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合唱人が声楽を学んで失う6つの事

 先日「合唱人が声楽を学んで得られる5つの利点」という記事を書きました。今回の記事は、いわば、その記事の続きです。合唱人が声楽を学ぶと、決して良いことばかりが待っているわけではありません。声楽を学ぶ事で失う事も、実は多々あったりします。

1)訓練されていない素人っぽい声

 声楽を個人的に学んで、しっかり良い発声を身につければ…当然、訓練されていない素人っぽい声で歌うことは出来なくなります。これは良いことでもありますが、実は残念な事でもあるのです。

 と言うのも、市民合唱団という音楽団体は、アマチュアの方々によって結成されているもので、その団員の多くは当然素人なわけで、その歌声も当然素人の声であり、未訓練の声をベースにして成り立っています。

 未訓練の素人の歌声で合唱を組み立てていくのが市民合唱団であり、そこにきちんとした発声を学んだ深い音色で豊かな音量の声が混ざっていたら、声の均質性が破られるわけです。

 日本のアマチュア合唱というのは、私が思うに、均質性を求めるものです。理想は『まるで一人の歌手が歌っているみたいに自然に響く歌声』なんだろうと思います。そこは合唱に“群衆の歌”を求める、ヨーロッパやアメリカの合唱とはかなり違うと思ってます。
 未訓練の声の集団の中に、訓練済みの声が混ざると…ちょっと居場所が無くなってしまうかもしれません。

2)高音で歌う快感

 一般的に合唱曲は、オーケストラ付き合唱曲でもない限り、どのパートであって、使用される音域、とりわけ高音は制限されているものです。とりわけ、邦人作曲家による作品は、市民合唱団の方々が歌いやすいように、彼らの音域に合わせて作曲されている事が多いです。

 つまり、どのパートも…最高音が低いです(汗)。

 発声をきちんと学ぶと、誰であれ、学ぶ前と較べて音域が広がります。以前は苦労していた高音も割りと楽に発声できるようになり、高い音を歌うのが楽しくなります。でも合唱団で歌う曲は、どれもこれも最高音が低かったりしますので、高い音を歌うチャンスがなくなり、次第にフラストレーションが…たまるかもしれませんよ。特に高音歌手(ソプラノとかテノールとか)にとっては、耐え難いことになるかもしれません。

3)低い音域でのファルセット(男声のみ)

 多くの市民合唱団では、高音はファルセット(弱々しい裏声)で発声することにしている団は少なからずあります。とりわけ、男声パートの高音は、基本的にファルセットで…という団はかなりありますね。で、ファルセットに切り替える音は…団によって違うようですが、だいたい、五線内の高いミか、その上のファぐらいからファルセットで…という所が多いと思います。

 つまり、バスの人たちはファルセットを使わなくてもよいけれど、テノールの人たちは、高い音はファルセットで歌ってくださいね…って事です。合唱では声の均質性が求められているわけだし、発声を学んでいない人が、高音を怒鳴り声などで乱暴に歌うようでは団として困るので、そういう取り決めにしている理由も分かりますが…ミとかファなんて、ちゃんと発声を学んだテノールにとっては、実は結構楽な音域なんですよ。

 テノールの声が一番高らかに響き渡るのは、実は五線の上のソなんですよ。

 だから、ちゃんと発声を学んでしまうと、ミやファなどの低い音域をファルセットで歌うのが、逆に困難になります。まあ、ファルセット唱法も立派な声楽テクニックですから、出来ないのはまずいのですが、それにしても、ソよりも下の音域での歌唱がファルセットって、独唱の方には、まず有り得ない事なので、そういう低い音域をファルセットで歌うのは、結構大変です。

 それにようやく胸声で普通に発声できるようになった高音をファルセットで歌いなさいと言われるのは、精神的に辛いし…ね。

4)ソプラノのポジション(女声のみ)

 なまじ声楽を学んで、歌唱能力がアップしてしまうと、本当は声が細くて高くてソプラノの声なのに「あなたは歌が上手だから」と言われて、指導者や幹部団員の方に、アルトを担当するように言われるかもしれません。なにしろ、ソプラノには「あたし、メロディーしか歌えないから」という人とか「ソプラノ以外は絶対にイヤ」とか言う人たちがゴロゴロしているせいでしょうか? 常にアルトって、手不足の人材不足だったりするわけです。なにしろアルトって、メロディじゃない箇所を歌うわけだから、楽譜がきちんと読めたり、確実に音が取れる人じゃないと歌えないわけです。

 そこにちゃんと楽譜が読めて、楽譜どおりに歌える人が現れたら、そりゃあソプラノに置いておくのはもったいないって話で、たとえ声がどうであれ、アルトへ直行だったりするわけです。

5)バスのポジション(男声のみ)

 今度は男性の話です。

 合唱でバスを歌っている人が声楽を学ぶと、バリトンとして勉強を始めると思います(日本人で純正バス歌手は、まずいません)。やがてはバリトンとして上達して、声が成熟してくると思います。低音までよく出て、太くて男性的な声で歌えるようになると同時に、以前よりも高音が楽に美しく出せるようになってくると思います。そうなると「君は高い音が出るから」と言われて合唱ではバスではなく、テノールを担当するように言われるかもしれません。と言うのも、合唱テノールの音域って、独唱バリトンとほぼ同じなんですね。そうでなくても、どこの団でもテノールは少数派で、団の弱点であるわけだから、そこを補強できる人材がいるなら、何でもしたいというのが本音でしょう。

 しかし、音色を考えると、バリトンの人をテノールに置くのも乱暴な話ですが、ソプラノの人がアルトに回されちゃうのと、同じ理屈なんですね。市民合唱団では、声の質よりも、音域や読譜力や人間関係が優先されるんです。

6)友人や居場所

 で、その人間関係の話です。

 一部の合唱団員は独唱を学んだ人を毛嫌いします。見下したり、イジメたりする人も少なからずいます。アマチュア歌手はもちろん、下手するとプロ歌手ですら、憎む人がいます。どうして、そういう心の動かし方をするのか、私には分かりませんが、確実にどの合唱団にも、少なからぬ人数の方々が、アンチ独唱なのです。

 今まであなたと仲良くやっていた友人であっても、あなたが声楽を学んでいると知ると、手のひらを返す恐れはあります。そうでなくても、よそよそしくなったり、あなたを外して楽しげに振る舞うようになるかもしれません(ってか、たぶんそうなる方が多いでしょうね)。

 本来、独唱であろうと合唱であろうと、同じ声楽であり、歌であります。歌唱テクニックにしても、基本的には同じなはずで、同じ人が独唱も合唱もできて当たり前なのです。だから、合唱にせよ、独唱にせよ、違いが有るはずもなく、互いを意識する必要も、本来はないのです。

 でも、それはあくまでも、建前であって、日本アマチュア音楽界においては、独唱と合唱は全く別の音楽として、棲み分けがされています。それゆえに、声楽を学んだ人は、合唱の人たちからすれば“あっちの世界の人”と認識されてしまうのかもしれません。

 たとえあなたに向上心があったとしても、今の合唱団で友人とうまくやっていて、今後も友人関係を大切にし、自分の居場所を確保したいのなら、向上心にフタをして、自分の可能性に目をつぶって、合唱一筋まっしぐらも、悪くないのかもしれません。

 世の中、なかなかうまく行きません。一つのモノを手に入れれば、別のモノを失うなんて、ザラです。一つの可能性を選択する事は、他の可能性を捨てる事でもあります。だから、合唱人が声楽を学ぶなんて、良いことばかりが待っているわけではないのです。

 なんか、世知辛い話だね。

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コメント

  1. おぷー より:

    日本のアマチュア合唱界ってややこしいんですね。
    ソプラノにアルトを歌わせるなんて、こっちじゃあり得ないですよ。
    こっちの合唱曲ってソプラノはソプラノの音域になってます。
    現代音楽は、たまにソプラノ低めがありますが、みんな歌ってます。

    うちの合唱団、声楽を習っている人が団の約半数だと思います。
    団内演奏会なんて結構みんな歌えます。
    プロジェクトで参加している合唱団の団内演奏会なんてもっとうまい人が多いです。
    歌える人が多い合唱団は、やっぱウマイからね。
    あまり歌えない人がいると、指揮者が先生に付く様に勧めるケースも
    ありますよ。

  2. アデーレ より:

    そうなんですよね。だから、合唱にいて、1人だけスキルアップしては、まさに出る杭状態。嫌みいわれて妬まれます。あらー、素敵ね、私も習おうかしら、って1人くらいらいてもよさそうに。まずいませんね、なぜ?
    また合唱のバランスから言って、うま過ぎると合唱から飛び出ます、確実に。それは聞いてる側にわかる、約1名、凄い上手い奴がいる、と(笑)それがよくとられればよいのであるが、、。理想的には各パートに1人いて、核になる声としての生き残り作戦ってのはありますがいかがですかね(笑)しかし、面白くない人がかなりでてきますからね、。本人、メンタル大丈夫な人は頑張って見てはいかが?って感じです。勿論、まれに最初の時点で声楽上級者が複数いる本格派合唱団は、声楽経験者が公認済みならば全く問題ないでしょう。
    しかし、やっぱり妬むのはやめてほしい。抜けがねしてる訳でもなく、多額のお金かけて習ってるのね、発表会は場所代や伴奏者に謝礼かかるし、レッスンはピアノとかの月いくら、とかではなく、声楽は一回○千円から○万円の世界。だからね年間○○万円かかってます。ドレスだって、毎回○万円。だから声楽習おうって人はそれなりの覚悟して習っています。で、結論。そんなわけだから合唱さん、いじめないでね(笑)お願いしますよ(笑)

  3. すとん より:

    おぷーさん

     まあ、日本の市民合唱団と言うのは、音楽だけが目的で参加している人ばかりではないですから、あれこれややこしいんだと思います。もちろん、真面目に音楽をやっている人も少なからずいますが…。

     邦人作曲の合唱曲は、素直に音域で考えると、ソプラノと呼ばれているパートは、メゾの1番で、アルトと呼ばれているパートは、メゾの2番だと思います。実際、両者の音域的な差はあまりありませんし、音色的には同系統のモノが求められていると思います。だから、ソプラノとアルト間のパートの移動が楽なんです。

     そこへ行くと、男性のテノールとバスの方が、まだ差が大きいかもしれません。テノールのパートはハイバリトン程度の音域で、さほど高くないけれど、バスのパートはバスバリトンぐらいの音域で作曲されていて、結構低い音があるんですよ。

    >団内演奏会なんて結構みんな歌えます。

     若い指導者が率いている合唱団だと、ぼちぼち団内演奏会のような独唱発表会をやるところも出てきましたが、伝統ある団体だと、まだまだ独唱を敬遠するメンバーが多くて、練習でも個人を指摘できない雰囲気があるようです。

  4. すとん より:

    アデーレさん

     そうですね“出る杭”状態とは、言い得て妙だと思います。実際、そんな感じになってしまう人もいますからね。良かれ悪しかれ、合唱はチームプレイですから、特定個人が目立ってはいけないのです。で、全員で高みを目指して揃えていけば理想なのですが、現実は、楽なところにあわせていこうとするのが人間です。水は低きに流れていくものです。そこで一人だけ高みを目指せば、チームワークを乱すものとして排除されちゃうんですね。

     合唱は、日本人の持つ“村意識”の良い部分と悪い部分が出てきてしまいがちだと、私は思ってます。

    >レッスンはピアノとかの月いくら、とかではなく、声楽は一回○千円から○万円の世界。だからね年間○○万円かかってます。ドレスだって、毎回○万円。だから声楽習おうって人はそれなりの覚悟して習っています。

     そうそう、ほんと、声楽はお金かかります。一方、合唱はほとんど金かかりませんからね。妬みが原因だとしたら、歌の上手い下手ではなく、案外、そのあたりを薄々と感じて、いじめにかかっているのかもしれませんね。

  5. アデーレ より:

    友人と談義した話。結局の所、合唱人は横並びの精神。だから、高いラがててきたら、一緒に隣も高いねー、無理〜、とか一緒に言ってくれる人がいいみたい。上手く歌えないのを一緒に共有できる仲でなくてはならないらしい。だから、1人して声楽を習い始めたりするのは、やっぱり仲間からすると、おまえさん、私らの輪から出る気?って感覚。運動会に一等二等三等はなくていい。一緒におてて繋いで、パン食い競走にヒーヒ言ってる人が合唱なんですって。だから、声楽人は短距離ランナーですから、いらないわけですよ。ふむふむ。いい歳しておてて繋いでかー。実際は仲良しかは微妙なんでしょうが、いつまでもいい歳をして仲良しおてて繋いでもなんかなー。私には無理無理。やっぱり、短距離ランナーでよいわ!と思っちゃいました。(笑)合唱の人って、ある意味すごいね!合唱のやりがいって、なんだろ?声が周りと溶け込み一体化するのが快感??私なら、せっかく歌うのに自分の声が溶け込むなんて、つまらん、と考えてしまうから、やっぱり合唱には向かない性格なんだろうな(笑)(笑)

  6. すとん より:

    アデーレさん

    >合唱のやりがいって、なんだろ?

     チームで一つの事をやりきる達成感…が一番大きいんじゃないかしら? 例えば、定期演奏会とか、地区の文化祭への出演とか、老人施設への慰問演奏とか、団体の一人としてチームに貢献し、互いにその達成感を喜び合う…とかじゃないかな? もちろん、喜びも悲しみもともに味わうのが良いんだと思います。

    >合唱人は横並びの精神

     そうなんだね。確かに日本の合唱は横並びの精神が強いと思います。

     私は合唱って“群衆の歌”だと思ってます。だから、100人いたら100の声が聞こえないとダメって考えます。100人の声が聞こえた上で、音楽的な調和があるのが合唱だと思うわけです。「みんなの声が溶け合って1つになる」なんて「うへー」って思ってます。だって、1つに聞こえるのなら、合唱でなくて、独唱でいいじゃん…って思うわけです…なんて事を書いちゃうから、嫌われちゃうんだろうなあ。

     ごめんね、悪気はないんだよ>合唱の皆様。

  7. ドロシー より:

    すとんさん、こんにちは。

    合唱人が声楽を学んで得られること、失われること、確かにその通りだと興味深かったです。
    今度は、声楽を学ぶ人が合唱に入って「得られること、失われること」も挙げて欲しいです。
    やっぱり人間関係かな。

  8. すとん より:

    ドロシーさん

    >今度は、声楽を学ぶ人が合唱に入って「得られること、失われること」も挙げて欲しいです。

     ううむ、そっちは考えた事なかったです。…って言うか、合唱から入って声楽に行く人は大勢いるでしょうが、声楽から入って合唱へ行く人…ってか、合唱を経由せずに声楽に行く人って…いるのかな?

     でも、お題としては面白いので、ちょっと考えてみたいと思いますが…カタチになるまで、結構時間がかかるかもね。

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