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メトのライブビューイングで「蝶々夫人」を見てきた

 さて、今日はLFJの連載はちょっとお休みして、メトのライブビューイングで「蝶々夫人%を見てきた話を書きたいと思います。で、今回の「蝶々夫人」ですが、これは賛否が大きく分かれる上演だと思いました。

 まずは基本データから。

カレル・マーク・シション(指揮)
アンソニー・ミンゲラ(演出)
クリスティーヌ・オポライス(蝶々夫人:ソプラノ)
ロベルト・アラーニャ(ピンカートン:テノール)
ドゥウェイン・クロフト(シャープレス:バリトン)
マリア・ジフチャック(スズキ:メゾソプラノ)

 で、賛否の件ですが…私は“絶賛”致します。いやあ、素晴らしかったですよ。私は、不覚にも第2幕と第3幕は、涙流しっぱなしで感動しながら見ていましたから。オペラ…と言うよりも、演劇として、実に素晴らしい舞台だったと思います。

 主演のオポライスは、今時珍しい“歌よし、容姿よし、演技よし”の三拍子揃ったソプラノで、その彼女が、今一番気合を入れているのが、この蝶々夫人ですから、そりゃあ悪いはずがないです。彼女によって、蝶々さんの悲しい人生が演じられるのです。これは感動しないはずがありません。

 そして演技の点で言うならば、普通は子役が演じる蝶々さんの息子を、この上演では、文楽人形にヒントを得たという実物大の人形によって演じられます。この人形は、三人の人形遣いたち(黒子です)によって、実に達者な演技をしていきます。蝶々さんの息子は、普通は第二幕の登場シーンと、蝶々さんの自決シーンに、ちょっと顔を出すだけですが、今回の舞台では、第二幕で登場してから、ずっと舞台にいて芝居をし続けます。そりゃあ、そうだよね。まだ小さな幼児だもの、母親のそばにいるのが普通だものね。この人形の息子と母親である蝶々さんの言葉にならない演技が、また感動的なのです。そして、息子との関係を通じて、蝶々さんの女性としての悲しみ、妻としての悲しみに、母としての悲しみが加わって、物語の悲劇性が強く印象づけられるわけです。これが感動しないわけないじゃないですか。

 それに、アラーニャ演じるピンカートンが、クズでもなければ、馬鹿でもない、ただの若者であって、その若さゆえの純粋さが、悪意もなく、蝶々さんを悲海に突き落としていくのです。誰が悪いわけでもなく、若さゆえの盲目さが一人の女性の命を奪っていくのです。つまり、誰かの悪意の末の悲劇ではなく、運命にもてあそばれての悲劇なのです。そういう、やり場のない悲しみって、見る人の心の奥底に沈殿してくるでしょ。それが後からずっしりと来るわけですよ。

 さらに舞台美術が、とても美しくて、象徴的なのです。美しいって、悲しいでしょ。なんかもう、ほんと、いたたまれないくらいに感動してしまいました。

 だから私は、この「蝶々夫人」を絶賛するのですが…受け入れられない人には、全く受け入れられないようなのです。

 と言うのも「蝶々夫人」の舞台は、19世紀の日本の長崎なのですが、舞台で繰り広げられる世界は、全然19世紀の長崎ではないのです。いや、それ以前に、何やら大きく間違った日本が舞台になっているのです。登場人物たちが着ている和服が奇妙なのです。日本髪を模しているカツラが奇妙なのです。大道具も小道具も、すべてが奇妙奇天烈なのです。人によっては「日本を馬鹿にされた!」と思うくらいに、見方によっては、コミカルな世界になっています。

 さらに、蝶々さんの息子の人形が、気味悪い造形と受け取られかねません。

 文楽人形をヒントにしたそうだけれど、人形そのものは、文楽人形ではなく、むしろ球体関節人形に近い造形です。妙に生きた人間に似た造形だけれど、明らかに人形だし、おまけに目玉は入っていません。漆黒で空虚な穴が空いているだけなのです。その人形が、生きた人間のように動くのです。ですから、人形の息子を見るだけで、嫌悪感が湧いてしまい、そこで拒否してしまう人がいても不思議ありません。

 また蝶々さんの性格付けも、人によっては受け付けないかもしれません。私は“悲しい運命に全力で耐えていく女性”に思えましたが、これも見る人によっては“単なるメンヘラ女”“空気が読めない痛い人”に見えるかもしれません。そう見えたら、気持ちは冷えてしまうでしょうね。

 賛否両論…と言うか、実に個性の強い上演でした。私は大変気に入りましたが、でも万人ウケする上演ではないとも思いました。

 メトのオペラって、基本的に“万人受け”を狙っていくのですが、今回のは、そういう路線ではありませんでした。「メトもやるじゃん」って私は思いましたが…メトのラインナップ的には…異端児的な存在なのかな? でも、最近のメトは現代的な演出もたくさん取り入れていますから、これはこれでアリだし、個人的にはこの路線で突っ走って欲しいなあって思うわけです。

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