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イタリア古典歌曲を、もっと学びたい!

 最近は、歌曲と言えば、専らトスティを。それ以外にもオペラアリアをガシガシ歌っている私です。イタリア古典歌曲の楽譜を、とんと開かなくなりました。

 私、イタリア古典歌曲って、好きなんだよね。

 声楽を学ぶ順番として、イタリア古典歌曲って、割と初歩の段階で集中的に学びます。別にこれらの音楽が音楽的に簡単であるとか、初心者用であるとかではなく、単純に(移調しているので)音域が歌い手の音域に合わせやすい事と、古い時代の音楽なので、和声やリズムが混みいっていない事などがあり、学習者が声に意識を集中して学べるので、初歩の段階で学ぶだけです。

 別に、イタリア古典歌曲を中・上級者が学んではいけないという理屈はないし、音楽的にも優れた曲が多くて、プロのコンサートなどでも、割と歌われることも多いしね。

 私、イタリア古典歌曲をもっともっと学びたいのです。私のレパートリーの中にイタリア古典歌曲が占める割合は低いです。私、歌えるイタリア古典歌曲って、そんなに多くないのですよ。

 私が今までに学習してきた曲は「私が習ってきた歌」というウェブページにまとめてありますが、2016年夏の段階で、わずか20曲です。「なんだ、20曲も歌えるんじゃん」 いやい、たったの20曲なんですって。

 イタリア古典歌曲って、全音版で楽譜4冊なのです。どの曲も美しくて、捨て曲なんてありえない。もちろん、いくら美しくても声に合わない曲もあるでしょう。それらを除外しても、私が歌える曲なんて、山のようにあるわけです。なにしろ、音域に関しては、移調譜がたくさんあるわけだから、考慮する必要はなく、声に合っている調性で歌えばいいわけでしょ?

 ああ、歌いたい歌いたい歌いたい、イタリア古典歌曲を歌いたい。

 返す返すも残念なのは、先ほどのウェブページを見ても分かるとおり、本来、イタリア古典歌曲をがっちり学ぶ初心者の時期に、これらの曲をきちんと学んでこなかった事が悔やまれます。

 初心者の頃は、レッスンの回数はそれなりに多かったけれど、一曲をじっくり学ぶスタイルだったために、学んだ曲数が少なかったし、歌曲もイタリア古典歌曲をちょっとやったら、すぐにトスティやその他の作曲家の作品に取り組んじゃって、イタリア古典歌曲をじっくり学ぶチャンスがなかったんだよなあ。

 「グチグチ言ったって、時間は戻らないし、だったら、今からでもイタリア古典歌曲を学べばいいじゃん!」

 まさに正解。その通りなのですが…時間は有限だし、残り人生をカウントダウンしている最中なので、優先順位を常に考えていかないといけないのです。

 イタリア古典歌曲は歌いたいし学びたい。でも、他の歌曲だって歌いたいし、アリアだって取り組みたい。イタリア古典歌曲以外の歌に取り組めるほどの余裕が無かった頃ならともかく、今はイタリア古典歌曲以外の歌も手を伸ばして学んでいく時期なんだと思うと…いくら好きでも、イタリア古典歌曲を選んで学ぶ機会が少なくならざるを得ません。

 たぶん、今の私は、トスティの歌曲を中心に学んでいく段階だと思うのです。歌曲を歌うなら、優先順位的には、イタリア古典歌曲よりもトスティでしょ? そうやって、後回しになってしまうと、なかなかイタリア古典歌曲を学んでいる時間がないのです。

 自宅練習の時に、時間が余ったら、少しずつ個人的にイタリア古典歌曲に取り組んでいこうと、だいぶ前から思っているのですが、自宅練習の時間が余る事なんて、ちっともないのです。

 イタリア古典歌曲以外にも、歌いたい歌なんて、たっぷり山のようにあるもの。

 それでもやっぱり、イタリア古典歌曲を歌いたいし、学びたいのです。ああ、時間が欲しい、若さが欲しい。人生の残り時間をうんと伸ばして欲しい。

 結局、私がイタリア古典歌曲を学びたくても学ぶチャンスがなかなか無いのは、時間がないから…って事ですね。ああ、時間が欲しい。たっぷり欲しい。

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コメント

  1. ドロシー より:

    すとんさん、こんにちは。
    先生によって考え方も違うと思いますが、個人的には年に1回はイタリア古典歌曲、モーツァルトのアリアに戻った方が良いと思います。
    それにしてもイタリア古典歌曲が終わったら、よくベッリーニなどのオペラ作曲家が書いた歌曲も歌いますが、習作っぽくて作曲者さんもオペラアリアより手抜きしている感じがしますね。それよりはイタリア古典歌曲の方が作品として優れているような感じがします。

  2. mee より:

    すとんさん、こんにちは。
    イタリア歌曲をフルートで演奏することがありますが、美しい曲だなぁ~[E:#x1F49B]と、いつも思います。
    ところで、金魚さんの壁紙、いいですね!
    私は金魚好きなので、金魚の雑貨やシャツなどついつい集まってしまいます。
    以前、山口県柳井の金魚まつりの”金魚ちょうちん”も、ついつい喜んで買ってしまいました[E:pisces]しかも大と小(*^-^)

  3. tetsu より:

    こんばんは。

    こちらもイタリア古典歌曲大好きです。
    手元にある松本美和子他のCDを繰り返し聴いた時期があります。
    ラッシャとかカロ・ミオ・ベンはフルートで吹いたことはありますが、全くうけませんでした。

    > 残り人生をカウントダウンしている最中なので、

    こちらもその時期であることは間違いないのですが、未だにあれもこれもで収束する見込みが全くありません。

    http://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/tsuredure/turedure150_199/turedure155.htm
    人皆死ある事を知りて、待つことしかも急ならざるに、覚えずして来る。沖の干潟遥かなれども、磯より潮の満つるが如し。

    失礼しました。

  4. すとん より:

    ドロシーさん

     おっしゃるとおり、年に一回は、イタリア古典歌曲とかモーツァルトのアリアに戻るのが良いと思いますし、同じような事をY先生もおっしゃいます。

    >よくベッリーニなどのオペラ作曲家が書いた歌曲も歌いますが、習作っぽくて作曲者さんもオペラアリアより手抜きしている感じがしますね。

     私もそう思う時があります。やはり、イタリアの作曲家さんは、オペラ命なんでしょうね。 でもオペラは大作ですし、上演の機会も恵まれませんから、後の大作曲家であっても、若手でまだ売れていない時期は、どこでも歌える小規模な歌を作って、名刺代わりに上演して、顔と名前を売っていたのではないかと思います。

    >それよりはイタリア古典歌曲の方が作品として優れているような感じがします。

     ほんと、イタリア古典歌曲には素晴らしい曲がたくさんあると思います。初学者が真っ先に習う曲ですから、つい軽く見られがちですが、ほんと、音楽的にも素晴らしい曲がたくさんあります。だからこそ、ちまちまとイタリア古典歌曲も勉強したいのです。

  5. すとん より:

    meeさん

     イタリア古典歌曲はメロディが美しい曲が多いので、フルート吹いても、楽しいですよね。

     毎年8月になると、このブログは金魚になるんですよ(笑)。今年はうっかりして、金魚にするのが、ちょっと遅れてしまいましたけれども…。金魚って、ほんと、かわいいです。

    >山口県柳井の金魚まつり

     知らなかったので、さっそくググりました。金魚すくいはもちろん、金魚の提灯とか、金魚のねぷたとかあるんですね。すごい規模の金魚祭りですね。ううむ、近かったら、絶対に行っているな、私。さすがに、山口県のお祭りだと、こちらからではなかなか参加できません。

     でも、こんな金魚の祭りがあるなんて、なんか、うれしくなりました。

  6. アデーレ より:

    そうか、そうなんだ〜、
    皆さん、イタリア古典歌曲好きなんだ。私はにがてかも、、。だって、意外としちめんどくさい曲ばかりなんだもの。。スラースラーといかないてしょ?トスティみたく。ん?意味わかるかな?
    なんか、上手く歌うにはまとまりにくい曲というかな、、。
    悩ましい題が多いし(笑)死にたい、とか愛しいなんかとか、とか(笑)ケセラセラの私にはちと、重いね、。そう、初心者やるには難しいよ、やっぱ。トスティ、楽譜、シンプル、歌いやすい、しかし、簡単めで勉強にならんのかね(笑)

  7. すとん より:

    tetsuさん

    >ラッシャとかカロ・ミオ・ベンはフルートで吹いたことはありますが、全くうけませんでした。

     メロディーは美しいのですが、一般的には無名な曲ばかりですから、知名度の点で喜ばれなかったのかもしれませんね。おそらく、お客が求めているものとは違ったのでしょうね。有名な曲を演奏して欲しかったのかもしれませんし、もっとアクロバティックなフルート演奏を期待されていたのかもしれない…まああくまでも想像しているだけなんですが。

    >未だにあれもこれもで収束する見込みが全くありません。

     つい先日、フルートのH先生から「人はいつまでも生きていられるわけじゃないんだよ。必ず老いるし、最後は死んでしまうのだよ。でも人は、自分が死ぬなんて想像しないからね。でも、それじゃあダメなんだよ」と説教されたばかりです(汗)。

  8. すとん より:

    アデーレさん

    >だって、意外としちめんどくさい曲ばかりなんだもの。。スラースラーといかないてしょ?トスティみたく。ん?意味わかるかな?

     とてもよく分かります。しちめんどうくさいから勉強になるんだと思いますよ。

     イタリア古典歌曲は、やっぱり古典な音楽で、バロックの時代のオペラアリアなんですよね。一方、トスティは20世紀の音楽で、歌曲でありながらも、カンツォーネ的な部分もあり、ポピュラー音楽のハシリのような部分はあります。

     我々の生きている現代に近いのは、当然トスティの作品なわけで、一方、イタリア古典歌曲は、あまりに古い音楽です。我々の現代的な感覚に近いのは、やっぱりトスティですから、トスティの方が身近に感じられても当然です。

     私は現代的な音楽も好きですが、古典も好きです。イタリア古典歌曲はもちろんですが、昨今は、イギリス古典歌曲(イングリッシュ・マドリガーレ)にも、ちょぼちょぽ手を出しています。ジョン・ダウランドが一番好きかも。

  9. tetsu より:

    度々で失礼します。

    > 知名度の点で

    かみさんが伴奏している合唱団の内輪の発表会で吹きました。
    準備は楽、とテキトーに考えた甘さがバレた感じです。言語の母音・子音の表現ができないと、フルートで歌曲を吹くことはこちらの能力ではとてもできません。

    > 人はいつまでも生きていられるわけじゃないんだよ。

    こちらは最近は個人レッスンは通っていなくてアマオケの練習だけです。今まで何人もの方のフルートの個人レッスンを受けましたが、こんな生死にかかわる話をしをしたことはありません。レッスンでここまでの話ができるというのは、信じられないくらいすごいです。いい先生につかれているとおもいます。

  10. すとん より:

    tetsuさん

     あ、なるほど。歌に厳しい人たちの前でイタリア古典歌曲をフルートで演奏されたわけですね。それじゃあ、生半可な出来では許してもらえない…かもしれませんね。

    >今まで何人もの方のフルートの個人レッスンを受けましたが、こんな生死にかかわる話をしをしたことはありません。

     H先生とは、重い話題から軽い話題まで、結構話をします。私が…と言うよりも、おそらくはH先生の人間性の良さが、私のような生徒にも、フランクに本音で色々と話してくださっているんだと思います。フルートも習ってますが、合わせて、人生も習っている…のかもしれません。

  11. mee より:

    H先生。
    私はすとんさんの先生に魅力を感じます。
    「会ってみたい方の一人」になりました。
    自分に正直に、媚びる事無く、音楽を大切に、それに関わる事も大切にしていらっしゃる方だと感じます。
    (ただし、すとんさんのフィルターを通して見る先生ですが…)

    自分の門戸を叩いて教えを乞う者に対して、相手が「本当に望んでいる」とわかれば門を開いてくださる。
    それだけご自分が関わる音楽を大事にしていらっしゃるのですね。
    私もできるだけ(;´∀`)そういう生き方がしたいものです。

    表現はその人そのものですから「積み重ねた経験の引き出しが多いほど魅力はあるもの」と思います。

    >フルートも習ってますが、合わせて、人生も習っている…のかもしれません。

    おっしゃるとおりだと思います。
    先生は「その人のための音楽の深いところまで教えていらっしゃる」と思いました。
    素晴らしい先生ですね。
    妹殿の成長も期待していますよ♪

  12. すとん より:

    meeさん

     H先生は、残りの自分の人生で何が出来るか…というのを考えられたんだそうです。そこで出た結論が「一生懸命に教える」という事なんだったそうです。もちろん、演奏活動だってやっているし、音楽家として、あれこれあれこれの仕事をやっているわけですが、それでも残りの人生での最優先事項が「教えること」なんだそうです。

     教える対象は、もちろん、プロとして活躍しているお弟子さんはもちろん、我々のようなアマチュアの生徒さんもそうだし、たとえ自分の直接の生徒でなくてもフルートに関わる人や、フルートを吹かなくても自分を慕ってくれる人たち、それらの人々みんなを、一生懸命に、今まで自分が得てきたもの、知ったことなどを、その人に合わせて、余すことなく教えていく事にしたんだそうです。

     私は老年に入りたての、ジイさん初心者ですから、フルートと合わせて、ジイさん初心者としての心構えのような事も含めて、教えてくださっているんだと思います。

     そういう意味で、H先生はフルートのみならず、人生の師匠であるわけです。そして、それはとてもありがたい事なのです。私のような年齢になると、人を教えることはあっても、人に教わる事はほとんどありませんからね。そんな人にも、道を照らしてくださる先生には、ほんと感謝しています。

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