ただ今、ポール・ポッツの半生を映画化した『ワン・チャンス』が全国で公開されています。私も、さっそく見に行きました。で、久しぶりにポール・ポッツについて考えてみました。
2007年にポッツがデビューした時の宣伝文句が「携帯電話ショップの店員からオペラ歌手へ!」で、私もそうだけれど、あの頃は、みんながYouTubeにアップされたブリテンズ・ゴット・タレントの映像を見て、ポール・ポッツに感動したものです。
私も2007年12月4日の記事に「今が旬のテノール、それは…」でポール・ポッツを取り上げているくらいです。それほどに当時は感動しました。
この記事の中で私は
>先程のページの「プロフィール」によれば、まあ、オーディション番組出身とは言え、全くの素人というわけではなさそう。
と書いてます。まあ、その「プロフィール」のページがすでにリンク切れを起こしている(所属レコード会社が変わったから、プロフィールを削除された…のでしょうね)ので、何が書いてあったのか、もう分からないのですが、まったくの素人ではないにせよ、歌好きの道楽者が歌を極めて、オーディション番組で合格してしまった。道楽者の努力はすごいから、まったくの素人とは、ちょっと違うんだろうなあ…という印象を持っていたような気がします。
つまり、ポール・ポッツという人を、私はハイ・アマチュアとして捉えていたのです。歌が好きで好きでたまらなくて、生業(彼の場合は携帯電話の販売員)の傍ら、コツコツと歌の勉強をしてきた人。そんな人が、オーディション番組で優勝してプロになりました。やったね、頑張ったね、努力の人だね…そんなふうに思っていたし、おそらく世界中で思われていたんじゃないかな?
違いますか?
でも『ワン・チャンス』という映画を見て、私の持っているポール・ポッツの印象が、大きく変わってしまいました。彼は純粋なアマチュアではないでしょ?
だって、彼、音楽の専門教育を受けているじゃない? それもイギリス人なのに、しっかりイタリアの音楽学校に留学して、本場できちんとした音楽教育を受けてるじゃない? それもクラス内のオーディションで優秀な成績を収めて、パヴァロッティのマスタークラスの練習生になれているじゃん。
それに地元でもオペラカンパニーでオペラの主演をしているし…。まあ、そのオペラカンパニーは「ギャラが出ない」という話だけれど、日本の(特に地方の)オペラカンパニーだとギャラが出ない、あるいは出ても不足するので結局手弁当とか、現物支給(チケットね)でギャラが払われるとか、似たようなオペラカンパニーがあって、でもそこに出演していれば“プロです”って名乗れたりするわけでしょ?
そんなこんなを考えてみると、彼って、どう考えても、歌好きのハイ・アマチュアではなく、売れない(売れなかった)セミ・プロって事になるわけじゃない? なので私「ポール・ポッツはアマチュアの星だ!」と勝手に持ち上げて、勝手に感動していました。で、今は、勝手にガッカリしています(笑)。
さらにウィキペディアを見てみると、彼は全くしょぼくれた人生を送ってきたわけでもなく、きちんとした大学を卒業した優秀で高学歴な人間であり、7年間も地元の市会議員を勤めた人で、世間的にきちんと認められた人であり、地域の信頼も厚い立派な人間だったわけです。
そりゃあそうだよね、単なる歌好きが、いくら道楽だからと言って、熱心に勉強をしたからと言って、オーディション番組を勝ち抜いたり、プロデビューなんてできるはずないよね。
やはり、専門教育を受けていたり、数年間にわたるオペラカンパニーでの活躍が無ければ、せっかくチャンスをつかんでも、その後の成功はありえないよね。だから、彼がセミ・プロであるのは、ある意味、当たり前なんだし、売れなかった歌手がチャンスをつかんでスターになりましたというサクセスストーリーにケチをつけるつもりは全くないけれど、彼に対して、勝手に幻想をいだいて、勝手に尊敬して、勝手に“自分と同じ側の人間”だと信じていたのに、実際はセミ・プロで“向こう側の人間”だったという事を知って、勝手に失望している、実に自分勝手な私がここにいるわけです。
でも、なんか寂しいんですね。
人間の耳ってのは不思議なもので、彼の事を“アマチュアの星”だと思って聞いていた頃は、彼の歌の素朴な部分も好ましく聞こえましたが、売れないセミ・プロだと思って聞くと、素朴だと思っていた部分が、欠点にしか聞こえなくなりました。アマチュアにしては、驚くほどに上手だけれど、プロとしては、かなり厳しい…そんな感じです。
でもそんなシンデレラ・ボーイの彼ですが、ウィキによれば、2010年のあたりは苦労したようですね。今回の映画だって、元々はパラマウントで製作を予定されていたようですが、2010年に製作中止となり、同年、レコードレーベルとの契約も解除されたそうです。どうりで、スーザン・ボイルは地道に新譜をリリースしているのに、ポール・ポッツは全然だなあと思っていたら、そういうわけだったんですね。
今回の映画がヒットして、新しいレコードレーベルと契約して、新譜が発表できるといいですね。ちなみに、この秋には日本でコンサートをするそうです。
彼の事を知らない人のために、例の有名な画像を貼っておきます。
そうそう、映画「ワン・チャンス」は、なかなか面白い音楽映画でした。まあ、主人公のメンタルの弱さには色々と突っ込みたくなりますが、そこも魅力の一つなんでしょう。苛められっ子のポッツ(本当にポッツは苛められっ子だったの?)が、どういうふうに、成功への階段を昇って行ったのかが、この映画の醍醐味でしょう。結果は誰もが知っているけれど、そこに至るまでの話が面白い…って事でしょうね。お薦めです。
↓拍手の代わりにクリックしていただけたら感謝です。
にほんブログ村
コメント
おもしろい!
何がおもしろいって、今回映画をきっかけにポッツ氏の素性を知った反応が、私とすとんさんではほとんど逆だからです。
大学を優等学位で卒業したとか、議員を務めたとか、ウィキペディアの記述は今回はじめてみました(以前からupされていたんでしょうが)。
それで私の反応は「バカじゃなかったのか! 良かった!」というもの。
映画では相当情けない人物に描かれていましたが、本人はヤリ手なんでしょう。
着実に自分の夢を実現させていった人物だと予想しています。
学内オーディションを通ってパヴァロッティの前で歌うチャンスをつかんだのも「もともとそれなりの実力を持っていたのか」と安心しました。
なぜかと考えてみるに、結局は「えせテノール」と思い聴かなくなったものの、一時は惹かれた歌手だったので、きちんとした教育を受けていたことに安堵したようです。
自らイタリア留学を計画し、金の工面も歌の力で勝ち取り、実行に至らせた行動力に拍手を送りたいと感じました。
なぜか――私は彼を「アマチュアの星」と捉えていないのでしょうね。
それはもっと突っ込んで考えれば、私自身が「ハイ・アマチュア」を目標にしておらず、プロになることに憧れているからでしょう。
音大卒でない人物が自分の稼いだ金で留学を果たし、音楽とは関係ない仕事をしながらプロに成りあがった人生に、自分もそうやって夢を叶えたいと感じている、そんなところだと思いました。
すとんさんの記事をきっかけに自分の本心を垣間見ることができました!
Velvettinoさん
プロねえ…。難しいですねえ…。
ポッツ自身も、クラシックを歌うポピュラー歌手としては、ある程度成功したと思いますが、彼自身、まだプロのオペラ歌手にはなれていないと思うし、ちゃんとした歌劇場からのオファーはなかったと思います。
見る人が見れば、彼はあくまでもポピュラー歌手なんだと思います。ある意味、Velvettinoさんの「えせテノール」という表現にも通じるのかもしれませんが、彼はあくまでも、オペラ歌手に憧れる、ポピュラー歌手なんだと思いますし、おそらく、ポッツはこのまま、オペラ歌手にはなれずじまいで、オペラも歌うポピュラー歌手のままなのではないかと、私は思ってます。
“アマチュア”から“オペラも歌うポピュラー歌手”になれたのなら、大出世ですが、“売れないセミ・プロ”が“オペラも歌うポピュラー歌手”になったのだとしたら、これは出世ではなく“オペラの世界から逃げたした”と言われても仕方ないんじゃないかな? でもまあ、それも人の生きる道ですけれど、夢は無いかもなあ…。
なんて事をツラツラ考えました。それと、マリオ・ランツァとも、どこかでつながりそうだなって思いました。
昨日、アカペラでハモル番組を見ましたが、途中で気持ち悪くなって
チャンネルをかえました。だって、音程が不安定でよく分からなくなるんです。
ポール・ポッツかあ…。スーザン・ボイルとかCDを欲しいとまでは思った事がないのです。でも映画は見てみたいかな。
今度私も、コーラスで壇上に立つ機会があります。(余興ですが)
歌は全国学校音楽コンクールの小学生部門の課題曲になった「ふるさと」です。
久々に大きな声を出して歌ったり、セカンドが二重奏にしてくれたりすると、
本当に楽しいですね。最高音はファなんですが、なかなか上手に出ません。
でも、それも微笑ましく思ってもらえるレベルは幸せですね。
うさぎさん
私も見ました、あの番組。うまいなあ~というグループもあれば、かっこいいなあと思うグループもありましたが、結構汚い音のグループもありましたね。まあ、私はそこまで感受性が高くないので、ヘラヘラ笑いながら見てましたが…力量差があんなに違うグループを一つにまとめて出演させちゃうなんて、あの番組は、音楽番組のふりをしていますが、そうではなくて、やっぱりバラエティ番組なんだなって思いました。真剣になって見たら、負けだなって思いました。
ポール・ポッツの映画は、まあ悪くないですよ。ちょっと主人公がイライラしちゃうタイプの人物になってますので、そこを楽しめむ事ができるかどうかが、あの映画を面白く思えるかどうかの境目じゃないかな? CDの方は…流行りモノですからね。まずはYouTubeあたりで歌を聞いてみて、それらか決めればいいと思います。歌の方も、好き好きがあると思いますからね。
私的には、ポール・ポッツはまあまあ、スーザン・ボイルはバスです。これは善し悪しではなく、好き嫌いの問題ですけれどね。
歌は、聞くのもいいですが、歌ってみるのも楽しいですね。とりわけ、コーラスは一人ではできないので、チャンスがあればドンドンやってみると良いと思いますよ。私もチャンスがあれば、コーラスをやりたいのですが、なかなかチャンスが無くってね…。
興味深く読ませていただきました。
こういう、「素人からしたら超うまいけど、プロとしてはやっていけないよね」レベルの人って大変だなあ、と思いました。
あ、テレビに出なければいいのかも・・・
私にとっての「プロ」の定義は甘いようですね(^^;)
チケット代取って歌っている以上、私にとっては同門の先輩方もプロだったのですが、声楽の先生に、
「でも彼女、会社員もやってるのよ?」と言われたことがあります・・・
あまり関係ない話は置いておいて(笑)、そうそう、ポッツのファーストにランツァが主演して物議をかもした「カルーソー」の映画音楽が入っていたのは、意識的なのか気付かずやったことなのか、意味深長だと思いました。
中学生くらいから我が家でクリスマスのたびにかけるCDに、ランツァはビーン・クロスビーやシナトラに混ざって入っていました。
ひとりクラシカルな発声でグノーのAve Mariaを歌っていますが、不思議と浮いていないのはやはり「まざりっけなしの声楽家」ではないからか・・・。
と言いながら大衆的な好みを持つ私はランツァも好きでした(笑)
個人的にはポールには頑張って欲しいです。甘いきれいな声を持っているんだし。
少なくとも最近バロックものを歌っているイアン・ボストリッジよりはずっとマシな発声だと思います。
すとんさんがお好きだったらごめんなさい(多分オペラ志向で耳の超えたすとんさんだから、お好きではないと思うので書いていますが)。ボストリッジのA母音はまるで日本人のアマチュアのようにすっぽ抜けてしまって、あれはさすがに聴けなかったです。
椎茸さん
プロにもピンキリがあるわけで、世界中にCDを販売するプロ(つまり超一流の歌手って事だ)としては物足りないのは事実だけれど、町の歌の先生程度なら、全然問題ないと思いますよ。
>あ、テレビに出なければいいのかも・・・
ま、そういう事ですよ。露出すればするほど、上手い人たちと比較されるわけですからね。「オラが村のヒーロー」ならともかく、全世界を相手にまわしちゃうと、力不足が露呈しちゃうんですよ。
ま、発声テクニックはともかく、声そのものは、キライじゃないんですよ。
Velvettinoさん
イアン・ボストリッジですか? 彼もまた変わった歌手ですね。彼は本当に音楽の専門教育を受けた事もなければ、特別な音楽活動もせずに、勉強一筋の学究生活で博士号を取得し若手研究者として、マジに活躍していたという人です。ポール・ポッツよりも、ずっとずっと“アマチュアの星”の人だと思います。
彼はポピュラーは歌いませんが、オペラも歌いません。たぶん、歌えないのだと思います。彼が歌うのは、歌曲とオラトリオばかり。あの声であの発声では、オペラには対応できないんだろうと思います。でも、人には、それぞれに向き不向きがあるんだから、それはそれでいいんじゃないかと思ってます。
まあ、録音を聞いても、声があるタイプには思えません。でも、アタマの良さそうな歌い方をしますね。歌曲向きの歌手さんなんだと思います。私とは、ある意味、ま逆なタイプな人なんで、結構聞きますよ。勉強になるもの。人は自分に無いモノを持っている人に憧れるんですよ(笑)。
ちなみに、私もランツァは大好きです。私は、クラシック・クロスオーヴァー系の歌手が好きなんですが、ポッツもランツァも、こちらの世界の歌手だものね、私が気になるはずだわ。
はじめまして。いつも楽しく読ませて頂いています。
イアン・ボストリッジ、オペラに出ていましたよ。
2008年にコヴェント・ガーデンで「ドン・ジョヴァンニ」のドン・オッターヴィオ役をやったのに遭遇しました。線が細くて声が飛んでこず、パッとしないオッターヴィオというのが私の感想でした。私も彼は歌曲の人という印象です。
トッパンホールのサイトにプロフィールが出ていました。今月のリサイタルは完売なんですねぇ。
http://www.toppanhall.com/concert/artist/BOSTRIDGE_Ian.html
あんじぇり~なさん
ボストリッジはコヴェント・ガーデンに出演経験があるのですか、それは一流歌劇場ですね、立派なものですね。それに、ドン・オッターヴィオは確かに彼の声質に合いそうな役ですね。
>線が細くて声が飛んでこず、パッとしないオッターヴィオというのが私の感想でした。
まあ、人にはそれぞれ“適不適”がありますから、何もオペラが得意ではないから、歌手としてはダメという話にはなりません。説得力のある歌曲を歌えるのも、歌手として立派な武器だと思います。また、録音音源が立派であるというのも素晴らしい事だと思います。
私はボストリッジを目標にはしませんが、とても勉強になる歌手さんだと思ってますよ。