そう言えば、以前はよく自分の発声の事とか、どこまで高音が出るようになったとか、アップしていましたが、最近はレッスンの様子こそはアップするものの、私の現状とか、歌や発声に関する今の考え方とかをアップする機会がなかったので、今回は久しぶりに、その手の事について書いてみたいと思います。
最近、発声について考える事で、一番強く思うのは『私は自分の声に振り回されているなあ…』って事です。
私は声について“持っている/持っていない”で言えば“持っている”側の人間になるようです。これは私が勝手に妄想しているのではなく、今までの指導者の方々や声楽関係の友人たちからもよく言われる事なので、たぶん持っているんだと思います。そして、私は声を持っているので、何もせずとも、昔から何となく歌えちゃったんだと思います。
問題は“何もせず”とか“何となく”とかの部分です。それが今の私を苦しめているんだと思います。
“何もせず”に歌えちゃったので、基本的な発声技術がなかなか身につかないわけだし、“何となく”歌えちゃったので、今でもきちんとは歌えないのだと思います。それどころか、歌の練習をすればするほど“何もせずに何となく”歌えちゃって、決してきちんと正しく美しく歌えない、自分の声に振り回されていたりします。
室内でかわいいワンちゃんを飼いたいなあ…なんて思った飼い主初心者が、気がつけば、全く予想外の土佐犬のオーナーになっちゃったような気分です。
まあ、土佐犬ですからね、トラやライオンじゃないだけマシって思ってますが、やはり室内飼いなら、チワワとかテリアあたりですね。土佐犬を室内飼いって、まず無理です。やはり屋外で飼う事になるし、犬小屋だけでなく、犬の運動スペースも専用に必要だろうし、犬の学校に通わせないと飼育も難しいかもしれません。とても、シロウトの飼い主の手に負えるよう犬じゃないですが、それでも手元に土佐犬の赤ちゃんが来たら、そんな事、言っていられませんよね。
私の気分は、そんな感じなんです。
声を持っていて、ノドが丈夫だから、どんなデタラメをやっても大丈夫だし、そんなデタラメが、結局、遠回りをしている事だと気がつかなかったりしてます。
たぶん私、声に恵まれていないけれど、マジメに真剣に歌の勉強をしてきた人に、全く敵わないと思います。才能だけじゃ、歌って歌えないもの。
最近思うのは「大きな声で歌う必要って無いなあ」って事。小ホールももちろん、中ホール程度でも、普通に…と言うか、mp程度の声で歌っても、十分会場の隅々まで声が届く私なんです。ほんと、何をどうやっても、私の声って、よく通るからねえ(笑)。よく通る声ってのは、遠鳴りをする楽器のようなモノなんだよ。これって実に恵まれている事だけれど、その恵まれている事の自覚が足りなかったなあって思ってます。
まあ、大ホールでオーケストラや大合唱団をバックに歌うなら、大きな声も必要かもしれないけれど、私にはそんなチャンスはないのだから、一生大きな声で歌う必要はないのです。
つまり、大きな声で歌う事や強い声で歌う事は、私には全く不要なんです。だって、そんな事をしなくても、元々の声からして、十分に大きいし、強いのです。なので、力んで歌う事なんて、全くもって不要なんです。
もっと、気楽に、お手軽に、カジュアルに、楽しんで発声すれば良いのだなって思うようになりました。そして私が目指すべきは、大きな声や強い声ではなく、美しい声なんだなって思います。なにしろ、今の私の歌声は、粗削りすぎて、ちっとも美しくないもの。もっと豊かな響きを持った、美しい歌声で歌わねば!
それにしても、ノドが痛くなっても、頭痛に悩まされても、大きな声を出そうとしていたあの日々は、なんと愚かな事をしていたのかと思います。もしもタイムマシーンがあるなら、あの頃の私に「そんな事はしなくてもいいんだよ」と教えてやりたくなります(でもきっと、聞かないだろうなあ:笑)。
もちろん、楽しんで発音すれば良いのですが、だからと言って、楽をすればいいってもんじゃないのです。今の私に欠けているモノ、それは声の支えです。それと滑らかな息の流れ。声がきちんと支えられていれば、息は滑らかに流れていきます。息が滑らかに流れていくなら、それはしっかり声が支えられているからなんです。
とにかく、私に声の支えは必要なんです。
私は声に支えがなくても、そこそこ歌えちゃえますし、今までは、声をロクに支えないまま歌ってきました。息なんて、流れていようが流れていなかろうが、関係なく歌っちゃいました。でも、それじゃあ、いつまでたっても“そこそこ”のままです。それじゃあダメだよね。
声をロクに支えないまま、不安定な声で歌ってきたので、音程も甘くなっていたのだと今は分かります。確かに音感は良くないけれど、音楽は楽しめていたのですから、音感の不足が音程の不安定につながっていたと言うよりも、誤った発声方法が音程を甘くしていたのだと、これも今なら分かります。
ならば、しっかりと声を支えるようにしましょう…と思っても、ついうっかりして、声を支えるのを忘れてしまうので、なかなか上達しません。なにしろ、声を支えなくても、そこそこ歌えちゃうからです。ああ、ダメなんだな。
それと、高音発声だってそうです。
高音発声って、テノールなら、誰でも憧れますし、目標としますよね。
今まではかなりデタラメな方法で高音発声をしてきました。前の先生が具体的な高音発声のテクニックを教えてくださらなかったという事もあるけれど、ほんと、力任せに高音を出していたと思います。ほぼ、叫び声? いや、怒鳴り声かな?
さすがに「怒鳴り声じゃあダメだ」と言われて、前の先生には、レッスンで悲鳴の練習をさせられ、悲鳴から高音を導き出す訓練を受けてました。私は悲鳴なんてあげない人なので、あの悲鳴のレッスンは、本当にイヤでイヤでたまりませんでした…が先生がやれと言うので、やってました。今にして思えば、私が嫌がるので、無理やりやらせていたのかもしれません。
だって悲鳴って、究極のノド声じゃん(笑)。これがいいはずないじゃん。悲鳴って、ノドを始めとして、全身を緊張させて膠着させて、その上で力任せに息を声帯にあてて発声するわけで、これ、普通の人がやったら、すぐにノドを壊すよ。実際、このやり方で、妻のノドはすぐに壊れちゃったけれど、私は丈夫なノドを持っていたので、こんなやり方をしても、簡単には壊れなかったんだよね。
壊れなかったから良しではなく、やはり間違ったやり方では上達はしないものだと、今は思います。
結局、高音発声は、脱力と支えなんです、。大きな声はいらないし、力一杯に歌う事も不要なんです。しかし、しっかりと声は支えないといけないし、力みは不要だけれど、息のスピードは必要だし、息もしっかり流さないといけません。そして何より、高音発声のためのポジションというか口形は必要です。
最近、なんとなく、そのあたりの事が腑に落ちたような気がするんです。まあ、理解したからと言って、すぐにできるわけでもありません。まずはカラダ作り。それと必要な筋肉を動かすための訓練は欠かせません。
発声だからって、実は特別な事はないんだと思います。声も楽器。ならば、高音発声もフルートで考えれば、分かりやすいと思います。
フルートで高音を出すには、息のスピード、それも息の初速が必要ですが、そのためには息をしっかり支える事が必要です。たくさん息を送る必要は全くないし、力んでクチビルをガチガチに固めてもダメです。しなやかなクチビルから少量の初速の速い息で吹ければ、高音発声はできます。それと、運指だって、目的とする音の運指をしないとダメです。でしょ? 声楽の発声だって、同じ事なんですよ。
しっかり声を支える事。楽器となる上半身はしなやかに保ち、決して力まない。運指の代わりとなる声のポジションは、しっかりと高音のソレにする事。そして、そこに適切な息を滑らかに流し込む事。
力んで力任せに発声するくらいなら、そのパワーを声の支えとポジション維持に使いたいと思います。
今のところ、高音発声は、Y先生とのレッスンでは、Bまでは確実に出ているそうです。Hには、まだちょっと足りないようですが、先生がおっしゃるには、Hi-Cは楽に出るようになりますとの話です。音形やリラックス具合にもよるけれど、それは私も感じます。
問題は、単に高音が出るかどうかではなく、美しい響きで楽に出せるかどうかだと思います。これからのレッスンでは、どこまで高音が出せるようになるかではなく、どこまで美しい声で歌えるかが、重要になってくるのではないかと思ってます。
高音は、出しゃあいいってモンじゃないんだよ。
で、それは高音だけでなく、中低音にも同じ事が言えます。
中低音は、私にとって楽な音域なんですが、ここも発声できればいいのではなく、美しい声で、しっかりとした音程で歌える事が大切なんです。そのためには…やはりしっかりした声の支えが必要ですね。
結局のところ、いくら声を持っていても、その声をちゃんと使いこなせないと(つまり、しっかり支えられないと)宝の持ち腐れとなってしまうという、生きた見本が私なんです。
だから、今年、2014年は、声の支えをきちんとする事を、発声の第一目標にしたいと思います。おそらく、声をしっかり支えられるようになれば、大半の問題は解決できるんではないかと思います。
がんばるぞ。
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コメント
私は声を持っていないし、50過ぎてから音楽に取り組んでいるので、才能や経験の代わりに努力するしかないと思っています。でも才能ある方も大変なんだと知りました。
キノコさん、いらっしゃいませ。
たぶん、私よりもキノコさんの方がお上手だと思いますよ。だって『努力に勝る才は無し』って言うじゃないですか? 私は自分の賜物に振り回されているだけのバカモンですからね(溜息)。
もう少し手頃なサイズの声だったら良かったのになあ…と思う事は、結構あります。