スポンサーリンク

レチタティーヴォの練習方法(2026年夏)

 レチタティーヴォという歌は、オペラぐらいにしかありません。それも、古楽~ベルカントオペラの時代ぐらいまででしょうか? ロマン派の色が濃くなるにつれ、レチタティーヴォはなくなり、ワークナーの楽劇のようにオーケストラ伴奏の歌になっていくか、ミュージカルのようにセリフになってしまいました。だから、レチタティーヴォは比較的、古めのオペラの、アリアとアリアをつなぐ部分(実質的にはアリアの前歌)で歌われるスタイルの歌です。あまりメロディアスではなく、音楽的な美しさよりも、ストーリーを進める役目を主に担っている歌です。

 印象としては、音楽に乗せて喋るセリフ…昔のラップ?…のような感じです。

 だから合唱をやっている人は歌いませんし、声楽を学んでいる人でも、歌曲しか歌わない人は、レチタティーヴォを歌う機会はありません。オペラアリアを歌う人で、アリア部分だけでなく、その前歌であるレチタティーヴォも合わせて歌う人か、オペラ全曲を歌う人ぐらいしか、レチテタィーヴォを歌うことはありません。

 かように、アマチュア歌手には、なかなか歌うチャンスに恵まれないのがレチタティーヴォです。私だって、レチタティーヴォはめったに歌いません。発表会で、オペラアリアを歌う時に、時間的な余裕があれば、そのアリアとその前にあるレチタティーヴォを続けて歌う時くらいです。

 今回の発表会で私は「Che faro senza Euridice/エウリディーチェを失って」のレチタティーヴォを歌いますが、今回は時間的な余裕が生まれたので歌うわけで、当初は余裕が無かったので、レチタティーヴォ部分は省略してアリアのみ歌うつもりだったわけです。
 以上、レチタティーヴォに関するもろもろを書きました。

 さて、そんな私のレチタティーヴォの練習手順を書きます。

1)まず歌詞を読み込みます。 とにかく歌詞が多いし、流れるように読めないと歌えないので、まずは歌詞をじっくり何度も何度も、口癖になるくらい読み込みます。

2)リズム読みをします。 この段階では、メロディに歌詞は載せません。歌詞は階名で代用しています。別に階名でなく、ルルル…でもラララ…でも良いかもしれません。レチタティーヴォのリズムは細かいモノも多いので、曲によっては、テンポをゆっくりめにして練習をして、歌えるようになってから、徐々にテンポを戻していくこともあります。とにかく細かなリズムを正確に歌えるようになるまで練習します。アリアの練習では使わないメトロノームを使って、リズム的な正しさにこだわりながら歌うこともあります。

3)音程を付けます。 レチタティーヴォのメロディラインは、ほほ平板なので、ある程度リズム読みが出来てきたら、音程を付けます。

4)メロディに歌詞を載せて歌います。 この時、どう考えてもメロディに歌詞が乗り切らない箇所があります。そういう箇所は、作曲家も「この歌詞はメロディに乗り切らないなあ」と分かっている事もありますので、そういう箇所は、フリーテンポにして、しっかり歌詞をしゃべって歌います。原則的に、レチタティーヴォのどこを歌って、どこをしゃべるのかは、伴奏を見て判断します。伴奏がしっかりインテンポで演奏している箇所はきっちり歌いますが、伴奏が休んでいたり、和音を鳴らして音を延ばしているだけの箇所は、音楽的なイニシアチブは歌手に任されているわけですから、そこはフリーテンポにしてかまいません。

5)完成…歌い込みをします。 出来上がったレチタティーヴォは、音楽とセリフの中間的なものだから、必ずしも音楽的に正しい演奏ができるわけではありませんが、言葉を大切に、しっかりとしゃべれるなら、それで良しとしています。で、一通り歌えるようになったら、寝言でも言えるようになるくらいまで、徹底的に歌い込みます。

 こんな感じでレチタティーヴォの練習をしています。

 「これって別に、普通の歌の練習と変わらないんじゃないの?」 そうでも無いのです。

 歌曲やアリアなど、いわゆる“普通の歌”の場合、そもそもメロディを知っているじゃないですか? 歌詞だって、おぼろげながらにアタマに入っているわけです。だから、楽譜を見ても、全く歌えないわけじゃないし、ある意味、譜読みなんて、アタマの中におぼろげに入っている“その歌”を、楽譜と照らし合わせながら正確に読み直す…作業であって、半ば確認作業だったりするわけです。

 おまけに、普通の歌はメロディが歌うのに難しかったり、音域が自分に合っていたり合っていなかったりするわけで、その辺りのモヤモヤを譜読みしながら、同時に解決策を考えていき、練習でそこらへんをやっつけるわけです。

 一方、レチタティーヴォの練習は、普通の歌の練習とは、あれこれ勝手が違います。まず、知らないし、歌いやすいわけでもありません。しかしテクニック的には平易なモノが多く、歌う要素もありながら、しゃべる要素も大いにあります。

 しゃべる要素があるとは言え、それでもやはり歌ではありますので、しゃべるに偏らず、かと言って、歌にも偏らずに、いい感じで歌いながらしゃべれたら、良いなあという考えでレチタティーヴォを歌っているわけです。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 クラシックブログ 声楽へ
にほんブログ村

コメント

タイトルとURLをコピーしました