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歌手から見た、クラシック声楽とポピュラーヴォーカルの違いについて

 クラシック声楽とポピュラーヴォーカルは、別に項を新たにして語る必要もないくらいに、明らかに違います。何しろ、歌う対象が違うからです。

 クラシック声楽は、クラシック音楽における声楽曲を歌い、ポピュラーヴォーカルは20世紀以降に生まれた流行歌を歌っていくわけです。あるいは、どんな広くて大きな舞台でも原則的に生声で歌っていくのがクラシック声楽ならば、本当に狭くて小さなライブハウスであっても、必ずマイクを使って電気的に声を増幅し,加工して歌うのがポピュラーヴォーカルです。

 これらは自明の事であり、今更、クラシックがどうのとかポピュラーどうのとか、今更、両者の違いをあれこれ言っても、面白くもおかしくもないわけです。

 でも、最近、ネットをウロウロしていたら、もう一つ別の視点でクラシック声楽とポピュラーヴォーカルの違いについて語る事ができる事に気づきました。それは、歌手から見た時の、両者の音楽的な違いについてです。

 クラシック声楽曲は、クラシック曲です。音楽の主役は作曲家です。演奏家は、作曲家が作り出した音楽を、残された楽譜に従って、なるべく忠実に、実際の音楽として再現していく役割を負っています。それゆえに、クラシック音楽家はしばしば“再生音楽家”と呼ばれます。

 もちろん、だからと言って、クラシック音楽家が没個性であって良いのかと言えば、それは全く違うわけで、楽譜は音楽の記録方法としては、かなりスキも隙間もある不完全な記録法であるため、より良い音楽を演奏するために、演奏家たちは、演奏に際して、彼らは彼らなりに、楽譜から逸脱しない程度で知恵と工夫を加えて、実際の演奏をしていくわけです。その際の“知恵と工夫”が演奏家の個性であり、それゆえに、クラシック音楽は、演奏家ごとに、同じ音楽であっても、味わいが異なり、そこがクラシック音楽の鑑賞ポイントの1つになるわけです。

 一方、ポピュラー音楽では、楽譜は重要ではありません。重要でないどころか、楽譜が存在しない事すらあります。

 楽譜が存在していても、それには歌詞とコードネームしか書かれていない事もしばしばありますし、五線譜にメロディーが書かれていても、四分音符と八分音符と四分休符ばかりで大雑把にしか書かれていなかったりします。また、メロディーは書かれていても、前奏も間奏も後奏も書かれていなかったりします。その上、パートごとの楽譜なんて無いのが普通ですから、どの楽器奏者も歌手用の楽譜で演奏していたりする事すらあります。

 私が以前、ジャズフルートの勉強をしていた時など、私が楽譜通りに演奏すると、よく注意されたものです。楽譜はあくまでも参考程度に見るものであり、楽譜通りに演奏しちゃダメだよと言われたものです。じゃあどうするのか言えば、楽譜に書かれた音楽に、自分の個性を加えて、音楽を再創造していくわけです。それがポピュラー音楽なんですね。つまり、ポピュラー音楽では、演奏家の個性が大切であり、作曲家は音楽の素材を提供しているだけの話なのです。それに、ポピュラー音楽では、しばしば演奏家が作曲家であるケースも多いです。これなどは、自分の個性をより際立たせて演奏するという前提で、作曲が成されていくわけです。

 つまり、クラシック音楽は、作曲家が作った曲を、より良くより素晴らしく演奏してあげるモノであり、ポピュラー音楽は、作曲家が作った音楽を材料にして、どうやって演奏家の個性を表現していくかが大切なんだと思います。

 ですから、歌手の立場で言えば、確かに音楽が作曲された年代とか、マイク使用の有無も大きな違いである事には間違いありませんが、それ以外にも、楽譜に忠実に、音楽の様式を守って、理想的で美しい音楽を奏でるのがクラシック声楽であるならば、楽譜はあくまでも参考程度で、演奏している場の時代性や地域性を考えながら、いかに歌手である自分の個性を盛り込んだ、ワン&オンリーな音楽を歌い上げていくのかがポピュラー音楽なんだろうと思います。

 規則通りに歌い、自由奔放な歌を避けるのがクラシック声楽であるならば、個性を前面に出し、枠に収まる事を嫌うのがポピュラーヴォーカルであると言えます。

 それゆえ、演奏するために、たくさんの勉強が必要なのがクラシック声楽です。常にその演奏には、正しさが求められているし、理想的な演奏が要求されています。必要なテクニックもたくさんあって、それらを一つ一つ確実に身につけていかないと、クラシック声楽の曲は歌えません。

 一方、ポピュラーヴォーカルは、感性が第一だし、正解があるわけでもないし、ある意味“ウケたら勝ち”なのです。テクニックが不必要とは言いませんが、最低限のテクニック(音程とか和声に関するテクニック)さえあれば、後は自己流で歌ってしまってもOKなのです。

 全然、違うね。

 私的には、どちらも大好きです。ポピュラーヴォーカルだからと言って、全く原曲をとどめないようなメチャメチャな演奏は当然ダメだし、クラシック声楽であっても、演奏家の個性が要求されるカデンツァというモノがあり、その部分の演奏のノリは、まるでポピュラー音楽のようであるわけです。そんな側面もあります。

 結論めいた事を書くなら「歌手の歌いたいように歌うのがポピュラーソング。様式を守って理想を求めていくのがクラシック声楽」って言えるんじゃないかしら?

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