいることでしょう。
    本来ならば、その大発見一番乗りをするはずの大天才が、
    不幸にして、突如、欠けても、
    やや遅れて、別の大天才が、その大発見をしてくれる可能性、大かも。

    しかし、フルートの場合、金属加工専門家 兼 名フルーティストである
    ベームさんという、たった1人の天才がいなかったら、
    他の誰も、現在のフルートを開発していなかった可能性、大かも。

    ベームさんの存在は、フルート界における奇跡だったと、私も思う次第です。

    おしまい

  3. tetsu より:

    こんばんは。

    > テオバルト・ベームさんには、足を向けて寝られない

    Dover版のベームの”The flute and flute-playing”はD.C.Millerのコメントも含めて以前も触れた記憶がありますがメチャオモロイです。
    モダンフルートの起源はベームの1847年円筒管ですね。
    久しぶりにググッてみたら他人様のブログですが面白いサイトが見つかりました。
    すとんさんのお話しの補足です。

    https://nakagawaflutes.wordpress.com/2015/07/11/%e3%83%9f%e3%83%a5%e3%83%b3%e3%83%98%e3%83%b3%e3%81%ab%e6%96%bc%e3%81%91%e3%82%8b%e3%83%95%e3%83%ab%e3%83%bc%e3%83%88%e3%81%ae%e5%a4%89%e9%81%b7/

    >1882年にワーグナーがバイロイトで自身のパルジファルを初演する際、円筒管フルートをキャノン砲と言ってやめさせた件

    という話は聞いたことがありますが、続きがあって、

    > この時のフルーティストこそがミュンヘン宮廷オーケストラの名手で、作曲家としても知られるルドルフ・ティルメッツだったのだ。
    > ティルメッツ自身はべームに薫陶を受けたフルーティストだったと言う事実。彼自身はワーグナーに指摘されるまで円筒管フルートを吹いていたのだ。
    > ワーグナーの一言によって、1882年から50年以上もの間ミュンヘンの一流の音楽家が円錐管フルートでの演奏に戻り、守り続けた事実は、いかにワーグナーが影響力のある作曲家であったかということを証明している。

    「いかにワーグナーが影響力のある作曲家であったか」というのは笑ってしまいます。

    https://nakagawaflutes.wordpress.com/2014/03/06/%e3%83%a1%e3%82%ab%e3%83%8b%e3%82%ba%e3%83%a0%e3%81%ae%e5%a4%a7%e5%a4%89%e5%8c%96/

    > 笛はもともと音孔を直接指で押さえて音階を奏でるものであった。
    > トーンホールが大きくなれば、直接指で塞ぐことは難しくなる。
    > 全てのトーンホールを指ではなくパッドを介して塞ぐキイシステムへと移行していく。
    > この現代的キイシステムの発明によってフルートの「よい音」の重要要素のひとつである密閉が、演奏家ではなく、技術者の腕にほぼ完全に委ねられることになったからである。
    > 押さえる側と連動する側が両方ともパッドになってしまったことで、演奏家の技術次第で密閉状態を探り当てられた時代が終わったのである。

    「ベーム1847年型一号機、右手部分」の実物は見たこともありませんが、こちらも試したとしても音がでないでしょう。
    リングキー、カバードキーの話題の前にこういう時代があった、というのは面白いです。

  4. すとん より:

    おざっちさん

     ベームさんは、本当に天才だし、仰る通り、フルートのみならず、クラリネットを始め、他の管楽器の設計にも影響を与えたすごい人なんだと思います。

     ベームさんがいなくて、オーケストラは存在したでしょうが、ベームさんがいなければ、もしかすると吹奏楽という音楽ジャンルは生まれなかった…かもしれません。もちろん、軍楽隊はベーム以前からありましたが、その音楽が日本に輸入されて、学校に導入されて吹奏楽という音楽ジャンルを成り立たせるためには、学生たちにとって取り扱いが容易で、メンテと演奏が優しい現在の管楽器が必要です。ベームさんがいなければ、フルートをはじめとする多くの木管楽器たちは、音量も小さく、習得も難しく、楽器の維持管理が難しく、当然、価格も高価であって、とても学生たちの手に負えるものではなかったと思います。

     そういう意味では、ベームさんは吹奏楽の種の一つなわけで、やっぱりすごいねえって話になります。

  5. すとん より:

    operazanokaijinnokaijinさん

    >本来ならば、その大発見一番乗りをするはずの大天才が、不幸にして、突如、欠けても、やや遅れて、別の大天才が、その大発見をしてくれる可能性、大かも。

     よくSFなどで「時の修正」と言われる現象ですね。同じ時代に別の場所で別の研究者たちが同じテーマの研究をし、どちらが早く発表するかなんて、今でも普通にやっている事ですから「時の修正」などという言葉を使わなくても、そうなんだろうなあって思います。

     でも、ベームさんの場合は、金属加工職人兼フルート奏者であった事が、とても大切な要件であって、その代わりになる人は、いずれは登場したかもしれないけれど、すぐには現れないんじゃないかと思うくらいに、特殊な要件ですよね。

     ベームさんがいなければ、ほんと、今でも私たちは、モーツァルト時代のフルートを大切に吹いていたかもしれませんね。

    >ベームさんの存在は、フルート界における奇跡だったと、私も思う次第です。

     私もそう思います。ベームさんがいなければ、近代以降の音楽の流れは、今とは大きく異なっていたと思ってます。

  6. すとん より:

    tetsuさん

     ワーグナーは、おそらく、フルートが好きではなかったのでしょう。でもそれはワーグナーに限らず、当時の古典派からロマン派にかけての作曲家たちに共通した傾向です。大作曲家たちがフルートを嫌っていたのには、色々な理由があったのだと思います。モーツァルトあたりは音程の悪さが気に入らなかったみたいですが、ワーグナーは、フルートのどんな点が嫌いだったんでしょうね。知りたいものです。

     それにしてもワーグナーの好き嫌いで、ドイツではフルートの進化が50年以上も止まってしまったのは、不幸な事です。もしも、ベーム式フルートがワーグナーに愛されていたら、今頃はフルートのレパートリーもだいぶ変わっていた事でしょうね。返す返すも残念です。

    >リングキー、カバードキーの話題の前にこういう時代があった、というのは面白いです。

     いや、ほんと。メカあり派VSメカなし派でしょうか、それはそれで面白いですね。たとえばリコーダーはメカなしですが、リコーダーにフルート並のメカを取り付けたら、なんかすごい事になりそうな気がします。リコーダーが大音量楽器に生まれ変わったりして(笑)。違う?

     

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