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若く見られる私は、費用対効果を考えながら、痩せない職場環境で、上司の無理難題を聴きながら、高いGの声で、息子君のクラブ活動について心配する?[2008年4月]

 今月のまとめです(笑)。記事内容のキーワードを無理やりつなげてタイトルにしてみました。ちょっとシュールな感じですね。ま、今月も小ネタ揃いですが、集めてみると、それなりの分量があります。まさに「塵も積もれば山となる」状態です。では、どうぞ。


今月は高いGまで

 高いGとは、もちろん音高のこと。テノール的な表現だと「固定ドで言う、ト音五線の上のソ」のことです。今月はこのくらいまで手中におさめつつあるって感じかな。

 高音禁止令が解除されてからも、いたずらに高音の発声練習をするのを止めています。ただ「高い音が出ればいいや」ではなく「中低音の響きを保ったまま高音を出す」ことを目下の課題にしています。つまり「音色を変化させずに高音を出す」ってことです。

 それにチェンジはなんとか克服したみたいなので、ここから先は時間の問題と思ってますので、心理的に余裕があるのも事実です。

 ただ、ファルセットとか、口の中を狭くして発声してみるとか、ロック歌手のようにお辞儀の格好で下向いて歌うなど、とにかく出ればいいのではあれば、もっと上まで出せるけれど、使えない音ならば、それは出ないのも一緒。使える音を確実に広げてゆくことが先決。先生からも「GまでOK。もう少しでAs(ラのフラット)まで行けたね」とコメントいただいてます。

 半音ずつ、半音ずつ、じっくり時間をかけて、あせらずに音域を広げてゆきたいと思ってます。今の音域ではまだ、オペラアリアやリートはもちろん、普通の合唱曲のテノールパートを歌うにしても、ちょっと足りない(やっぱりAまでは欲しいねえ…)からね。ガンバ、ガンバ。


私は若く見られる

 どうも私は、実年齢よりも若く見られる傾向があります。女性ならうれしいのでしょうが、男性の場合、見かけが若いと他人にナメられがちなので、ちょっと困ります。

 私の場合、うれしいことに頭の毛はまだたくさんあります。白髪もまだありません。デブなので、身体の隅々まで油ぎってますので、デフォルトで肌ツヤいいです。オタクなので日に焼けません。だから色白だし肌ダメージも少なめです。

 で、見かけは若いのですが、目はすでにショボショボの老眼ですし、耳はだんだん聞こえづらくなってきている。おまけに、デブで高血圧のメタボ予備軍だし、記憶力は日に日に低下しているし、体力に至っては平均よりも少ないし…。中身は確実に年齢相当でございます。

 これで見かけも年齢相当なら、周囲からもっと労ってもらえるだろうに、なまじ見かけが若いから、放っておかれることが多くて、困ってます。あと、若い者がタメ口だったりするのもチョットね…。ああ、明らかに若く見られているなあ…と思っても、いまさら「私は〇〇歳だから…」とか「もう少し爺さん扱いしてよ」いうのも変だしサ。なんかね。


痩せる職場

 痩せる仕事って私の経験上、色々とありますね。一番効果があるのは『熱い職場』。サウナ風呂のような場所で働くことです。学生時代、ポテトチップ工場で短期のバイトをした時は、一夏で50㎏痩せました(どんだけ太っていたんだい!)。

 次は気遣いをする職場ですね。人間、気遣いばかりしていると、ドンドン痩せるものです。

 その反面、身体を使う職場は、健康になり、食もすすみ、案外痩せないものです。土方とか造園とか鳶のバイトをした時は、メキメキ体重が増えましたもの。

 今の職場は…体使いませんし、一日の大半はパソコン仕事ですし、締切りに追いまくられていますし、ストレスフルで過食気味だし、休み少ないし(と言うと、もっと忙しい人たちから叱られそうですね)、なんか痩せる要素がない職場です。


アマとプロの違い または 費用対効果の話

 一体、道具にどれだけのお金がかけられるのか、という話。

 もちろん「無い袖は振れない」が前提なのですが、アマとプロの一番の違いは、費用対効果の問題でしょう。つまり、プロは回収できる範囲内でしか投資しないけれど、アマチュアは採算度外視で自分に投資する点でしょう。

 だから、人は、自分の趣味に一体いくら使ってきたのかと考えると、空恐ろしくなったりするのは、そういうわけだろうと思ってます。

 私の身近にカメラが趣味の人がいます。常に最新鋭の最高機種のデジカメを所有しております。そして、その事を出入りのカメラマンさん(ってことは、プロのカメラマン)に自慢するのです。そのプロの方は…もちろん、いいカメラを持っているのですが、必ずしも最新鋭でもなけれは、最高機種でもない。どっちかというと、ちょっと前のミドルクラスのカメラだったりします。

 ある日プロの方が、彼に自慢された後、私にこう言いました。自分だって、最新の最高機種で仕事をしてみたい。だけど、そんな高いものを買っても、赤字になるだけで、仕事にならない。仕事として利益を出すためには、多少古かったり性能がソコソコのカメラで、きちんとした写真をとるしかないじゃないか、と。

 つまりアマは道具で勝負し、プロは腕で勝負する。そして、プロは費用対効果を常に意識し、その範囲で最高のものを自分の腕で作ってゆくのに対して、アマは技術の足りない部分を金にものを言わせてなんとかするのです。

 音楽でも、そんなことありますかねえ…。

 もっとも、一流のプロ奏者の使っている楽器って、めっちゃ高価じゃないですか? 彼らはあんな楽器を使って、きちんと黒字を出しているのしょうか? ちょっと疑問です。

 そうそう、趣味はいくらでもお金をかけると書きましたが、子どもの場合は事情がちょっと違いますね。だって子どもには経済力ないもん。子どもの場合は、専ら親の経済力が趣味に関係するのでしょうね。

 そして子どもの場合、趣味が高じて職業になったりもします。

 私も小学校に入るか入らないかの頃、ピアノが習いたかったし、フルートが吹きたかったりしたのですが、親にことごとく「ウチにはお金がないから!」と言われて断念させられてきました。

 私に音楽的才能はなかったと思いますので、結果オーライだったと思います。なまじ親に普通の経済力があったとして、ピアノとかフルートとかが習えたとしたら、きっと私のことですから、そのまま毎日レッスンして、少しずつでも上達してゆき、きっと、どっかの音楽大学に進学しちゃったでしょうね。なにしろ、音楽の才能はなくても、コツコツ努力を積み重ねる才能はどうやらあるみたいなので…。

 で、学校は卒業するでしょうが、本当の意味での音楽的な才能はないし、ビジネスには不向きな内向的な性格だし、演奏家になるのは無理だったでしょうね。男性で自宅でピアノの先生というわけにもいかないでしょうし、一般企業に就職できるような才覚はないし、もしかして路頭に迷っていたかな…。あるいは、ガッコのセンセ? だったら今と変わんないか…。

 私の話はさてとき、親が貧乏なために、持っていた才能を腐らさせてしまった子どもっていうのも、世の中にはたくさんいそうです。

 そうか、小学生の時に習えなくて残念だった気持ちが、私の無意識に宿り、フルートの衝動買いになってしまったのだな。なんか今頃、過去と現在がつながって、納得。


打たれ弱い人は芸事には向かない

 師匠と上司は、無理難題と罵詈雑言を浴びせかけるものだと心得ています。

 もっとも、今の私の師匠(キング先生)と職場の上司は、二人とも至って紳士なので、罵詈雑言を浴びせることはありませんが、(特に上司の方は)無理難題を吹っ掛けてくることがあります。

 ま、それが芸の修行であり、社会生活っつうものです。

 無理難題なんていうものは、いわゆる「乗り越えるべき壁」だとか「予定調和の試練」なんだろうと思ってますし、罵詈雑言は「やさしくない叱咤激励」であるとか「精神を鼓舞させる魔法の言葉」であると解釈してます。

 そこに悪意があるかないかぐらいは、瞬間で判断しないと! たとえどんなにムチャだったり、言葉が汚かったりしても、師匠や(自分のことを真剣に考えてくれている)上司なら、悪意のあるはずなんてないに決まっているじゃないですか。むしろ、それらは愛情の裏返しでしょ。

 でも、打たれ弱い人は、そこんとこが分からない。他人の、ちょっとヒネッた好意や愛情が分からない。純粋まっすぐにしかモノを考えられない。実に人間的な余裕がない。

 そんな人は、社会生活に向いてないと思うし、芸事にも向いてないと思う。自分を育ててくれようとするからこそ、無理難題と罵詈雑言が師匠や上司から発せられるのだ。

 芸事を上達させるためには、社会性が、とりわけ、打たれ強さが必要というわけですな。がんばれよ~、皆の衆。


君は何部に入りたいの?

 ウチの息子君も無事に進級し、今年からいわゆるクラブ活動というものに参加することになりました。

 今年の担任の先生から「入りたいクラブ」という希望調査票が来たので、迷わず「声楽部」と書いたそうです。

 もちろん、即、却下(笑)されました。

 「じゃあ、合唱部でいい」と生意気な事を言ったそうですが、これも却下。

 結構大きな学校なのですが、音楽が専門の教師が一人もいないので、音楽系のクラブはやれないというのが、その理由だそうで。それって、何か、間違ってないかい?

 とりあえず第三希望まで書きなさいというので、卓球・パソコン・陸上の三つを書いたそうですが、どこになるのでしょうね。

 とにかく今は人数調整中なのだそうです。一応、6年生のクラブを決めて、後は順次学年の下の子たちの希望をかなえて、全体的に過不足のないような人数配分にするのだそうです。発表は連休明けくらいでしょうか? さすがは公立学校、仕事能率悪すぎ! そんなの、アンケート取ったら一週間以内に発表できるだろうし、4月中からクラブ活動も開始できるでしょうに、何やってんだか(嘆息)。


うたごえ運動!?

 うたごえ運動に関する、おもしろい(?)のコメントたちが「日本の伝統音楽とハモリ」のコメント欄で展開されました。私一人のコメントで成り立っているわけではないので、ここにまとめられませんでしたが、読んでみるとおもしろいかもネ。興味のある方は、クリックして飛んでください(願)。

 今月はこんな感じでしょうか?

コメント

  1. Cecilia より:

    息子君のクラブに関して・・・

    うちの娘達が最初に行った小学校にはクラブがありました。
    でも今は必修じゃないのですよね。
    次の小学校にはクラブがなく、年二回の”手作り教室”なるものがあります。
    地域の方にいろいろ指導していただいて何かを作るのですが。

    又最初の小学校には音楽専科の先生がいらっしゃったのでコーラス部もあったし吹奏楽部もあったのですが、後の学校では音楽専科もいないし部活もありませんでした。
    引っ越してから学校に音楽会がない・・・ということで、うちの子達はつまらないと言っていました。
    しかも音楽専科がいないだけでなく、音楽担当の先生もピアノが弾けない・・・とかで伴奏は児童がやっていました!(いいのか悪いのか・・・)

  2. 若く見られる・・・それ、うちの夫です。
    白髪は多少ありますが、しわも多少ありますが、見かけが若く見られるのです。
    あと、ポテトチップスの工場のバイトって。。。それも一緒です。夫は結構苦労してるみたいで、いろいろバイトやってたようです。実験必須の理系学部にいたはずなのですが・・・(だから留年したのか)

    >打たれ弱い人は芸事には向かない
    これはもう、心の底から同意です。
    うちの師匠も紳士ですし、私が過去についていた先生方もいずれもヒステリックな方はいませんでしたが、同期の子なんかは結構ヒステリックおばさまに泣かされた子もいたりしました。

    長女にもよく言うんですけどね。
    「耳にイタイことを言われるのは、いやかもしれないし、聞きたくないかもしれないよ。でもさ、どうしてその人がそういうことを言うのか?アンタに嫌がらせしたいからじゃないと思う。そういうことを言わずにすませれば、少なくとも気分は悪くならないけどさ、あんたのためにはならないでしょ?言うほうもツライんだよ~」
    これは生徒さんたちにも言ってますが。届いているといいな。(届かなかった子・・・やめちゃいました)

  3. すとん より:

    >Ceciliaさん

     息子君のクラブは必修クラブです。必須クラブは廃止ではなく確か削減だったと思いますが…。一応、学習指導要領には4年生以上はやりなさいと書いてあります。

     削減なので、時間をまとめてどっかでやる(手作り教室がそれなんじゃないでしょうか?)とか、いっそ他教科に振り替えてしまうなどの技で、あたかも廃止されてしまったように感じるのだと思います。

     しかし音楽担当の先生がピアノを弾けなくても、今は教材CDに伴奏カラオケが入っているのだから、何も子供に弾かせなくてもいいでしょうにね。それとも教材CDをきちんと見てないのかな? 案外、教材をきちんと見てないセンセっているんですよね。

     それに伴奏譜だって、普通・簡単・サルでも弾けるの三種類の伴奏譜が教師用の指導書には付いてますから、教員免許を取る時に最低限のピアノはやっているのだから、サルバージョンは弾けると思うのだけれどなあ…。

     私がピアノ弾いて授業をしろと言われたら、ひとまず、サルバージョンまたは、左手コード、右手メロディで弾いちゃうと思います。

  4. すとん より:

    >ことなりままっちさん

     ピアノの教師に限らず、先生というものは、その人のためを思って、色々と言うのですよね。

     私の大学時代の恩師は、他の大学に客員として授業をしている時はまるで仏様のように優しい(!)のに、自分の研究室では鬼のように厳しい人でした。

     あまりにその落差が激しかったので、思わず、なんでそんなに態度が違うのですかと尋ねたことがあります。

     その時の答えが「責任」だと言ってました。

     自分の研究室の学生は、その将来に関して自分が責任を負っている。だから、きちんとしつけ、きちんと教育しなければいけないので、おのずと厳しくなるけれど、他の大学の学生は、所詮自分の学生じゃないし、責任も負っていないので、嫌われるだけ損だからやさしく接してあげているのだそうです。

     つまり、先生とか師匠とかいう人の中には、責任感のあまり厳しい態度をとってしまう人もいるってことです。決してイジワルなわけではないのですね。それが肌で分からないようでは、弟子としては、ダメダメですね。

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