昨日はオペラ本編の話をしないうちに、記事の分量が多くなってしまったので、やむをえず記事を分割いたしました。今回は、本編に関する記事です。
さてさて、この「アンナ・ボレーナ」というオペラは、極めてマイナーで、滅多なことでは上演されないオペラです。と言うのも、歌える歌手が限られているからです。どの役も、めっちゃ難しいので、それだけの歌の上手い歌手を揃えるのが大変なんだそうです。なので、一時期はどこの歌劇場でも上演されなかったわけです。昨今はオペラ歌手全体のレベルが上がり、この難曲も歌える歌手がぼちぼち出てきたので、少しずつ上演されるようになったという事です。ちなみに、メトですら、この2011年の公演が初上演だそうですから、その上演の難しさは推して知るべしです。
めったに上演されないオペラですが、中身は実に充実した面白いオペラです。なにしろ、あのドニゼッティの出世作ですからね、つまらないわけないです。
ストーリーは、ヨーロッパ人なら誰でも知っている「アン・ブーリン事件」だし、音楽は捨て曲無しの充実さ。こりゃすごいです。
このオペラは、歌手の声とその技量を楽しむオペラです。声のサーカスを見ているかのようで、ストーリーがよく分からなくても、代わる代わる歌う歌手たちの声と歌唱テクニックにうっとりしていれば、あっという間に4時間経ってしまうというわけです。
なので、このメトの上演でも、歌手の声と歌唱テクニックにうっとりしているうちにオペラが終わってしまいます。それぐらい、歌手の粒が高いレベルで揃っているんです。
このメトの上演は、常識的に考えるなら、ほぼ百点満点の上演と言えるでしょう。今「常識的に考えるなら」と書いたのは、私個人の意見はちょっと違うからです。
私の意見としては、主役のネトレプコに問題があるなあと感じています。
ネトレプコは、めっちゃ上手な歌手です。テクニック的には、ほんとすごいです。なんの破綻もありません。おまけに(多少太ってますが)美人だし、演技も抜群です。ほぼ超人です。でもね、私、ネトレプコの声が好きじゃないです。
ネトレプコの声って、ソプラノ・ドランマティコ・ダジリタという種類の声じゃないかって思います。この声種の特徴は、低音も高音も無理なく出せて、コロラトゥーラも得意って声ですね。つまり、どんな役でも歌えるスーパーな声の持ち主って事です。
「アンナ・ボレーナ」を得意としていたマリア・カラスもソプラノ・ドランマティコ・ダジリタでしょうし、「アンナ・ボレーナ」を最初に歌ったジュディッタ・パスタもソプラノ・ドランマティコ・ダジリタだと言われています。
だから、ソプラノ・ドランマティコ・ダジリタであるネトレプコが「アンナ・ボレーナ」を歌うのは当然だし、しかるべきだと思うのですが、なんか違うなあって私は思うのです。
と言うのも、劇中で、アンナとセイモーとスメトンの三人が歌う三重唱があるのですが、この時、まるでメゾソプラノの三重唱のように聞こえるんですよ。それってダメでしょ? 少なくとも、他の二人と比べて、アンナの声には、ソプラノとして、メゾソプラノよりも声に輝きがないとダメって私は思うのです。
歌うだけでも大変なアンナ役なのに、さらに声の輝きまで求めるなんて、贅沢すぎる要求だとは思いますが、全体が素晴らしいだけに、私的にはそこが残念なのです。
「アンナ・ボレーナ」のアンナ役には、幅広い音域の歌手が求められています。だからソプラノ・ドランマティコ・ダジリタの声が必要だというのは理解します。
問題は、声質の好みの話になります。
ソプラノ・ドランマティコ・ダジリタの声は、ソプラノ(明るい響きのある声)で、ドドランマティコ(重く力強い声)で、ダジリタ(コロラトゥーラが大得意)って事でしょ? つまり“明るくて力強い響きのある声”って事になります。確かに、マリア・カラスの声って(美声では無いけれど)そんな感じの声だよね。
で、ネトレプコの声です。彼女の声って…あんまり明るくないよね。特に低音域を歌っている時は、ほぼほぼメゾソプラノの響きになっているような気がします。だから、ソプラノとメゾソプラノの三重唱が、メゾソプラノだけの三重唱のように聞こえてしまうわけです。そこが残念だし、そこが問題だと感じています。
ソプラノ・ドランマティコ・ダジリタの歌手が歌う役って、音域の広い役がそうであって、それは「アンナ・ボレーナ」のアンナだけじゃないです。代表的なところで言えば「ノルマ」のノルマとか「椿姫」のヴィオレッタなどもそうです。ノルマは母性が強いので、太めの声で歌われる事も多いですが、ヴィオレッタは商売女なので、派手目な声で歌われる事が多いです。つまり、ソプラノ・ドランマティコ・ダジリタの声と言っても、色々あるって話です。少なくとも「アンナ・ボレーナ」に関しては、メゾとの二重唱や三重唱があるのですから、低音域の声質が明らかにメゾよりも明るい歌手が歌うべき役だと…私は思っています。
そこがこの上演での問題だと私が感じている事ですが…たぶん、ほとんどの人は、そこに問題を感じていないでしょうね。むしろ、スター歌手であるネトレプコの出演を喜んでいる人の多いんだろうなあ。
というわけで、このメトの「アンナ・ボレーナ」は、私以外の方には、チョーお勧めです。いや、私も、自分の声の好みを押し殺せば、全然OKなんだけれど、趣味のオペラ鑑賞なのに“好みを押し殺す”のも、何か変な話ですよね。
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