標題の通りです。キング先生の声楽レッスンを辞めました。つまり、キング門下を一度辞めたという事です。
前回のレッスンが激しい口論で終わってしまったため、色々と考えて、出した結論です。もちろん、事前に先生にも許可を得ての行動であって、独断専行ってわけじゃあ、無いです。
なにしろ現状のままでは、これ以上、レッスンを受けても、害にこそなれ、益にはならないし、ガラコンサートに向けて、準備どころの騒ぎじゃないし、とにかく今は本番に向けて、先生と距離を置いて、音楽に集中したいと思っただけの話です。
でも、一体、なぜ、こうなってしまったのでしょうか? 少なくとも、一年前の発表会の時までのキング先生は、良い先生でした。私の事を親身に考えてくださり、指導も実にしっかりしていました。実際、私は先生によって、ここまで大きく引き上げられてきたと思ってます。はっきり言って、彼は私の人生の恩人です。彼に会わなければ、今の私はいません。
でも、ガラコンサートの準備が始まり、いつしか私は“生徒”から“パシリ”に格下げになりました。歌も発声の指導も、どんどん内容的に薄くなり、時間的に短くなりました。毎週、先生のレッスンを休まずに通っていたのに、私の歌も発声も、どんどん悪い方向に崩れていきました。
彼が冷静になってくれて、私をパシリではなく、再び生徒として扱ってくれ、こちらも先生に対して柔らかな気持ちになれれば、元の師弟関係に戻れるかもしれません。でも、そのためには、時間が必要でしょう。今のままでは、関係は悪化する事はあっても、良くなる事はありません。そのために、今は、きちんと冷却期間を置いて、一度、気持ちをリセットした方がいいだろうと考えました。
とにかく今の私は、レッスンがロクに無かったツケが色々と出ていると思います。発声にしてもそうだし、曲の音楽的な解釈にしてもそうです。
発声に関して、ひとまず医者に行くつもりだけれど、医者は声楽教師ではないから、良い発声方法なんて知っているはずないので、ガマンがまん我慢の辛抱で、今は誤魔化しながらやり過ごすしかないでしょう。
曲の音楽的な解釈については、今更どうにもなりません。違うものは違うんです。とにかくガラコンサートを終え「オペラ座の怪人」を終えない限り、話にはならないでしょう。逆に、ガラコンサートを終え、次の新しい曲で出直した時に、キング先生とは、以前のような関係に戻れる…かもしれないという淡い期待は、あります。
とにかく、私は、キング先生のオペラ歌手としての力量と、声楽教師としての素晴らしい力量は認めています。先生さえ普通にレッスンをしてくれれば、彼は私にとって、最高の先生です。ですから、今回は、先生の指導力不足と言うよりも、あまりにパシリ優先で、レッスンをないがしろにされてしまったため、取り返しがつかない事になってしまっただけ…と思ってます。
今は関係悪化状態ですが、これで先生を見限るのではなく、しばらく冷却期間を置いた上で、先生が許してくださるなら、改めて先生生徒の関係を構築したいと願っています。
なので、確かにレッスンは辞めましたが、これは、再開を期した上での“お休み”のつもりです。
『どうせ再開をするつもりならば、レッスンを辞めずに、単純にお休みをすればいいだけではないか?』と思われるでしょうが、実はそれは、スクールのシステム上、出来ない話なのです。
私が通っているカルチャースクールでは、レッスンを辞めない以上、休もうがケンカしようがパシリでこき使われていようが、自動的にレッスン代を支払い続けないといけない仕組みになっています。レッスン代の支払いを止めるには、たとえレッスン再開前提であっても、一度レッスンを辞めて、レッスン枠を解放するしか方法が無い…のです(この点は、店長さんと散々話しましたが、どうもこの方法しか無いようなのです)。
レッスンを受けないのに、安くはないレッスン代を支払い続けるなんて(まあ、主婦なら、誰もがそうだと思いますが…)我が妻にとっては、耐えられない事なんです。なので、関係をリセットするためにレッスンをお休みすると決めた以上、レッスン代の支払いはストップしたい。レッスン代の支払いをストップするには、レッスンをきちんと辞め、レッスン枠を解放する必要があるのです。
一度レッスンを辞めてしまい、レッスン枠を解放してしまうと、たとえ私と先生との関係がリセットされ、再びレッスンを再開する事になったとしても、スクールの都合でレッスンが再開できず、本当に先生とは訣別してしまう可能性があります。
と言うのも、私がレッスンを辞めて、今までレッスンを受けていた時間枠が、空いてしまえば、スクール的には、そこを空けたままにしておくと損失になるわけですから、積極的に、次の生徒さんを、空いた枠に入れる事になります。それは当然の話ですし、その点も店長さんとは確認済みです。
私がレッスンを辞めている間に、そこに別の新しい人が入ったら、私はレッスンを再開したくても出来ません。スクール的には、その時には、私には別の先生を紹介するから心配はいらない…と言われました。なにしろ、キング先生は人気だけれど、他の先生は必ずしもそうではない方もいらっしゃるし、最近開講したばかりで、まだ生徒さんも十分に揃っていない先生もいらっしゃるので、先生の空き枠はそこそこあるので『大丈夫』なんだそうです……なんかなあ…。
つまり、私と先生との関係が良好になったとしても、レッスン枠がなければ、師弟の関係は、それでお終いとなり、レッスン再開は叶わないという事です。
お休みしている間に、キング先生のレッスン枠がふさがってしまったら(その可能性は大です)それは音楽の神様が「もう、この先生には習わない方がいいよ」と言っているのだと判断する事にしました。つまり、私がキング先生の元に戻るべきか否かは、ある意味、音楽の神様の神託に任せた…とも言えます。
どのみち、ガラコンサート本番までは、誰のレッスンも受けず、自分勝手な自己流の歌い方で、姿見先生だけを頼りに曲を仕上げていく事にしました。
そうです、レッスンは辞めても、ガラコンサートには出演します。
先生からは、もうガラコンサートには出演しなくてもいいと、改めてメールをいただいています。ピアノ合わせにも来る必要はないし、試演会にも参加しなくていいと言われています。いや、それどころか、歌劇団も辞めていいですと言われています。
私は先生との関係に悩んでいますが、先生も私との関係に困っているんでしょうね。
まあ、本音で言えば、キング先生との関係修復を第一に考えるならば、ガラコンサートの出演は取りやめて、今すぐきちんと冷却期間をおいた方が、レッスンの再開をしやすいと思うのですが……たとえキング先生と派手に一戦交える事になったとしても、ガラコンサートに出演しないわけにはいかないのです。
だって私は、コンサートの主催者ですから。ま、すでに実質的な主催者は、先生に移り変わり、私ができる事なんて、ほとんど無いのも事実です。おまけに私自身のモチベーションはダダ下がりであります。でもね、それであっても、主催者がコンサートの当日をバックれるわけにはいかないじゃないですか?
それに私の残り少ない人生における本番回数を考えみれば、たった一回の本番とは言え、無駄にはできません。それにだいたい私は今まで「(そんな事を言われてたら)本番に出れないじゃないですか!」とは散々言ってきましたが「本番には出ません」とは[たぶん:汗]言ってないと思います。そこは誤解されているんだろうと思います。
確かに正直な話、今回のコンサートに出演する事に関しては、気が乗らないのですが、でも、ここで気が乗らないからと言って出演を取りやめたら、絶対に後悔すると思うので、気分が乗ろうが乗らなかろうが、決められた事を淡々とやるつもりです。で、どうせ後悔するなら、コンサートに出演して後悔しようと決めました。
本番のコンサートに出演する以上、もっと気は乗りませんが、ピアノ合わせにも行かないといけないでしょう。おそらく、再び、先生とは派手にドンパチやる事になるでしょう。あるいは、お互い無言の冷戦状態のまま陰険な雰囲気になるだけかもしれません。でも、もういいんです。次は私も、心に鎧を着て、何を言われても気にしない事にして、ピアノ合わせに臨むつもりです。
実はピアノ合わせの前に、歌劇団主催の非公開のガラコンサートの試演会があるのですが、これも歌劇団団長としては、参加しないわけにはいかないでしょう。それに、本番は自分が歌うのに一生懸命で、他の方々の歌は聞けませんから、このチャンスに聞いておきたいという気持ちもあります。だって、仲間の歌を聞くのも、これが最後かもしれないじゃないですか。
ただし、試演会でのピアニストさんは、本番ピアニストさんではなく、キング先生がピアニストをやってくださいますので、私は歌うつもりはありません。本番が近いのに、先生のピアノで歌って、調子を崩すわけにはいかないからです。
そうでなくても、ガラコンサートでの私の歌唱については、今まで先生に任せていたので、準備が色々と間に合ってません。このままでは、大きな失敗をしでかしやしないかと不安でたまりません。そんな所へ持ってきて、先生のピアノ伴奏で歌って、前回のレッスンの時のように、口論となって、モチベーションを下げられたり、今更なダメ出しをされたり、さらなる不安材料を植えつけられたら、本当に本番で歌えなくなってしまいます。
それに、いくら仲間うちの試演会とは言え、ゲストの方も若干名招待しているわけだし、そういう人たちの前で、先生とドンパチやるわけにはいかないしね…。
とにかく、ガラコンサートには出演します。なにしろ、プログラム(妻が仕上げて、私が校正して、業者に発注しています)のトリには私の名前が入っています。今更、コンサートに穴を開けるなんて、それもトリの演者が…主催者としては、そりゃあ無しだよね(笑)。
というわけで、今更レッスンを辞めたからと言って、先生とは、すぐには冷却期間が取れるはずもなく、ガラコンサートがらみで顔を合わせれば、また口論になる危険性は、かなりありますが、もしもそうなってしまったら、本格的に先生とは訣別するしかないだろうなと、腹をくくりました。それは先生も分かっているから「辞めていい」とおっしゃっているのだろうと思います。
ガラコンサートが終わって、先生が以前のように普通にレッスンをしてくれるなら、、私はキング先生のところに戻る気、マンマンなんです。今はケンカはしていても、今までに良くしてもらった事や恩義は忘れちゃいません。
でもね…
1)冷却期間中に、先生と更にトラブれば、訣別。
2)冷却期間中に、新しい生徒さんがやってきて、私のレッスン枠が無くなったら、訣別。
3)冷却期間中に、先生の側から破門されたら、やっぱり訣別。
…でしょうね。残念だけど、そうならざるをえなません。とにかく、すべては音楽の神様に任せました。あ、もちろん、キング先生が破門とは言わないまでも「すとんさんは面倒くさい人だからイヤだなあ」とか思ってらっしゃるなら、もちろん門下には戻りません。
あとは、先生から「歌劇団を辞めていい」と言われてます。今のところ辞める気はないのだけれど、団員の皆さんから“団長リコール”があれば、辞めざるを得ないだろうなあ…。
何事も、積極的に、前向きに、考えてゆきましょう。
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コメント
この記事にもたくさんのコメントが寄せられそうなので、先にコメントさせていただきます。
すとんさん、思い切った決断をされましたね。(今の状況では仕方ないと思いますが)
奥様ともいろいろご相談したのでしょうが、苦悩の跡が一語一語に感じられます。
それにしても、コンサートへの出演を決断していただき、一ファンとして、うれしい限りです。こうなった以上は姿見先生のレッスンを信じて、本番に備えて頑張ってください。
本番までに何事もないことを心よりお祈りしています。
その後のことは、神のみぞ知るでしょうか?こちらもきっと良い方向へ行く(すとんさんにとって)と願っています。(勝手ながら)
ネオワンさん
格好良く言うと“ギリギリの選択”って奴かな? 先生とも円満に仲よくやりたいし、ガラコンサートも成功させたいし、自分もきっちり歌いたい。はっきり言えば“いい子”でいたいです。でも、それが出来ないなら、どこで妥協し、どれを優先し、どこを後回しにするかってだけの話です。とにかく、妻はガラコンサートに出演したがっています(もちろん、私も出たいです)から、まず、これを優先して考えていこうと思ったら、今回のような決断に至ったってわけです。
だから“思い切った決断”ではなく“これしか選択肢がなかった”って感じなんですよ。
ちなみに、姿見先生の指導力は抜群です。ずっと姿見先生だけに頼るのは危険ですが、ショートリリーフの先生としては、なかなかの腕前ですよ。
慎重に、具体的に、進み始めたのですね。見守る事しか出来ませんが、少しホッとしました。が、人間関係は、魔物ですから。
前回は、他の皆様は凄い内容のコメントなのに、私ときたら、恥ずかしい。奥様の心が傷つかないようにと、望んだだけですけどね。
いつか奥様のブログができ、『本当に男どもは!』何て笑ってコメントしあえる日が来ると良いですね。早く来るように、谷汲さん(神仏)に御願いしておきます。
老いた猫の相棒は、アン・シャーリーと言い、なかなか手強い子ですが、可愛い子です。
カスミ草さん
>人間関係は、魔物ですから。
ですね。ほんと、私とキング先生はなかなか良い関係だった…んですが、どこでどう転んだか、こんなになっちゃいました。ま『可愛さ余って憎さ百万倍』状態ですね、ほんと、頭を冷やさないといけません。
とにかく、今は目の前の課題を懸命にやりこなす事だけで、精一杯です。
>いつか奥様のブログができ、
ありますよ(笑)。あの人は私よりもずっと電脳度が高いヲタクですから、私の数歩前を歩いてます。ただ、夫婦といえども、人格は別ですから、ネットでは没交渉でございます。それに言いたいことは、直接言えばいいんだから(爆)。
相棒さんは、グリーン・ゲーブルズにお住まいですか?
ブログであまり個人攻撃は、しない方が良いと思いますが。
ネチケットに反しますからね。
何はともあれ、演奏会の前に喉をちゃんとお医者さんに診せて下さいね。
それが最優先事項だと思います。
おぷーさん
個人攻撃はしていないつもりですよ。悪口の類は、言っている自分も汚しますからね。私は、自分を貶めるような事は絶対にしたくない、と思っている類の人間なんです。ですから、もし、そのような箇所があったら、メールでもコメント欄でも結構ですので、お知らせください。いただいた意見を自分なりに考慮して、削除するなりの対応を取らせていただきます。これは今回に限らず、いつもの事です。
人の道から外れた事をすれば、人は離れていきます。これは私も同じこと。もしもブログで人の道から外れるような事をすれば、人は離れ、あっという間にアクセス数は減って、老犬ブログも立ち行かなくなるでしょう。私は、その手のブログをいくつも見てきました。私はまだしばらくブログを続けるつもりですので、ここの息の根を止める様な事は、避けたいと思ってます。
詭弁はやめましょうよ。
貴方の先生もブログを書いておられますが、
貴方への攻撃は一切ないですよ。
ちゃんと先生と話して下さいね。
おぷーさん
詭弁ですか、詭弁を弄するほどのテクニックは持ち合わせていないし、私は常に、自分には正直でありたいと思って行動しています。
>貴方の先生もブログを書いておられますが、貴方への攻撃は一切ないですよ。
先生はだいぶ前にブログを辞めておられますよ。現在のブログは、YouTubeの画像を貼る為だけに残しているんじゃなかったかな? 先生ご自身のネットでのメインの活動場所は、今はツィッターだそうです。ツイッターで活発に活動されているそうです。“…そうです”と書くのは、私自身がツィッターをやっていないので、その内容を正確には知らないからです。
私が、先生の人格攻撃をするとか、オペラ歌手や声楽教師としての力量を疑わせるような記述をしたなら“個人攻撃”と書かれても仕方ないと思いますが、そういう記述はないと思います。むしろ、私は彼のオペラ歌手や声楽教師としての力量は認めています。
私が書いているのは、私たち夫婦に対するレッスンが、時間的に短く、内容的に薄くなってきた事。また、私に対する態度も以前とは異なり、厳しく激しいものに変化してきた事。そしてそれは、具体的には、昨年の発表会が終わったあたりから始まり、ガラコンサートの準備に本格的に入ったあたりから、顕著になってきた事。
それらに対して、私は今まで我慢してきましたが、つい先日の最初のピアノ合わせを契機に、我慢しきれなくなっただけの話です。
ブログには書いてませんが、少なくとも昨年ぐらいまでは、打ち合わせが長引き、レッスン時間が短くなった時は、レッスン時間を延長して対応をする姿勢を見せてくれました。最初のうちは、それは十分な対応で、私たち夫婦は、先生のその姿勢に感謝をしていました。
でも、やがてそれも無くなりました。そして、宿題として出された事も、打ち合わせをしているうちに、時間が無くなってしまったという理由で、見てもらえなくなる事も増えてきました。それでも私はまだマシで、短くなったと言っても、10分前後は見てもらってましたが、妻は5分も見てもらえない事も頻繁にありました。「私は、あなたの“ついで”だから…」とよく妻は嘆いていました。
キング先生の名誉の為に書いておきますが、先生がそのような事をするのは、おそらく私たち夫婦に対してだけであって、他の生徒さんとは、しっかりレッスンをやられていらっしゃると思います。
以上は(私たち夫婦から見た)事実であって、攻撃ではありません。私はブログでは、なるべく、出来事を淡々と書くように努めていますが、全く感情を抜きにして文章を書くわけにもいきません。そういう部分で見苦しい箇所はあるでしょう。
私は、見苦しくなる事を承知の上で、今回の一連の記事は書いています。
なぜなら、私は真剣だからです。真剣な人間がもがき苦しむ姿は、見苦しいものだからです。
キング先生がご自分のブログで何も書かれていない事については、彼なりのお考えがあるんだと思いますよ。書く事も意志であり、書かない事も意志です。私は彼ではありませんから、彼の心の中を知る事はできませんが、書かない事で、おぷーさんのような方を味方につける事は、当然、戦略としては“アリ”でしょ。もっとも、先生が戦略的に行動しているかどうかは、私には分かりません。
相手の知り得ないところで話題に取り上げ、反論の手段を持たない相手を攻撃するのは、むしろ、そちらの方が、フェアではないと思ってます。
>ちゃんと先生と話して下さいね。
その件に関しては、ブログにも書いてある通り、今は、直接話をすると口論になって、お互いが傷つき、関係が悪化するだけなんです。お互いが真剣であればあるほど“話せば和解できる”なんて、現実社会においては、まずありえないでしょ。
お互い譲れない思いがあるから、争いが起こるわけです。
先生との争いを避けるには、先生は絶対に折れないし謝らない人ですから、今までのように、私が全面的に譲り、私が泣き寝入りをするしか方法は無いでしょうが、私は今、譲るつもりはありません。このあたりについては記事に書いてますので、繰り返しません。なので、冷却期間が必要だろうと、ブログに書いた次第です。
…“争い”そのものが不快だ。人と人とがモメているのがイヤだ。だから、そんな事をブログに書くな…。
もし、おぷーさんがこうおっしゃりたいのなら、申し訳ないです。モメても、争っても、ケンカしても、それは私の人生です。人生は、そんなにキレイゴトばかりじゃないんです。これからも、他人とは、モメるでしょうし、争うでしょうし、ケンカもするでしょう。私はそういう人間なのです。それを分かってください。分かった上で、受け入れてくださるか、見捨てるかは、おぷーさん次第です。
なまじ文章力がとってもおありなので、すとんさんは冷静に書かれていても
読む方がついつい感情移入してしまいますね
ちょっと頭を冷やさねば・・・と反省中でした
ホント赤の他人の私が偉そうに言えたことじゃありませんが
この件、すとんさんに非があるとすれば
レッスンの質が低下したのを
我慢しきれなくなるまで我慢してしまった、ということにつきる気がします
それも先生への愛ゆえだったと思いますけど
>フミエさん
>この件、すとんさんに非があるとすれば、レッスンの質が低下したのを、我慢しきれなくなるまで我慢してしまった、ということにつきる気がします
ですね、それは確かに私の非かもしれません。開き直るわけではありませんが、私はそういう人なんです。我慢の限界まで我慢して、でもそんなに我慢の限界が高いわけではないので、ある程度で爆発してしまうわけです。“普段はニコニコしているのに、ある日突然爆発する”って、ある本で、日本人の特徴だと読んだ事があります。本能寺の変しかり、パールハーバーしかり、らしいです。ならば、私は、実に日本人くさい日本人なんだなあ…と思った事があります。
これでも体育会系出身ですし、徒弟制度の中で育っていますので、先生という存在には、まずは絶対服従なんですが…我慢しきれないダメな生徒なんですね。
でも先生に向かって、直接、レッスンのダメ出しは…やっぱり出来ないでしょ? それとも、皆さんは平気で先生にダメ出しできるの?
できません(爆)
また反省じゃ!
フミエさん
やっぱり、出来ないでしょ? たぶん、先生と直接顔を合わせて、先生のレッスンにダメ出しできる生徒さんって、まずいないだろうし、いても少数だろうと思います。もちろん、私も出来ません。出来ないけれど、色々と感じるわけで、そんな気持ちを少しずつ貯めてしまったわけです。
それに多くの場合、先生とのレッスンに不満があっても、それは先生のせいではなく、生徒の自分が色々と至らないから、こうなってしまうんだ…と思う人って、案外、多いんじゃないかな? レッスンがうまく行かない事をすべて自分のせいにして引き受けてしまう人の事ね。そういう人って、結局、レッスンが続かないで辞めちゃうんだと思います。
もっとオープンな心をもって、先生にきちんとダメ出しできる生徒になる…べきかな? そこで先生に、生徒の気持ちを察してほしい…と願うのは、贅沢なのかな? やっぱり贅沢なんだろうね。
上記、短い文章ですが「おぷー」さんの文意を読ませていただき、
私も投稿させていただこうと思いまいた。
今回はオプーさまに賛成というか、私も同じ考えです。
たとえ個人的ブログとはいえ、恩師ともいえるお方とのトラブルを
公に延々と公開するのは決してのぞましいことではないと思うからです。
それはすとんさんのもたれる性格や書かれる文章(長文)によるところの
影響もあるのでしょうが、やはり世の中、公の表現には一定のルールというか、
節度なるものもあると思うのです。
これはささいな表現ですが、
たとえばフルート練習記ではいつも何気なく「先に到着して練習してる姉様」と
これまで繰り返されてますが、もし相手方の女性がすとんさんのことを
これみよがしに「いつも練習で一緒になる爺様 とか おじさま」とか紹介するとしたら、
どんな気持ちでしょうか。無神経な表現というのは、それを読む者にとっても
実は面白くもなんともない、おおげさに言えば不愉快にさえなることもあるのでdす。
今回もあなたはさかんに「ぱしりに使われた」とか書いておられますが、
私にはこれまでのキング先生とあなたの練習風景やそのやりとり記事をみるに
どうしてもそのようなことは想像さえできないのです。
第一、ある程度の社会人が「ぱしり」などという、それこそ悪がきがつかうようなことばを
平気で書いてやまない...そのような記事文章がまず始めにおかしいのでは?とさえ
思われたほどです。
本来、熱心な音楽愛好家であるすとんさんがご自分の思い通りに事が進まないとの深みにはまり、
結局はいつもそこから抜け出し、自分の意思を通しぬいた等の宣言をされるのは
逆に良し悪しだとも言えないでしょうか。
例えば合唱団のこともそうです。すとんさんは自己の意思をつらぬいて堂々と
脱退宣言をされて気持ちよいでしょうが、奥さんまで辞めざるを得なかったこと、
また先方はほんとうのところ厄介払いをしたと、内心は喜んでいるかも知れないのですよ。
やはり趣味嗜好の世界でケンカ?を売ったり、トラブルを続けるのは避けたほうが
賢明だと思います。
今回の、たとえその文章は短くとも冷静に意見・助言を述べておられる
おぷーさんの投稿はごく当を得たものであり、私はそこから汲み取られるものは
すとんさんにとっても有意義なものである・・・と思うのですね。
これらはまた先週の「吹奏楽は音楽ではありません」という記事における
かずさんの鋭いコメント、そしてそれに応じたすとんさんの例え表現上のこととはいえ、
やや人をこばかにされたような言葉多用の長文回答、その性質、それらやりとりにも
同じようなものが見え、通ずるものあると感じられました。
以上、なんとか意をお伝えしょうと、時間も考えずに走り書きしたものゆえ
その失礼をどうぞお許しくださいますように。
最後にキング先生とのこと、覆水 盆に返らず といいます。
もし再び先生に学ばれるというお気持ちが少しでもあれば、
もうこれ以上は公開ブログではとりあげられないほうが良いということを願って
本日はこれにて失礼をいたします。
キング先生、ちゃんとブログ書いておられますよ。
日本ブログ村にも登録されておられますし、私は読んでますが。
読んでないなんて、不肖のお弟子さんですね。(笑)
私が言いたいのは、そういう争い事をブログに書き綴るのが、良いのかどうかって
事ですよ。
ツイッターが出てから、何でも書いて良い、と言う風潮が強くなったような
気がしますが、どうかと思います。
日本のマスコミって売れる事なら何でも書きますよね?
日本人みんながそれに倣えをしちゃいけないです。下品です。
先生とは、別に時間を取って、ちゃんと話し合いを持たれるべきですね。
私、出来ないときには、出来ないってはっきり断りますけど。
ストンさんって忙しいですよね?
そしたら、最初から雑用を引き受けるべきではなかったのでは?
人間24時間しかないのですから、ちゃんと考えないとね。
通りすがりに失礼します。
素朴な疑問なのですが、
主催者がすとん様でキング先生がアドバイザーなのですよね?
であれば、すとん様が先生に協力を請うお立場かと思うのですが、
なぜキング先生がすとん様をパシリにできるのですか?
また、レッスン中に打ち合わせするのが嫌なら
アドバイス料を別途お支払いしますので時間をいただけないでしょうか?
と打診すれば良いのではないかとも思うのですがそういうのも無理なのですか?
たしかにレッスン料でアドバイス料を補うのはおかしいかもしれません。
無償でアドバイザーをしてくれ!!!とか言う話ではないですよね?
キング先生は教えることがご商売ですもの
AKさん
まず、長文、感謝です。長い文章を書くには、それなりのエネルギーが必要です。そのエネルギーを注いでくださった事に関して感謝を申し上げます。
それにしても、私の事をかいかぶってらっしゃるようです。私は立派な人間ではないし、下品で思慮の足りない人間ですし、性格だって決して円満な人ではありません。色々欠けがあるから、あっちこっちでぶつかるわけだし、そういうガキ臭い人生が私の人生だし、そういう人間が私なんです。
以下、誤解されたままではイヤなので、細かい事をとりあげますが、重箱の隅をつつくような気持ちは全く無い事をご理解ください。
>これみよがしに「いつも練習で一緒になる爺様 とか おじさま」とか紹介するとしたら、どんな気持ちでしょうか。
うれしいです。爺様とかおじさまなんて、素晴らしいじゃないですか。「いつも練習で一緒になる、あの下手くそなジジイ」と書かれても、うれしいですよ。どんな形であれ、ブログで取り上げていただけるなら感謝します。たとえ、言った本人が悪口のつもりでジジイと言ったのだとしても、私はうれしいです。これって、変な感覚ですか? それに、「先に到着して練習してる姉様」という表現のどこに不快表現があるのか、私には理解できません…と書くと、偏屈ジジイと呆れられるかもしれませんが、自分よりも先に弟子入りされている先輩に対して、実年齢に関わらず、男性なら兄様、女性なら姉様と言うのは、当然だと思います。ですから「先に到着して練習してる姉様」という表現は、私としては、ごく普通のつもりであって、不快表現のつもりはなく、AKさんからご指摘を受けながらも、どこが無神経な表現なのか、分かりません。ごめんなさい。
>私にはこれまでのキング先生とあなたの練習風景やそのやりとり記事をみるに、どうしてもそのようなことは想像さえできないのです。
ブログにはすべてを書くわけではありません。基本的に、そのレッスンで習った事、注意すべき事、特筆すべき出来事を書いています。レッスンとは関係ない事務打ち合わせなどは、私のレッスンノートには書いてありますが、それをブログに載せる事はしなかっただけです。
それと、おそらくAKさんとは、所属する社会階層が違うのだろうと思いますが、私が属する社会では“パシリ”という言葉は、別に普通に使う言葉です。それを「悪がきがつかうようなことばを平気で書いてやまない...」と表現されますと、なんか上からモノを言われて馬鹿にされたような気がします(はっきり書いて、ごめんなさい。でも私は幼い時から、蔑まれて生きてきたので、上から目線で何か言われる事は、実は慣れていますので、馬鹿にされるのも日常茶飯なので、そんなに気にしないでください)。
>例えば合唱団のこともそうです。すとんさんは自己の意思をつらぬいて堂々と、脱退宣言をされて気持ちよいでしょうが、奥さんまで辞めざるを得なかったこと、また先方はほんとうのところ厄介払いをしたと、内心は喜んでいるかも知れないのですよ。
まず、合唱団の事ですが、私は辞めて気持ちよかったなんて思っていないです。今でも、あの時の事を思い出すと、無力感に捕らわれますし、呼吸が苦しくなり、心臓が落ちつきません。私の存在を全面否定されたわけで、精神的に、かなり追い詰められたものです。
>また先方はほんとうのところ厄介払いをしたと、内心は喜んでいるかも知れないのですよ
…知れないではなく、喜んでいると思います。私は脱会したのではなく、周囲の堀を埋められて、追放されたと、当時も今も思ってます。ただし、これは私の人間性うんぬんで追い出されたのではなく、あくまでも、私の歌が下手すぎた上に、声が合唱には不向きだったからです。なので、追い出されるのも仕方ないとも言えますが、本人的には結構堪えました。これはリアルな私を知っていらっしゃると、すぐに納得できます。
ただ、妻や妻の友人が私の代わりにターゲットとなり、イジメを受けた事(“周囲の堀を埋められる”という表現はこの事です)は、申し訳なかったと思ってます。ですから、決して堂々と辞めたわけじゃなく、彼女たちを守るために、悲しみながら追放されたわけです。
あの日以来、どんなに誘われても、合唱をしたいと言う気持ちになれなくなりました。合唱、本当は大好きなんですけどね。
>やはり趣味嗜好の世界でケンカ?を売ったり、トラブルを続けるのは避けたほうが
賢明だと思います。
ここはAKさんと価値観が違うかな? 私は趣味趣向の世界だからこそ、我を通すべきだし、ぶつかるべきだと思ってます。趣味だからこそ、エゴとエゴのぶつかり合いが許されるし、それが本音の付き合いってものだと思ってます。もちろん、無用な争いや不毛な諍いは避けるべきでしょう。でも「ここはぶつかるしかない!」と思えば、あえてぶつかっていきます。
私は、職業の流儀を、趣味に持ち込みたくないんです。仕事なら、飼い馴らされた家畜(そう言えば“社畜”って言葉がありますね)のようであってもいいと思ってます。金銭を得るために、自分と自分の人生を切り売りするのも、やぶさかではありません。しかし、趣味なら、いくぶんかの人間性をこの手に握っておきたいと思ってます。
>おぷーさんの投稿はごく当を得たものであり、私はそこから汲み取られるものは、すとんさんにとっても有意義なものである・・・と思うのですね。
それには激しく同意します。おぷーさんに対するコメントは、反論しているつもりはありませんが、そのように取られて仕方ないかな…って自分でも思ってますが、あれだけ厳しい事をはっきり書いてくださるおぷーさんには感謝してます(もちろん、AKさんの事も、です)。
私は、理不尽なものでない限り、私に対する、反論や否定を歓迎します。
おぷーさんのコメントは、そのまま受け入れますが“吹奏楽”におけるかずさんのコメントは、ミスリードが多く、訂正せざるをえない部分がありました。そこを「やや人をこばかにされたような言葉多用の長文回答」と受け取られたのならば、私の筆力の不足の致す所です。申し訳ありませんでした。
>その失礼をどうぞお許しくださいますように。
いえいえ、感謝しています。他人のブログに厳しい事を書くには、勇気がいりますが、それを振り絞って書いてくださった事、本当に感謝しています。
>最後にキング先生とのこと、覆水 盆に返らず といいます。もし再び先生に学ばれるというお気持ちが少しでもあれば、もうこれ以上は公開ブログではとりあげられないほうが良いということを願って、本日はこれにて失礼をいたします。
ご心配ありがとうございます。が、まだまだ書きます(ごめんなさい)。もちろん、先生を攻撃するのが目的ではありません。老犬ブログは、未来の私を第一読者としたブログですから、未来の私が読みたいだろう事を率先して書いてます。
実際問題、これからもまだ先生とは接触する機会があります。その時に先生を透明人間扱いし“まるでそこにいない人”として自分をだましてブログを書くつもりはないからです。そんな事、未来の私が許すはずないですから。なので、今後も、先生とぶつかれば「ぶつかった」と書きますし、逆に関係が良くなれば「良くなった」と書きますし、深い愛情が確認されれば「愛されるようになりました」と書きます。それだけの話です。。
まあ、先生とまたまたモメてしまい、その結果、先生の元に戻れなくなったとしたら、それもまた、私の人生です。
重ねて書きますが、苦言諫言、本当にありがとうございました。
おぷーさん
AKさん宛のコメントに書いて、おぷーさん宛のコメントに書かないのは、おかしいので、まず最初に書かせてください。
厳しいコメントをありがとうございます。本気で老犬ブログに書き込んでくださって感謝です。
>読んでないなんて、不肖のお弟子さんですね。(笑)
先生のブログの2012年2月1日の記事「TwitterとBlog(http://kingz.tea-nifty.com/muzik/2012/02/twitterblog-ac8.html)」がありますが、先生はこの日を境に、ブログを画像置き場、日々の雑感をツィッターに移行したと思っていましたので、
>先生はだいぶ前にブログを辞めておられますよ。現在のブログは、YouTubeの画像を貼る為だけに残しているんじゃなかったかな?
…という表現を取らせていただきました。実際、ツィッターは一日に何本も積極的に書かれますが、ブログは先月から止まってます。ですから『ブログを辞めた』は言い過ぎでした、すみません。『ブログは辞めたも同然の状態です』に訂正させてください。
それと私に対する侮辱の意味合いが込められていると思われる「不肖のお弟子さん」という書き方に関しては、「不肖のお弟子さん」という点は事実ですから、おぷーさんの侮辱を甘んじて受け入れさせていただきます。
と、書くと、まるでおぷーさんにケンカを売っているかのような物言いになってしまいますが、そのつもりはありません。そのように受け取られるようでしたら、平にご勘弁を。
>私が言いたいのは、そういう争い事をブログに書き綴るのが、良いのかどうかって事ですよ。
不肖の弟子ですから(笑)。…それはともかく、何度か書かせていただいてますが、私はこのブログの第一読者である“未来の私”のニーズに基づいて、このブログを書かせていただいてます。ここは全くブレるつもりはありません。
しかし、不思議なもので、こうやって、おぷーさんとのコメントのやりとりをしていると、ドンドン気持ちが高まっていきます。なんか、まるで、キング先生が“人として決して許されないような蛮行”を私にふっかけてきたんじゃないかって気にすらなります。なんか、絶対にキング先生を許してはいけない、いや、むしろ、彼は親の仇ですらあると、勘違いしかねないほど、気持ちが高まっていきます。
そんな事無いのにね(笑)。でも、こうやって、何度も何度も繰り返して書いていく事で、より自分の気持ちがマイナスの方向に向かって伸びていくのを感じます。それをまた別の私が見ていて「おぉ、なんか、おもしろそう」と思っていたりもしてます(不謹慎ですね)
>下品です。
おぉ、来ましたね。私は自分で自分の事を「下品」と言うのは平気なんですが、他人に「下品」と言われると堪えます。私は育ちが悪いので、子どもの頃から、何とかして成り上がってやろうと思って、今まで(今でも)頑張って生きてきた人間です。当然、上流や中流な方々や、知的階級の方々から、散々「下品」だと言われ、蔑みの中で這い上がって来ましたが、やっぱり育ちが卑しいので、どうしても下品な地金が出てしまいます。なので、他人から「下品だ」と言われると「お前は我々とは別世界の人間だ。お前はお前が育った、あの下品な世界に帰れ」と言われているような気がして、せっかく上ってきたハシゴを外されるような気分になります。
おぷーさんが私の育ちについて、いかほども知らず、狙って言った悪意ではないとは分かりますが、結構、こたえました。そういう意味では「ナイス・プレー」です。
>先生とは、別に時間を取って、ちゃんと話し合いを持たれるべきですね。
つまり、キング先生とは、さっさとケンカ別れをしなさいって事ですね。申し訳ないですが、そこまでネットのスズメの皆さんを喜ばせるような事はできません。
話せば和解できる…それは幻想です。話せば訣別する…そういう時だってあるんです。私も先生も本気ですから、互いに譲ることはないです。だから、話せば必ず訣別するんです。それは何度もブログに書いていますが、その上で、話して訣別しろとは、おぷーさんの真意が解せません。
>私、出来ないときには、出来ないってはっきり断りますけど。
私はおぷーさんではありませんから、たとえ無理と分かっていても、先生から頼まれたらやります。いえ、やらせていただきます。それが普通の感覚なのではないでしょうか? 先生から頼まれて「私は忙しいからやりません」とは、そこまでドライにはなれません。
当然、先生だって、無理を承知でお願いするわけですから「アメとムチ」の用意があるわけで、ムチをふりふりアメ玉をしゃぶらせてもらっていた時(と言っても、先生から感謝の言葉をもらうとか、その程度ですが)はよかったのですが、最近はムチだけで、アメが無くなったので、私が爆発した…という部分は否定しません。
パシリで使われていても、先生からたまに感謝の言葉があり、レッスンも他の生徒さん並にしていただけたら、何の問題もなかったんです。それが、感謝も無くなり、態度も厳しくなり、さらにレッスンが薄く短くなる…で、私、爆発って事です。
とまあ、例によって、反論ばかりになって、ケンカ腰になっているような書き方になって、すみません。私は、基本的に、おぷーさんが真剣な思いで書き込みんでくださっている事には、感謝してます。
ネットのブログと自分だけが見る日記帳は、分けた方が良さそうね、ストンさん。
今の所は、キング先生もここで反論もされないようですから、「ブログ炎上」は
ないと思いますが、この姿勢を続けていたら、きっとその内痛い目を見ると
思います。
ネチケット、守ろうね、ストンさん。
七尾さん
あ~、なるほど。そういう疑問を持たれても、不思議ではないです。
ええと、主催者と言うのは、ある意味、便宜上のものです。まあ、それでも主催者である事には間違いがありません。
ガラコンサートは元々、キング先生の発案で、こういう事をしたいので、それを現実化してほしいと言う依頼が私のところに来たわけです。
先生がおっしゃるには、コンサートとか発表会とか、そういう事って、先生自らが動くと言う事は本来はなく、門下会のようなものが、先生の意見を尊重して、率先して動いて主催していくべき事だけれど、キング門下には門下会が無いので、代わりに歌劇団が、門下会代わりに動いてくれないかと言う事だったのです。
なので、私は頼まれた以上、先生のお考えを現実化するために、先生の意見をヒアリングし、それに沿った案を練って先生に提案し、OKが出たところで、出演者を募集し、予算を組んで、会場を押さえ、チラシを作成したり、プログラムを作ったり…と働きました。もちろん、すべての仕事を我々夫婦だけではできませんから、事前の仕事や当日の仕事のための人の手配も考えました。もちろん、その過程で、歌劇団のメンバーには協力してもらったし、先生も動いてくださったけれど、私と妻が中心になって、アレコレ考えて、準備してきた事は事実です。
ですから、会の主体はあくまでも、発案者である先生であり、それを現実化する(=主催者)ところで中心になったのが、歌劇団団長である私なのです。つまり、頭が先生で、手足が私という関係なんです。
これでお分かりになったでしょうか? なので、主催者は私ですが、キング先生はアドヴァイザーではなく、陰の主催者と言うか、黒幕(?)…だったりします。すべては、先生のご希望を叶えるために、働いてきたわけです。
レッスン中に打ち合わせをしたいのは、私ではなく、先生の方なんです。だいたい、私を主催者に任命した理由の一つに、私は毎週先生のレッスンがあるので、そこで打ち合わせをすれば、わざわざ別の時間に打ち合わせをしないで済むので便利だからと、最初の段階ではっきり言われています。なので、ガラコンサートの企画が立ち上がった時から、私のレッスンの時間は、当然、打ち合わせの時間に取って代わられたわけなんです。で、レッスンがドンドン打ち合わせメインになっていったわけです。
で、同時並行で、歌劇団の打ち合わせ(すでに次の企画の話が動いていますし、こちらも半年先には本番がありますし、こっちも会場を押さえたり、なんやらかんやら、たくさん仕事があります)も、私のレッスン時間中に行われるようになり、結果、私のレッスン時間にレッスンなんて、お茶を濁す程度にしか行われなくなりました。
だから、本当は私が主催者でなくても良かったのですが、私が主催者だと、先生が便利なので、主催者に任命されたというだけの話なんです。
そういう事なんですね。
おぷーさん
私はブレませんよ。そういう意味では、頑固者と罵ってくださって結構です。おぷーさんのアドヴァイスの本当の意味も分かりますが、ブログは趣味ですから、私も簡単には折れません(ごめんね)。
>きっとその内痛い目を見ると思います。
かもね。でも、痛い目を恐れていたら、人生は何も前には進みません。
成功も失敗も、出会いも別れも、そして結局、傷つき倒れてすべてを失い、他人が私から離れていったとしても、それも私の人生です。他人に馬鹿にされ、恨まれ、妬まれ、蔑まれ、裏切られる事には、免疫がありますので、ご心配は無用です。
>ネチケット、守ろうね、ストンさん。
私とおぷーさんとでは、ネチケットに代表される、ネットでの行動規範には、だいぶ違いがあるようですね。
現実社会でも、エチケットと言われるものは一つではありません。国が変わり、地域が変わり、グループが変われば、エチケットも変わります。それは、エチケットと言うものが、そこに属する人々に共通する文化によって規定されるからです。
私はおぷーさんから見れば下品な人間です。そして、下品な世界の人間です。下品な人間には下品な人間なりのエチケット(ってか、仁義?)がある事を、ご了解ください。それがたとえ、おぷーさんの考えるエチケットとは違っていたとしても、それは私たちが属する文化が違うからだとご理解ください。
グローバリズム、反対!
すみません、ほんの通りすがりですが、気になったので。
ネチケット云々をおっしゃる方が、相手のお名前を正確に書かないというのは
どうなんでしょうか。
名前を間違えるというのはある意味もっとも失礼だと思うのですが…。
すとんさんの側の方っぽだけからこの成り行きを見ていると本質はつかめないと思うので、レンズを引いて遠くから眺めてみました。
すとんさんとキング先生の関係は、師匠と弟子を通り越してまるで社長と専務秘書、のようですね。それも同族経営の会社の。
うまく機能すれば最強のコンビだと思うけど、いったんまずくなると会社をつぶすこともありますね。
それくらい今のすとんさんとキング先生は難しい関係だと思いました。
歌の師匠なら師匠らしくキチンと指導する、歌の弟子なら弟子の立場を守ってせっせと精進する。そのスッキリした関係が、事業経営体のような関係を結んでしまわれたことが今回の軋轢のはじまりかもしれませんね。
こうしたトラブルごとをブログに公開するのはどうなのか、フェアなのか、というご意見もわかります。私は逆にこうした人間関係の事実が公開されるのは世間の人間関係を客観的に学ぶよい機会を提供していただけたと感謝しています。ここまで文章で公開できる方はそんなにいないです。すとんさんだからこそ。これまで幾度ものさまざまなトラブルを文章で公開してこられて、読者の方はすとんさんに、(あーあ、またやっちゃった・・、ばっかたなあ)、と思いながらも鏡を見るように自分を反映されて親近感を持つのかもしれません。私のように。
いずみさん、いらっしゃいませ。
まあ、オトナゲないので黙っていましたが、私の『すとん』というハンドルは、なぜか時々『ストン』とカタカナ表記されてしまいます。私的には、ひらがな表記にこだわりがあるので、カタカナ表記をされると、ちょっと悲しくなります。でもまあ、悪意がないなら、勘弁しようと…と、いつも思ってますが、正直なところ、ハンドル名をカタカナ表記にされるのは、悲しいですよ。
おぷーさんは、私のハンドル名を、普段は、きちんとひらがな表記をされる方なのに、今回に限り、なぜカタカナ表記にされたのは、私には分かりません。
だりあさん
>まるで社長と専務秘書、のようですね。それも同族経営の会社の。
ああー、なるほど。
まあ、秘書というほど立派なものではありませんが、枠組み的には、そんな感じかもしれません。なんか、色々なものが、腑に落ちました。うむ、そうか、そうか。
>それくらい今のすとんさんとキング先生は難しい関係だと思いました。
そうなんです。だから“話し合い”は、今はするべきじゃないんです。とにかく、冷却期間を置いて、互いに…と言うか、少なくとも“私”が冷静にならないと、次のステップを踏み外してしまいそうで怖いです。
私とキング先生が訣別してしまうと、お互いに不利益が生じるような気がするんですよね。かと言って、今すぐの和解も難しい。あと『可愛さ余って憎さ百万倍』という部分もあって、そういう部分もやっかいだったりするんです。
まあ、今すぐ、いわゆる“事業経営体のような関係”を解消するわけはいきませんが、レッスンを再開する時には、本来の歌の先生と生徒の関係を、互いの重点項目として確認しあえると良いかなって思ってます。
>読者の方はすとんさんに、(あーあ、またやっちゃった・・、ばっかたなあ)、と思いながらも鏡を見るように自分を反映されて親近感を持つのかもしれません。
へへ(照)。まあ、人生は色々あるから楽しいんですよ。たぶん、私は死ぬまで、あれこれガチャガチャした人生を送っていくんだろうと思ってます。『あーあ、またやっちゃった・・、ばっかたなあ』と思って、ワクテカしてくれると、ガチャガチャな人生も無駄じゃないって思えます。
一連の記事をスマホで拝読させていただいていました。スマホではろくなコメントもできないのではらはらドキドキしているだけでした。
すとんさんとの交流はもう6年くらいになるでしょうか。長くお付き合いさせていただいた者として、すとんさん独特の”毒”のある発言にはやはり戦略というか意図があるであろうということを理解しながら読ませていただいています。時にはついていけないこともあるのですが、そのような時はコメントしていません。
今回敢えてコメントさせていただくのは(今ネットカフェでこれを書いています。)、すとんさん同様キング先生のファンでもあるからで、できることならば修復してほしいと願うからです。
私や皆様がコメントしたからと言ってどうにもならないのかもしれませんが、いつか「レッスン復帰しました」の記事がアップされると良いな、と思います。
すとんさんのブログでレッスンの一部始終をことこまかく拝見させていただき、同好の者として参考にさせていただくことが多く感謝していますが、先生との関係が悪くなったらどうなるのか以前から心配でした。もちろんそのようなことを考えていたらブログなんか書けませんが。すとんさんのブログの読者であれば先生の実名はわかってしまうわけです。すとんさんの記事で先生の生徒さんが増えるというような効果もあるし、悪くすれば評判を落とすという可能性もありますよね。もちろんすとんさんは先生の力量を評価されていますのでそういった面でマイナスに働くことはないだろうと思います。
良い意味でも悪い意味でもガラコンサートには注目が集まってしまいますね。私、とても行きたいですもの。関係の悪化した師弟がガラコンサートでどうなのか、すとんさんは本当に声がだめになってしまったのか、ピアノ合わせの問題点(音楽作りの問題点)、ほかの生徒さんの力・・・興味津々です。
やはり一友人としては(あくまで”ネット上の”ですが)、書く内容・表現に気をつけたほうが良い、とは思います。私もすとんさんのブログを老いてからも読ませていただきたいからです。毒のあるネタにはネット上の”うるさい雀さんたち”が群がってきそうですしね。
すとんさんに同調する気はないですが(これもお友達だと思うからです。)、おっしゃりたいことはわかっているつもりです。
やっぱりいくら年下でも先生に対して識者面をしてはいけないと私も思います。内心(こうじゃないの?)と思いながらも、とにかく先生のやり方に従うことが生徒として当然だと私も思います。全然音楽レッスンとは違うのですが、今歯医者さんのことでそう感じています。(矯正歯科ではなく今までも通っていた一般歯科)それも良い治療をしてくれると思うからであって、見るべきところを見てくれなかったら時間を作って通院する意味がなくなってしまいます。その歯医者さんには取り敢えず今後も通院する予定ですが、こっそり別なところに行ってしまいましたよ。歯のクリーニングが目的で。そこで今まで見過ごされてきた虫歯などが明らかになってしまったのですけれど。
私がすとんさんならきっとこっそり別な先生につくでしょう。(もちろん前の先生とも関わりを持ちつつ)・・・というかそうしたこともあります。
複数の先生につく場合、こっそりそうするのが良いのかどうかわかりませんが、今までキング先生べったりだったすとんさんが今後もレッスンに関する記事を書き綴っていかれるならこっそりは難しいですよね。
すとんさんがどの程度の”パシリ”をされていたのかわかりませんが、レッスンの時間はきちんと確保してほしいですね。でもキング先生の事情がわからないので何とも言えません。先生側ならば、やはり音楽レッスンに付随する事柄に”時給(?)”は欲しいかな、と思います。
すとんさんの声楽レッスン、個人もグループも含め、大変うらやましく拝見していましたが、あらためていろいろなこと(歌劇団とか)をしようと思うと、いろいろと難しいんだなあと思い知らされています。とにかく私は発声だけで良いのでレッスンに通いたいですけれど。今は非常に話しにくい矯正装置をつけているのですが、歌うときは発音が楽だったりしてそういう状況も非常に面白いと思って生活しています。
それとおぷーさんのコメントですが、私もおぷーさんと同意見です。でもおぷーさんなら”すとんさん”と書かれるように思いますので、”ストンさん”には驚きました。(別な方のコメントかしら?)と疑問に思ってしまったのも事実です。
新しいPCを購入しましたので、このコメントで不十分な場合はまた後日コメントさせていただきます。
とにかくキング先生と良い意味で和解ができることを心から祈っています。
Ceciliaさん
>すとんさんの記事で先生の生徒さんが増えるというような効果もあるし、悪くすれば評判を落とすという可能性もありますよね。
ですね。先生の評判を落とすのは、私の本意ではありませんし、こんな文章だらけのブログにお付き合いくださる読者の方々の読解力には信頼を置いてますので、ヘマな事はないだろうと思ってますが、念のために書いておきます。
キング先生の オペラ歌手、リード歌手としての力量は素晴らしいものがあります。それはコンサートにお出かけくださると、説明抜きで分かります。また声楽教師としての力量も素晴らしいです。それはガラコンサートに来てくださるとよく分かります。レイトスタートで声楽を始めた大人たちを、あそこまで指導できる方なんて、そうそういるもんじゃないです。それに、今、私と先生はたまたまトラブっていますが、基本的に先生はお優しい方ですよ。
>いつか「レッスン復帰しました」の記事がアップされると良いな、と思います。
無論、そのつもりですが、こればかりは音楽の神様の思し召し次第です。
>良い意味でも悪い意味でもガラコンサートには注目が集まってしまいますね。私、とても行きたいですもの。関係の悪化した師弟がガラコンサートでどうなのか、すとんさんは本当に声がだめになってしまったのか、ピアノ合わせの問題点(音楽作りの問題点)、ほかの生徒さんの力・・・興味津々です。
宣伝のつもりで、ブログ記事を書いているつもりはありませんが、こんな記事がガラコンサートの宣伝になるなら、それはとてもうれしい事です。私たちアマチュアのコンサートは、CDやDVDになって市販されるわけじゃないですからね。会場に足を運んでいただいて、聞いて貰ってナンボって部分はあります。お越しくださっても、ガッカリさせてしまうかもしれませんが、誠心誠意、心を込めて、全力を尽くして、歌いますので、お近くの方、お時間に余裕のある方は、ぜひぜひいらっしゃってください。
>(別な方のコメントかしら?)と疑問に思ってしまったのも事実です。
私もそう思いましたが、いつものおぷーさんからのコメントでした。
「天に唾する」という言葉があります。先生を“天”と持ち上げているわけではないのですが“天”に向かって攻撃をすると、その攻撃が非力なものであっても、必ず自分に戻ってきてダメージを与えるわけです。まさに「天罰を喰らう」って事ですね。私は、天罰を喰らう覚悟はできてます。“表現する”って事は、身を切る事と同じだと思ってます、その場が、こんなつまらないブログなんて場であっても…です。
私は仕事では従順なヒツジさんである分、趣味の領域では頑固一徹で行こうと思ってます。頑なであれば、あっちこっちでぶつかるのも当然です。それも私の人生です。ここをご覧の皆さんは、そんな私を笑ってくだされば本望なんですよ。
ただ、言葉は重ねていくうちに、力を増していきます。私の場合、やむをえず重ねていくわけですが、書けば書くほど、気持ちがマイナスに方向に広がっていく事は確かです。しかし、このコメントの冒頭に書きましたが、たまたま私とトラブっているだけで、キング先生は、素晴らしい歌手&声楽教師である事は確かなんです。
私も、気をしっかり持たないと…。
そうそう、ネットの雀さんたちの事は、気にしていても仕方ないです。彼らの興味は移ろいやすいし、心に留める事も少ないです。いわゆる“ヤジ馬”ですからね。私だって、たまにヤジ馬になる事がありますが、見てきた事なんて、三日も覚えていた試しはありません。でも、見てきた先で、たまに素晴らしいブログ/人と遭遇する事はあります。そういう方とひょんな事でお付き合いが始まったりするわけで、だからヤジ馬は辞められない…と言ったら、本末転倒ですね。でも、そんなモンですよ。雀さんの事は気にしないが一番です。
>とにかくキング先生と良い意味で和解ができることを心から祈っています。
はい、それを何よりも私自身が望んでます。
私達の事を、ネット雀って言うのですか。知りませんでした。
近頃コメントを読むのが、少し怖いです。悪い意味では無く、多分まだ私の病気が、良くなっていないだけ。
すとんさんは強靭な心を持って見えて、多分体が悲鳴を挙げても、まだ大丈夫と考え、前に進まれると思いますが、体は心と違い、本当に正直ですよ。
すみません。他の皆様の様な、凄く良い事は書けません。
私のフルートの先生は、娘の様な先生とブログ上のすとんさん達です。これからもお世話に成ります。
奥様と『本当に男どもは!』とコメントし会いたかったのは、私です。文才が無く、失礼しました。
こんな大変な時に、ごめんなさい。
カスミ草さん、横レスですみません。
スマホからの投稿なので手短に申し上げますが、私が書いたネット上のスズメさんたちはカスミ草さんたちのことではありませんよ。すとんさんもそう思って書かれているはずです。
カスミ草さん
ネット雀と言うのは、ネットスラングの一つで、いわゆる“ヤジ馬”の事を言います。
ネットの中には、面白い掲示板がいくつもあって、その中には、今、言い争いやケンカが起こっているブログを見つけては「今、ここが熱い!」とか報告するサイトがあるんですね。で、そういうところに、報告される事を『さらされる』って言うのですが、そうやって『さらされたブログ』の情報を見つけては「どれどれ、どんな風にモメているのかな?」と好奇心ワクワクで、ブログにやってくる人たちの事を『ネット雀』って言います。
カスミ草さんは、その手のサイトの情報でここにやってきましたか? 別にそうではないでしょ? だから、カスミ草さんは『ネット雀』ではありません。
雀さんたちは、人と人とがモメているのを見るのが楽しいのであって、そのモメ事の原因とか正否とか善悪とかは別にどうでもいいんです。ただただ、人と人がヒートアップしている様が面白くて見に来ているだけなんです。で、そこでケンカしている両名がヒートアップして、感情的にキレたりすると、それを報告するサイトがあって、そこで「○○がついに切れました!」「××の反撃もなかなかイッちゃっているぜ」とか中継を始めたりするわけです。
ここ数日のブログのアクセス数の推移を見ていると、明らかに老犬ブログは“さらされています”。で、雀さんたちがワラワラとやってきてます。
雀さんたちがやってくる事を『恥』だと思う人もいますが、私はむしろ『チャンス』だと思う人です。雀さんたちの大半は、単なる見物人で、そこでの争いごとの本質には何の興味もなく、昨日はアッチで揉め事があると聞いてはアクセスし、今日はこっちで揉め事があると聞いてはアクセスする…という感じですが、その中には、ごくまれに、騒ぎになったブログに興味感心を持つ人だっています。そういう人は、100人に一人とか1000人の一人の割合かもしれないけれど、でも、元は雀さんでも、そこから老犬ブログの熱心な愛読者さんになってくださる方がいらっしゃらないとは限らないでしょ。だから、私は雀さんがやって来る事を歓迎はしませんが、別段イヤだなと思いませんし、これを機会に愛読者さんが増えれば、それはそれでチャンスでうれしいです。
>近頃コメントを読むのが、少し怖いです
そうかもね。ごめんなさい。別にブログはすべてをきちんと読む必要はないですから、話題を選んで読んでみるのも良いし、カスミ草さんは元々フルートに興味をもってブログを読み始めた方でしょうから、しばらくはフルートの話題だけを拾って読んでみるのも良いかもしれませんよ。フルートの話題の方では、そんなにドキマギするような話の展開にはならないから大丈夫です。
>すとんさんは強靭な心を持って見えて、多分体が悲鳴を挙げても、まだ大丈夫と考え、前に進まれると思いますが、体は心と違い、本当に正直ですよ。
強靱な心ですか…だと良いのですが、実はかなり打たれ弱い人なんですよ。特に、心とカラダが強く直結していて、心がガックリ来ていると、かなり体調も悪化する、そういう弱いタイプの人間です。ただ、ブログにはすべてを書くわけじゃないですから、ブログを読んでいる限りは平気そうに見えても、リアルな私はまた別だったりします。ま、それは私に限らず、誰でも大なり小なり、そうですけれどね。
あと、オジサンですから、カラダが参ってしまった時の、自分なりの対応法ってのがあるし、また妻はブログに書き込む事はありませんが、必ずここをチェックをしていますので、私が精神的にダウンしていたりすると、黙って支えてくれるので、それでなんとか持ちこたえているという部分はあります。
>奥様と『本当に男どもは!』とコメントし会いたかったのは、私です。
申し訳ない、妻はここには絶対に書き込みません。お互い、ネット上では、何の接点も持たないようにしているんです。なんでか? ううむ、リアルでは割と一緒の事が多いので、ネットでは別行動するように気をつけている…ってところかな?
Ceciliaさん、横レス、感謝です。助かりました。
すとんさん、C eciliaさん、ありがとうございました。そして、勘違いしてすみませんでした。
もう一度、笛先生の頃からのフルート関係文書だけを、読み返してみます。
はじめまして。ブログを読ませて頂きました。
私も雀さんと呼ばれるのかもしれませんが、いろんな情報を知りたくて
すとんさんのブログにたどり着いた一人です。スミマセン。
私はお芝居を生業にしている者です。
お芝居の世界と声楽とは全く違うのかもしれませんが
書かせてもらおうと思いました。
主役を張るというのは、先生にとってもすとんさんご自身にとっても
一世一代の見せ場だと思うのです。
だからこその強いお言葉なのではないかな?と思いました。
私も初日(本番)が来る3日前くらいから、ダメ出しが増えます。
直前もそうです。舞台に上がるその数分前もダメ出しの声が座長から上がります。
今まで何も言われなかったのに、どうして??と思うより先に
言われたことの意味を知ります。
それは・・・
「私があせっているから。」です。
緊張しすぎていて、今までやってきたことが出来なくなっているからなのです。
すとんさんのブログを読ませていただいて、
キング先生はとても生徒思いで優しい方のように思えました。
だって、何週間も前からいろいろ言ってくださっているのですよ。
出番直前で「お前やめろ」と言われるよりよほど幸せかと思います。
でもね。私は思います。
「この台本は座長が書いたもの。だから、座長の思い・訴え・主張を汲み取るのが
私の役目」だと。
すとんさんが演じられる演目は、先生の意思でも、すとんさんの解釈でもなく
作者である作曲家さんの心を演じるものなのではないでしょうか?
偉そうなことを書いてしまって本当にごめんなさい。
私の言いたかったことは、演じ手の解釈で演じるのではなく、
作曲者や台本作者の意図を汲むことから始まるように思います。
それが私達演じ手の一番のお仕事であり、
役を演じることの幸せでもあると思うのです。
作者の意図を自分なりの解釈で演じてしまっては作品が台無しになってしまう。
だからこそ先生や座長が.いるのではないでしょうか?
畑違いなので、お気にさわったら本当にごめんなさい。
長文失礼致しました。
あっ、忘れてました。
パシリってどんなことをされたのですか?
食べ物買って来いとか、肩もんでとかですか??
ちなみに、場所取り・パンフレット作成・宣伝・チラシ配りetc・・・
それは、自分が参加しているからこそ出来るお仕事であって
団長だからやらされてるとか、やらなければいけないってことでは
決してないと思います。
自分だけでは無理なら、やれる方、出来る方にお手伝いして頂くのも
団長の大きな役割のような気がしますけど。
パシリの意味がわからなくてお尋ねしてごめんなさい。
どんなことをやらされていたのか
詳しく教えていただけますか?
お願いいたします。
カスミ草さん
勘違いは誰にでもある事ですし、ネットスラングなんて、知らなくても当然ですから、あまり気にしないでください。それよりも、誤解がとけてホッとしました。
ちぃさん、いらっしゃいませ。
例え、ウォッチ系の掲示板からやって来たとしても、このブログを読んで、興味をもっていただけた方は、すべて『雀さん』ではなく『愛読者さん』ですので、お気になさらないでください。
ちぃさんの書かれた事は、とても大切な事だと思いました。歌劇団のデビュー公演に向けて、そこに携わる者として、心しておくべき事が書かれていると思いました。ありがとうございました。胆に命じておきます。
さて、ちぃさんのコメントを読んで、現在の老犬ブログの声楽ジャンルで進行している話題は、確かに現状がわかりづらく、色々な事がごっちゃになっていて、誤解(?)されても仕方ないかもなあ…と思いました。
実は現在、二つのプロジェクト(って書くとおおげさですね)が同時に進行しています。一つは、ガラコンサート。もう一つは、歌劇団デビュー公演です。そして、この二つのプロジェクトは、成員がダブっているのが厄介です。しかし、ガラコンサートとデビュー公演は、その公演としての性質は、かなり違います。
で、今回、トラブっているのは、ガラコンサートの方です。
ガラコンサートって、先生から企画の依頼を受けた段階では、歌劇団同様のサークル活動の一種として頼まれたつもりでしたが、それはどうやら私の勘違いで、今思うと、先生の中では、サークル活動ではなく、最初からガラコンサートは、発表会として考えていたんだと思います。
ガラコンサートが、サークル活動なのか、発表会なのか、その違いで、そこに関わる人たちの姿勢というか、経済的な立場や関係が変わってきます。サークル活動であれば、ボランティア精神で行うものでしょうが、発表会ともなると、それは先生の仕事(収入を伴う経済活動)となります。
で、ここから先は、いわゆるお金の話になります。
私は古い日本人なので、お金って汚いものだと思ってます。なので、ブログでお金の話って、したくないんです。パシリうんぬんは、そのお金の部分の話が絡んでいるだなあと察してください。
>すとんさんが演じられる演目は、先生の意思でも、すとんさんの解釈でもなく、作者である作曲家さんの心を演じるものなのではないでしょうか?
ちぃさんは正しいです。でも、歌の世界では、昔から作曲家よりも演奏者の方が偉かったり、偉くなかったりします。それこそ、モーツァルトの時代の昔から、よくモメてます。さらに演奏者と言っても、それが歌手であったり、指揮者であったり、演出家であったりするし、また、時代によって、そのうちの誰が支配的か…なんて変わります。
私がキング先生から習った範囲では、もちろん程度問題はあるけれど、オペラやミュージカルでは、演出家が一番偉く、コンサートでは歌手が一番偉い、のです。で(ガラ)コンサートでは歌手が一番偉いので、歌手が音楽を解釈し、組み立てて、演奏のイニシアチブを作っていきます。
もちろん、私のようなアマチュア歌手の場合は、指導者である先生と二人三脚で音楽を作っていくわけだけれど、今回はその二人三脚ができず、仕方がなく、私と妻とで音楽作りをしてきたわけですが、それを、本番間近になって、先生が変更を要求してきたわけです。
それまで先生と一緒に作り上げてきた音楽なら、本番間近の変更には、ちぃさんのおっしゃるような事も含まれているでしょうし、私もそれなら聞き従います。
しかし、今回、一緒に音楽作りをするでもなく、レッスンと言えば、打ち合わせに終始し、色々な事が遅れに遅れて、数カ月前に終えておかないといけない事を今更言い出し、今やらなければいけない事には、全然手を着けてもらえなかったのです。
そんな状況だったので、自衛手段として、自分たちでセルフプロデュース(なんて、かっこいいものじゃないです)してきたわけで、それについては、先生に公認されてきました。それを今になって、私たち歌手が考えてきて練習して来た事を否定し、先生の意図どおりに歌わせたいのなら、なぜ最初から、手を差しのべてくれなかったんだ!って事なんです。
もちろん、他の門下生さんたちは、最初から先生と二人三脚で音楽作りをしてきたわけです。私たちも以前はそうでしたが、今回に関しては、ずっと“ほったらかし”だったわけで、だったら、最後まで“ほったらかし”にしてくれればいいのに、本番直前になって、帳尻合わせの指導をしてきて、これまでの音楽を壊されるのが、イヤなんです。
実は、今回のガラコンサートで歌う曲も、先生のところに持っていく前に、ある程度仕上げて持っていくわけですが、半年ぐらい前に、一度、「そこはそれではダメ」と言われて、作り直した部分があります。もちろん、半年前の話ですから、そのダメを素直に受け入れましたが、実はこの半年かけても、そこは直したとおりには歌えず、自分たちで仕上げたとおりにしか歌えません。
はっきり言ってしまえば、一つの箇所を修正するのに、半年やそこらでは修正できない程度の実力しか持っていない…って事です。これが私の実力です。
結局、その箇所は、半年頑張りましたが、先日、妻と話し合って、先生の意見を却下して、元の二人で決めた通りに歌うことにしました。半年間の苦労と時間を捨てるのは、ちょっとばかりイヤだし、元のとおり歌えるかどうか、全く自信がありませんが、先生のおっしゃる通りやるよりは、見通しが明るそうなので、仕方がありません。半年前の変更ですら、こんな有様なのに、直前の変更なんて、文字通り『歌えなくなってしまう』だけなんです。そして先生は、そんな私の実力をよく知っているんです。知った上で変更を要求してきたから、私は受け入れられないのです。だって、それって、イケズでしょ。
>キング先生はとても生徒思いで優しい方のように思えました。
そうですよ。今でも、他の生徒さんには優しい方ですし、私にとっても、以前は優しい方でした。ここ半年から一年は、私にとっては、必ずしもそうではなかったってだけの話です。
感情とか人間関係は、当事者以外には分かりませんから、事実だけを単純に切り取ってみると、やはりレッスン時間と打ち合わせ時間について、先生との間で今一度はっきりさせなければいけないのかなと思います。
歌のレッスンというサービスに対して月謝を支払うという経済活動なのですから、支払った額への対価が受け取れていないと顧客が感じているという点に、純粋に問題があると思います。
片方が「先生」で片方が「生徒」という明確な上下関係が、問題を表面的に複雑にしているような気がします。
しかし、上で他の方の「すとんさんが主催で先生がご意見番であるなら、打ち合わせの時間をきちんと取って、その報酬を別の形で支払うなりすべき」というコメントを読んで、なるほど、と思いました。
先生は先生で、自分の時間を割いて色々していることに対して、納得していなかったのでしょうか?
最初にどのような役割分担があったのか分かりませんが、次回はこの辺りをビジネスライクにクリアにしておくと良さそうですね。
偉そうにすみません。私も、お金のことを追求したり、こういうことで主張するのはとっても苦手です。すとんさんや奥様の立場だったら、なかなか言い出せなかくて抱え込んだろうと思います。
また別の方が書いておられるように、私も人間関係について、先生との付き合い方について勉強させていただいている気分です。
距離を置いて、冷却期間を置くという決断は良いと思います。コンサート直前の微妙な時期に、大人らしい冷静な判断だと思います。
すべてが上手く収まることを、心からお祈りしています。
それにしても、すとんさんはやはり精神的に強いですね。私だったら、もうブログを覗く気も起こらずに放置していると思います。がんばってくださいね。
もりさん
ご心配をおかけしてます。
今回、先生とモメて分かった事は、私は結構、先生の事が好きだって事です。そして、私も先生も、かなり我が強いって事です。まあ、先生が私の事をどう思ってくださっているかは、私には分かりませんが、好きだからこそ、あまり近くに寄らない方がうまくいくのかなって気がしました。今までは、ちょっと近くに寄りすぎたのかもしれません。
ヤマアラシのジレンマ … そんな感じ?
>すべてが上手く収まることを、心からお祈りしています。
いやいや、ほんとです。どう収まるかは“神のみぞ知る”ですが、きっと一番良い解決方法を神様は用意されていらっしゃると信じてます。
あと“失敗から学ぶ”事かな? 今回のガラコンサートでは、歌以外の事をいっぱい経験しました。この経験を無駄にせず、人生の次の局面で生かせるようにしたいです。
とにかく、今は本番に向けて、調整、調整(笑)。
こんばんは。突然のコメント申し訳ありません。
私も、フルートを中心としてアマチュアで音楽活動しているため、すとんさんのブログは、毎日楽しみに読ませていただいていました。
また、最近声楽のレッスンに通い始めたため、これもすとんさんのブログで勉強させていただこうとおもった矢先に、このような事態になってしまい、、コメントさせていただくかとても迷いましたが、やはり書かせていただくことにしました。
私も一度、フルートの先生と上手くいかなくなり、辞めざるをえなくなった(私の場合は破門かな。。)の経験があります。その時はかなり落ち込みましたが、その後新しい先生に入門し、結果今は、思い切って良かったかな、という状態になっていると思います。
キング先生はとても素晴らしい先生なのでしょうし、モチロン関係が上手く修復できれば良いと思いますが、あくまで私の場合は、先生を変わることで、新しく進化できたことも事実かなとも思うのです。
ドライなようですが、同じ先生にレッスンを受けていれば、指導方法もマンネリ化しやすい傾向にあると思います。先生を変わることで、別の違った方向からのアドヴァイスを受けることが出来て、その結果、いままでイマイチつかめていなかったことが、すっと理解できてみたり、、が、実際私には多くありました。。
すとんさんの音楽(声楽)生活は、これからも長く続くのでしょうし、すとんさんの今後にとって、ベストな解決ができればいいな、と思いました。。
コメントが的外れなら、大変申し訳ありません。
これからも、老犬ブログを楽しみにしています。
デザリコさん
実は私、若い時に、当時の声楽の先生から破門を喰らった事があります(笑)。まあ、その時の顛末は、いずれブログに書くつもりですが、破門って奴は、なかなか出来ない経験ですよね(しみじみ…)。
先生を変えて学ぶというのは、私の場合、最近のフルートがそうです。笛先生から今のH先生に師事する先生を変えた当初は、色々と戸惑うことも多かったのですが、H先生になって、そろそろ1年、お互い、慣れてきた事もあって、今はいい感じでレッスンを受けています。
先生が変わると、指導ポイントが変わってきます。笛先生には「何があっても音楽を止めない事」を徹底的に仕込まれました。たとえミスがあっても、たとえ追いつけないほどの高速演奏になっちゃったとしても(作曲をしてでも)絶対に音楽を止めない事の大切さを学びました。実際、ライブなどでは、ミスをしたからと言ってもやり直しできないし、吹き直しなんてムリムリだし、バックバンドが高速で演奏始めたら、それに乗っかるしかないわけで…鍛えられました(笑)。
かたやH先生からは、正確に精密に演奏することを求められています。ちょっとでも、音がかすれたら、やり直し。リズムが違っても、やり直し。運指がいいかげんでも、やり直し。スラーやタンギングがいい加減でも、やり直し。すぐに音楽を止めて、できるまで何度でも繰り返します。おかげさまで、楽譜をきちんと読むようになったし、演奏の基礎力がしっかり身に付きつつあります。
声楽は…ずっとキング先生に習ってきました。まだまだキング先生から学ぶ事があると思いますので、師事し続けていきたいと思う一方、そろそろ次の先生に変える頃かなって思わないでもないです。本当は、テノールの発声とレパートリーについてはキング先生から、歌や音楽全般に関しては別の先生から学ぶのも良いかなって思います…が、複数の先生に同時に習うと混乱するという意見もあるし、私もそう思うので、まだ一人の先生にきっちりついて学んだ方が良いかなって気がします。
まあ、いずれにせよ、音楽の神様が、よい方向に導いてくださると信じていますので、それを待つことにします。
>これからも、老犬ブログを楽しみにしています。
こちらこそ、よろしくお願いします。