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私が間違えると、合唱が崩れる

 皆さんは「ノブレス・オブリージュ」という言葉を知っていますでしょうか?

 「ノブレス・オブリージュ」とはフランス語で、「noblesse oblige / 持つ者の義務」の事です。“持つ者”とは、本来は王族や貴族を指していました。つまり、彼ら“持つ者”は、大きな力を持つが故に、無私の心で社会を支えていかなければならないと考え、自らを律して活動しなければいけないというのです。

 21世紀になり、王族や貴族だけでなく、多くの人々が色々な力(知力・財力・権力等)を持つようになりました。そのため“noblesse”は、今では王族や貴族に限らず、広く“力を持つ者”という意味で使われるようになりました。具体的には、富裕層、有名人、権力者、高学歴者を指しますが、更にそこから意味が広がって、ある種の才能や特技を持つ人も含まれるようになりました。

 本来は、重い言葉なのだろうと思いますが、今では「優れた人は、その優秀さを社会に還元するべきだし、そのために余計な苦労を率先して引き受けるべきである」程度に理解されるようになったと思います。

 で、本題です。

 歌声は才能です。その才能を駆使することで、一流の(オペラ)歌手になったならば、人々から称賛され、驚くような収入が得られるのです。

 とは言え、才能には段階やレベルがあり、一流の歌手になるほどの才能ではなくても、それなりの才能を持っている人は大勢います。私もおそらくは、そんな有象無象の中の一人だろうと思われます。

 私が神様から与えられた才能…と言うかギフトは、ノドの強さと声量です。これらを天賦の才として与えられています。とにかく、ノドは強いです。かなりの無理や無茶をしても、簡単に声は壊れません。多少荒っぽく使ってもノドは枯れませんし、一時的に声枯れになっても、すぐに回復してしまいます。ハスキー・ヴォイスにはなりたくてもなれません。

 声量はあります。声の大きさはもちろん、よく通る声です。決して集団の中に埋没する事はありません。

 どれくらい大きくて通る声なのかと言えば、かなりの喧騒の中でのひそひそ話でも、周囲の人々に筒抜けになってしまうくらいです。私は内緒話とかひそひそ話ってヤツができない人なのです。無駄に声が大きいんです。

 しかし、ポジティブに評価できるのは、これくらいですから、とてもプロ歌手にはなれないし、彼らの足元にも及びません。

 あまり自分の欠点を列挙するのは精神的によろしくありませんが、あえて書けば、声そのものは決して魅力的ではありません。実に残念です。基本的にはテノールの声ですが、テノールを張るには持っている音域が少々低く、高音域に難点があります。とても残念です。

 その他、響きが低いとか音程が甘いとかありますが、これらはテクニックの話なので、努力次第で克服できますが、声そのものに付随するアレコレは才能ですから、私自身ではどうにもなりません。

 声量がある事は、歌手としてはすばらしいギフトをもらったと思ってます。そして、その才能を使うべく、歌っているわけですが、そこで「ノブレス・オブリージュ」ですよ。豊かな声量を持つが故に、本来ならば、人々をリードする歌を歌わないといけないのです。それこそ「持つ者の義務」なのです。

 具体的に言えば、合唱をするなら、パートリーダーとして全体を引っ張って歌わないといけないし、そうあるべきです。でも、それは私にはできないのです。だって、私はあまりにテクニック的に未熟で、私が間違えて歌ってしまうと、合唱団全体が間違ってしまったように聞こえるからです。なまじ豊かな声量を持つために、ちょっとの間違いも許されないのですが、そこまで精密に正しく歌えるほどのテクニックは持ち合わせていないのです。テクニックが問題なのだから、テクニックが身につくまでの辛抱…なんて甘えた事は言えません。なにしろ、テクニックがあろうとなかろうと、声はあるんですから。

 なので、私は合唱ができません。悔しいなあ…。

 もっとも、私の場合、初音ミクのような正確無比の歌が歌えたとしても、私の声は集団に溶けずに、突き抜けてしまうので、合唱を壊してしまう事には変わりはありません。やっぱり合唱はできません。テクニックは問題ですが、テクニックだけが問題じゃないのです。ああ、残念。

 だから私は、独唱の世界で頑張るしかないのです。合唱の世界には近づくこともできません。なまじ中途半端な才能を持つが故の悩みです。

 時々「中途半端な才能なら、無い方が良い」と思ってしまう時もあります(罰当たりな発想ですね)。だって、私が平凡な声しか持っていなかったなら、きっと私の人生は合唱三昧で、合唱にどっぷり浸かって、合唱を楽しんでいたと思うからです。

 私の歌の入り口には合唱がありましたからね。でも、中途半端な才能があったために、入り口から放り出されたのが私なのです。ああ、悲しい。

 なので「合唱団で大きな声で歌って目立ちたい」なんて言っている人を見ると、本当に羨ましくて羨ましくて…。私だって、そうありたいのですが、私は大きな声でしか歌えないし、目立ちたくなくても目立ってしまうし、でもテクニック的には完璧とは程遠いわけだから、合唱団から弾かれてしまうのです。

 「合唱団員の多くは、テクニック的に未熟なんだから、別にテクニックが無くてもいいじゃん」と言っても、それは平凡な普通の声の持ち主には許されても、私のような中途半端な才能を持っている者には許されないのです。声を持っているが故に、最初から高めの要求をされてしまうのです。

 思わず、毒を吐いてしまいました。ごめん。

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