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老犬ブログ前史 その2 合唱時代

 Nさんは無類のオペラファンでした。元々は、マリア・カラス[伝説のソプラノ]のリアルタイムのファンでして、カラスの引退後は、プラシド・ドミンゴ[三大テノール]の追っかけをやっていたほどの方でした。

 私はNさんの影響で、マリア・カラスと同時代のテノール歌手であるマリオ・デル・モナコと、Nさんが追いかけ続けているプラシド・ドミンゴを好きになりました。だって、二人とも、カッコいいテノールじゃん(笑)。

 私が最初に購入したオペラのCDは、モナコが歌う「道化師」のディスクでした。これを実に何度も何度も聞いたなあ…。モナコの道化師は、私のオペラ人生の原点みたいなものです。

 Nさんは気合の入ったオペラファンだったので、CDはもちろん、オペラLDもたくさん持っていました。休みの日になると、Nさんの家にお呼ばれに行って、朝から晩まで、オペラLDをNさんのレクチャー付きで見たものです。私のオペラの基礎教養の大半は、この時のNさんのレクチャーで身に付けたんですよ。

 ちなみに、当時のオペラLDは、今と比べると全然数が少なく、出演している“テノール”も、ほとんどがドミンゴで、次点はカレーラスでした。この二人しか出演していなかったと言っても過言じゃなかったです。三大テノールの残りの一人であるパヴァロッティは?と言うと、おそらく彼は声は美しいかったけれど、容姿に多大な難があったので、CDでは通用してもLDには向かないと判断されて、その出演作が(少なくとも日本では)発売されなかったのだと思います。

 今ではパヴァロッティの出演作もDVD化されているし、彼同様に容姿に難のあるテノールが出演しているモノもきちんとDVD化されています。そういう点では、良い時代になりましたね。それどころか、オペラに限って言えば、同じ演目ならCDで購入するよりもDVDで購入した方が安いという面白い状況になりつつあります。当時のオペラLDなんて、1セット、1万円以下なんて、ありえなかったんですよ。それくらい、高価で貴重だったんです。
 
 
 オペラをたくさん見聞きしているうちに、やがて自分でも歌いたくなって、某アマチュア合唱団に入りました。とにかく、歌を聞いているだけじゃなく、自分でも歌いたくなったんですよ。

 『オペラファンなら、声楽を習って、オペラアリアを歌えばいいじゃん』と、今ならそう思いますが、当時の私には“素人がオペラアリアを歌う”なんていう選択肢は考えもつかなかったのです。『オペラはプロが演奏するもの、素人は合唱をするもの』なんて、誰に言われたでもなく、当時の私は、そう信じていたので“歌いたい” -> “合唱団に入ろう”って、短絡的に考えたわけです。

 幸い、湘南地方には、イヤになるぐらいたくさんの合唱団があったし、常にどこかの団が入団募集をかけているので、私はその中から、近所で練習をしている、大規模な市民合唱団に入りました。

 合唱団に入って、さっそく歌に夢中になりました。とても楽しかったですよ。なにしろ、合唱って、自分がロクに歌えなくても、周りがちゃんと歌っているし、自分が歌えても歌えなくても、舞台はきちんと進行するし、演奏会が終われば、自分がダメダメでも、仲間との一体感と、舞台を終えた充実感は味わえましたからね。まだ未熟な私でも、音楽演奏の高揚感を楽しむ事ができました。

 最初に入った合唱団は、オーケストラと共演する事がウリの合唱団でした。規模が大きく、指導者にも恵まれていた団で、指揮者&ピアニスト以外に、ヴォーカル・トレーナーさんが複数もいた程でした。私は、その団で、始めてクラシカルな発声方法を習いました。ま、合唱団での発声指導でどうにかるほど、歌は甘くないのですが、でもなんか、うれしかったな。今まで知らなかったクラシカルな発声法を知り、まるで自分がオペラ歌手にでもなったような気分になれましたからね。

 この頃の私は、本当に熱心だったと思います。当時発売されていた、日本語で書かれた発声関係の本のほとんどを読んだと思います。ですから、私の発声理論は、この頃の座学で身に付けたものです。まあ、知識がある事と、歌える事は全然別なんですけれどね。

 ちなみに当時の私の歌唱力は、今とは全然比べ物にならない程度だったと思いますよ。発声は全然ダメで、声はロクに出ていませんでした。音程もあるんだかないんだかって程度でした。ただ、熱心だったし、若い男性だったので、合唱団の皆さんには可愛がってもらいました。

 譜面は今以上に読めませんでしたが、合唱は一人でするものではありません。パートの中にいて、みんなと一緒に歌えば、自分が歌うメロディーなど、若いという事もあって、やがてカラダで覚えてしまいます。覚えきれずにデタラメを歌っていても、声がロクに出ていないし、所詮、側鳴りでしたから、誰の迷惑にもなりません。そうやって、実際に声を出して、トライ&エラーを繰り返しているうちに、少しずつ軌道修正がかかって、やがて、そこそこ歌えるようになっていきました。

 その団では、本当に、合唱の基本的な事をたくさん学ばせていただきました。また、その団にいる間に、小規模な他の団にも入り、少人数の合唱の楽しみも覚えてみたり、地元のホールでテレビ収録などが行われる時は、助っ人合唱団にも応募して、歌謡曲歌手の後で歌ってみたり…。今もたまに参加している第九合唱団に最初に入ったのもこの頃でした。とにかく、歌うチャンスがあれば、合唱団の掛け持ちもなんのその、果敢にチャレンジし、人脈を広げていき、合唱仲間を増やしていきました。合唱を始めて、3年目に突入しようかと言う頃には、合唱仲間と一緒にヨーロッパに行って、向こうの合唱団で歌ってみようなんて話が出てくるほどに盛り上がってました。
 
 
 でも、私は丸2年、集中的に合唱三昧の生活をしたら、燃え尽きてしまいました。もちろん、ヨーロッパにも(仲間たちは行きましたが、私は)行きませんでした。

 実は私って、飽きやすい人間なんです。今は年を取ったせいもあって、多少は色々な事もガマンをして継続できるようになりましたが、まだ若かった私は、本当に飽きやすいと言うか、実に『熱しやすく冷めやすい』性格でした。だから、合唱も2年も集中的に行ったら、まるで憑き物が落ちるように、飽きちゃったんですね。

 それに、合唱って、オペラとは、やっぱり違います。私はオペラが好きで、オペラに憧れて、それで自分も歌いたくなった人なんです。だから、私が本当に歌いたいのは、実は合唱曲ではなく、オペラアリアなんです。合唱にのめり込むほど『これはオペラじゃない…』という思いを感じるようになりました。特に大きな合唱曲を歌うと、自分は合唱団の一員としてオーケストラの後で歌い、そのオーケストラの前に、ソリストさんたちが陣取って、素晴らしい歌声を披露しているのを聞いていると、なんか悲しくなってきました。

 でも、当時の私は「素人は合唱。プロはオペラ」という先入観がありました。だから(失礼な話だけれど)合唱でガマンしていたんですよ。でも、ガマンには限界があります。

 やっぱり私はオペラが歌いたかったのです。合唱をやればやるほど、オペラをやりたくなりました。合唱に飽きちゃった事と、オペラに対する憧れが押さえきれなくなった事、その二つの思いでモンモンとするようになりました。

 そんな気持ちが見透かされていたのか、合唱団の指揮者さんから「君は合唱よりもソロの方が向いているよ」とかなんとか言われて、余計に気持ちモンモンとして…。
 
 
 そこで再びNさんの登場です。当時の私は全然知らなかったのですが、実はNさんはドミンゴの追っかけをしながら、アマチュアのソプラノ歌手でもあったのです。でも彼女は、自分が声楽のレッスンを受けている事、発表会などで細々と歌っている事を、職場では内緒にしていました。だから、私もその事を知らなかったんです。

 年度が変わっても、職場では、私とNさんは隣同士の机になる事が多く、仕事の事、プライベートな事など、色々な事をよく話しました。ドンドン音楽にハマっていく私を見て、微笑ましく思っていたそうです。そして、私が合唱を始めて、合唱にのめりこみ、合唱を満喫していく姿を、黙って見ていました。そして、私がオペラへの思いが強くなり、合唱への違和感を隠しきれなくなり、そこで悩んでいた時には、始めて、自分が声楽の個人レッスンを受けている事、発表会などでオペラアリアを歌っている事を教えてくれました。そして、オペラが好きで、オペラアリアを歌いたいなら、合唱ではなく、声楽を習うべきだとアドヴァイスしてくれました。そして、もし私が良ければ、ご自分が習ってらっしゃる先生を紹介するから、一緒に声楽を習わないかと、誘ってくれたわけです。

 そりゃあ、二つ返事でOKですよ。だって、オペラアリアが歌えるようになれるかもしれないのですよ。オペラはプロのモノ。素人は合唱でガマンするもの、なぜかそう考えていた私にとって、声楽を習って、オペラアリアにチャレンジするなんて、ありえない話です。それこそ、夢の世界に足を踏み入れるようなものです。

 声楽の個人レッスンを受けると決めた私は、散々世話になった合唱団をあっさり辞めてしまいました。実にキレイなもので、未練も何もなしで、スパっと辞めちゃいました。だって、合唱よりもオペラですって。だから、いくつも入っていた合唱団のすべてを辞めて、身ぎれいになって、声楽の個人レッスンを受ける事にしました。

 歌の神様に導かれた…んだと思います。次回は、声楽の個人レッスンを受け始めたあたりから、話を始めます。

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コメント

  1. Cecilia より:

    合唱に夢中になる人は”合唱人”として生きていくことが多いですよね。でもそこから声楽の世界にはまり、ソリスト向け発声の奥深さ(合唱ももちろん奥深いけれど)にはまっていく人も多いですよね。
    私はもともとオペラがすごく好きだったわけではないのですが(どちらかというと毛嫌いしていたかも・・・)、自分が入った合唱団(聖歌隊)で出会ったオペラ歌手たちの影響が大きいでしょうか。実際テノールの師匠はその中の一人ですし。
    高校生の時に学校の創立記念のイベントで卒業生による「ラ・ボエーム」のミミのアリアを聴きましたが、それも結構影響していたかも。
    合唱を続けるうちに「もっとうまくなりたい」熱が強くなり声楽レッスンを始めようかと思ったのですが、オペラにはまっていったのはそのあとですね。
    自分が所属していた聖歌隊がそれほどハモりにうるさかったわけでもなかったということもあって、私はハーモニーを追及する方向にはいかなかったようです。
    それから一般的な日本の合唱団に所属していたわけではないので、合唱の定番曲は歌っていません。だから”合唱人”の人の話にはついていけません。(笑)
    やっぱり私にとって声楽の原点は宗教曲であって、オペラアリアよりも宗教曲のアリアかな、という気がします。

  2. operazanokaijinnokaijin より:

    すとん様の幼いころのお話、涙ながらに拝読しました。
    私もかなり似たような境遇でございまして。
    (>_<。)

    で、昨年のブログにもジャンプして、拝読していて、
    「この頃の私のお気に入りは“ベーム&ウィーンフィルが
    録音したモーツァルトの交響曲40番の第一楽章”って奴でした。」
    で、私、絶句しました。
    ( ̄□ ̄;)!!

    私も、子供の頃、NHK教育テレビで、深夜、ベーム&ウィーンフィルの、
    テレビ用に特別に撮影した同曲の演奏を見聞きして、本当に感動したのです。
    後に、カラヤン&ベルリンフィルの同曲を聴いて、
    いやあ、落胆したものです。ベーム&ウィーンフィルの方が遥かに良い。
    ( ̄▽ ̄;)

    大昔の映画「ザ・ビッグマン」、
    カーク・ダグラスとジュリアーノ・ジェンマの、金庫破り映画、で、
    同曲が非常に重要なアイテムとして、使われています。
    ヽ( ̄▽ ̄)ノ

    おしまい

  3. すとん より:

    Ceciliaさん

     おっしゃるとおり、合唱に夢中になる人の多くは“合唱人”として生きていく事が多いし『ハモリ命』になる方が多いと思います。一つには、日本人の“チーム好き”と言うか“みんなで力を合わせて一つのモノを作る喜び”があるだろうし“出る杭は打たれる”習慣とか“仲良き事は良きこと哉”という精神も関係していると思います。

     一方、合唱をやりながら、ハモリとはまた別の、声そのものがもつ魅力に惹かれてしまう人もいるのでしょう。Ceciliaさんは、そのタイプなんでしょうね。声の魅力に取りつかれてしまうと、どうしても合唱ではなく、独唱の方に行ってしまいますよね。

     私は最初から“独唱への憧れ”があったので、この時点では合唱には強く心惹かれませんでした。つまり、最初から異端児だったわけです(笑)。

     私が最初に入った合唱団は、宗教曲をメインにやる合唱団でした。だから、オーケストラ伴奏なんですね。なので、私にとっての合唱曲って、ヘンデルやモーツァルトやバッハの諸作品であって、ピアノ伴奏をメインにした日本の定番合唱曲は、あまり知りません。「水のいのち」とか「大地讃頌」とかは、老いてから知りました(笑)。

     私にとって、声楽の原点は…マリオ・デル・モナコかな? ドラマチックなテノールによるオペラアリアが原点なんて、こりゃまた、いびつな出発点でしょ。ここから音楽に入ると、色々と苦労をします。

  4. すとん より:

    operazanokaijinnokaijinさん

     まあ『今が幸せならば、それでいいじゃない』という精神で生活しております(笑)。子どもの頃の事を考えると、悔しくてならない事もないですが、ああいう生活があったから、今の生活があるわけで、それを考えれば、すべて“人生の肥やし”と思えます。

     『もっとちゃんとした家の子に生まれてきたなら…』とか『生まれてくるのが、もう少し後だったら』とか、思わない事もないのですが、逆に日本にはもっとキビシイ時代だってあったわけだし、そんな時代ではなく、今の時代に生まれ育ってきた事に感謝してます。

     カラヤンは、ロマン派の音楽が得意なんでしょうね。ベートーヴェンの中期以降の音楽には、あれほどの親和性を示すのに、バッハやモーツァルトでは、なんとも違和感たっぷりの演奏になっちゃいます。例外が、彼の晩年に録音した、モーツァルトの『ドン・ジョヴァンニ』です。あれはオペラという事もあるけれど、実に良い演奏ですね。

     「ザ・ビッグマン」という映画、見た事がないので、チャンスがあったらみたいですね。現行のDVDは、画質・音質がかなりムゴイみたいですね。どうせ見るなら、ちゃんとしたモノでみたいものです。

  5. 椎茸 より:

    順風満帆(?)な感じですね~(Nさんに感謝)。
    次回も楽しみにしております。

    私は、高校で合唱部に入り、それこそ「水のいのち」のような合唱組曲をやったりしてました。その後宗教曲に触れ「なんかこっちの方が好きかも」⇒ソリストの歌を聴き「こうなれたらいいなあ」と思い、習い始めました。
    最近では、メサイアの中のアリアを持っていったりして楽しく歌っています。
    邦人作曲家の合唱曲も好きですが、昭和時代or平成初期のもの限定って感じですね…最近のはほんと、難しくて聴いていて疲れるものが多いです。

    オペラはほとんど聴いてきませんでしたが、最近になり、めくるめく声の魅力的なものにひかれはじめています。

  6. すとん より:

    椎茸さん

     宗教曲ってのが、一つのターニングポイントなのかもしれませんね。

     邦人合唱曲って、まずソロが入らないし、ごくまれにソロがあっても、短いし、だいたいパートリーダーあたりが歌えば、事足りるわけです。でも、宗教曲ってのは、大概、ソリストが必要だし、それも合唱団と互角に歌う事が多いし、彼らの技と声を見せつけられるわけで、それに対して、憧れちゃう人と、反発する人と、自分たちとは別種の人間として分けちゃう人の三種類の人が、合唱団にはいるんだと思います。

     椎茸さんは憧れちゃったわけですね。

     最近の邦人作曲家による合唱曲もそうだし(最近は吹奏楽にも関わっているので感じますが)吹奏楽曲もそう。あの手の音楽は、聞き手のことよりも歌い手の事を考えて、もっとはっきり書いちゃうと、コンクールに勝ち抜く事を考えて、作曲されていると思います。当然、聞く側からすれば“つまらない”です。

     “演奏して楽しく、コンクールでも勝てる曲で、なおかつ、聞いていても感動できる”曲があればいいし、そういう曲を作曲できる作曲家がいればいいのですが、その三つの条件を満たすのが難しいのでしょうね。どうしても、1)勝てる、2)演奏して楽しい、3)聞いていても感動できる、という優先順位になり、ついつい観客の喜びは最後に廻されてしまうのだと思います。

     これはある意味、仕方ないです。

    >オペラはほとんど聴いてきませんでしたが、最近になり、めくるめく声の魅力的なものにひかれはじめています。

     オペラは…楽しいよ(うふっ)!

  7. Cecilia より:

    吹奏楽コンクールの課題曲でも忘れられない名曲があります。
    最近のものは知りませんが、私が中1の時の課題曲でこんな曲があります。
    http://www.youtube.com/watch?v=aFHs1WFQBeQ
    私の学校は残念ながらこの曲を選択しなかったのですが何度聴いても良い曲だと思います。

  8. すとん より:

    Ceciliaさん

     聞いてみました。たしかにいい曲ですね。かっこいい。でも、この曲は、今でもコンクールで演奏されるのかな…?

     それにしても、よく覚えてらっしゃる(笑)。私は中学時代、吹奏楽部によく出入りをしていましたが、コンクールの曲? 一曲も覚えていない。まあ、それは私が正式部員ではなかったので、コンクールとは関係なかったからかもしれませんが…。なにしろ、エキストラである私が呼ばれるのは、たいてい、イベント関係の演奏の時だったからねえ…。なので、学生時代のコンクールって奴には、何の思い入れもありません。

     中学時代と言うと、私には一つの野望があって、それは「学校の図書室にある本をすべて読む!」でした(笑)。だから、暇さえあれば図書室に行って、本ばかり読んでました。もちろん、館内の本を全部詠むなんて、達成できなかったのですが、小説や絵本だけでなく、図鑑もたくさん読みました。辞書も…読みましたよ。しかし、辞書を読むなんて、実に馬鹿だよねえ。でも、案外、辞書って、読んでみると面白いものでしたよ。

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