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老犬ブログ前史 その5 そして今につながる

 小学校の音楽の授業の役割分担もあって、地域の音楽関係の会議に顔を出すようになった私です。

 とある会議に出席した、ある日の事、懐かしい人に声をかけられました。その人は、最初に入った合唱団の役員の方でした。「最近、顔を見ないけれど、元気でやっている?」って感じで、声をかけていただきました。

 「歌っているの?」

 「いいえ、すっかり歌から遠ざかって…」

 「歌いたかったら、またウチの団に戻っておいでよ。あなたなら、いつでもウェルカムよ」

 さすがに、T先生に破門されてから、20年近い年月が過ぎていましたので、破門のトラウマは和らいでいました。歌えるチャンスがあるなら、また歌ってもいいかな…って気持ちになりました。
 
 
 とは言え、実に長いこと歌っていなかったので、まずは自主練をしてみました。

 練習をしてみて、自分でも驚いたのは、音域が極端に狭くなっていた事です。やっぱり、20年も歌っていないとダメですね。昔は、五線上の高いラなんて、平気で出していたのに、その時の私は、高い方はせいぜい(五線の中の)レとかミ止まり。もちろん、低い方も五線下のドがせいぜい。低い方も高い方も、全然出なくなっていました。

 それ以上に問題だったのは、発声の感覚が狂っていて、たとえば「ド」を出そうと思っても「ド」が出せず、いつも違う音を出してしまった事です。自分の中の感覚と、実際の筋肉運動の間に乖離が生じていて、はっきり言っちゃえば“音痴”に成り下がっていたわけです。

 『こりゃあヤバイかな?』って、少しは思ったものの『でも合唱だし、周りに合わせて歌えばいいんだから、平気かな?』なんて気楽に考えていました。実際、昔の私がそうでしたが、合唱団って、あんまり歌えない人でも入れてくれる、懐の深い団体ですからね。最初は“会費で団を支える団員”でもいいじゃないの。いずれ、カンを取り戻してくれば、歌でも団を支えられるようになるサ…なんて、お気楽に考えていました。

 ですから『これくらいしか歌えないけれど、きっと入れてもらえるさ』って気楽な気持ちで、ある日、元いた合唱団に連絡を入れて、再入団をお願いしてみました。
 
 
 そこは入団する際に、ごく簡単なオーディションをする団でした。もちろん、オーディションは、昔もあって、最初に入団した頃のオーディションはごくごく簡単なもので、チャチャっと軽く発声練習のような事をして「じゃあ、あなたはテノールね」と、ロクに歌えもしなかったのに、あっさり合格しました。

 だから今回も、オーディションなんて、形だけの事だよねと、タカをくくっていました。むしろ心配は、オーディションの合否ではなく、音域が狭くなってしまったため、テノールではなくバリトンに指名されるかもしれないって事です。「バリトンになったら、ヘ音記号になるんだよねえ…。ヘ音記号は読めないから、テノールじゃなくて、バリトンって言われたら、どうしよう」なんて事を悩んでいました。

 で、オーディションを受けてみたら…見事に落選ですよ。「へ?」って感じです。何かの間違いだろうと思って、しばらく時をおいて、オーディション期間の終わり頃に、もう一度チャレンジをしてみましたが、やはり結果は不合格でした。

 私がオーディションに落ちた理由は「声が出すぎる」からだそうです。いや、声が出ても完璧に歌えるなら問題ないのですが、声が出るのに、歌がイマイチ…と言うか、イマニ、イマサンぐらいだったので、仮に曲の中で、私一人があるフレーズを失敗して、他のメンバーがちゃんと歌っていたとしても、私の声が出すぎるので、私一人しかミスをしていなくても、まるで合唱団全体がミスをしたように聞こえるのだそうです。「だから、あなたを私たちの合唱団に入れるわけにはいかない…」と、指揮者さんに言われました。

 「もしも合唱をしたいなら、まずは個人レッスンを受けて、ちゃんと歌えるようになってから、もう一度チャレンジして欲しい」と言われました。

 声が出すぎる…どうやら、T先生のところで学んだ事が、すっかり身についてしまい、声がソリストの声になってしまい、合唱には向かない声になってしまったようなんです。

 もちろん、T先生のところで、もう少し長く声楽を学べたなら、声を押さえる事も勉強できたかもしれませんが、私はちょうど自分の声を全開で出して、カラダに声を響かせるところまでしか学んでいなかったので、まったく合唱団に不向きな声で固まってしまったようなのです。
 
 
 『まあ、合唱団はここだけじゃないし…』と言うわけで、せっかく合唱を再開する気分になっていた私は、別の合唱団にチャレンジしてみました。小規模なところは、どこも断られました(当然だね)。別の大規模な合唱団が私を拾ってくれましたが、練習に行くたびに『もっと小さな声で歌え!』と、指揮者にもパートリーダーにも言われるようになり、段々居心地が悪くなって、その団も辞めざるを得なくなりました。

 以前はオペラ志向だった私ですが、その時の私は合唱志向でした。おそらくは、ふっきったはずの“破門のトラウマ”に、まだほんの少し捕らわれていたのかもしれません。歌いたい、合唱をしたい。なのに、過去に受けた個人レッスンのために、声のサイズが大きくなってしまって、合唱をやれなくなってしまった。この事実は、なんか、とても悔しかったです。

 でも、断られると、チャレンジしたくなります。私は天の邪鬼なんですよ。合唱団に入れてもらえないなら、今度は意地でも合唱団に入ってやる!って気になりました。

 でも、このままでは、どこの合唱団も入れてくれないのは目に見えてます。元いた団の指揮者さんに言われた通り、まずは個人レッスンを受けるのが、遠いように思えて、一番の近道かなって思いました。

 それが分かっていながら、なかなか個人レッスンに足が向かなかったんです。それほど、破門のトラウマがまだ私を臆病にさせていたのでしょう。

 でも、合唱を再開したかった私は、そこをなんとか乗り越えて、まずは個人レッスンを再開しようと思いました。
 
 
 個人レッスン再開にあたり、本来ならば、自分の先生であるT先生に声をかけるべきでしょうが、T先生は、ヨーロッパに行かれて以来、行方不明(笑)だし、T門下でご一緒だったお姉さんたちも、すでに鬼籍に入られたり、行方不明になってしまった方々ばかりで、相談する相手もいなかったし、合唱団の先生方に声をかけても、どなたもお忙しいようでしたし、今と違って、地元の音楽家の方々の知り合いも少なかったので、全く別の方面から声楽の個人レッスンをしてくださる方を探さないといけませんでした。

 どないしようか? と思っていたところ、地元のカルチャースクールで、声楽のグループレッスンを新規開講する先生を、妻が見つけてきました。どんな方かは知らないけれど、若手のテノール歌手さんのようだし、体験レッスンは格安(授業料も格安)だし、今はこの人しか選択肢もないし、とにかく合唱団のオーディションに合格するまでの辛抱だ!と言うわけで、そのテノール歌手さんのグループレッスンに参加する事にしました。

 そのテノール歌手さんが、キング先生だったのです。

 ですから、私が声楽レッスンを再開したのは、決して、オペラ復帰のためではなく、合唱復帰のための方便だったのです。目的が邪道っぽいですが、カルチャースクールのグループレッスンに参加する人間なんて、案外、そんなものです。カラオケ上手になりたいとか、合唱団のボイトレでは不足だからとか…、そんな目的の人もたくさんいるのが、カルチャースクールでは普通ですから『合唱団に入りたいから、ここで声楽の基礎トレーニングを受けたいです』という私のような人間がいても、全く不思議ではありません。

 実際、その旨をはっきりとキング先生には伝えた上で、グループレッスンに参加しました。キング先生は、クラシック声楽至上主義と言うか、合唱を小バカにしたところがあったので「合唱? あんなつまらないモノなんか、辞めちゃって、こっちにくればいいのに」って、当時は散々言われましたよ。でも、私はめげなかった。

 キング先生のところで1年ほど学んでいるうちに、再び合唱団のオーディション期間がやってきたので、再びオーディションを受けました。

 キング先生のご指導の甲斐もあって、結果は……△でした。△って微妙でしょ(笑)。

 つまり『合唱団には入れてあげます。あなたの声はテノールだけれど、音域が足りないので、テノールではなくバリトンとして合格です。もしもテノールにこだわるなら不合格です』という事だったので、△なんです。合唱団としては、最大限の譲歩をしてくださったのだと思います。

 合唱団の指揮者さんがおっしゃるには『しばらく合唱から遠ざかっていたと言う事もあるだろうから、ハモる感覚も忘れてしまっているでしょう。しばらくは発声がラクなバリトンで合唱に慣れてもらって、やがては音域も元通りになるだろうから、そうしたらテノールに転向してもらいましょう』という、優しい気持ちも込めての△合格だったのですが、バリトンでの合格って事に、心がひっかかった事と、1年間グループレッスンをやっているうちに、ソロで歌う事の楽しさを思い出してしまった事と、「合唱なんてつまらないから辞めちゃえ!」というキング先生の説得の、3つの理由で、バリトンとして合唱に戻るのをやめて、そのままソロを続けることにしました。

 この時、テノールとして合格していたら…また合唱に戻っていたのかもしれませんが…人生なんて、どう転ぶかわかりませんね。

 その後、フルートを衝動買いして、笛先生の元でジャズフルートを始めた事や、声楽を真剣に取り組む事にして、グループレッスンから個人レッスンに移った事。歌劇団を立ち上げた事。ヴァイオリンの個人レッスンを始めた事。東日本大震災の影響で、ジャズフルートとヴァイオリンはやめざるを得なくなった事。改めてH先生の元で、クラシックフルートを始めた事。吹奏楽部の顧問になった事。キング先生の指導に限界を感じて、今はY先生のところで声楽の勉強をしている事…などなど、そのあたりの事は、このブログに書いてありますので、興味のある方は、過去ログを参照していただけると幸いです。

 これでようやく、昔話と、このブログの記事がつながりました。

 もっと波瀾万丈な趣味人生だったのかなって思ってましたが、書き出してみたら、案外、平々凡々だったので、自分でビックリでした。私よりもビックリドッキリの趣味生活を送っている人なんて、ゴマンといる事でしょう。

 でもまあ、この連載そのものが、5回連続で終わって、長さ的に、ちょうど良かったです(笑)。…と言うわけで、次回から、平常運転に戻りますね。

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コメント

  1. 椎茸 より:

    楽しく読ませていただきました。
    自分のこれまでのことも振り返る機会になりました。(笑)
    「習った歴」だけはそこそこあるのですが、真剣に勉強しているのは実は最近のことかもしれないと気づきました。

    それにしてもキング先生! 合唱はつまらなくないですし、アマチュア合唱団がなくなったら仕事が激減するソリストさんだっているでしょう。そーゆーことは言ってほしくなかったです。まあ、つまらない合唱が多いのも事実ですが…。その点、ソロは自分が歌えるか否か、のみのシンプルな世界だから、楽しいですね。

  2. すとん より:

    椎茸さん

     人それぞれですからね。キング先生はまるっきり合唱をやった事がないわけではなく、ご自身は学生時代、合唱部で合唱に燃えていたそうです。だから、邦人合唱曲という奴にかなり詳しいです。学生時代から合唱部では指導をしていたそうですよ。また、プロになってからもアマチュア合唱団の指導をしていた時期もあるそうですから、いわゆる“食わず嫌い”的なものではなく、散々やった上で、その中味をよく知っていて、その上で「つまらない」って言っているんですよ。実際、現在は、合唱とは全く縁の無い世界で暮らしていますしね。結構、徹底しているんですよ。まあ、有言実行ですし、オトコらしいと言えば、オトコらしい人です。

    >その点、ソロは自分が歌えるか否か、のみのシンプルな世界だから、楽しいですね。

     単純に“歌う”という、肉体的な喜びに関してだけ言えば、ソロの方が、そりゃあ楽しいです。

     あと、合唱って、結局、指揮者の音楽じゃないですか? 指揮者がリーダーとなって、音楽の方向性を決めて、全体を導いて、一つの音楽を作るわけです。事実、歌手の一人一人が、自分勝手に歌ったら、合唱にならないわけです。それは、現在では、合唱だけでなく、オペラだって、実は同じ事なんですけれどね。今はチームワークの時代ですから。

     でも、少し前の時代では、劇場では、チームワークよりもスターが求められていて、だから、オペラ歌手は威張っていて、よく指揮者や演出家とぶつかっていたものです。一番エラいのがオペラ歌手であって、指揮者や演出家は、歌手のしもべである…なんてね。

     今でも、そういう方がいないわけではないですが、そういう考えの方は、活動範囲が狭まってしまいます。だって、そんな唯我独尊な考え方では、合唱のソロもオペラもできず、セルフプロデュースのコンサートしかできないでしょ? プロではキビシイですね。

     逆に言うと、アマチュア歌手は、合唱のソロを歌うこともまず無ければ、オペラで主役クラスを歌うこともまずありません。歌う場は、合唱以外なら、せいぜいが発表会か小規模なボランティア活動ぐらいでしょう。あとは、声楽サークルを作って、定期的にコンサートを開くぐらいかな? どっちにしても、その程度。でも、そう考えると、アマチュア歌手って、プロと違って、好き勝手に自分の歌いたいように歌える環境があるんですよね。

     自分の音楽を自分なりにやりたい…なんて考えるならば、案外、プロよりも、アマチュアとして活動した方が、色々な制限がなく自由にやれて良いのかもしれませんね。専門教育を受けながら、でもプロにならずに、アマチュアとして音楽活動をしている方って大勢いらっしゃるわけですが、そういう人って、実は幸せな人たち…なのかもしれませんね(もちろん、人の幸不幸は当事者にしか分からないものですが…)。

  3. YOSHIE より:

    楽しかったです。破門はれっきとした破門ではなく、渡欧が決まりアタフタしちゃった先生の手配ミスだったんですね。すとんさんが若かったのとそれまでに訳もなく他人から嫌な目に合わされたことがなくてショックだったんですね。

    先生も他人に気配りできない位お若かったのでは?

    他人に切られた時に自分のミスが思い浮かばす理由がわからないと不安になりますよね。
    中学の時に一緒にふざけていた同級生から(女子)突然理由もなくビンタをくらい目が回り茫然自失になった事がありますが、すぐ後に「私もわけもなく叩かれた」と証言する子が出て人間の不条理(笑)をかいま見た思いをしたことがあります。
    その叩いた子はちょっと危ない性質の子だったみたいで…人間コワイナw。

    声が前に出てしまうのなら合唱ではなくカルテットとかよくやられている奥さまとのデュオみたいなハモりがいいかもしれませんね。

  4. すとん より:

    YOSHIEさん

     いやいや、一応『破門』は『破門』です。だって、先生から直接『あなたは破門です』って宣告されていますから。ま、ショックはショックでしたが、あの時に音楽から距離を置いて、電脳系の勉強を始めた事が、今の仕事につながっているので、あの事は私の人生にとって、絶対的に不可欠なイベントだったのだと思ってます。

    >先生も他人に気配りできない位お若かったのでは?

     いわゆる、アラサーだったと思いますよ。

    >声が前に出てしまうのなら合唱ではなくカルテットとかよくやられている奥さまとのデュオみたいなハモりがいいかもしれませんね。

     ですが、悲しい事に、いわゆる合唱が好きだったりするんです。合唱への夢は、まだ捨ててませんよ。でも、さすがに今すぐどうこうできないとは分かってます。おっしゃるとおり、しばらくは、妻とのデュエットをメインに遊んでいこうと思ってます。

     でも、やっぱりハモるのはなかなか難しいですよ。私はすぐに釣られてしまう人なので、ハモろうと思うと、すぐにユニゾンになってしまいがちなんです。どうしましょう(爆)。

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