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なぜ年寄りは昔を賛美するのか?

 「昔のオペラ歌手は、今聞いても最高! 現在の歌手たちとは比較にならない!」
 「フルトヴェングラーの第九を超えるモノは無い!」
 「マリア・カラスは世界最高のディーヴァである!」

 「はいはい、分かりました」…と力説する人を否定しないで、生暖かい目で優しく見守るように心がけている私です。

 私も年寄りなのですが、そんな私と同年代とかそれ以上の人の中には、やたらと昔を礼賛し持ち上げて賛美する人々がいます。それこそ、私がこの記事の冒頭で書いたような事を真顔で言うんです。

 たぶん、その人にとっては、それは真実なんですよ、きっと。そして、それでその人は幸せなんだろうと思うので、私もあえて反論も否定もしないのです。

 では、なぜ年寄りは昔を賛美するのか? それは当然の話ですが、それがその人にとっては真理であり真実であるからです。だから、昔を賛美するんです。

 時代って、常にアップグレードしているんです。人間の文化は、常に前進し続け、変化変容していくものです。大抵の業界において、技術的な事柄は、時代の要求に答えるように前に向かって変化していきます。

 昔のオペラ歌手…例えば、マリオ・デル・モナコを取り上げましょうか? 彼は不世出のテノール歌手であり、20世紀中盤を代表するドラマティックなテノールであった事は事実です。特に当時は、彼が One & Only な存在であった事は容易に想像されますし、私を含め、彼の歌声が大好きなファンは今でも大勢いることは否定しませんが、彼以降の世代の歌手たちをすべて否定して「モナコ最高! 現在の歌手はみんなダメ」とは、さすがに言えないかな?って思いますよ。もし、そう言っちゃう人は、単純に今の歌手を知らないだけだと思うし、心情的に認められないだけなんだろうと思います。無論、現在活躍している歌手たちは玉石混交だから、モナコの足元に及ばない歌手もザラにいるでしょうが、モナコとは違ったタイプだけれど、モナコと同じか、それ以上の力量の歌手だっているし、いるはずだと信じたいです。そうでなきゃ、オペラ界って衰退している事になってしまうし…ね。

 好きが高じて、推しの音楽家を持ち上げるだけでなく、他の音楽家を罵倒するのは、贔屓の引き倒しだし、老害だと思うのです。

 フルトヴェングラーの第九に関して言えば、演奏うんぬん以前に、録音技術が稚拙すぎて、正直、現在活躍している他の指揮者たちの(CDの)演奏とは比較にならないというのが、私の正直な感想です。

 おそらく「フルトヴェングラー最高」と言っちゃう人の脳内では、何らかの補完作業が行われていて、あのボケた音の演奏が素晴らしく聞こえちゃうんでしょうね。幸せな脳をお持ちなんだと思います。その方には、今のクリアな音質で録音されたCDの演奏がどう聞こえているのか、私は尋ねてみたい気持ちになります。

 マリア・カラスについて言えば、当時は間違いなく“世界最高のディーヴァ”だったと思います。それはさすがに私も否定しません。でも、それはあくまでも“当時”の話であって、現代には通用しないと思ってます。

 カラスは当時は絶世の美女ソプラノでしたが、今は彼女以上に美しいソプラノさんなんて、掃いて捨てるほどいます。彼女の歌唱テクニックは当時としてはずば抜けていたと思いますが、今のプロ歌手さんたちは、彼女レベルの歌唱テクニックを持っている事が前提だったりしているでしょ? 彼女の演技力は、当時は素晴らしかったけれど、今では歌う女優だって、掃いて捨てるほどいます。

 彼女の音楽史的な価値は、彼女が今のソプラノ歌手たちの歌唱スタイルの基礎基本を作り上げた事じゃないかな?って思います。つまり「プロのソプラノ歌手と名乗るなら、最低これくらいは出来ないとね」というボーダーラインを作った事だと思います。

 つまり彼女の価値は、改革者としての価値であり、ファースト・ペンギンとしての価値なんだと思います。だから、そこから半世紀以上たった現在、カラスが最高であっては、むしろマズイし、そんな事を言っている人は、時間が大昔で止まっている人…なんだろうと思います。

 でも、私もそうだけれど、多くの年寄にとって、時間って止まっているんだよね。

 私にとってはポピュラー音楽、特に洋楽に関して言えば、時間が止まってます。私が好きな音楽って、ビートルズから、せいぜいマイケルとかプリンスまでだもの。

 「最高のギタリストは?」と言われれば「エリック・クラプトンでしょ!」と答えるし、「最高のロッグヴォーカリストとは?」と言われりゃあ「ロバート・プラント!」と即答します。「ピアノマンと言って思い浮かぶ人は誰?」と尋ねられれば「ビリー・ジョエル!」って答えるし「最高のデュオは?」との問いには「サイモン&ガーファンクル」って答えちゃいます。

 そう考えると、私も他人のことを言えないよね。私も立派なジジイだし、老害な老人なんだと思います。

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コメント

  1. 如月青 より:

    >時間が止まっている
    我々の親世代の人がよく「昔の歌手は上手かった」と言いますね。
    我々の子供時代のアイドルは、まずルックスで売り出して、歌の訓練はそれから、という人も多かったようで、一応は音大を出た当時の大御所と比べて発声がなってなかった、というのは分かります。
    でもその延長線上で、親が今のアイドルを見ながら同じことを言うと腹が立ちます。歌の傾向が違うとはいえ、平成生まれのアイドルは、デビュー前にかなり訓練を積んでいるので、昭和後期とダンチに違うのが聞き取れないのかな、と。

    マリア・カラスは個人的感覚ではソプラノというよりすごく音域の広いメゾという気がします。合唱で時々アルトにいるのですが、c2(国際表記ではc5)あたりまでは「胸声」で下の響きが強い。が、その上に行くと突如金属的コロラトゥーラになる、という。
    合唱では低音域が強くてハーモニーセンスのある人はアルトに行きがちですが、音大でソロの訓練を積むうちにソプラノに転向する人もいるようです。

    私は特にどの歌手が好き、ということはなく、「この曲は○○がいいかな」という程度ですが、カラスの声はあまり好みではありません。それでもつい聞いてしまうし、聞けば感心するのは、その「大衆性」だと思っています。(個人的には)特に美人でも美声でもないけれど、すごくリアルに「女」を感じさせる、どの役を聞いても臨場感がある。日本で言うと(ジャンルは違うけど)美空ひばりかな、などと。

    年配の方々が懐かしむのは、彼女の能力より、オペラが大衆を引き付けるイキオイがあった時代のスターだったからではないか、と思うのです。

  2. すとん より:

    如月青さん

     如月さんのおっしゃるとおり、アイドルの歌唱に関しては、今と昔は雲泥の差があります。今の子たちは、ほんと、上手だと思いますよ。それは訓練の有無もあるけれど、世代の差もあるかな?って思います。今の時代、普通の子だって歌が上手だもの。我々の時代は、ほんとに歌えない人(特に男子に多い)がたくさんいたからね。

    >年配の方々が懐かしむのは、彼女の能力より、オペラが大衆を引き付けるイキオイがあった時代のスターだったからではないか、と思うのです。

     それはハズレではないと思います。私の知り合いで、すでに鬼籍に入られたお姉さまがいたのですが、その方は、ほんと~~にカラスが好きで、カラス好きからオペラが好きになり、そこからドミンゴ推しになった方だったのです。私がドミンゴ大好きなのも、そのお姉さまの影響が多大にあると思われます。

    >日本で言うと(ジャンルは違うけど)美空ひばりかな、などと。

     これ、私もよくお姉さまに言ったのだけれど「カラスとひばりを一緒にするな!」とよく怒られました。でも、声の質も歌の仕草もよく似ていて、共通点がある2人だなあと、今でも思います。

    >マリア・カラスは個人的感覚ではソプラノというよりすごく音域の広いメゾという気がします。

     カラスの最後の録音は、メゾ役のカルメンですからね。たぶん、カラスの基本の声は強いソプラノ~メゾあたりだったのだろうと、私も思います。でも、歌唱技術がすごいので、若い時はそれで何でも歌っていたのだと思われます。でも、結局無理をしすぎて、晩年は声を壊しちゃったわけだし…。なにしろ、デビュー当時は、愛の妙薬のアディーナと、イゾルデを同時に歌った事もあるとか? そういう意味では、ほんと、無茶をする人だったし、それを要求する時代だったんだなあと思います。

     実は私もカラスの声は好みではありません。だって重たいんだもの。でも、あの重たい声は、あの時代が求めた声なんだと思います。本人はドニゼッティを歌いたがっていたようだけれど、やっぱりあの声で歌われる、ヴェルディやプッチーニは絶品だと思いますよ。

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