スポンサーリンク

テノールとソプラノは違う

 今回は、妻の声楽レッスンを見てて、色々と考えたことを書いてみたいと思います。

 10月に行われる、地元のクラシックコンサートに、私は、トスティの「セレナータ」とベッリーニの「優雅な月」で出演しますが、実は妻も一緒に出演します。で、彼女が何を歌うのかと言うと、トスティの「暁は光りから」とプッチーニの「私のお父さん」です。プッチーニの方は、オペラアリアで『ジャンニ・スキッキ』でラウレッタが歌うアリアです。

 まず彼女がトスティの「暁は光りから」を歌いたいと言った時、先生は一瞬、顔色を変えて「実に男らしい歌を歌うんですね」とおっしゃいました。私も妻も、その言葉の意味が分かりませんでした。だって、キング門下では男性がこの曲を歌うことはなく、むしろ、女性はたいがいこの曲にチャレンジするので、この曲には女性専科のようなイメージがあり、妻も、そのイメージでこの曲を選択したのですが、Y先生がおっしゃるには、歌詞が問題なんだそうです。

 この曲の歌詞は、男性目線なんです。まあ、歌曲だから、歌い手と歌の主人公の性が一致していなくても、通常はかまわないのですが、この歌は、その内容が、とてもエロエロなんですよ。つまり、男性目線でエロエロな曲なので、さすがに女性歌手は歌うのを避けるのが普通…らしいのです。それをあえて妻が歌うので「実に男らしい曲を…」ってなるわけです。

 確かに私も日本語訳ですが、この曲の歌詞をじっくり読んでみたところ…暗喩をたっぷりに、相当きわどい内容を歌ってますね…“暗喩たっぷり”という部分に、詩人が確信的に“あの行為”について書いているって事が分かります…ので、確かに女性が歌うにはキツい内容の曲だけれど…歌っている本人も、聞いている客も、イタリア語なんて分からないので、無問題でしょう(笑)。ああ、言葉が分からないって、こういう時に便利(爆)。ちなみに、Y先生はイタリア語がペラペラらしいので、結構、歌詞が気になるみたいでしたが…。

 とにかく歌ってみましょう、という事で、歌ってましたが、これの曲も先生は初見演奏なんですが、弾いてましたねえ~。セレナータも伴奏が難しい曲ですが、この曲はセレナータよりもずっと難しいんですが…弾いてましたよ。細かく見ると、ミスタッチがあるかもしれませんが、それでも初見でこれだけ弾いちゃうってのは、頼もしいです。

 先生は「本番ではこの曲のピアノはどうするの?」と尋ねてきました。私たちにはピアニストさんがいるので、その事を伝えたら「なら大丈夫ですね」と答えてくれました。なんでも、クラシックコンサートでは、例年は(だから今年もそうとは限らないけれど)伴奏者がいない場合は、主催者の方で用意してくださったピアニストさんに伴奏をお願いする事ができるそうなんだけれど、この曲の伴奏は難しいので、それではきちんと演奏してもらえないのでは…と心配してくださったみたいなんです。ああ、それくらい難しい伴奏なんだね、この曲は。

 妻にとって、この曲自体は、キング先生の元で一度仕上げた曲なので、楽勝楽勝~と思っていたようですが、指導する先生が変われば、注意する点も変わるので、あれこれと注意されて、直されていました。

 色々と注意を受けていましたが、その中で興味深い注意は「あなたの歌い方は、まるでテノールのようです」と言われていた事かな? この「暁は光りから」という曲は、メロディが高音域で安定しちゃっている上に、最後の最後で、Hi-Bbで決める曲なんですが、そのHi-Bbの発声方法が、テノールの発声方法であって、ソプラノはそんな歌い方をしてはダメって言われてました。

 ソプラノとテノールは共に高音歌手なんだけれど、その高音の発声方法は、性差もあって、全然違うのだそうです。ソプラノがテノール的な高音発声をしていると、音域が狭くなってしまう上に、音量も増えず、ノドに負担がかかりすぎて、声が壊れてしまう恐れがあるんだそうです。テノールの発声は男性の強靭な声帯を前提とした発声方法であって、か弱く繊細な(?)女性には不向きな発声方法って事なんです。

 それに、ソプラノはテノールよりも、歌わないといけないずっと音域が広いし、Hi-Bbにしても、テノールなら、かなり覚悟のいる高音だけれど、ソプラノにとっては朝飯前で出せないといけない音なので、そんな音を、気合を入れて、しっかり出してはダメなんだそうです。とにかく、軽く軽く、声を上に逃がしながら、ヒャラヒャラした感じでHi-Bbを出さないといけないので、そのための練習をさせられていました。「ソプラノなんだから、ソプラノらしく、歌いなさい」って言われてました(笑)。

 妻自身は以前から、男女でカラダが違うのに、同じように発声させられるのは合点がいかないとこぼしていたので、Y先生の指導に嬉々としていました。ようやく、我が意を得たりって顔してましたね。

 もちろん、発声の基本的な部分は、どんな声種であっても共通しているわけだけれど、やはりある程度歌えるようになってくると、それぞれの声種に応じた発声方法と言うのがあって、テノールはテノールの発声方法があり、ソプラノにはソプラノの発声方法があって、決してソプラノはテノールの女性版ではないし、その逆もありえないわけなんです。

 とにかく、妻はソプラノなのに、ソプラノの発声方法が全く分かっちゃいないって事です。まあ、つい先日まで、アルトとかメゾソプラノって言われていたわけだし、ソプラノに転向して日も浅いわけで、ソプラノの事なんか、ちっとも分かっちゃいないのも道理だと思います。

 今回の「暁は~」は内容的に男性の歌なんですが、それ以外にも、トスティ自身が男性歌手で、自分が歌うために作曲したという経緯もあって、トスティの曲自体、女性歌手が歌うことは少ないのだそうです。まあ、女性はトスティを歌わずとも、他にも歌うべき名曲がゴチャマンとあるわけで、トスティにこだわる必要は全然ないって事もありますが…。

 トスティの曲は、当時の音楽シーンにおいては、現在の歌謡曲(あるいはJ-POP)のような扱いの曲なんだそうです。つまり出自は、ボピュラーソングなのね。なので、トスティの歌曲を、芸術歌曲を歌うように、楽譜どおりにカチカチに歌ってはいけないのだそうです。それではトスティ歌曲の持ち味が生かされないというわけで、曲のツボを押さえたら、あとは割と自由に歌い飛ばすモンなんだそうです。そういう意味では…私向き(笑)? まあ、元はポピュラーソングであっても、曲自体が素晴らしいから、後世に残って、歌い継がれているって事なんでしょうね。

 そうそう、妻は合唱をやっていた人なので、歌詞もかなりしっかりと発音する人なんですが、そこも注意されていました。別に曖昧に発音しなさいというわけでなく、しっかり発音していいのだけれど、係留音というのかな? 一つの音から次の音への移行していく中間の音も味わいながら発音してくださいって事を言われてました。この中間音を味わいながら発音するというのは、合唱では曖昧な発音に聞こえるので禁忌なんですが、独唱はそういう部分も味の一つってわけですね。具体的に言うと、歌詞を、カタカナではなく、ローマ字で発音して歌うのだそうです(分かるかな?)。これは、子音から母音へ、母音から子音への音の移り変わりを味わうためであって、カタカナだと、常に子音と母音は同時発声となってしまうからです。
 
 
 さて、クラシックコンサートでの2曲目として、妻は、プッチーニの「私のお父さん」を歌いたいと先生に言ったところ、先生に呆れられていました。そして「歌いたいなら、今回は歌わせますが、この歌はあなたには難しすぎるし、この曲に取り組んでいる間は、歌は上達しないと思っていてください」とハッキリ言われていました。手厳しいね。

 難しい歌とか、実力以上の歌は、小手先の技術だけで歌おうとするし、指導する側も良くない事だと知りながらも、小細工に走ってしまうのだそうです。結果、その曲は歌えるようになるかもしれないけれど、基本となる発声は乱れ、小手先を弄するために、変な癖は身につくし、それらを修正するために、技術的には、前進どころか退歩してしまうのだそうです。もちろん、難しい曲にチャレンジする事で、ポンと階段を一段登る人がいないわけじゃないけれど、そういう人はマレだそうです(私もそう思います)。『学問に王道無し』と言いますが『音楽修行の道にも王道は無い』と思います…一部の天才を除いてね(笑)。

 妻の名誉のために言っておくと、妻はかなり歌える人だし、たぶんキング門下だったら、『私のお父さん』は「簡単すぎるから、別の曲にしなさい」って言われたんじゃないかなって思います。だから妻的には“楽勝な曲”を選択したようなんですが…。まあ、これは、キング先生とY先生の違いで、曲をどこまで仕上げるかとか、曲のどの部分に焦点をあてて指導するかとか、まあそういうところの違いなんじゃないかなって思います。

 まあ、私たち夫婦は、趣味で声楽をやっているわけだし、やっている以上は、なるべく人前で歌いたいと思って活動しているわけなんだけれど、歌の上達という点で考えるならば、今は呼吸とか支えとか、そういう基礎の基本を再構築している最中だから、先生的には、あまり難しい曲に取り組んで、基礎の基本をなおざりにしたまま歌われるのは、かなわないなあ…と思ってらっしゃるんでしょうね。

 Y先生のレッスンは、不定期なので、御月謝制ではなく、その都度、謝礼をお支払いします。で、日本的に封筒に入れてお金のやり取りをしたわけですが、そこで先生が面白い事を教えてくれました。日本では、習い事の謝礼は封筒に入れて師匠に渡すのが当たり前ですが、イタリアでは、もっとざっくばらんなんだそうです。レッスンが終わると、生徒が自分の財布をカバンから取り出して、そこから、まるでスーパーで買い物をするかのように、お金をむき出しで渡すんだそうです。もちろん、きちんとお釣りが無い様に…なんて気は使わないので、生徒からお金を受け取った先生は、それを自分の財布にしまい、お釣りを渡す…んだそうです。なんか、それでいいのか?と心配しちゃいますが、それこそ、そこが日本人とイタリア人の違いなんでしょうね。生徒も先生も特段気にしないんでしょうね。

 8月はお盆休みもあるし、先生ご自身がお忙しい(「私の仕事は、人が休んでいる時に働くんですよ」なんだそうです)ので、レッスンの予定が立ってません(笑)。今まで私は毎週きちんきちんとレッスンに行って、その上、月1で歌劇団に行ってたのに、いきなりレッスン頻度が下がって、おまけに不定期で、ちょっとばかり心細いです。その分、自律した練習が必要ってわけで、姿見先生と仲よく練習しないといけませんね(爆)。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログ 声楽へ
にほんブログ村

コメント

  1. 椎茸 より:

    トスティネタには食いつきます(笑)

    確かに、男性向けの曲が多いですよね~
    女性視点の曲というと、「秘密」(segreto)というのがあります。
    片思いの悶々とした気持ちを歌っています。いいですよ~

  2. operazanokaijinnokaijin より:

    もっぱら、フルートネタの時、
    コメントしているオペラ座の怪人の怪人、です。
    でも、今日は、イタリア、財布、お釣りの3語に反応してしまいます。
    (音楽に無関係です。スルーしてください。単なる思い出話です)

    その昔、イタリアをプラプラしていて、カフェでお茶して、
    (リラとかユーロだとわかりにくいので、円で書きますが)
    2人で、1,550円、だったとしましょうか。

    日本だと、1万円出したら、ウエイターが1万円札をレジに持って行って、
    お釣りを持って帰ってくるとか、
    あるいは、客が帰りがけに、レジに行って、
    1万円札を出して、レジでお釣りをもらう、のでしょうが、
    イタリアでは(ヨーロッパ全般では)、ウエイターが自分の財布から
    お釣りを出すのですが、、、、、お釣りを出すのを嫌がるんですね。

    で、1万円(相当のリラやユーロ)を出すと、嫌な顔をして、
    もっと細かいお金を出せ、と言うのです。
    で、5千円札(相当のリラやユーロ)を出すと、
    もっと細かいのがあるだろう、と言って、私の財布の中を覗くんです。

    この、財布を覗くという図々しい行為が、私は、嫌で嫌で。
    で、千円札を2枚出すと、まだ、ぐずぐず言って、
    小銭があるだろう、と言って、また、財布を覗くんです。
    あー、嫌だったなあ。

    イタリアの、別のカフェで、ウエイターAにお代を払って、
    数分後、店を出ようとしたら、別のウエイターBが、おいおい、金払え、
    と言ってきて、
    何を言っとるんや、さっき、別のウエイターに払ったぜ、と英語で言ったら、
    ウエイターB、何を言っとるんや、払ってないだろ。金払え、と英語。
    (私も、彼も、つたない英語でしたが、、、)

    私、頭にきて、ワーワー英語で文句言ったら、
    さすがに、ウエイターB、顔色が悪くなってきて、で、謝るのかと思ったら、
    プ、プ、プ、プリーズ、スピーククク、フレンチ。
    (た、た、た、頼むから、フランス語をしゃべってくれ。)

    英語でまくしたてる東洋人客(私のこと)に対して、
    さすがにイタリア語は要求しないが、しかし、英語でワーワー言われてもわからん、
    せめて、フランス語をしゃべってくれ、ということですね。
    ますます頭にきて、英語で、ギャーギャー言ってやりましたが、、、、、

    全く音楽と関係のないコメントを書いてしまった私を、
    どうか、すとん様、お許しください。
    おしまい

  3. すとん より:

    椎茸さん

     外国語は難しいですね。特にヨーロッパ語は言葉に性別の概念がありますから、なんか分かりづらいです。まあ、日本語も、男言葉女言葉がありますから、外人にとっては分かりづらいでしょうね。

     それはともかく、私、イタリア語はかなり不自由です。なので、どの歌が男性目線で、どれが女性目線か…はっきり言って分かりません(笑)。まあ、オペラは演劇ですから、見てりゃ(聞いてりゃ)分かりますが、歌曲はなかなかねえ…。歌曲なら、自分とは性の違う歌でも歌ってかまわないわけですが、だからと言って、歌の主人公の性別はもちろん、年齢とか立場とか分かって歌わないといけないわけで、外国語詩の歌は、そういう部分がやっかいです。

     トスティの「秘密」は女性視点の曲ですか。知りませんでした。「夢」も女性視点だと聞いたことがあります。トスティだから、全部が全部、男性歌手(とりわけテノール歌手)向けとは限らないわけです。

     でもまあ、歌曲だから、あまり性別にこだわらずに歌ってしまえばいいんじゃないかと、私は思ってます。松本美和子氏は(もちろん女性ですが)トスティ歌曲をCD5枚(99曲)録音されていますよね。それもありって事ですよ。

     ソプラノの松本氏がトスティ歌曲を録音でまとめたように、テノールでトスティ歌曲をたくさん録音してまとめた…ってのがあると、私的にはうれしいんだけれどなあ…国籍問わず、ないものかな?

  4. すとん より:

    operazanokaijinnokaijinさん

     そのウエイターAって、詐欺師だったんじゃないの? で、Bが本物だったから、モメタとか?

     余所の国に行くと、我が国とは色々な社会システムが違っていて、とまどったり愉快に感じたりと色々ですね。イタリアかどうかは定かではありませんが、ある国では、ウエイターさんって無給で、客からのチップが給料代わりになっている国とかあるそうですね。その、レジの無いイタリアのカフェも、案外、ウエイターが店からドリンクを購入して、それを客に出して、そのアガリがウエイターの給料になっていたりして…。無いとは言えないでしょ?

     それにしても、レジが無くて、ウエイターの財布で会計を済ませるなんて、その店、大丈夫なのかな?

タイトルとURLをコピーしました