約一ヶ月ほど前の話になりますが、横浜のみなとみらいホールの小ホールで毎年行われている“気軽にオペラ”シリーズの『ラ・ボエーム』を見てきました。廉価なお値段(全席指定で5000円なら、オペラとしてはかなり安い)で、ドレスコード無しの上、原語上演日本語字幕付きは、なかなかに優秀な上演だと思いました。もちろん、上演内容や歌手さんたちの実力にも大満足でした。
なにゆえ、これほどの廉価な上演が可能になったのかと言えば…、一つにはオーケストラを止めてピアノ伴奏にした事。時代を現代に移し、近隣のアパレル(と言っても、みなとみらいだよ)から衣装の提供を受けている事。合唱団を使わずに、アンダーの若手が必要最低限の合唱を担当した事。ストーリーに不必要な場面や曲を大幅にカットして人員を大幅に削減した事…などが上げられます。
フルサイズのオペラ上演にこだわる人には向きませんが、あっちこっちカットした事で経費節減をめざした上演と言えます…と書くと「なんだー(ガッカリ)」と思う人がいるかもしれませんが、カットは通常のオペラ上演でも普通に行われる事ですし、CDなどの録音でも珍しい事ではありません。オペラ(に限らず、長尺ものの音楽作品)と言うものは、様々な都合によって、通常はカットされたカタチで上演される事が多いのです。で、今回の上演では、通常よりもかなり多めにカットされたカタチで上演された…ってわけですね。それで経費を抑えた…ってわけです。
さらに、オーケストラを止めてピアノ伴奏にした事は、費用的にかなり影響があるでしょう。なにしろ、ピアノならピアニスト一人のギャラで済みますが、オーケストラとなると百人の弦管打楽器奏者のギャラが発生します。これは大きいです。もっとも、オケであってもピアノであっても、指揮者は必要です。指揮者はギャラが高いし、ピアノ伴奏なんだから指揮者は不要…にしても良さそうですが、ボエームの音楽ってかなり複雑で、やはり現場を指揮者に仕切ってもらわないと、アンサンブルがぶち壊れてしまうタイプの音楽だから、ピアノ伴奏なのに指揮者が演奏に加わるのは、仕方がないのでしょう。
大道具を最小限にするのは、日本のオペラ上演の基礎基本ですから、大道具に費用をかけないのは、改めて言うこともないのですが、それでも衣装や小道具って、結構かかるわけです。舞台専用の専門レンタル業者から衣装を借りてくるのが、日本では当たり前のようですが、衣装を専門業者からのレンタルでなく、協賛者から提供してもらえるなら、かなり費用は浮くわけで、アパレルさんたちが上演協力をしてくれるのは、オペラ上演にとってありがたいわけだし、アパレルさんたちの宣伝にも良いわけで、なかなかのWIN-WINな関係だと思いました。実際、私はオペラ終演後に、衣装協力をしたアパレルさんのロゴが気になって、どこにあるのか調べちゃいましたもの。
合唱の問題は大きいです。ボエームの第二幕は合唱団の見せ場であって、大規模な混声合唱と児童合唱、脇役テノール(パルピニョール)の活躍、黙役の軍隊のパレードなど、派手でパリの華やかさを演出する場面ですが、ここがオペラ上演的には費用がかさむわけだけれど、この第二幕のこれらの場面をバッサリとカットして、これらの出番を不要にしてしまったのは、すごいと思いました。確かに、こういうやり方もアリと言えばアリですね。もちろん、第三幕の冒頭部の合唱のシーンもカット。こうやって、合唱の見せ場をカットする事で(合唱好きには残念だけれど)上演にかかわる人数を減らし、廉価な舞台を作ったわけです。、このやり方を思いついた人を、私は尊敬します(マジです)。
だってね、なにしろ合唱って経費がかかるんだよね。人数が多いから、その分ギャラとしての支出が増えるのは、オーケストラと一緒なんだけれど、実は合唱に携わる歌手さんたちのギャラって、案外高いんですよ。上演によっては、ソロを歌う歌手さんたちよりも、合唱を歌う歌手さんたちの方が、ギャラを高めに設定してあったりするんです。これ意外でしょ? でも、割りとよくあるんです。おまけに仕事そのものもソリストよりも合唱の方が数が多いので、実は合唱メインで仕事をやっているプロ歌手さんって、ソリストさんたちよりも仕事としては成り立っているし安定していたりするわけです。まあ、合唱メインで仕事をするのも、なかなかの狭き門ではあるそうですが…。
まあ、今回の上演は、オケや合唱の人員削減で実現した廉価版のボエームでしたが、歌の部分はホンモノなわけで、私はこういうオペラ上演が普及してくるといいなあと思いました。ここ数年継続されている“気軽にオペラ”シリーズですが、色々と大変な事もあるのでしょうが、来年も演目を変更して行って欲しいなあと思います。もちろん、私も見に行きますよ。
最後に苦言をいくつか。たぶん、経費を節約するために、練習回数をかなり少なくしたんじゃないかなって思いました。と言うのも、ピアノと歌の息があまり合っていなかったのです。もちろん、これは歌手たちとピアニストの問題だけではなく、歌手たちと指揮者の問題でもあるわけです。ボエームって、ワーグナー以降の音楽であり、半分ぐらいは現代音楽だから、聞いた以上に複雑な音楽であり、これをバッチリ合わせるためには、それなりのリハーサル時間が必要だと思われるからです。歌手たちは割りとまとまっていたので、歌手たちと、指揮者やピアニストたちの合わせが不十分だったかな…って感じられた事です。とにかく、歌手たちはもっと前へ前へと行きたいのに、ピアノが(って事は指揮が)歌手たちに付いていくのに、やっとこさって感じだったからです。細かな事だけれど、ちょっと残念な部分でもありました。
あと、字幕スーパーが付いていたのは、とても嬉しかったのですが、その翻訳が…字幕の字数制限もあるのだろうけれど、かなり意訳がキツく、ところどころ日本語として“?”な部分があった事です。言語明瞭意味不明な事も多く、読み流してしまう事もできるわけだけれど、なまじ引っかかってしまうと、途端に頭の中に“?”が湧き出るような日本語訳だった事。意訳も過ぎると別物になってしまうからね。そこも残念でした。
でも、残念なのは、そのくらいかな? 後は大満足。私の中では、かなりの高得点な上演だったわけです。
ほんと、来年も実施されるなら、ぜひ行きたいものです。
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コメント
よいオペラをご覧になられましたね。そのシリーズはキャストも一流で、経費的にかなり削減した為、割合安価ですがキャストのレベルは優秀ですから、オケ付き、合唱付きなら最低プラス5000円くらいするかと思います。私も近くに住んでいたら絶対に行きたいと思うのですが、、なかなか。
この価格帯なら市民オペラのレベルですが、しかしキャストは一流ですから、そのお得感たらありません!本当に羨ましい!まして、今回はキャストが途中でカバーキャストさんになったようですが、その方は若手の注目株さんです。見た目、声も申し分なかった筈。本当に羨ましい限り。。。
アデーレさん
>今回はキャストが途中でカバーキャストさんになったようですが、
ムゼッタさんですね。実は2回も変わってます。最初のチケット発売前に予定されていたムゼッタさんは、チケット発売後、しばらくして別の方に代わってしまいました。で、その2番目のムゼッタさんは、公演直前に、これまた別の方に代わり、結局、本番は三番目のムゼッタさんが行いました。でも、三番目の方も、とても代役の代役とは思えないほど立派にムゼッタを演じられていました。
とにかく、アデーレさんがおっしゃるとおり、歌手の皆さんは、実に粒ぞろいで見応えありました。だから、来年も見たいなあ…って思うわけです。