9月になりました。例年のように東劇で“メト・ライブビューイング”のアンコール上映をしていますので、見てきました。今回見てきたのは、2012-13シーズンの、ワーグナー作曲「パルジファル」です。スタッフとキャストは以下の通りです。
指揮:ダニエレ・ガッティ
演出:フランソワ・ジラール
パルジファル:ヨナス・カウフマン(テノール)
グルネマンツ:ルネ・パーペ(バス)
アンフォルタス王:ペーター・マッティ(バリトン)
クンドリ:カタリーナ・ライマン(ソプラノ)
クリングゾル:エフゲニー・ニキティン(バスバリトン)
オーケストラは三管編成で、キャストは合唱を含めて200名超という、大規模な上演でした。おまけに上演時間は5時間半を軽く超えていましたし、まさに大作!でございました。朝早くに映画館に入ったのに、映画館から出てきたら、もう夕方でしたもの(汗)。普通の映画の感覚なら「三本連続で見てきた!」って感覚ですね。
パルジファル、正直、難しいオペラですね。作品そのものの内容も難しいですが、上演の良し悪しの評価も難しいです。言えることは今回の上演は、あんまりメトっぽくない上演ですね。おそらく、ヨーロッパのどこかの歌劇場が始めたプロダクションを、メトに持ってきた感じですし、幕間のインタビューでも指揮者が「五年目の最後の上演をメトでやる」みたいな事を言ってたので、おそらく他劇場の引っ越し公演なのではないかと思います。だって、あまりにあれこれ難解なんですもの。
いわゆる読み替え演出なのですが、おそらくパルジファルの場合、オリジナル通りの演出で行っても、分かりづらい内容なので、読み替えにしたからと言って、分かりやすくなるとか楽しめるようになるかと言うと、かなり疑問です。おそらく、演出が何であれ、難解なオペラだと思います。
と言うのも、すごくすごくザックリと言っちゃうと、このオペラは「修道院の分派騒動を隠れ蓑にした、ワーグナー風の受難曲」なんだよね。つまり「死と再生の物語」なのよ。そりゃあ、分かんないよ。
おそらく、わざと分からないようにワーグナー自身が作っていると思うんだよね。こんな題材のオペラ、分かりやすくしたら、絶対に教会を敵に回しかねないから…。キリスト教会は怖いからね。少しでも神様を批判するような恐れのある内容のオペラ(それもあからさまに)なんて…そりゃあ、今でも上演は難しいけれど、ワーグナーの時代なら、絶対にダメだよね。明らかに無理って内容です。そりゃあ、あっちこっち幻惑的な作りにするしかないよね。
なので私は、そもそも理解されることを拒むように作曲されているオペラなんだから、途中から、オペラを理解して楽しむ事を放棄しました。つまり「こりゃ分からん」と匙投げちゃったわけです。
じゃあ、ダメな上演なのかと言うと、そうでもなくて、むしろ私は楽しめましたよ。何を楽しめたのかと言えば「カウフマンの歌声を浴びるほど堪能できた」って事です。とにかく、テノールのカウフマンが絶好調で、彼の歌声をこんなに聞けて、ほんと、幸せでした。なので、彼が歌い出すと、もうワクワクが止まりませんよ。特に、第2幕なんて、テノールとソプラノの二重唱が延々と続くわけで、ほんともう、それだけでしびれちゃうのよ。
で、その反動で、バスのパーペが歌い出すと、夢の世界に行かざるを得なくて…いやあ、パーペは上手い歌手なんだけれど、バスの声って、ほら、地味だからね。
歌唱面では、ソリストも合唱も、ほぼ満点ですね。すごいです。これだけ歌える人を揃えるのも大変だよねえ。演出面は…もう分かりません。最初は「安っぽいSF設定だな」とか思いましたが、オペラが進むにつれて、いやもうSF設定なんてどうでも良くなって…正直、頭がバグりました。特に第二幕なんて、血の池地獄+針山地獄の舞台に、大量の貞子を投入しちゃっているわけで、もうそれだけで恐ろしくてトラウマものの演出でした(私は貞子が大の苦手なのです)。ありゃあ、日本人にはキッツい演出だよなあ…。実際、かなりスプラッターな演出だし…。血まみれよ、貞子たちが血まみれ。もうほんと、悪趣味。
でも、オペラが終わって幕が降りると、不思議な充実感と言うか「たっぷりオペラを見ちゃった」って感じになりました。なんだかんだ言っても、ワーグナーはすごいんだよって思わざるを得ませんでした。
結論から言えば、そもそもパルジファルというオペラそのものが、見る人を選ぶオペラなのに、演出面でも観客への歩み寄りなんて微塵もないわけで、作曲家も演出家も理解される事を拒んで作っているとしか思えないわけで、こんなもの、見るのは物好きだけ…というのが、今回の私の感想です。まあ、カウフマンの声を楽しむのが目的なら、良い上演だと思いますよ。
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コメント
こんばんは。
こちらは未だにパルシファル通して聴いたことがありません。
一時期、二期会オペラに通っていましたが、コロナは相変わらず、その他いろいろで二期会のパルシファルは行けませんでした。
http://www.nikikai.net/lineup/parsifal2022/index.html
オペラは席に座ってしまえばメチャ楽しめますが、そんな機会が難しいです。
https://news.yahoo.co.jp/articles/4a9cd7420c60fd44d5ead6d78f98848bae77f98c
面白いのは、オペラのテノールにはこういう”覚醒”を体験する役が結構多いんです。《愛の妙薬》のネモリーノ、《魔笛》のタミーノ……。”男の子”が、愛を知って”男”として成長する。それがワーグナーにもちゃんと受け継がれているのですね
テノールってそうだったんですかねえ?
失礼しました。
tetsuさん
承認待ちだったようで、反応が遅れてごめんなさい。承認が必要なコメントと、そうでないコメントがあるようなのですが、何をどうすると承認が必要だったり不必要だったりが分かりません。ご迷惑をおかけして申し訳ないです。
さて、テノールと覚醒の件ですが…オペラのテノールが演じる役って、だいたい設定年齢が若いんです。10代からせいぜい20代前半までかな? いわゆる少年~青年の役がほとんどです。パルジファルだって、第一幕の愚者として登場するシーンでは、たぶん10代前半の設定だと思います。今風に言うなら、中学生ぐらいです。そりゃあ愚者でしょう(笑)。救世主として登場する最終幕でも、おそらく20歳前後の設定だと思いますよ。つまり、大学生ぐらいです。なので、覚醒というよりも、成長でしょうね。
ジジイなテノールが演じるので、役の年齢が分かりづらいのですが、落ち着いて見ていれば、ストーリーの流れやセリフの端々から、その役のだいたいの設定年齢が分かるってもんです。テノールが演じる役は、少年や青年が大半なのです。後は…思慮の浅い脳筋とか、知恵遅れ気味の若者とか…そんな人生の深味に欠けるよう役ばかりです。だいたい、テノールの声って、聞きようによっては、軽薄にしか聞こえないからねえ…。