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あと何年生きていられるのか?

 馬鹿な事を考えるねえ…と言われるかもしれませんが、私は時々考えます。私は、あと何年、元気で生きていられるのか?…とね。
 皆さんもご存知の通り、人間は必ず死にます。別にコロナが流行ろうが流行らなかろうが関係なく、必ず死にます。人間って、必ず死ぬんです。
 私も人間である以上、その例からはもれずに、確実に死にます。そう遠くない将来、確実に死にます。なので、時々、私は、あと何年、元気で生きていられるのか?…と考えるわけです。
 別に死に急いでいるわけではありません。長生きができるなら、そりゃあ長生きしたいです。それも元気で長生きですよ。元気でなく、寝たきりで生きるのは、なるべく避けたいです。今は「寝たきりになるくらいなら、サッサと死にたい」と言いますが、将来、寝たきりになった時、本当にそんな事が言えるのかは、ちょっと自信がありません。案外、寝たきりになっても、生きていたいと思うかもしれません。
 でも今の時点では、そんなに長生きを切望しているわけではありません。極端な話、明日死んでも、もういいやとすら思ってます。だって、私、人生でやるべき事は全部やり終えたと思ってます。すでに余生なんですよ。だから、そんなに生に固執していないんです。
 妻が、余生を一緒に楽しもうと言っているし、私自身も働き詰めでしたから、まあ人生の終盤は面白おかしく暮らしてみたいです。プチ贅沢もしてみたいし、旅行にも行きたいし、まだまだたくさん本を読みたいし、歌も歌いたいし、フルートもピアノもヴァイオリンも弾きたいのです。
 でもね、私は健康ではないし、体力にも自信はありませんし、何より、妻に先立たれるのが怖くて仕方ありません。一日でも早く、妻より先に死にたいと願ってます。だって、一人じゃ生きてけないもん。
 でも、ほんと、あと何年、元気で生きていけるのか、考えます。
 例えば、あと何回、声楽の発表会に出演できるのかな?って考えるんですよ。残りの回数を考えると、選曲にも躊躇はできません。なるべく、歌いたい歌から歌っていかないと、歌わずに終わってしまう歌がたくさん残ってしまいます。そういう意味では、ちょっと焦ってます。
 来年が、確実にある…なんて、言えないじゃないですか?

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コメント

  1. オペラ座の怪人の怪人 より:

    先般は、農業→食糧→資本主義に関する、
    私のつまらない議論吹っ掛けに
    ご反応いただき、ありがとうございます。
    その続きを頭の中で考えていたのですが、
    (日米関係、米中関係、米・中南米関係、等々)
    本日の「あと何年生きられるのか?」が、
    また、出色のエッセイと思い、
    それについて、少しだけ、書かせていただきますと、
    父親が66歳で病死したこともあり、
    私も「66歳で死ぬ」ことを前提に、
    老後のことなど全く考えず、
    全く貯金などせず、
    本、CD、DVD、旅行、等々の遊びに
    お金をバンバン使っていましたが、
    人生100年時代などと言われると、
    ひょっとして長生きしちゃったら、どうしよう?
    と、心配しております。
    今の知的水準をキープしたまま、
    年を取れるといいのですが、
    「東大教授、アルツハイマーになる」
    みたいなタイトルの本の広告を見て、
    「あちゃー、嫌だ、嫌だ」と思ったり、
    最近始まった「妻、小学生になる」というドラマで、
    来世があったら、どうしよう?
    期待したり、いやいや、あるわけないと思ったり。
    というわけで?
    最近は、大昔の大学受験勉強の本を読んで、
    知性のキープに努めている私です。
    つまらないことを書いて、誠にSorryです。
    ( ̄▽ ̄;)  ( ̄~ ̄;)  ( ̄□ ̄;)!!
    (-A-) (-A-) (-A-) ← ざっくぅ
    おしまい

  2. すとん より:

    オペラ座の怪人の怪人さん
     実は私は短命の家系なので、以前は「人生五十年」という前提で生きてきました。やるべき事は五十歳までにやり終えようって考えてました。なので、うっかり五十歳を越えてしまった今は、すっかり余生を生きているつもりです。サッカーで言えば、アディショナル・タイムみたいな感じです。
    >ひょっとして長生きしちゃったら、どうしよう? と、心配しております。
     実は私、そんな感じで毎日生きてます。もちろん、世間的にはまだまだ“長生き”はおろか、老人の入り口みたいな目で見られますが、私的には十分に長生きしているので、後は、残った人生をどう生きていくかが課題になっています。
     来世はともかく、知的水準のキープは大きな課題です。記録力の低下は自覚しています。ボケが始まっている…とは思いたくありませんが、忘却力は日々増し増しています。脳トレ…をするまでもなく、毎日知力は十分に使っているつもりですが、こればかりは「川の流れと賽の目」です。

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