映画「名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN」を見てきました。この映画は、おそらく、ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞したので、それを契機に作られた伝記映画でしょう。彼のデビュー前後から、ロックに転身したニューポートのライブまでが描かれています。映画に描かれていることのすべてが事実というわけではないでしょうが、私はこの映画を見て、色々と学び、考えました。
まず(わかり切ったことですが)ボブ・ディランという音楽家がとても偉大な存在で、時代を導いた先頭ランナーであるということです。
実は私、この時代の音楽は結構好きなのですが、ボブ・ディランはほとんど聞いていないんですよね。フォークソングが嫌いなわけでもないのですが、なんかディランの曲は、音楽よりも歌詞への比重が高いと聞いて、それで敬遠していました。だって英語だもん、外国語だもん、分からないわけじゃないけれど、そこは母国語ほどすんなり分かるわけじゃないし、すんなり分からないと詩ってダメでしょ? それでボブ・ディランを敬遠していたのですが、その考えは、この映画を見て、ますます正しいものだと確信に変わりました。
やっぱ、外国人にはボブ・ディランの良さは分からないってことが、分かりました。とは言え、自分が苦手で、その良さを感じられないタイプの音楽家であっても、その偉大さは理解できました。
1960年代のアメリカの人種分断についてもよく分かりました。この映画には、ほとんど黒人は出てきませんが、それはディランが白人(ユダヤ人)で、彼が初期の頃に演奏していたフォークソングが白人の労働歌であり、彼のファンたちは、コテコテの白人たちであって、そういう白人社会にいたディランだったからこそ、黒人社会とは無縁で、映画の終盤で描かれるニューポートのライブでロックを演奏…つまり黒人音楽を演奏…したことによる、人々の拒絶とか、人種差別とかで、あれだけの騒ぎになったのだろうけれど、それだけ社会が人種で分断されていたのが、当時のアメリカ社会だったんだなあ…と思いました。
ポリコレ万歳の現在で、この映画は、よく作れたものだと思いました。
アメリカ社会が人種で分断されていた状況を考えれば、白人にも黒人にもファンがいた、エルビスとかビートルズが、いかに特殊な存在だったのかが分かったし、だから、エルビスやビートルズはスーパースターたりえたのでしょう。
分断された社会だからこそ、若い白人の代弁者であると思われていたディランが、エレキギターを持って、黒人サイドに行っちゃったら、コテコテの白人のファンたちは、嘆き悲しむわけだわな。怒り狂うわけだし、裏切られたと感じちゃうんだろうね。それがニューポートのライブでの騒ぎってわけだ。
あと、若いディランがやっていたフォーク・ソングって音楽は、そのまま“民謡”って訳しても十分な音楽なんだなとも思いました。フォーク・ソングって、アメリカ民謡で、それもかなり古いタイプの音楽で、素朴な音楽で、当時すでに白人の高齢者向けの音楽だったわけです。ギターとハーモニカと歌というスタイルは、別にカッコよさを狙っているのではなく、昔々の労働課をルーツに持っているからこそのスタイルであって、そういうことって、日本人の我々には、なかなか分からないものです。
あと、ディランの声(演じる役者さんは、ほんとディランそっくりに歌っていました)は、非音楽的な声なので、歌詞を伝える(言葉をしゃべる)のには良いのだけれど、肝心の音楽は、ちゃんとは伝えられていなくて、それもディランの個性なんだなって思いました。いや、実際、ディランの曲って、なかなかに音楽的なのに、彼のヴォーカルで聞くと、かなり台無しに聞こえるもんだと思いました。だってディランの曲は、ディランが歌うよりも、別の人(映画では、ジョーン・バエズが主に歌います)の歌唱の方が全然良いですね。そういう意味では、ディランって、声が悪くて損をしている…と改めて思いました。でも、それが味として受け入れられるのが、労働歌としてのフォークソングなんだね。
この映画は、素材(ボブ・ディランという人物)を扱いかねている部分もあり、映画としては「ちょっとどうなんだろ?」と思うものの、ミュージカル映画としては、曲数もそこそこあるし、聞いていて飽きませんでした。
それにしても、若き日のボブ・ディランって、尖りすぎていて、とても共感はできません。そういう意味では、映画の主役キャラとしては、どうなんだろ?と思いました。
でもボブ・ディランの映画だから、かつてのフォーク少年だったジイさんたちにはウケるかもね。フォーク少年ではなかった私だけれど、映画の中で、登場人物たちがパカパカとタバコを吸っているのを見て「ああ、昭和だなあ~」って懐かしく感じたものです。アメリ映画を見て、昭和を感じる私も、どうかしていると思いましたが(笑)。
↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村
コメント