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すとんが薦める初心者向けオペラ その4「カルメン」

 さて、本日私が薦める初心者向けのオペラは、ビゼー作曲の「カルメン」です。このオペラは、昨日まで薦めたオペラとは違いフランスものです。さらに言うと、オペラ本編は未完成だったりする作品です。でも、それでいいんです。

 「オペラ本編は未完成? ダメじゃん??」と思ったら、それこそダメです。おそらく、これは天の配剤で未完成のまま完成してしまった作品なんだと思います。

 通常のオペラは、大雑把に言えば、アリアとレチタティーヴォから成り立っています。アリアというのは、美しい旋律を持った歌の事(いわゆる“聞かせどころ)”です。ただし、アリアは美しい音楽なんですが、このアリアが歌われている間は、劇中の時間は止まっている事になっています。つまり、アリアが歌われている間は、劇はその場に立ち止まったまま前に進まないんです。

 一方、オペラには、レチタティーヴォと呼ばれる部分があり、これはストーリーを進めるためのセリフに音楽を載せたものです。元がセリフだし、劇を進行させるのが目的なので、音楽的にはあまり美しくありません。美しくはありませんが、一応音楽なので、単なるセリフよりも暗記は容易だろうし、セリフの訛りも隠せますし、歌手って歌うのは得意でもセリフ劇は苦手だったりするので、レチタティーヴォって必要なんだろうと思います。

 まあ、そんなわけで、アリアとレチタティーヴォ。この二つが揃っているのが「カルメン」が作曲された当時の、オペラの完成された姿なんです。

 ところが「カルメン」では、作曲家のビゼーは、レチタティーヴォ部分を作曲していないのです。だから「カルメン」には、ストーリーを進めるためのセリフは、セリフのままだったのです。初演当時の「カルメン」は、アリアとアリアの間をセリフでつないで、劇を進行させるというやり方で上演されました。これには、このオペラを初演した劇場の都合があったらしいのです。実は初演は、小さな劇場で上演されたそうなんです。

 もしかしたらビゼー的には、この初演のバージョンは、パイロット版を披露したぐらいに考えていたのかもしれません。

 その初演後、今度はきちんとしたオペラ劇場から「カルメン」の上演の依頼を受けたビゼーは「カルメン」をきちんとしたオペラとして完成させるべく、アリア部分に若干の手直しを加え、オーケストラ部分を大劇場にふさわしく重厚に書き直し、セリフだった箇所をきちんとレチタティーヴォとして作曲しようとした試みたところで、死んでしまったのです。享年36歳。若すぎる死でした。

 だから、ビゼーが作曲した「カルメン」は、きちんとしたオペラの体裁を調えておらず、レチタティーヴォが無く、音楽の響き的にも軽いままの、未完成なオペラだったのです。

 もちろん、そんな未完成のままでは大劇場では上演できないので、ビゼー亡き後、別の作曲家(ギロー)がレチタティーヴォ部分を作曲し、大劇場での上演にふさわしくオーケストラのパートを部分的に書きなおしました。ようやくオペラ「カルメン」の完成です。
 その後は、ギローによって加筆修正されたバージョンが「カルメン」の正式完成バージョンとして使用されました。

 さらに言うと「カルメン」はフランス語で書かれたオペラなのですが、世界のオペラ劇場で歌っている歌手って、イタリア語やドイツ語は得意でも、フランス語は苦手という人が、ほんのすこし前までは多くいました。そして観客の方も、オペラ好きな人はイタリア語やドイツ語なら、なんとかなっても、フランス語歌唱だと、かなり厳しいという人も大勢いたのでしょうね。なにしろ、今と違って字幕設備のない時代です。

 ですから、世界中の歌劇場で、ギロー版の「カルメン」にイタリア語やドイツ語の歌詞で歌うという事が多かったそうです。少なくとも1970年代に入るまでは、そのような形で「カルメン」は上演されました。(なので、古い音源にはちょっと気をつけた方が良いです)。

 ところが1970年代に入ってから「カルメン」の見直しが始まり、ビゼーが書いたオリジナルの「カルメン」に戻そうという動きが起こりました。その結果、今ではビゼーが書いた、ある意味未完成だったバージョンを、完成品として扱う事になりました。

 これが良かったのです。だってそうでしょ? 当時はいざ知らず、現代の感覚だと、レチタティーヴォって、ウザいもの。現在上演される「カルメン」では、メロディアスなアリアとアリアの間を、セリフがサクッとつないで上演するものが多くなりました。

 また従来型のギロー版を使うにしても、一部のレチタティーヴォをセリフに置き換えたり、オリジナルとギロー版の中間ぐらいのバージョンで上演する劇場も増えました。だから、最近の「カルメン」は、劇の進行が速いんです。おまけに、セリフだとレチタティーヴォと違って、文字数が多いので、ストーリーも丁寧に説明できます。

 これってどういう事かと言えば「カルメン」はオペラとしては、形式的に未完成だったのかもしれないけれど、それが功を奏し、現代的な視点で見直すと、あたかもミュージカルのような形式で上演可能だという事なんです。だって、そうでしょ? ミュージカルにレチタティーヴォなんて(普通は)ないもの! それに音楽だって軽快で軽いし、ダンサブルだし。

 なので昨今の「カルメン」には、ウザいレチタティーヴォはありません。重厚な響きはありませんが、踊れる曲が満載です。その上さらに素晴らしい事に、ビゼーが「カルメン」に書いた音楽は、すべてが美しくて、本当に捨て曲がないんです。それに、何語で歌われていようと、字幕で楽しむ日本の我々にはフランス語はハンデになりません。なので、まるでミュージカルを楽しむように、オペラ「カルメン」を楽しむ事ができるのです。

 さて「カルメン」の物語は…少々現実離れはしていますが、まあありえない話ではありません。何しろ、原作はきちんとした小説ですからね。内容的には…“悲恋もの”と言うべきか“寝取られ男の恨み節”と言うべきか“真面目人間の転落”と言うべきか…とにかく、それなりに面白いストーリーとなっています。

 ごく簡単に説明します。

 冴えない伍長だったドン・ホセ(おそらく非モテ)は、ひょんな事からタバコ工場で騒ぎを起こしたカルメンを逮捕しますが、彼女に誘惑されて心を奪われてしまい、彼女の逃亡を手助けしてしまいます。責任を取って営倉に入れられたにも関わらず、カルメンの事を忘れられないホセは、営倉から出るや否や、その足でカルメンに会いに行きます。その場で、ちょっとした事件(上官とのいさかい)が起こり、それをきっかけにホセは、故郷を捨て、仕事を捨て、婚約者を捨てて、カルメンの後を追い、カルメンが属する盗賊団の一味として生きていきます。

 しかしホセには盗賊団としての才能はありませんでした。さらにカルメンという女は、そんなに純粋な女じゃありません。カルメンは冴えないホセを捨てて、闘牛士のエスカミリョに乗り換えます。カルメンに捨てられたホセは、盗賊団にいられなくなり、故郷からホセを迎えにきた田舎の許嫁であるミカエラと共に、一度は故郷に帰ります。

 しかしカルメンの事を忘れらないホセは、捨てられた怒りを胸に抱き、故郷を飛び出して、カルメンに会いに行きます。そして、エスカミリュのところに駆けつけようとしているカルメンと出会い、言い争った挙句、カルメンを刺し殺してしまいます。

 ああ、救いがないストーリーだなあ。ほんと、ホセって、しょうもないなあって思います。でも、これで見限ってはいけません。ストーリーはしょうもないのですが、そこに付随している音楽は、実に素晴らしいのです。まあ、正直な話、このオペラの場合、ストーリーは気にしなくてもいいと思います…と言うか、気になりません。だって、ひたすらビゼーの美しい音楽に身を委ねれば、それでいいんです。

 このオペラ、初心者向けのオペラとして推薦しますが、ストーリーよりも音楽を愛する人向けと言えるかもしれません。

 お薦めするディスクは…高いし、期間限定発売なので、すぐに廃盤になってしまうだろうけれど、ガランチャがカルメンを演じたこのディスクを薦めます。

 ガランチャのカルメンが素晴らしいです。実に役に没入していまず。古い映像で見るオペラ歌手って、ほとんど演技らしい演技をしないんですね。おそらく、歌の勉強はしていても、演技力を磨くチャンスがあまりなかったんだろうと思うし、舞台の上でも歌に集中して演技どころのさわぎじゃなかったんだろうなあと思います。

 でも、21世紀の現在では、それでは通用しませんよ。やはり、オペラ歌手と言えども、きちんと演技できないと…ね。少なくとも、私は演技もできる歌手が好きですから、ガランチャをお薦めします。

 そんなガランチャのカルメンの画像を貼っておきます。これはカルメンの登場シーンです。これを見ると、ガランチャの演じるカルメンという女がどんな女なのか、よく分かります。なかなかの演技力&歌唱力だと思いますよ。

 どうでしょうか? 悪くないでしょ。

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コメント

  1. おぷー より:

    映画版、ジュリア・ミゲネスのカルメン、ドミ様のも良いですし、
    音楽は、クライバーが振っているの、いいですよ。
    貼っておきます。
    http://youtu.be/SaypJ4kmYCE

  2. すとん より:

    おぷーさん

     リンクで貼られているのは、オブラスツォワのカルメンですね。オブラスツォワは私の好きなメゾの一人で、特にカヴァレリアは大好きです。おぷーさんの貼られた画像は、クライバーが指揮をしているものだし、テノールはドミンゴだし、好きな方も多い「カルメン」だと思います。

    ミゲネスの「カルメン」は、映画版で、実は私も大好きなカルメンで、本当は、こちらをお薦めしようかとも迷っていたほどです。ミゲネスではなくガランチャのカルメンを薦めた理由は…ガランチャは現役バリバリのこれから売り出すメゾだからです。若い人は応援しないといけませんからね…という単純な理由ですが、ミゲネスのカルメンは確かに絶品だなあって思います。

  3. おぷー より:

    クライバーのこのメゾ、音痴なのか時々とんでもない音外しをしますね。
    ドミ様とクライバーだけがマルなんです。

    ミゲネス、女優としても行けるし、実際オペラ歌手としても
    風変わりな人なので好きです。

  4. すとん より:

    おぷーさん

     でも、この、オブラスツォワのカルメン、日本では人気あるんですよ。たぶん、今一番ディスクで売れているのは、このカルメンじゃないかな? 私は、オブラスツォワはいいメゾだと思いますが、カルメンは合わないと思ってます。

    >音痴なのか時々とんでもない音外しをしますね。

     それを言われると、なんとも言い訳できません(汗)。

  5. tetsu より:

    こんばんは。

    先日NHKの「らららクラシック」でカルメンが紹介されていました。ハバネラの成立の経緯をめぐって2人の女性をとりあげていました。このあたりの話は初めてで、面白かったです。

    1つは、wikiにもある件。

    現行版のハバネラは初演のカルメンを演じたセレスティーヌ・ガッリ=マリー(Célestine Galli-Marié, 1840年 – 1905年)の要請で急遽書かれたものである。彼女が一番の見せ場にしてはあまりに淡白なビゼーの原曲に難色を示したためである。結局、ビゼーは13回もの書き直しを余儀なくされた。しかし慣れないビゼーは急場の仕事と相俟って、ガッリ=マリーが勧めるままにキューバの作曲家「セバスティアン・イラディエル(Sebastian Yradier, 1809年 – 1865年)の “El Arreglito”をキューバの曲と知らぬまま流用してしまった。

    もう1つはビゼーがなぜこの曲を知っていたか、ということでTVよりこちらのほうが詳しいです。
    http://www1.tcat.ne.jp/eden/MM/bizet_haba2.htm

    カルメンの初演は失敗、というのも意識したことがなく、初めて知りました。ただ、wikiでは

    ビゼーは、「カルメン」の初演失敗の後、失意のうちに没した、と言われることがあるが、そうではなく、少なくとも、「カルメン」がこれまでの自分の作品の中では一番のヒット作となるであろうという予兆は生前の間に感じていたのではないか、と考えることもできる。

    ともあって真偽は不明ですが、いろいろと面白いです。

  6. すとん より:

    tetsuさん

     まあ、盗作うんぬんは褒められた話ではありませんが、オペラ界とか声楽界だと結構聞く話です。大体、音楽の父、バッハの声楽曲ですから、多くのオリジナル曲が見つかってしまうご時世ですし、近々ではバーンスタインの諸作品にもオリジナル曲があるとかないとか騒ぎになっております。

     それとビゼーの時代のオペラ界の風習って奴もあるわけで、オペラなんて基本的に消耗品だったわけだし、作曲家よりもプリマドンナの方が大きな力を持っていたわけだし、「私はこの曲をどうしても歌いたいのよ」と歌手に言われれば、逆らえなかったのかもしれません。

     今の価値感覚で当時の事を推し量るのは、良いことではないと思ってますが…それでもあの名曲がビゼーのオリジナルではなかったと知るのは、かなり残念な事です。

    >ビゼーは、「カルメン」の初演失敗の後、失意のうちに没した、

     よく聞く話ですが、当時のビゼーはまだまだ駆け出しの作曲家ですからね。初演に辿りつけただけでも、嬉しかったんじゃないかな。それにオペラ座からのオファーは、彼の生前に受注したとも聞いてます。ならば、彼の失意は、初演の失敗ではなく、オペラ座というメジャーどころからの注文に応じきれずに死にゆく自分の命への失意じゃないかな? もっと長く生きて、きちんと仕事をなし終えて、その成功を見届けたかったんじゃないかしら?

     ま、そのあたり、本当のところはどうなんでしょうね。

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