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2026春 長崎に行ってきた その3 軍艦島に行きました

 さて、二日目になりました。この日の観光の目玉は“軍艦島クルーズ”なのですが、これが天候次第で中止という不安定さがある上に、朝の段階で「長崎は今日も雨」だったのです。ううむ、やばいかも…という気分をひきづりながら朝食会場に向かいました。

 雨が結構真面目に降っていました…が、どうやらクルーズは決行のようです。

 朝食は…バイキング形式でした。和食がメインのバイキングで…バイキングとは思えない美味しさで、ちょっとビックリしました。朝から、五島うどんと海鮮丼と長崎おでんをいただきました。

 8時にホテルを出て、長崎港に向かいました。船は…かなり小型の船(定員数は100名前後)で、それに乗るために桟橋で並んで待っていたところ、だんだん雨が激しくなってきました。船&軍艦島では傘の使用は禁止されているので、小雨ぐらいなら、濡れていこう!って思っていましたが…さすがに雨が激しくなってきたので、この時点でアレコレ諦めて、事前に用意した自前のレインコートを着ました。

 自前のレインコート…私の場合、汎用品の安価なレインコートだとサイズが合わなくて着れないんです。以前、ベリッシマ号でもらった汎用なレインコートは、外国サイズなので、胴体部分は入るのだけれど、これを着ると腕が…七分袖になってしまうんですよ。私、リーチが長いみたいです。これじゃあ、腕が寒すぎるし、アップルウォッチがいくら防水だとしても、ぐっちょり濡れるのは、あんまり良くはないですよね。なので、マイレインコートを持参して来たので、それを着たわけです。うむ、ぴったりサイズ!

 船は軍艦島に行く前に、まずは長崎湾の観光案内をしてくれました…とは言え、私は後部甲板のベンチに座っていたので、周囲はビニルのカバーに囲まれて、外の景色はあまり見えずに、説明だけ聞いて「へー」とか言ってました。ただ、説明を受けずとも分かったのは、自衛隊のイージス艦が3隻いたことかな? イージス艦って、直接目で見ると、結構小さくて、でも、かっこいいんだね。

 長崎湾を出て、軍艦島に行く前に高島に行きました。今は軍艦島が圧倒的に有名だけれど、そもそもこの付近一帯は、石炭の島だらけで、当時は人口的にも石炭の採掘量でも高島が随一だったんだそうです。なので、高島には、石炭資料館があって、当時の事やモノが多数展示されているわけです。もちろん、大半は高島に関する展示だけれど、軍艦島に関する展示もあって、特に軍艦島の(かなり詳しい)模型があって、それを事前に見て、ガイドさんの説明を受けることで、より軍艦島での学びが深まるというものでした。

 ちなみに、高島には、今でも人が暮らしているそうですし、今回の船会社やこのクルーズでのガイドさんは、こちらの高島の方々なんだそうです。

 いよいよ軍艦島に向かいます。船はまず、軍艦島の周囲をゆっくりと一周して、その外観を見せてくれました。なぜ、この島が軍艦島と呼ばれているのか…それは、本当に、遠目で見ると、サイズといいカタチといい、まるで軍艦のようだからです。

 軍艦島は、そもそも端島(はじま)と呼ばれていた岩礁だったそうです。で、この岩礁からトンネルを掘って行くと、海底の石炭層に到達できる…というので、岩礁のまわりをコンクリートで固めて、石炭採掘施設を作り、もともとの岩礁部分に人々の居住区域を作って、職住一体型の炭鉱の島を作った…というわけです。狭い岩礁の岩壁にへばりつくように(今で言う)団地を作り、学校を作り、神社やお寺を作り、商店街を作って、人々は暮らしたんだそうです。軍艦程度面積の場所に多くの人が住んだため、人口密度はかなり高くて、当時は東京の9倍の人口密度があった…と言われていたそうです。一説には世界最高の人口密度とも言われていて、つまり“超過密都市”だったわけです。当時は賑やかでしたでしょうね。

 長崎の街から、高速艇で約1時間ですから、立派な離島で、島内には炭鉱以外の産業がほとんど無かったため、多くの物資を船輸送に頼り、電気等のエネルギーは石炭の精錬工場があるから、それはどうにかなるとしても、川が無いので、当初、水は工場で出た蒸気から作っていて、足りない分は雨水を溜めて使っていたそうです。やがて海水から真水を作る技術ができたので、その頃から、ようやく水不足から開放されるようになったそうです。

 ぐるっと島の周りを回って、雨が激しく降る中、軍艦島に上陸しました。

 見学コースは、かつての工場跡で、岩礁をコンクリートで固めた、その固めた部分を歩きました。かなりの廃墟でした。でも、それはほんの序の口で、かつての島民たちが住んでいた、生々しい生活の跡地は見学ルートには入っていませんでした。おそらくは、そちらの方が、心に来るものがあるのでしょうが…観光ルートとしては、あまり適切ではないのかもしれません。

 しかし、それでも、直接この目で軍艦島を見て、上陸して歩いて…なんとも言葉にしがたい感覚を感じました。

 廃墟とは、街の死骸…なんだよね。人であれ街であれ、死骸を見ていると、心にダメージがくるものです。

 帰りは、疲れてしまったので、船室に入って、ぬくぬくゆるゆると帰りました。軍艦島クルーズは、学びは多かったけれど、心も体も疲れてしまうクルーズだったのです。

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