夏になりました。例によって、メトのライブビューイングのアンコール上映を見てきました。まず、今年の一発目はマスネ作曲の「タイス」です。
そもそも今回の上演は、2008-2009年シーズンのもので、まだプラシド・ドミンゴがテノールだった時代に上演されたものです。スタッフ等は以下の通りです。
指揮:ヘスス・ロペス・コボス
演出:ジョン・コックス
タイス:ルネ・フレミング(ソプラノ)
アタナエル:トーマス・ハンプソン(バリトン)
ニシアス:ミヒャエル・シャーデ(テノール)
なぜ、いきなりドミンゴの話が出てきたのかというと、今回のMCがドミンゴだったからです。しかしドミンゴって英語が下手だよなあ。今まで、そんなふうに思った事はなかったのだけれど、彼にはMCはちょっと重荷だったようです。だって彼はメキシコ人だもの、スペイン語ネイティブな人だもの、英語は外国語だもの、そりゃあ英語が苦手でも仕方ないよね。やはりMCは英語圏の方がいいかな?なんて思いました。
それはともかく、歌劇「タイス」です。
このオペラは、あまり有名ではないオペラです。実際、めったに上演していません。まず日本で生で見ることは難しいでしょうね。何しろメトですから、やっと2度目の上演で、それも前回から30年だか40年だか経過してしまったと言うくらい、滅多にやらないオペラなんです。
実際に聞いてみると、なかなか音楽的に充実していて、決してお蔵に入るようなオペラではありません。それでも滅多に上演しない理由として…
1)とにかくソプラノパートが難しい
2)主役男性がバリトン
3)宗教を取り扱っている
4)エロ系オペラである
…が考えられるようです。
1)の、とにかく「ソプラノが難しい」は、皆さん、クチを揃えて言いますね。「歌えるソプラノがいないんだ」そうです。難しくて、歌える歌手が限られるならば、そりゃあ世界各地で上演…ってわけにはいきませんね。
2)「主役男性がバリトン」と、3)「宗教を取り扱っている」と表裏一体の問題かもしれません。このオペラの主役であるタイスは(架空の異教である)ビーナス教の神殿巫女であり、男性側の主役であるアタナエルはキリスト教の修道院で修行中の神父さん(聖職者はだいたいバリトンです。これオペラの約束事ね)です。つまり、異教対キリスト教という構図のオペラであり、オペラの中で、神父であるアタナエルは堕落してしまうのですが、それは真面目なクリスチャンからすると受け入れられないストーリーかもしれません。それが予測できるゆえに、劇場支配人的には、あまり上演したくない演目なのかもしれません。ドミンゴもマスネの作品は好きだけれど、このオペラは(ニシアスというテノール役があるにも関わらず)相手役がバリトンだから歌わないと言っちゃうくらい、スターテノールの協力も得づらいんです(つまり客が呼べない)。やっぱり劇場支配人的にはキビシイよね。
そして4)のエロ系オペラですからね…。品行方正なオペラのお客様が目をそむけたくなるようなオペラは、そりゃあ無理ってもんすよね。
今回のメトの「タイス」は、1)はルネ・フレミングですから問題ありません。4)は演出で巧みに回避しています。2)は仕方ないにせよ、3)の神父の堕落も演出で目立たなくしてあります。という訳で、今回のメトの「タイス」はかなりお上品な出来となっていて、皆さん、安心して見られるという出来になっています。ほんと、お薦めよ。
私は、バルバラ・フリットーリがタイスを演じる上演のブルーレイを持っていますが、こっちは、普通にエロよ。フリットーリはさすがに脱ぎませんが、いわゆるモブのダンサーの方々は、男女問わず、褌一丁でほぼ全裸。女性は生乳をプルンプルンさせて随所で激しく踊ってます。そういうオペラなんです。なんか、オペラ見ているんだか、おっぱい見ているだか、分からなくなるくらいに、たくさんおっぱいが出てきます。
私は見ていないのですが、エヴァ・メイがタイスをやっている上演では、主役タイスであるメイ自身が生乳出しちゃうそうですからね。そういうオペラなんですよ。
だって、タイスって役は、異教の神殿巫女なわけで、普通の日本語で言えば「売春婦」ですからね。タイスの同僚の皆さんも売春婦なわけで、そりゃあエロにもなります。
メトは、そのエロを裸には頼らずに、衣装で表現します。フレミングは肌は出しませんが、本当によく考えられた衣装を着ることで、高級売春婦の雰囲気を醸し出します。これは演出の勝利ですね。別に「タイス」に生乳が必須ではないわけですからね。
メトは露骨なエロを封印したため、却って「タイス」のストーリーが分かりやすくなっています。やっぱり、おっぱいがあれば、おっぱい見るよね。ストーリーなんて、どっかに飛んでいっちゃうよね。でも、おっぱいが無ければ、真面目に真剣にオペラ見るもの。おかげで、フリットーリの「タイス」ではよく分からなかったストーリーも、メト版ではよく分かりました。結構、マジで宗教(ってか「救い」がテーマ)を取り上げているストーリーじゃん。
このオペラは、品行方正で堅物な神父の人生と、ナンバーワン売春婦の人生が、ある瞬間に交わり、売春婦は神様に救われて品行方正で堅物な修道女になり、神父はタイスの女性としての魅力に囚われ、なんとか彼女を自分のモノにしようと思うのだけれど、結果的に神を捨て信仰を捨ててしまう…というお話なんだよね。なんかねー、分かるんだよなあ、刺さるんだよね。そういう人を結構たくさん見てきたからね。
メトの「タイス」は、メト上演のオペラの常として、たぶん、初心者向きだと思います。音楽を楽しみたい、ストーリーを理解したいという人は、まずこの上演だと思います。ただ、このフレミング版は、日本語字幕付きのDVDになっていないのが残念です。日本語版があれば、皆さんにお薦めしちゃうんですけれどね、残念な事に英語版しか無いんだよね。あと、エロが無いの当然として、メトではダンスもほとんどありません。純粋に音楽劇として仕上がっています。
それもあって、この「タイス」の音楽は実に良いです。特に有名なのは、歌ではなく、第二幕の間奏曲として演奏されるヴァイオリン独奏の「瞑想曲」なんだけれど、これはただのインストの曲として聞いても美してくて素晴らしい曲なんだけれど、オペラの中で聞くと、実に感動します。と、言うのも、この曲は、異教徒であったタイスが、キリスト教信仰に目覚める心の動きというか、信仰の獲得と言うか、神様に救われる様を音楽として表現した曲なんですよ。だから、この曲の前後でタイスの人格がコロっと変わるんです。そういう宗教的に強いメッセージ性を持った曲なのです。
私、この曲を聞き終えた時、映画なのに、思わず拍手しちゃいました。こんな経験は初めてです。それくらいに感動してしまいました。
「タイス」は良いオペラです。エロがあっても無くても、良いオペラです。エロ無しのメトの「タイス」も素晴らしいのだけれど、個人的には、エロがたくさんある方が、もっと良いかも(笑)。
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