フルトヴェングラーとは、20世紀前半に活躍したドイツの指揮者であり、ベートーヴェンから始まるドイツロマン派の音楽を得意とした指揮者です。日本にも多くのファンがいて、戦前~戦後に活躍したモノラルLP時代の音楽家にも関わらず、未だに復刻されたCDが現役盤として発売されているし、彼に関する著作も書店でたくさん見かけます。
私も彼の演奏を録音したCDは複数枚所持しています。当然、かの有名な『バイロイトの第九』も持っているし、時折クリックしては聞き返します(iTunesに入れているので“クリック”ね)。聞き返すたびに「すげえなー」とは思いますが、じゃあ、これが第九のベストな録音かと言えば「それは違う」と思うし「第九を一枚だけ選びなさい」と言われたら、絶対にこの演奏は選ばないと思う。
つまり、私にとっては、フルトヴェングラーは、すごい指揮者だけれど、あくまでも One of them な指揮者であって、世の中で持ち上げているような、唯一無二の指揮者には思えません。
でもね~、そんな事を書くと、おそらくパソコンやスマホの画面の向こうでギリギリしている方々が大勢いらっしゃる…ような気がします。
フルトヴェングラーこそがナンバーワン指揮者であり、時代を超えた存在であり、昔も今も光り輝く音楽家である…と信じている人が大勢いる事を、私は知っていますし、そんな方々の前で「フルトヴェングラー? 悪くないけれどサ~」なんて言うものなら、粛清されかねません。
で、今回は粛清覚悟で、あえてこのネタに手を突っ込んでいるわけなんです。
フルトヴェングラーって、そんなにすごい指揮者なの? とりあえず音源を聞いてみましょうか? YouTubeに、バイロイトの第九が落ちていたので、貼ってみました。1時間15分ほどありますので、聞く時は覚悟を決めてから聞いてみてください(笑)。
さて、私はフルトヴェングラーについて語りますが、その際、フルトヴェングラーのクラシック音楽界における、歴史的な重要性とかは、あえて無視しています(実はその部分については認めていますよ)。21世紀の今を生きる、現役の音楽ファンである私個人から見た、フルトヴェングラーの演奏のすごさについて考えてみたいのです。
まず、私にとって、フルトヴェングラーは過去の人です。歴史上の人物です。録音は聞きますが、生演奏を聞くわけにはいかない演奏家です。また、その録音も、昔のモノラル録音であって、現代人の耳で聞けば、音質的には問題外だし、その演奏スタイルも、あざといほどにおおげさで、なにやら時代がかった古めかしいモノでしかありません。オーケストラの演奏技術も今とはちょっと比較になりませんし、代表盤の多くがライブ録音という事もあって、その演奏や録音のあっちこっちに瑕疵があります。
つまり、客観的に考えるならば『わざわざ聞く価値はない』とも言えます。実際、純粋にクラシック音楽を楽しみたいのならば、最近の指揮者による演奏の方が全然良い、と言えるでしょう。とにかく、フルトヴェングラーは音が悪くて、演奏だって古くてアクが強いんです。
同じ年代に活躍した指揮者なのに、ワルターは録音状態の良い音源がたくさん残されていますし、演奏のスタイルも今の時代に通じるモノがあり、若者にも気軽に薦められる指揮者ですが、フルトヴェングラーは、薦めるのにちょっと勇気がいる指揮者です。いっそトスカニーニのように、彼らと同時代に活躍したにも関わらず、復刻盤の入手が難しくて、今の若い人が間違って手に取ることがないような指揮者ならともかく、フルトヴェングラーのCDは、普通に購入出来るだけに厄介なんです。
クラシック初心者の若者が、うっかりフルトヴェングラーのCDを手にして、それでクラシック音楽を嫌いになったら…ちょっと嫌だな…って思うわけです。
ですから「フルトヴェングラーは、傾聴すべき指揮者なのか?」と尋ねられたら「蓼食う虫も好き好き…と言いますからね。お好きな方には“傾聴すべき指揮者の一人”でしょうが、一般的な価値観で言えば“有名な、昔の指揮者の一人”です。別に無理に聞かなくても平気だよ」と答えます(ごめんなさい)。
と、いう私なのですが、それでもたまに(年に1度あるかどうか)だけれど、フルトヴェングラーの演奏を聞きたくなって聞きます。この感覚は何なんでしょうね?
彼の演奏って、そのスタイルがあまりに古すぎて、それを引き継いでいる現役の指揮者って…たぶんいないんじゃないかな? あえて言えば、少し前に死んじゃった、カルロス・クライバーが近いタイプかもしれません。そういう意味では、フルトヴェングラーって、天上天下唯我独尊な指揮者である事は間違いないし、今となっては、オンリーワンな音楽家なんだと思います。でなければ、こんな古い録音、店頭にCDが並んでいるわけないしね。
たぶん、私、フルトヴェングラーの演奏スタイルが好きなんだと思う。あの、いかにもやり過ぎた感のある、今の指揮者コンクールならば予選すら通過しないような恣意的な演奏が好きなんだと思う。だって、ある意味、フルトヴェングラーって無茶苦茶な演奏するでしょ? あの、ぶっ壊れた感覚が、私の心の琴線に響くのかもしれません。
まあ、作曲家よりも演奏家の方が偉いんだ!…と思って演奏しているのは、間違いないと思うし、楽譜は不十分で不完全だから、それを俺様が補って、より良い音楽に昇華させてみせるぜぇ!って思ってそう…。そういう考え方、私は決して嫌いじゃないですよ。ただ、そういう音楽の楽しみ方は、マニアのそれなんだよね。
そういう意味では、フルトヴェングラーの演奏って、マニア向けの演奏であって、一般の音楽ファンとか、教養として音楽を嗜む人には向かないし、ましてや教育現場ではありえない音楽家なんだと思います。
今となっては“枠に収まりきれない音楽家”って事なんだと思います。
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コメント
こんばんは。
> 代表盤の多くがライブ録音という事もあって、その演奏や録音のあっちこっちに瑕疵があります。
瑕疵を無くそうとしたのがカラヤンでしょう。録音技術もすごいし、ベートーヴェンのVn協奏曲冒頭のティンパニ4発のところで、60発前後叩かせてベストの4発を選んだとか、きいたことがあります。
>彼の演奏って、そのスタイルがあまりに古すぎて、
ははは。
アマオケでの「運命」の一番最初の練習では第1楽章のコーダの手前で必ずrit.がかかります。そのくらい刷り込まれています。譜面には何の表示記号もないのですが。
クラヲタの感想ですが、作曲された初演も含めて当時の演奏がどのようであったかと疑問におもったときに、フルトヴェングラーを聴くきっかけの一つになるとおもいます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%8C%B2%E9%9F%B3
エジソンの録音が初めてできたのは1877年、1889年ブラームスはエジソンの依頼により、自曲「ハンガリー舞曲第一番」を自ら演奏して録音した。これは史上初のレコーディングとされている、らしいです。
容易にyoutubeやCDで聴くことのできる演奏を並べてみました。こんな整理ができるのも面白いです。
指揮者
アルトゥーロ・トスカニーニ(1867 – 1957)
ヴィレム・メンゲルベルク(1871 – 1951)
カール・アドルフ・シューリヒト(1880 – 1967)
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(1886 – 1954)
演奏家
レオポルト・アウアー(1845 – 1930)
セルゲイ・ヴァシリエヴィチ・ラフマニノフ(1873 – 1943)
マルグリット・ロン(1874 – 1966)
フリッツ・クライスラー(1875 – 1962)
パブロ・カザルス(1876 – 1973)
アルフレッド・ドニ・コルトー(1877 – 1962)
ジャック・ティボー(1880 – 1953)
ジョルジェ・エネスク(1881 – 1955)
マルセル・モイーズ(1889 – 1984)
指揮者ではこの世代の前はきいたことがありません。
演奏家のほうでは一部業界の神様が並んでいます。音源が残っていることもきっかけのひとつかもしれません。(全く根拠はありません。)
フルトヴェングラーの同時代にトスカニーニやシューリヒトも現役でした。
ここまで書いていてポルタメントたっぷりのメンゲルベルクも大好きだったりします。
ポルタメントがいつからなくなってしまったのかも知りません。
ところで以前から流行の「古楽」って何なんでしょう?
失礼しました。
tetsuさん
まあ、私もフルトヴェングラーが嫌いじゃない事から分かるように、19世紀スタイルと言うのかな、おおげさでロマンチックな演奏って、大好きだったりします。私はオーディオ野郎ではありませんが、だからと言って、音質なんてどうでもいいとは言いません。やはり、素晴らしい演奏は美しい音で聞きたいですもの。だから、録音が素晴らしいとされる演奏は、それだけで価値ありって思う人です。
エンリコ・カルーソーという20世紀の初頭に活躍した歌手がいます。とても素晴らしい歌唱なのですが、なにしろ機械吹き込みのSPの時代の人ですから、その録音をいくらCDに復刻しても、まともに聞けるモンじゃなかったのですが、2000年に、パソコンを使って、録音の中から、彼の声だけを取り出して、クリアリングして、その他の音をすべて消して、それに現代のオーケストラによる伴奏をミックスしたCDを作ったんですよ。100年前の録音を、最新技術で現在の録音水準にまで引き上げた画期的なCDなんですが、これが実に素晴らしいんですよ。
なので、フルトヴェングラーを始めとする、これらの時代の名演奏家の録音も、なんらかの方法を使って、現在の録音水準並の音質になったら、すごくすごく素晴らしいと思うんですが…だれかやらないかな?
>ところで以前から流行の「古楽」って何なんでしょう?
原則的には、ルネサンスやバロックの時代の音楽を、当時の楽器(あるいは、レプリカ楽器)を使って、当時の演奏法(と思われるやり方)で演奏したものを言います。ただし、本当にそのように演奏されていたのかは、誰にも分からないので、一種のファンタジーでもあります。
また、取り上げる音楽も、バロック時代までではなく、古典派やロマン派初期まで広げる演奏家もいます。その際は、さすがに“古楽”ではなく“ピリオド奏法”という言い方をしますが、手法的には全く同じです。
一般的には、テンポが速くて、ノリも軽くて、切れの良い演奏ってイメージかな? フルトヴェングラーに代表される19世紀スタイルとは、真逆のスタイルの演奏です。有名どころだと、ブリュッヘンとか、ピノックとか、ホグウッドとか、ノリントンとか、アーノンクールがあげられますが、現代の有名な演奏家でも、案外、ピリオド奏法の方はいらっしゃいますよ。
ベートーヴェンの第九と言うと、私は、ジョン・エリオット・ガーディナーやサイモン・ラトルの演奏が好きなのですが、これ、どちらもピリオド奏法による演奏なんですよね(笑)。どうやら私は、こういうスタイルも大好きみたいです。