今年もメトのアンコール上映で、過去に見逃していたオペラ上演を見てきました。まずは11-12シーズンに行われた、グノー作曲の「ファウスト」を見てきたわけです。キャスト&スタッフは以下のとおりです。
指揮:ヤニック・ネゼ=セガン
演出:デス・マッカナフファウスト:ヨナス・カウフマン(テノール)
メフィストフェレス:ルネ・パーペ(バス)
マルグリット:マリーナ・ポプラフスカヤ(ソプラノ)
ヴァレンティン:ラッセル・ブローン(バリトン)
シーベル:ミシェル・ロズィエ(ソプラノ)
もう12年も前の上演なので、出演者全員、若い若い(笑)。で、当時のトップ歌手たちを集めているので、歌唱に関しても素晴らしいです。
この演出も今流行りの“読み替え演出”で、時代を、最初と最後のファウスト博士の老人時代を20世紀中盤に、若返ったファウスト博士の時代を20世紀初頭に置き換えています。ファウスト博士は原子爆弾の製造に携わった科学者であり、彼は第一次世界大戦期に若返るのです。つまり、ファウスト博士の背景に、戦争とか死とかが常にまとわりつくわけです。
見る前は「ふーん、どうなんだろ?」と思っていましたが、この演出は良いですよ。演出家のマッカナフは、ミュージカルの演出家だそうだけれど、このオペラの古典的な演出と比べて、実に分かりやすく演出していました。
例えば、マルグリットの罪は、古典的な演出では姦通なのですが、この演出では嬰児殺しとなっています。姦通なんて…現代では罪では無いわけで、それじゃあ共感なんてできないのだけれど、嬰児殺しとなれば「そりゃあ大罪だよな」ってなるわけです。
一時が万事、こんな感じで現代人向けに演出しなおされていて、こういう読み替え演出なら大歓迎です。そもそも、21世紀に生きる我々は、このオペラが作曲された19世紀の人々とは、価値観が違うし、風俗も違うわけだから、こういう観客の価値観に寄せた読み替え演出は大歓迎です。
さすがはメトです。
この上演の要は、マルグリットを演じたポプラフスカヤの演技力です。
ポプラフスカヤは、正直、ファウストを魅了した美少女役を演じるのは厳しいなあ…と思っていました。特に第2幕や3幕の美少女時代を演じていても「どう見ても美しく見えない! ミスキャストではないか?」と思っていました。実際、ポプラフスカヤって美人じゃないしね。
ところが、第4幕からは彼女の独壇場です。このオペラは「ファウスト」というタイトルだけれど、この演出での主役は明らかにマルグリットです。圧倒的な存在感です。
今や、オペラ歌手は歌えれば良い、という時代では無いというのが、よく分かる上演です。歌えるのはもちろん、役に必要な容姿と演技力を兼ね備えていないといけないのです。
この上演を見て思ったことは、日本人のオペラ歌手が世界に進出するのは、絶望的に無理だな…って事です。もちろん、人種の壁はありますが、それ以前に、日本の音大では演技の勉強は出来ないでしょ? それ以前に、日本には演劇を学ぶ学校がないでしょ? オペラ歌手になりたかったら、歌はもちろん、演技もきちんと勉強しないとダメだなって思ったわけです。今や、オペラ歌手にも、ストレートプレイに対応できるほどの演技力が必要なのです。
まあ、観客的には日本のオペラ歌手なんて、どーでもいいわけで、素晴らしいものは、こうやって映画でも見られるし、何なら現地に行って生で見てきてもいいわけだしね。だから日本のオペラ歌手がダメでも何でも、良いと言えばいいのです。「オペラ歌手は歌えればいい」という時代は、とっくに終わっているのです。
そんな事も考えてしまうくらいな上演でした。ほんと、オススメです。
問題は、メトの上演って、権利の関係もあるんでしょうね、日本語字幕付きのDVDとして滅多に発売されません。この「ファウスト」のDVDも、発売されているDVDには、日本語字幕はありません。だから、せっかくの名上演であっても、こういうアンコール上映とかで見るしか無いのが、残念無念なのです。
まあ、日本じゃあオペラのDVDなんて売れないのだから、発売されなくても仕方ない…と言えば仕方ないのだよね。
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