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“ホンモノのピアノ”って、何ですか?

 子どもにピアノを習わせようと考える若い親の前にはだかるのが、この『ホンモノのピアノ』問題だと思います。

 それぞれの家庭にはそれぞれの事情があります。すでにグランドピアノやアップライトピアノを所有している家庭もあるでしょう。ピアノはないけれど、古い電子オルガンならあるという家庭もあるかもしれません。いわゆるキーボードと呼ばれる4オクターブ程度の鍵盤楽器を所有している家庭もあるでしょう。または、楽器なんて全然なくて、レッスンに行って、先生のお宅でピアノを弾くしかない家庭もあるかもしれません。

 いずれにせよ、家庭にグランドピアノとかアップライトピアノとかがあるわけでもなければ、やがて先生に「お子さんのために、ホンモノのピアノを購入してください」とお願いされるわけです。

 で、楽器店に行って、ピアノ売り場を見ると、グランドピアノやアップライトピアノに混じって、電子ピアノが売られているわけです。見れば、価格的に手頃だし、ちょっと触った感じ、グランドピアノやアップライトピアノとの違いなんて、一般人である普通の親には分かりません。

 安さは正義ですから、いきおい電子ピアノを購入したくなるわけです。

 この場合の“電子ピアノ”と言うのは、ヤマハのクラビノーバに代表されるような、最近のデジタル技術によって作られたピアノに模した電子楽器の事です。

 そこで思い出すのが、先生がおっしゃった「ホンモノのピアノを購入してください」というセリフです。ホンモノ…そりゃあまあ、ニセモノよりもホンモノの方がいいに決まってます。で、電子ピアノって、ホンモノのピアノなの? ニセモノのピアノなの?

 普通の人なら、そこで悩むわけですよ。“電子ピアノ”って“ピアノ”と名乗っているんだから、これだってホンモノのピアノの一種だよね? それとも、わざわざ“電子”と枕詞を付けているんだから、これはピアノによく似たニセモノ商品?

 そこで私は皆さんに問いたいです。“ホンモノのピアノ”って何ですか? グランドピアノとアップライトピアノと電子ピアノ。この中のどれが“ホンモノ”であって、どれが“ニセモノ”なんですか?

 おそらく“ホンモノのピアノ”と言うのは、グランドピアノとアップライトピアノの事だと思う人が大半なのではないでしょうか? それにおそらく「ホンモノのピアノをください」と言われれば、楽器店では、アップライトピアノかグランドピアノを薦める事でしょう。

 でも、アップライトピアノって“ホンモノのピアノ”ですか?

 申し訳ないけれど、私、これまでの人生の中で、それなりの回数、ピアノのコンサートとか、ピアノの加わったアンサンブルのコンサート等に行きましたが、そこで使われているピアノは、いつもいつも、グランドピアノでした。一度たりともアップライトピアノでのコンサートってのに遭遇した記憶がないんですよ。

 それにだいたい、アップライトピアノとグランドピアノ……全然違うじゃないですか?

 見かけや価格が全く違うのはもちろん、それ以前に、まず音が違うでしょ? 音色が結構違います。音色には好き好きがあるから、どっちが良いとは言いませんが、それでもグランドピアノとアップライトピアノでは、音色が結構違います。

 音の飛び方が違います。場を包むように鳴るのがグランドピアノだけれど、アップライトピアノは楽器の側でしか音の圧力を感じません。

 タッチも全然違います。たぶん、私のようなシロウトが目隠ししてキーボードにタッチしても分かるくらい、アップライトピアノとグランドピアノのタッチって違うじゃないですか?

 別に私はアップライトピアノをディスるつもりはありませんが、これだけ楽器として違っていて、コンサートなどではまず使われないアップライトピアノを、グランドピアノと同じ“ホンモノのピアノ”として扱うのって、どうなんだろ?…って、シロウトのオッサンは、なんか割り切れない気持ちになったりします。

 やっぱり、ピアノってのは、グランドピアノこそがピアノであり、アップライトピアノは、あくまでも簡易版のピアノであり、省スペース型のピアノ…なんじゃないかな? あくまでも、家庭用&練習用のピアノ状の楽器がアップライトピアノって位置づけじゃないの? アップライトピアノで日頃の練習をして、本番は会場のグランドピアノで演奏する。これがジャパニーズ・スタイルなんじゃないの?

 異論をお持ちの方も大勢いらっしゃるでしょうが、私はそう考えます。

 話は少し横道に入ります。

 日本にピアノが普及したのは、高度成長期だと思います。確かにあの頃、女の子のいる家ではピアノを購入するのが、ちょっとした流行りだったと思うし、あの頃の女の子たちは、親に「ピアノ買って~」とか「ピアノ習いたい~」とかよく言ってたと思います。

 そこで昭和の親たちは、楽器店に行って、愛する娘のために頑張ってピアノを買ったわけです。もちろんグランドピアノだって、お店にはあったろうけれど、グランドピアノとアップライトピアノでは、まず値段が全然違うのです。安さは正義ですからね、さらにグランドピアノは、とにかくデカイ。これだけで四畳半がふさがります。一方アップライトピアノは畳一畳分の広さがあれば、何とかなります。省スペースは狭い日本の家庭には大切な事です。

 そんなわけで、あっと言う間に日本の家庭にアップライトピアノが普及したわけです。あくまでも、経済的事情と住環境の必要から、グランドピアノではなくアップライトピアノが選ばれたわけです。それにその頃のピアノの先生たちは「ピアノはホンモノでなければいけません」なんて事は、ひと言も言わなかったから、親たちは何のためらいもなく、堂々と、アップライトピアノを購入しました。

 昭和も、もはや遠くなりました。

 あの頃よりも、私たち日本人の生活は豊かになりました。住んでいる家も西洋の先進国の方々と同じ程度の広さの家に住めるようになったでしょうか? いえいえ、住んでいる家の大きさは、昭和の頃と大きく変わってません。それどころか、狭くなっているかもしれません。なにしろ集合住宅に住む人が増えました。戸建てにしても、昔の一軒家を二つ三つに分割して、それぞれに家を建てて住むようになりました。それに昭和の人よりも、現代の人の方が家財道具をたくさん持っています。家の中のスペースは、さらに狭くなったと言えるのではないでしょうか?

 1974年にはピアノ殺人事件も起こっています。それ以来、我々日本人は周囲に対する音環境にシビアになりました。夕食後、娘が弾いてくれるピアノの音に耳を傾けながら、豊かな夕べを過ごす? そんな光景は、もはやありえない話です。日が暮れてから、ピアノをガンガン弾けば、隣近所から苦情がやってくる事は明々白々となりました。

 昭和の高度成長時代、すでに日本の家庭にはグランドピアノは大きすぎ、アップライトピアノが選ばれていたわけですが、その高度成長時代の終わるころ、私たち日本人は、そのアップライトピアノですら、自分たちの住環境には大きすぎることに気づいたのです。

 ピアノメーカーは、アップライトピアノよりも小型で小音量のピアノの開発を目指しました。

 その結果の一つが、現在の電子ピアノだと思います。

 電子ピアノは、当然“ホンモノのピアノ”ではないでしょう。アップライトピアノよりも、ホンモノから遠ざかった楽器かもしれません。なにしろ、弦すら使っていないのです。でも、グランドピアノよりも、アップライトピアノよりも、安いし小さいのです。かつての昭和の親たちが、経済的事情と住環境の必要から、グランドピアノではなくアップライトピアノを選択したのなら、今の平成の親たちが、同じく経済的事情と住環境の必要から、電子ピアノを選びたくなるのは、今という時代を考えれば、当然の事なんだろうと思います。

 話を戻します。

 “ホンモノのピアノ”と言うのは、やはりグランドピアノの事だと思います。しかし“生楽器としてのピアノ”という意味では、グランドピアノとアップライトピアノがそれに当たります。電子ピアノはあくまでも“電子楽器”あるいは“デジタル楽器”と呼ばれるジャンルの楽器です。

 「ホンモノのピアノを購入してください」というピアノの先生の言葉を訳すと「アップライトピアノを購入してください。可能ならグランドピアノでもいいですね。でも電子ピアノは購入しないでくださいね」という事だろうと、私は思います。

 ではなぜ、ピアノの先生は“生”楽器のピアノを薦めるのか…それは「ピアノ音楽」=「クラシック音楽」だからなんです。クラシック音楽で電子楽器を使うなんて、ありえませんものね。だから、ピアノの先生は、電子ピアノを毛嫌いするわけです。

 ま、それは当然の話です。クラシック音楽をやる以上、生楽器にこだわるのは当然です。ベートーヴェンやショパンの時代に、電子ピアノなんて無かったのですからね。当然のように生楽器にこだわるわけだし、そのこだわりは正しいこだわりだと思います。

 でもね、ただ、生楽器を“ホンモノ”と称するのは、ちょっとばかりの偏見が入っているような気がするので、そういう言い方は避けてほしいなあ、なんて思ったりします。

 「クラシックギターだけがホンモノのギターであって、エレキギターはギターじゃないよ」なんて言う人がいたら「はあ~?」って思われちゃうでしょ? クラシックギターもエレキギターも、それぞれに立派なホンモノの楽器です。ただ、演奏される音楽ジャンルが違うだけで、どちらがホンモノで、どちらがニセモノって事はないと思います。

 でも、クラシックギターのレッスンに、ギブソンのレスポールを持って行ったら「はあ?」って思われるでしょうし、楽器を買い換えるように言われるかもしれません。

 ピアノだって、同じような事なんじゃないかな?

 ま、そんなこんなで、平成の親たちは、先生の言葉に従って、せいぜい、アップライト型のサイレントピアノを購入する…とまあ、そんな事になるわけです。ただね、それでも、やっぱり、ある一定数の親は、電子ピアノをを購入しちゃうんだけどね。

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コメント

  1. ぼー より:

    こんばんは。

    そうですね…演奏会でアップライトピアノって想像もできませんね。
    グランドピアノとは器が違うわけで当然響きも違いますよね。弦も長い方が良く響くわけで、グランドピアノの方が有利ですね。

    姪っ子がピアノを習っており、ジジババだまして(笑)、グランドピアノを買ってもらっています。アップライトとの2台体制な訳ですが、まぁ音量から響きから別物でした。自分では弾いていないのでタッチの違いとかは不明です。ま、姪っ子と腕が違いすぎるので恥ずかしくて弾けません(汗)そんな姪っ子はこの1年は中学受験でレッスン休んでいます…ピアノの先生からもきっちり区切ってやるのもよい、といわれたそうですが、何かもったいない気がします…

    しかし、冷静に考えると…自分の笛ってグランドピアノ並みのお値段するわけで、何か間違ったかな…と思った今日でした(汗)

  2. tetsu より:

    こんばんは。

    こちらは幼少期(フルート吹き始めるよりかなり前)、家には足ふみオルガン(電気ではない)があってバイエルを最初だけさらった時期がありました。レッスンで伺った場所が、今から思えば見たことない時計(今思い出せば珍しくもない)とかグランドピアノの音とか、別世界への関心があったのかもしれません。聴音のレッスンで音名をドイツ語で読んでいたことだけは記憶に残っています。
    当時おふくろも同行でしたが、帰りのレストランが楽しみ、とかレッスンより自分のシャベリが長くて(シャベリが長いのは変わりません)、「ピアノ本当にやりたいの?」ときかれて、あっさりやめました。
    今では、武満徹が散歩していてピアノの音が聞こえると、その家を訪ねてピアノをさわらせてもらった、なんて話をどこかで読んだのですが、感動してしまいました。比べるのもおこがましいですが、当時の自分にはまったくなかったです。

    なにがホンモノか、というお題ですが、
    > 子どもにピアノを習わせようと考える若い親

    を対象とするのであれば、おっしゃるとおりかとおもいます。
    「ホンモノ」があるかどうか、ということは別の話題とはなりますが。

    ちなみに好きなピアノはホロヴィッツのヴィデオでスタインウェイの店で何台かのピアノを弾き比べたときの映像と音色感です。調子に乗りすぎて「星条旗よ永遠なれ」を弾きはじめて、奥さんが止めたのはおかしかったです。

    失礼しました。

  3. すとん より:

    ぼーさん

    >しかし、冷静に考えると…自分の笛ってグランドピアノ並みのお値段するわけで、

     だいたい、総銀フルートがアップライトピアノと同じような価格帯で、グランドピアノがゴールドフルートと同じ価格帯と考えるのが現実的ですね。

     たかが笛がピアノと同じ値段?って考えると、確かにお高いですね。

     ちなみに、もう少し言うと、フルートって乗用車と値段が変わらないん…とも言えます。ああ、そう考えると、フルートって、とても高いモノのような気がしてきました。

     グランドとアップライトは、おっしゃるとおり、並べて弾いてみると、全然違う楽器だと分かるのですが、我々の日常生活の中で、この二つを並べて弾くなんて事はあまりないので、気がつかない人が多いだけ…と私は思ってます。

  4. すとん より:

    tetsuさん

     ホロヴィッツの話、愉快です。でも、本当にピアノが好き人って、そういう事をやりそうですね。

     私は平凡な日本人で、普段耳にする生ピアノってヤマハがほとんどですから、どうしてもヤマハピアノの音が基準になってしまうのですが、そのヤマハと比べると、スタンウェイって、独特な音色がしますね(って当たり前か)。まるで鐘のような響きがするような感じがします。ピアノ本体だけの音だと、ちょっとカラっとしすぎて物足りなさを感じますが、あれって実は、ピアノ本体だけでなく、ホール空間まで含めて、音色が完成されるような計算がされているんじゃないかしらって思います。

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