何の話かと言うと、合唱を歌う時の心構えの話です。
群れ…と言っても、狼の群れとか、そういう勇ましい群れと言うよりも、イワシとかシマウマとかの、自衛のために群れている群れ…を想像する方がワタシ的にはしっくりきます。
なぜ彼らは群れるのか? それは「捕食されないため」です。
合唱でなぜ大人数が必要なのかと…と言えば「声量を確保するため」であり、単独で歌うと、ホールや観客に捕食されてしまうためです(分かるかな?)。だから合唱団は人数が必要だし、一人ひとりの歌い手を守るために、結果として“群れ”になるわけです。
合唱団が群れであるならば、合唱団員は群れの一員です。群れの構成メンバーである以上、群れの掟は守らないといけません。
群れの掟 1)目立ってはいけない
2)群れから離れてはいけない
3)単独行動をしてはいけない
4)群れのリーダーの指示には絶対服従
これが守れないと、掟をやぶったモノは捕食され、群れ全体も危険にさらされます。合唱て言えば、歌や音楽が壊れてしまいますし、壊した本人は悪目立ちします。
まあ、実際のイワシやシマウマの群れでは、それほど単独行動とかリーダーの指示に従えないというのは、ヤバい行動です。
合唱で、これに相当するのが「不必要なくらいデカい声で歌うこと」「その合唱団に似つかわしくない声で歌うこと」でしょう。
合唱だって歌なんだから観客に歌が聞こえなければダメ…これは真実です。そのために合唱団は人数がいるわけです。一人ひとりは非力で声量が少なくとも、大勢揃って力を合わせて歌えば、独唱者にも匹敵する音量で歌えるわけです。だから逆説的に言えば、合唱では一人ひとりの音量は小さい…という前提があります。その小さい声を集めて、合唱の声を作るわけです。
そこにもし、独唱者のようなデカい声が混じっていたら、どうなるでしょうか? 答えは火を見るより明らかで、確実に合唱が壊れるし、音楽が破壊されます。指揮者はそれを防ごうと、なんとか声のデカい団員の声量を抑えようとするでしょうが、それが難しければ、開き直って、壊れたままの音楽を奏でるしかないのです。
またその中に、その合唱団が持っている音色とは、全く異質の、似つかわしくない声の人が混じっていたら、どうなるでしょうか? その人さえいなければ、美しくなるはずのハーモニーが、その人の声があるだけで、濁って汚くなってしまいます。ほんのちょっとの異分子を混ぜるだけで、全体が台無しになってしまうわけです。指揮者は、それを少しでも防ごうと、その人に歌わせないとか、声を落としてもらうとかの対策を施そうとするでしょうが、歌い手がその指示に従わなければ、汚い音楽を奏でるしかないのです。
実は今から30年ほど前、私は合唱をやっていましたが、今考えると、ちっとも群れの一員としてふるまえず、結果的に合唱団をやめざるをえませんでした。当時は、そのことが、とても悲しかったけれど、今思えば、なるべくしてなったわけで、ある意味当然の事でした。
私の声は、全く合唱向きではないからです。声量は大きいし、声は遠鳴りでよく通っちゃうので、全然合唱の声ではないからです。おまけに当時は「小さい声で歌っている君たちこそ、もっと大きな声で歌うべきだ!」とか思って(思い上がって?)いたわけです。
大きな声は合唱では不要です。必要なのは、その合唱団で求められる声量(あるいはそれ以下の声量)で歌える声です。「過ぎたるは及ばざるが如し」なのが、合唱における声量なんだと思います。
強くてカッコいい声は不要です。必要なのは、周囲の声に馴染む、柔らかくて丸い声です。それに、それがその合唱団が求める音色があれば、完璧です。目立つ声は、かえって邪魔なんです。
合唱を歌うなら、群れの一員であるという自覚を持つことが絶対に必要です。「大きな声で歌える、俺ってカッコいい」とかイキガッて、思い上がっちゃう輩は、合唱には不要なんです。当時はそれが分からなかったほどのボンクラな私でした。今はそれが分かっているから、滅多なことでは合唱団には近寄らないようにしています。
だって私の声は、どう考えても、独唱者の声だから、合唱を歌うなんて、ほんと無理ゲーなんだよなあ(涙)。
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