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演奏に感情を込めすぎないこと

 フルートのレッスンに行ってきました。

 お教室についたら、先生と姉弟子さんが楽しげに談笑してました。どうやら話題は“熱帯魚”。おお、お魚の話題ですかぁ……会話に入りたい…。しかし、お二人のお魚に対する愛情とか、金魚に対する偏見とか(熱帯魚原理主義者は、しばしば金魚を蔑みますので注意注意)が分からないのに、話題に加わるのは危険だと判断し、静かに黙ってお話を拝聴していました。

 熱帯魚って高級ってイメージがあるけれど、どうやら価格的にはピンキリで、ウチの金魚たちも決して負けてないみたいです。

 さて、三人で音出しをしました。今回は、本当に三人の音がピタリとあって、まるで一人で演奏しているみたい…と言うか、あまり音が合い過ぎて、自分が本当に音を出しているか、何だか不安になってしまいました。時折、音を外すと「あ、今、外したのは私だ」って分かるので、たぶん音は出ていたのだと思いますが…。

 この練習を重ねていくと、おそらくフルートでのハモる感覚のようなものが養われるのだろうけれど、なんか自分の音が聞こえないのって不安。あと、自分の音が聞こえないので、どんな音色で吹いているのかが分からず、これも不安。音程は外すと濁るから分かりますが、音色は溶け合ったら、もう分からないもんなあ。なんか、違和感バリバリですが、早くこれにも慣れないと…。

 本日のアルテはE-mol(ホ短調)でしたが、あっさり合格。ま、簡単だからね。次は2章のブリチアルディキーの説明の部分を読んでおく程度で良いそうです。つまり「まだF-durに入っちゃダメよ」って事です。

 と言うのも、一向にミニオン・エチュードの2番が終わる気配がないからです。

 まあ、私なりには、ほんの小さくとも、わずかずつだけれど、前進しているわけですが、まだまだ完成にはほど遠いわけです。とにかく、ミスブロー以前で、演奏がしばしば止まってしまう程度の出来(特に後半)ですから。もっともっと部分部分を取り出し練習し、吹き込んでいかないといけません。

 とにかく、アーティキュレーションに注意するのが第一義で、タンギングとスラーを意識的に使い分けられるようにしないと…。まだまだ、全編をスラーで演奏しがちな私です。タンギングするところは、きちんとタンギングしないとね。

 それと、今回は別の注意をいただきました。それは「…号泣しすぎ。もっと淡々と吹きなさい」ですって。感情入りすぎで、歌い込みすぎなんだそうです。もっと肩の力を抜いて、楽に流れるようにサラサラ~と吹いた方が良いのだそうです。

 私って、白玉音符を見ると、歌い込みたくなる性分なんですよ。ビブラートやアッチェレラントやルバートは無意識にバンバンかける人なんだけれど、先生には、そういう小細工がうっとおしく感じるって事です。

 ちっくと反省っす。もう少し、無機的な演奏を心掛けますです。とにかく、楽譜に忠実に、感情は込めすぎない…です。

 それと、感情うんぬんを除いても、やっぱり全体的に力が入りすぎていて、全部が全部、しっかりしすぎで、それが却って曲を平板に感じさせるのだそうです(確かにそうかも)。つまりは、メリハリがなくて「最初から最後までクライマックス~!」的な演奏なんだそうです。

 無伴奏の曲は、一人でメロディと伴奏の両方を吹いているわけだから、メロディの音はしっかり吹き、伴奏の音は軽く流して演奏しないとダメだそうです。なので、私もしっかり、メロディと伴奏の吹きわけをしなさいと言われました。……が、どこがメロディで、どこが伴奏か…、わかんない(涙)。何となく、八分音符がズラズラ~っと並んでいるところは伴奏っぽいような気がするけれど…合っているかな?

 とにかく、2番が終わらないと、15課の方も前に進まないのだそうです。2番、頑張んないと。次回までに2番をたっぷり練習しておかないと。

 それと、ミニオン・エチュードの3番の譜読みを始めてくださいと言われました。先生が3番のお手本演奏をしてくれました。先生の演奏は見事だったけれど、曲自体は、なんかつかみ所のない曲でした。

 そうそう、譜読みをする時に、最初からアーティキュレーションに注意する事が大切だよと言われました。最初に読んだその感覚が案外癖になるので、譜読みをいい加減にしちゃダメなんだそうです。確かにそうかも。

 さあ、ミニオンエチュード2番、やっつけるぞ。

 ちなみに先生に「普通、アルテの15課って、スケール練習とエチュードとどっちが早く進むものですか」って質問したら「普通は曲がドンドン仕上がっていくけど、スケール練習はなかなか進まないという人の方が多いねえ…」なんだそうです。私はまさに逆パターンな人なんですね。

 私が曲が苦手なのは、次にどんな音が来るか、予想がつかないことが多く、演奏中に結構ドギマギしているからなんです。その点、スケールは次に何が来るかというのは、オートマチックに分かるわけで、予想がつく分、気が楽なんです。あと、曲って長いから、疲れちゃうってのもあるかな?(音楽的なスタミナはありません)

 たぶん今の私の演奏は、肩の力がガチガチに入った、聞いていて疲れちゃう類の演奏なんじゃないかなって思います。録音したものを聞くと“癒しのサウンド”からは、ほど遠い音楽になってますもの。

 それじゃあ、フルートっぽくないよね。

コメント

  1. エーダ より:

    こんにちは!初コメ・・・かな?

    今までも拝見させて頂いておりましたが、
    相変わらず、すとんさんの日記からはエネルギーを感じますねw
    読むと単純に「自分も頑張ろう!」って気になります。

    独奏の場合は、基本を仕上げた上で感情を表現しなければ
    いけないのでしょうけれど(それが音楽的演奏ってこと?だよね?)、
    誰かと一緒に合わせる場合は、複数人で一つの曲を仕上げるわけで、
    感情ばかり先走ってしまうと曲として壊れてしまうってことかな?

    互いに一歩引いた状態(?)で演奏することで、
    互いの個性がハモって曲になる・・・って理解でいいのかな(・・?

  2. すとん より:

    >エーダさん、いらっしゃいませ。こちらでは確かに、お初かもネ。

     エーダさんのアルテは黄色い表紙の日本フルートクラブ版ですか? 黄色いアルテだと、15課の後に「ミニヨン・エチュード」と言う、フルート無伴奏ソロ曲集が付いていて、黄色いアルテでは、15課とそのミニヨン・エチュードを並行して学ぶ事になっているのですが、そのエチュードの2番の話なんです。

     このミニヨン・エチュードは無伴奏の曲ですから、誰か(例えばピアノとか?)と合わせるわけではなく、完全な独奏曲なんです。だから、ある意味「自分の好き勝手に演奏してよい」のですが、完全な独奏曲だからこそ、演奏者の趣味趣向が如実に出ちゃうってわけで、どうやら私は感情過多の号泣タイプの演奏を(無意識に)してしまうようなんです。

     無論、自分が感情過多の号泣タイプの演奏をしているなんて、自覚は全くないですよ。ただ、自分が聞いて、気持ちよい音色や節回しで吹いているだけなんですが、それが先生的には「感情過多の号泣」に聞こえるんでしょうね。

     「同じ泣くなら、号泣ではなく、趣味良く、涙ぐみなさい」とも言われましたが、本人、全然泣いているつもりないので「はて?」と困ってます。あ、ちなみに2番って、A-moll(イ短調)です。私が短調を演奏すると、号泣しているように聞こえるのかな?

  3. エーダ より:

    ふむふむ・・・なるほど、そういうことでしたか。
    確かに自分の感情を込めすぎると作曲者の意図とは別の、
    完全なオリジナルになってしまうこともありますよね。
    そうなると、たとえ技術的には上手であっても、それはもう
    バッハでもモーツァルトでもない「すとん作曲」に
    なってしまうという意味でいいのかな?
    わりと叙情的な曲とかがお好きなのかしら?

    ちなみに、私の使っているアルテスは黄色の
    日本フルートクラブ版ではありません。
    白色のシンフォニア版です。
    この本は同じアルテスですが、ちょっとだけ構成が違ってまして、
    15課は1ページしかなく、ミニヨン・エチュードはついてませんね。
    アルテス2巻にあるのか、別冊になっているのか不明ですが・・・。

  4. すとん より:

    >エーダさん

     お、アルテは白いシンフォニア版ですか。それではミニヨン・エチュードとはご対面はないですよ。黄色いアルテは、15課がすごくボリュームがある上に、ミニオン・エチュードが付録として付いているので、15課までたどり着いて、やっとアルテ1巻の半分に来たって感じなんです。

     間違いなく、エーダさんの方が私よりも早くアルテ1巻を卒業しちゃいますね。ってか、エーダさんがアルテ卒業後、2~3年しないと、私はアルテ1巻を終わらせることはできないと思います。

    >バッハでもモーツァルトでもない「すとん作曲」に
    なってしまうという意味でいいのかな?

     いやいや、そんな大それた事ではありません。「ミニヨン・エチュード」はガリボルディの作曲(正式名称は「20の可愛らしい練習曲作品131」と言います)でして、いくら私が号泣しても、ガリボルディの作曲作品には違いありません。だって、私は(技量不足できちんと出来ない部分はあるにせよ)楽譜に忠実に演奏しているんだよ。

     一般的に、クラシック曲と言うのは、演奏者で大きく変わるものです。例えば、ベートーヴェン作曲の「運命」のCDを、演奏者の異なるものを10枚用意して聞いてみると、その冒頭部の「ジャジャジャジャーン」は10枚とも違うはずです。全部違うけれど、全部同じ曲。これが“クラシック曲を聞く楽しみ”だったりします。

     クラヲタという人種は、そんな演奏者ごとによって違う「運命」聞きながら「バーンスタインは神演奏だよなあ」とか「カラヤンは万人向けで安いね~」とか「ワルターはエロいよなあ」とか「いや、エロさだったら、ベームの方がエロい」とか「ブリュッヘンはスタイリッシュでいいじゃん」とか「疾走感だったらラトルじゃねえ?」とかご託を言って遊ぶんですよ。それくらい、同じ曲でも演奏者によって、全然違うものなんです。

     だから、私の演奏する、ミニヨン・エチュードの2番が号泣タイプでも、本来的にはマズくはないのだけれど、それはH先生の好みではないというか、おそらく、H門下の演奏とは方向性が違うのでしょうね(だいたい、同門の人は似たような演奏をするものです)。つまり「ウチの門下に草履を脱いだ以上、門下のしきたりには従ってもらうぜぇ」って事なんですよ。

     私が無意識に号泣タイプの演奏をするのは……もしかすると、私が“歌う人”だからかもしれません。それも、オペラとかミュージカルなどの“演劇性の高い歌”を歌う人だからかもしれません。それで、無駄に劇的、つまりはおおげさな演奏をしちゃうのかもしれません。

     うむ、きっと、そういうわけなんじゃないかな?

    蛇足 私は「運命」ならカルロス・クライバー指揮のものが大好きです。定盤すぎて申し訳ないです。

  5. エーダ より:

    ああ、なるほど!そういうことなんですね!(←やっと分かった・・・)

    確かに先生によって教え方が違いますし、門下生が皆、
    同じような演奏スタイルを少なからず持っているというのは
    分かりますね。

    それにしても、白いアルテスはミニヨン・エチュードがないんですね。
    フルートつながりの皆さんが15課は大変!と言ってたことに対して、
    「はて、なんでだろ?1ページしかないけど?」って思ってましたが、
    納得ですw
    私の場合は、逆に1巻卒業後からが本格的に苦難の道へと
    突入しそうですねえw(ふふふ・・・もう笑うしかない!)

    クラシックは馴染み深いジャンルではありますが、
    クラオタと言えるほど造詣が深いわけではないので、
    とても指揮者ごとの議論はできそうにないです。
    ただ、カラヤンの「運命」は個人的には好みですね。
    勝手な感想なのでまったく違っているかもしれませんが、
    ストレートというか、基本形というか・・・まあ万人向けの演奏なら
    聴きやすくても当たり前なんでしょうけれど。

    変にオリジナリティを出して装飾された演奏より、
    特に交響曲は原曲(楽譜?)に忠実な演奏を好むからかなあ。
    って、カラヤンが原曲に忠実な演奏をする方なのかどうか、
    詳しくは知らないのでなんともwww

  6. すとん より:

    >エーダさん

    >特に交響曲は原曲(楽譜?)に忠実な演奏を好むからかなあ。
    って、カラヤンが原曲に忠実な演奏をする方なのかどうか、

     カラヤンに限らず、レコーディングされたものは、みな楽譜に忠実ですよ。楽譜に忠実でなければ発売されないか、あるいは「この演奏は作曲家の楽譜に一部手を加えた楽譜で演奏してま~す」って注意書きが入ってますよ。

     楽譜に忠実に演奏しても、個性はおのずとにじみ出てきて、耳で聞いた感じは全く違ったものになっちゃうんです。それくらい、楽譜と言うのは、実に大雑把にしか音楽を記述できないし、だからこそ、クラシック音楽では、演奏家の個性を楽しむ事でできるんですよ。

     この道に入ると、深いよ(爆)。

  7. kazu より:

    こんにちは。
    あら、うらやましい。
    私は感情を込めるのが苦手です。と言うか、感情を表にだすことを躊躇しちゃう!?これって私の人間性の問題なのかしら。なんか自信がないんですよねー。

    私も、歌ごころを養えたらなーと少し前からオペラを聴きはじめたところです。少しでも身につけばいいのですが。

  8. すとん より:

    >kazuさん

     感情を出すと言うのは、元々の気質もあるでしょうが、やはり訓練とか経験の賜物だろうと思います。歌と言うものは、感情を込めずに歌うのは…難しいですよねえ。歌詞を読んで、歌詞の内容を音楽を通して表現しようとすれば、どうしたって、感情が入ってしまうわけです。また、そうでなければ、聞いている人の心は動かせません。

     ましてや、私はアマチュア歌劇団に所属しておりますので、演技の方も稚拙ながらやらせていただいてます。感情のこもらない演技など、ありえせん。

     演じながら歌うのが常であれば、むしろ「感情抜きで淡々と演奏しろ」という要求が、逆に困難になってきます。歌であっても、歌曲をメインにやっている方は、または別かもしれませんが、私はオペラ系の歌手なんですよ。

    >私も、歌ごころを養えたらなーと少し前からオペラを聴きはじめたところです。少しでも身につけばいいのですが。

     あ、それ、いいかも。で、気に入った曲があったら、歌手と一緒に口ずさんだりすると、なおいいかもしれませんね。オペラとかミュージカルと言うのは…感情のるつぼのような音楽ですからね、泣いたり叫んだり喜んだり…それはもう、忙しいくらい、感情が錯綜する音楽ですから、歌心を養うには良いと思いますよ。

  9. きょん より:

    すとんさん、こんにちは。
    いつも多趣味で楽しいブログを楽しく読ませてもらっています。コメントさせてもらうのははフルートネタだけですが…。

    アルテ、着々と進んでますね。「私も同じあたり!」と言ってからどれくらいたったでしょうか。やっぱり同じあたりをやっている私です。

    ガリボルディ2番、確かに『泣き』な曲ですね。私はなぜあのはじまりで、中間部あんなに陽気になるのか、最後までわかりませんでした。
    私はつい先日のレッスンで(なぜか)○もらいました。途中間違えはするし、終わってから3か所くらいダメだしされてやり直ししたりしたのに。
    ホント先生のこだわるポイントってよくわかりません。ま、私があくまで趣味でフルート吹いているってのを前提に、ポイント(フレーズとかアーティキュレーションとか)を押さえて教えてくださっているのでしょうね。

    「次は3番練習してきてね」って。ただ、1番はまだ残っています。
    私の先生はスケール練習の調とガリボルディの調は特にこだわらない人のようで。ただ、練習はとまどいますね。同じ調の方が練習しやすいに違いないんですし。

    全然話はちがいますが、我が家のエアコンがこわれて、ウンともスンとも言わなくなりました。正直練習どころではありません。省エネするとかしないとかよりも、やや命の危険さえ感じますね。早急に購入の手配しなきゃ…。

  10. すとん より:

    >きょんさん

     アルテのご同輩ですね、お互い、頑張っていきましょう。

     ミニヨン・エチュードの2版の中間部があんなに陽気なのは…私は、あそこは「泣き笑い」とか「泣きながら、無理して微笑んでいる」とかいうように感じます。いや「泣きながらスキップしている」のかもしれません。……な~んて、思っちゃうから“号泣”って言われちゃうんだよなあ。

    >ホント先生のこだわるポイントってよくわかりません。

     御意。でも、そこがきっと目下の弱点なんだろうなあって思ってます。私の場合、運指とかアーティキュレーションを集中的に注意されますが、そこらへんは、やっぱり弱点だもの。よく聞いているよなあ~って思うくらい、苦手なところやあやふやな所を注意してくださいます。

    >同じ調の方が練習しやすいに違いないんですし。

     これまた御意。特にシャープ系とフラット系を同時に練習していると、絶対、指がからまります(涙)。どうしたって、シにはフラットかけたくなるし、ファにはシャープがかかってしまうものです(涙)。

     エアコンは…早急にどうにかしないと、今年の夏は、命にかかわります。テレビなどで、エアコンを我慢して、救急車で搬送されたり、死んでしまったする人の事を連日報道しています。節電も大切でしょうが、節電も命あってのものだねです。いや、ほんと、そう思います。

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