普段はコンサートレビューなど書かない私ですが、今回は、色々と思うところもあったので、備忘録的に書いてみたいと思います。
もう一週間ほど前の話になりますが、実は台風の日(それも、翌日は自分の本番だと言うのに…)、雨風が激しい中、工藤重典氏のフルートリサイタルに、今年も(笑)行ってきました。雨風が半端なく激しかった上に、電車まで止まってしまったので、お客さんは極端に少なかったです。私は膝まである乗馬用ブーツを履いて出動しました。いやあ、嵐の日はロングブーツが最強だね(ぶいっ!)。
演奏曲目は以下のとおり。
モーツァルト「アンダンテ ハ長調 K.315」
モーツァルト「ロンド ニ長調 K.Anh.184」
シューベルト「ソナチネ ニ長調 Op.137-1 D.384」
ドップラー「ハンガリー田園幻想曲」
サン・サーンス「ロマンス Op.37」
グリーク「ソナタ第1番ヘ長調 Op.8」
ビゼー/ボルヌ「カルメン幻想曲」
グルック「精霊の踊り」~歌劇「オルフェウスとエウリディーチェ」より
チャイコフスキー「シュン・サン・パゴーン(言葉のない歌)」
ショパン「仔犬のワルツ」
いつも思う事だけれど、ヤマハ14Kフルートの音は素晴らしいです。おそらくメルヴェイユだと思うのだけれど、実に太くていい音で演奏します。ほどほどに硬く引き締まっているのに、なぜか柔らかさを感じさせる不思議な音。実はこの工藤氏のフルートの音が、私のリファレンスなのかもしれません。
私がフルートを始めたきっかけは、公式的には「フルートを衝動買いした」事が原因となっています。この事に嘘はないし、当時は、私自身も気がついていなかったのだけれど、実はフルートを衝動買いする、ほんの数カ月前に、私は工藤氏のフルート生演奏を聞いているんですよ、それも極々至近距離で。そしてそれが、私の人生における、最初にちゃんと聞いた生フルートだったわけです。
どこで聞いたのかと言うと、ラ・フォル・ジュルネのマスタークラスでした。そこで工藤氏のフルートのクラスを聴講したのが、フルートという楽器と私との最初の出会いでした。生徒役の芸大の院生の演奏も素晴らしかったけれど、その後に出てきた工藤さんの演奏の素晴らしさと、その美音に、私はノックダウンしちゃったんです。
で、その出来事は、その時はそれで終了し、私の記憶の中に沈殿していったのだけれど、楽器屋でフルート(後のチャイナ娘)を見かけた時に、無意識のうちに、その事がリビドーとなって、フルートを衝動買いしてしまったのだと、今は思います。
そんなわけでフルートを始めてしまった私だけれど、その後も、不思議な巡り合わせて、毎年色々な場所で結果的にコンスタントに(大笑)工藤氏のリサイタルを聞いております。特に“聞こう”と意識しているわけではないけれど、なぜか工藤重典氏のリサイタルに行っちゃう私がいます。ううむ、もしかして、私ってば、工藤重典氏のファン?なのかな?? でなきゃ、大嵐の中のリサイタルなんて行かないよねー?
さて、演奏の感想などを。
今回の私は、自分のフルートの発表会を控えて、色々と悩みを抱えています。特に「棒吹きにならずに演奏するには、どうしたら良いだろうか」とか「ff演奏から脱却するにはどうしたら良いだろうか」とかで迷っています。今回のリサイタルでは、その辺りの解決方法の糸口でも見つからないものだろうかという気持ちも込みで、工藤氏の演奏を聞きました。
工藤氏は……いやあ、実に軽々とフルートを吹きます。カラダのどこにも力が入っていないようにさえ見えます。音に力みが全くありません。自然体って奴なんでしょうね。特別な事をしているというオーラは全くなく、まるで日常茶飯のようにフルートを吹いています。
楽々とフルートを吹いているので、当然、音量的にはあまり大きくないです。けれど、実によく響くので、きちんと聞こえます。彼の演奏って、あたかも大音量で吹いているようなイメージを持たれがちですが、少なくとも今回のリサイタルの音を冷静に聞いてみれば、決してそんな事はないです。実に“ホールなり”の音量で演奏しています。
聞いていて感じた事は「ホールを味方につけて演奏している」点です。ホールを味方につける? それはつまり、実に巧みにホールエコーを利用して、自分は極めて省エネな演奏を心掛けているって事です。そして、そのホールエコーを利用する前提で音作りをされているのでしょうね。彼のフルートの素の音自体は、かなり硬い音でした。でも、この硬い音にホールの柔らかい響きが乗って、観客の耳に届く時には、芯の強さと肌触りの良さが両立した音として聞こえます。
やっぱりプロってスゴいな。素人は楽器の音にばかりこだわり、ホールの響きを利用するなんて、考えもしないもの。ホールの響きを利用する事で、音質も柔らかくなるし、音量も稼げるわけです。
だから、軽く吹いても、よく聞こえる。柔らかいから耳辺りがいいけれど、芯があるからしっかりとした音に聞こえる。音量は大きくないけれど、ホール内の響きを上手に利用して、とてもよく響いている。ううむ、プロの仕事だね。
そして、この“軽々と吹く”というスタイルをデフォルトにして、そこからダイナミクスをつけていくわけです…勉強になりました。
ほとんどのところは、軽々とmp程度で演奏しましたが、時折、本当のffが出ました。で、そのffは、実に目が覚めるほどの刺激的なffに聞こえるのです。これって対比の妙ですね。おそらく、そのffだって、客観的に聞けば、案外大した音量ではないのかもしれない。でも、前後の演奏が力んでいないから、ここ一発がスゴく効果的に聞こえるわけです。基本ベースになるのは、あくまで自然体な演奏で…やはりffは効果的に使わないと、いけませんな。
実にさりげない味わいのある演奏でした。美しいし、技巧的だけれど、決してそれを見せつけないし、感じさせない。こういう高水準な演奏を日常茶飯的にさりげなく行ってしまうのが、プロのスゴさなんだなあと思いました。真剣に、余裕を持って、スゴい事をしているわけです。その点、アマチュアの巧みな演奏って、熱心だし一生懸命だけれど、余裕が無いんだよね。アマチュアの演奏は熱くて危ういけれど、プロの演奏はクールで確実だね。
私も無駄に熱くならないように気をつけないと…。あと、フルートは当然[クラシック曲であるバッハであっても]ジャズ仕様で吹かないといけないので、私の場合は「ホールなりの演奏」ではなく「マイク前提の演奏」を念頭に置くことが大切ですね。「マイク前提の演奏」ならffは要らないですね。大きな音量が欲しければ、ミキサーさんがフェーダーをあげれば済む事なんだから。それよりも、マイクの通りの良い音で、なおかつ美音って奴を考えた方がよいですね。
工藤氏の演奏は、高音がきれいなのは当たり前だけど、低音がすごくカッコよかったです。おそらく、あの低音の発音は難しいのだろうと思います。工藤氏自身「低音が続くと疲れる」って言ってました。でも、あの低音、マネのできるものなら、マネしたいものです。
今回、色々な曲を演奏してくれましたが、私的にベストは、サンサーンスの「ロマンス」でした。あれは名曲だね。私も(無理だけど)吹いてみたいと思いました。渋くて、中間色っぽくて、薄曇りっぽくって、アンニュイで、いいなあ。簡単そうに聞こえるけれど、あの色彩感は、やたらと転調しているんじゃないかな? 和音進行がとっても不思議な曲でした。
そうそう、工藤氏は譜めくりを右手でやってました。
最後の最後に、サイン会をやっていたので、彼の最近のCD(福田進一氏との、ギターとフルートのデュオアルバム)を会場で購入して、サインをもらいました。まるでミーハーな女子高生みたいで恥ずかしかったけれど、いいんだい、オッサンになると、羞恥心というのが無くなるんだい。しかし、お姉さんたちに混ざって列に並ぶのは、かなり恥ずかしかったです(照)。
棒吹きから脱却するためのヒントを、たくさんいただいたような気がします。やっぱり、たまには、一流奏者の演奏を生で聞かないとダメだね。
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