スポンサーリンク

2026正月 八丈島に行ってきた その2 郷土料理は…ちょっとクチに合わなかった

 さて、次の観光は宇喜多秀家の墓です。宇喜多秀家とは、豊臣時代の大名で、豊臣五大老の一人で、関ケ原の戦いでは、豊臣家に忠義立てをして、西軍で親分格として戦った大名です。前田利家の娘で、豊臣秀吉の養女になった豪姫を正室にしていたので、当時は豊臣一門として世間から扱われていた人でした。関ケ原の戦で負けたため、徳川家によって八丈島に島流しになった人です。ちなみに、この人は公的に、八丈島に島流しになった初めての人であり、豊臣五大老で唯一大河ドラマの主人公になっていない人…なんだそうです。八丈島では、宇喜多秀家を大河ドラマの主人公にしよう…いうわけで、署名活動をやっているようです。ううむ、私、神奈川県民としては、宇喜多秀家よりも、まずは小田原の後北条家が大河ドラマになると嬉しいのだけれどなあ…。

 宇喜多秀家のお墓は…ううむ、古い墓でした。今の墓は、没後180年に子孫の方が作られたそうです。まあ、モニュメント的なモンなんでしょうね。

 霊園には、宇喜多秀家のみならず、一般の島民の方々のお墓もあって、どのお墓にもきれいな花が供えられていました。八丈島の人は熱心にお墓参りをするんだなあ、感心しちゃうなあ…と思っていました。だって、どの墓も備えられていたお花が立派なんだもの。で、聞いてみたら、あれらの花は生花ではなく、みんな造花なんだそうです。八丈島ではお墓参りには造花をお供えするのだそうです。そういう文化なんだそうです。造花なら、立派なのも当然でしょう。いつまでもキレイでしょう。

 それにしても、島の文化は我々の文化とは違います。

 お墓の近くにある宇喜多秀家の屋敷跡にも行きました。ロベやバナナが植わっている空き地でしたが、ここに屋敷があって、宇喜多秀家が晩年ここで暮らしていたのだと言われると「ああ、そうなんだなあ…」と思いました。

 ロベとは、フェニックス・ロベレニー(Phoenix roebelenii)の通称です。花屋で作る花束の添え葉として使われる切り葉で、国内のロベのほとんどが八丈島で栽培されているそうです。ロベは、現代の八丈島を経済的に支えている大切な農産物…なんだそうです。

 宇喜多秀家のお墓の次は、島の南部にある三原山の方に行きました。三原山と言うと、伊豆大島にある火山が有名ですが、同じ名前の別の火山が八丈島にもあるわけです。

 三原山まで、海が見える道をドライブしていきました。この日は快晴で、隣の八丈小島(この島は無人島なんだそうです)がよく見えました。

 エコ・アグリマートという、道の駅に着きました。でも、道の駅…というよりも、地元の農産物の直売所…というくらいの小規模な道の駅でした。ツアーで一緒になった人たちは、極楽鳥花(ごくらくちょうか)を買っていましたか、極楽鳥花って湘南でもよく見かける花なんだよね。庭先に、カンナと混ざって植わっています。

 ちなみに、八丈島のあっちこっちで咲いているキダチアロエも湘南ではよく見かけるし、ブーゲンビリアが雑草として生えている点も、八丈島と湘南は同じです。ソテツがあっちこっちに生えているのもの同じ(我が家の庭にも雑木として生えています)。なので、八丈島と湘南って、植生的には案外近いのかもしれない…って思いました。あ、でも湘南にはロベと明日葉は無いなあ…。

 エコ・アグリマートの次は昼食です。地元の(おそらく地元民向けの)郷土料理店で昼食を食べました。麦雑炊とか、明日葉のあれこれの料理とか、島の魚や海藻などの料理でした。美味しいは美味しかったのだけれど、見かけも味付けも、何とも地味な印象の料理でした。あと、食べた時は美味しかったけれど、食べ終わると、何とも嫌な感じの後味がこみあげてきて、正直、私のクチには合いませんでした。おそらくこれは、明日葉の香りが胃から込み上げてきているんだなあ…と思いました。明日葉、恐るべき野菜だわ。食べた時はセリっぽい味で「美味しい!」と思わせるものの、その個性の強さは食後にかなり引きづります。ううむ、ここはかなりガチめな郷土料理店だったようで、観光客向けの店ではなかったのかもしれません。これはこれで、いい経験をしました。

 いつ思えば、くさやが出なかっただけ、手加減してくれていたのかもしれません。

 食後は、地元民向けのスーバーマーケットに行きました。地方のスーパーって、あれこれ面白いんですよね。ここでは、今晩飲む島焼酎(八重椿:芋と麦のブレンド焼酎でほんと美味しい)と、お菓子と、明日葉の匂いの口直しのためのカルピスウォーターを買いました。

 その後は、優婆夷宝明(うばいほうめい)神社に行きました。八丈島にある、神主が常駐している唯一の神社だそうで、私はよく分かりませんでしたが、なかなか立派な神社だったみたいです。で結果的に、今年の私の初詣は…ここ、優婆夷宝明神社となりました。実はまだ、地元の神社に行って、土地神様に挨拶していないのよぉ~(笑)。

 それから、再び八丈島空港に行きました。実は今回の八丈島旅行は、もちろん旅行会社によるツアーなのですが、元々はバス2台で計画されていたツアーだったそうですが、台風災害のために、キャンセル者が多く出て、バス1台のツアーに計画し直されたそうだけれど、今度はツアー当日の飛行機の席が十分に確保する事ができず、ツアー客を2便に分けたのだそうです。で、我々は最初の便に乗ったので、あんなに早い時間から活動を開始したわけですが、2便に乗ったツアー客(たぶんこちらメイン)を拾うために、バスは空港に向かったわけです。

 ちなみに、八丈島には飛行機は1日に3便しか飛んでいません。早朝と昼と夕方ですね。

 2便から参加するツアー客を拾うために、バスはしばらく空港に停車していました。その時間を利用して、空港の土産屋をチェックした我々です。ここで私は真空パックの焼きくさや(常温保存可、焼かずにそのまま食べられます)を買ってみました。なんか、ワクワクです。

 さて、2便でやってきた新しい仲間を連れて、観光を継続します。そこから向かったのは、黄八丈(きはちじょう)の染元です。黄八丈とは八丈島特産の織物です。具体的に言うと、時代劇等で、よく町娘が着ている黄色い着物の布です(とは言え、黄八丈そのものは高級織物だったので、実際の江戸庶民が着ていた黄八丈は、本物ではなく、類似品がほとんどだったそうです)。その黄八丈を作っている絹糸を染めている工房を見学です。糸の染め方の説明を受けて、実際に黄八丈を織っている様子を見学して、猫を愛でました(笑)。

 それから名古(なこ)の展望台に行きました。水平線の彼方に青ヶ島が見えたような気がします。またここから見える近くの岸壁が、ハワイのダイヤモンドヘッドにそっくりなんだそうで、ガイドさんが「これは“なんちゃってダイヤモンドヘッド”です」と教えてくれたけれど、私はハワイに行ったことないし、ダイヤモンドヘッドを見たこともないので、その真偽は不明です。

 この名古の展望台があるのは、この前の台風被害が激しかった末吉地区で、当然ですが、バスでそのあたりを走りました。多くの木が生木のまま、幹がポキンと折れていました。折れていない木は、よく見ると、根っこごと土砂とともに抜けて倒れていました。また、あっちこっちの山肌が滑り落ちていました。屋根のない家、壁がない家も多数ありました。こりゃあ、大災害じゃないですか?! 台風被害の激しさをまざまざと見せつけられた思いです。

 さてさて、これで初日の観光は終わりです。

↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村 その他日記ブログ つれづれへ
にほんブログ村

コメント

タイトルとURLをコピーしました