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私が憲法9条を嫌う理由

 憲法9条は、日本が武力を持つことを禁止し、現実的には専守防衛のための自衛隊までを認め(?)、他国を攻撃できる軍隊の存在を禁止しています。だから、日本には日本軍が存在しないわけですし、自衛隊は武力を持っていても、他国を攻撃できる装備を持っていません。
 なので、日本は他国を侵略する事ができず、他国から攻められた時は専守防衛で自国を守る事ができるので、最高!…なんて考えて安心しているほど、私はバカじゃないんです。
 今どき、他国を侵略するなら武力なんて使わないでしょ? 他国を侵略するのに、武力を使うなんて19世紀的な発想しかできないのは“悪の枢軸国”くらいです。その他の人々の頭の中はお花畑ではありません。今や、他国を侵略するなら、サイバー空間での侵略がまず第一でしょうし、経済的に侵略していくのがスマートなやり方です。植民地を武力で確保するのではなく、経済奴隷を作っていくのが今風なやり方です。憲法9条では、日本による他国の侵略は全く防げません(そもそも、しないだろうし)。
 さらに、武力で他国から攻められた時に専守防衛をする…というのは、つまり敵から攻められたら、即座に“本土決戦”になってしまうという事です。ほんとに、これでいいの?
 ウクライナは別に専守防衛の国ではありませんが、貧弱な軍事力(つまり敵国攻撃能力が不十分だった)しか持っていないため、ロシアに攻撃されたら、いきなり“本土決戦”になってしまいました。もし、日本が今、他国から攻められたら、専守防衛しかできないのですから、あのウクライナのように、いきなり本土決戦になってしまうわけです。
 太平洋戦争のトラウマで日本人は戦争嫌いになってしまったわけだけれど、そんな太平洋戦争でも、本土決戦は回避されています。本土決戦になる前に、日本は降伏し負けを認めています。それでもあの被害でしょ? 本土決戦になったら…って、想像したら大変な事になります。
 太平洋戦争の時の沖縄の悲劇は…皆さん、ご存知でしょ? 当時の日本人は、沖縄を本土扱いしていなかったので、太平洋戦争では本土決戦は無かった…と書いちゃいますが、実のところ、沖縄では本土決戦のような事が行われたわけですよ。実際に、敵兵が沖縄に上陸して、直接、沖縄の人たちを殺し回ったわけです。
 本土決戦って、そういう事でしょ?
 なので、憲法9条があって、専守防衛を遵守するなら、次の戦争は、いきなり本土決戦から始まるのです。いきなり空からミサイルが降ってきて、海岸から敵兵が攻め込んできて、日本で暮らす普通の市民たちが虐殺されるのです。ウクライナの悲劇が日本で再現されるのです。
 「敵国からミサイルが降ってきても、ぜんぶ迎撃できるから大丈夫?」 ウクライナだって対ミサイル迎撃システムくらい持っているし、かなりの数のミサイルを迎撃してますが、それでも完璧にミサイルを迎撃できるわけではありません。必ず迎撃ミスがあるんです。だから、あの結果です。日本の対ミサイル迎撃システムはウクライナほど上物ではないそうですから、もっと迎撃ミスは増えるでしょうね…。
 よって、ウクライナの現在の姿は、憲法9条がある限り、明日の我々の姿になる可能性が非常に高いのです。
 だから私は憲法9条が嫌いなのです。別に他国を侵略したいわけではありません。自分たちが暮らす街が戦場になるのがイヤなんです。無抵抗で虐殺されるのがイヤなんです。
 憲法9条が大好きな皆さんは、本当の意味での“専守防衛”ってのを考えてみたことがあるのかしら? 人間が持つ野蛮性をどれだけご存知なのかしら? 民族大量虐殺の恐ろしさについて思いを馳せたことがあるのかしら? 戦争の形態だって、国際関係だって、憲法が作られた当時と今では全然違います。それらについて真剣に考えていたら、とてもとても、頭の中をお花畑のままにはしていられない…って私は思うのです。
 戦争放棄を憲法に明記しているのは、別に日本だけじゃありません。ドイツもイタリアもフランスも韓国もスペインもブラジルもフィリピンもカンボジアも明記してます。別にそんなに特別な事ではありません。と言うのも、これらはすべて1928年の「パリ不戦条約」に基づくからです。これによると「他国を侵略するための戦争は放棄する。しかし、外敵の侵略から自らを守るという自衛権に基づく戦争は容認し、そのための軍備も必要と認められる限度において、それぞれの国家が保持すべきものである」って事になってます。そういう意味では、日本の憲法9条は、自国の軍事力を放棄しているので、おかしな、非常識な事になっているわけです。
 そんなおかしな憲法は、さっさと改正すべきなのだけれど、日本人が死んでもいいと考えている人が日本には大勢いるので、なかなか改正できないのです。
 「敵が攻めてきたら、すぐに手をあげて降参するから平気だよ、だって死にたくないもん」 手を上げて降参しても、その直後に殺されることが往々にしてあるのが、世界の常識なんだよね。「敵が攻めてくる前に、外国に逃げ出すから平気だよ」 逃げた先で待っている人種差別のむごたらしさについて想像できてないのかな? 世界は日本人には優しくないんだよ。本土決戦で負けたら、若い男は奴隷にされて労働力に、若い女はレイプされて慰み者に、その他の子供と老人に食わせる飯は無いので殺されるだけ。それだけだから、本土決戦にしちゃいけないし、そもそも敵に攻められるようなスキを作っちゃダメなんだよ。

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コメント

  1. オペラ座の怪人の怪人 より:

    たびたび、失礼します。
    日本の憲法でありながら、外国が作り(異常1)、
    英文を直訳しているから、非常に読みにくく、
    その憲法を、また、大好きな人々がいて、
    長らく改訂されなかった(異常2)、日本国憲法。
    一般論として、きちんと議論をすることは良いことですが、
    異常な憲法の改訂議論に関しては、
    本格的に、政治日程に乗った日には、
    国内のみならず、(東南アジア等の)諸外国をも巻き込んで、
    激しい議論がされることでしょう。
    国内には、強硬な改訂反対派がいそうですし、
    諸外国も、ここぞとばかりに、ゴチャゴチャ言ってきそうだし。
    ひょっとすると、血が流れることもありうるかも?
    と思うと、大昔、確か社会党の偉い人が言った「違憲合法論」、
    すなわち、自衛隊は、憲法に違反しているが、合法である、
    という(無茶苦茶な)論理で、今後も進んでいっていいのかなあ?
    と思います。
    憲法違反ではあるが、
    自衛隊の存在は認める、
    自衛隊の戦力は増強する、
    ってな感じで、数年、数十年過ごし、
    後日(数年後か数十年後か)、
    世論調査で「憲法改訂すべし!」が圧倒的多数、ってな日が来たら、
    憲法を改訂するべきかな、と思います。
    まあ、そんな日が来るか否か、わかりませんが。
    そんなことを思った、腰抜けの私でした。
    お叱りは、やんわりと、お願いします。
    ( ̄▽ ̄;)  ( ̄~ ̄;)  ( ̄□ ̄;)!!
    (-A-) (-A-) (-A-) ← ざっくぅ
    おしまい

  2. すとん より:

    オペラ座の怪人の怪人さん
     日本国憲法が改正されるためには、たぶん以下の2つの条件が必要かなって思ってます。
    1)団塊の世代(反日教育が染み込んでいる世代)が死に絶えていること。
    2)日本の国土が再び戦渦に巻き込まれ、多くの日本人が死ぬこと。
     これくらいの事が同時に起こらないと、たぶんダメだろうなあって個人的には思ってます。なので、怪人さんの「違憲合法論」で行くのが、確かに現実的かもしれません。

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