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前半は暑さと戦い、後半は風邪で寝込みました[2015年9月の落ち穂拾い]

 いやあ、風邪で寝込んでしまいました。おかげさまで、シルバーウィークは(全く遊ばなかったわけではありませんでしたが)ほぼ寝てました。見たかった映画も、いくつかは見逃してしまいました…が、仕方ありません。体調が悪い時は、寝るのが一番。元気でなければ、やりたいこともできませんからね。いやあ、ほんと、元気が一番。健康は大切です。

私たちが知っている音楽史は、ドイツ目線の音楽史である事を自覚しよう

 私たちは、学校の音楽の授業で音楽を習います。そこで習った事が、いわば日本人の音楽の常識の基礎になるわけですが、学校で教えてくれる音楽史…というか、音楽室に掲示してある音楽年表って、ドイツ目線なんですよね。

 クラシック音楽は、だいたいにおいて、音楽の父であるバッハと、音楽の母であるヘンデルから始まり、交響曲の父であるハイドン、そして楽聖ベートーヴェンにたどり着きます。その後も、歌曲王シューベルトとか、3大Bのブラームスとか、楽劇の創立者ワーグナーとか、ワルツの父のヨハン・シュトラウスとか…まあ、こんな感じに続いていきます。

 ここに出てくる音楽家って、いわゆるドイツ系の音楽家ばかりだったりします。

 でも、実際の当時のヨーロッパの音楽シーンでは、ドイツ人音楽家がブイブイ言わせていたのかと言うと、音楽の都ウィーン(ここはドイツ圏です)ですら、全然そうではなくて、地元のドイツ勢も頑張っていたけれど、やはり音楽の中心はイタリア系の音楽家だったわけです。でも、明治時代に西洋音楽を輸入した日本にやってきたのは、ドイツ系の音楽家ばかりだったので、彼らを通して西洋音楽を学んだ昔の日本人は、どうしてもドイツ目線になりがちで、それが今日まで尾を引いて、日本人がクラシック音楽をイメージすると、どうしてもドイツ目線の交響曲中心的な音楽を思い浮かべてしまうわけです。

 それは必ずしも間違っているわけではないけれど、ではそれだけが事実なのかと言えば、そこに語られないことも多くあるわけです。

 例えば、楽聖ベートーヴェン。音楽の授業では、絶対覇者のような扱いを受けていますが、実は、当時のウィーンでは、あくまでも二番手三番手の音楽家でしかありませんでした。あの時代のウィーンの音楽のトップランナーは、イタリア系音楽家であるロッシーニでした。

 当時のロッシーニとベートーヴェンを比較するなら、民衆の人気は、圧倒的にロッシーニの勝ち。

 とにかくロッシーニは人気があったので、民衆が求める、お金になるオペラばかり書き、ベートーヴェンは、追いかける立場であったため、ストイックにあらゆるジャンルの音楽(つまり結果としてお金にならないような音楽ばかり)を書かざるをえなかったわけです。

 ロッシーニは大衆に迎合した音楽を書き続けていたけれど(これはこれで大変だし、大切なんだけれどね)、ベートーヴェンはトップランナーでは無かった故に、マニア受けのする、未来を見据えた尖った実験音楽ばかり書いていたわけで、それもあって、後世の我々にとっては…と言うか、音楽史的にはベートーヴェンの方がエポックメイキングな作曲家になった事は間違いありません。

 だから、音楽史にベートーヴェンの名前が輝かしく光っていて、ロッシーニが載っていなくも、学術的には当然なのかもしれません。でも、音楽受容史的に考えると、どうなんでしょうね。

 当時のヨーロッパの音楽シーンを考えてみると“イタリアは音楽の国であり、作曲家&演奏家の生産地であり、彼らがオーストリアのウィーン、およびフランスのパリに輸出され(or 出稼ぎに出て)流行を作り出す”という図式がありました。

 だから本来、クラシック音楽を語る時には、生産地であるイタリア目線はもちろん、消費地であるウィーン目線、パリ目線の3つの目線が必要なんだけれど、不幸な事にこの3つの目線は、明治の日本には入ってこず、周辺で指をくわえて見ていたドイツ目線の音楽史が入ってきたわけだけれど、ドイツってのは、当時、ヨーロッパの辺境だったわけで、実に偏った目線だったんだなあ、これが。

 ベートーヴェンは偉大な作曲家である事には異存ないけれど、我々が学んだ音楽史はドイツ目線なので、イタリア人作曲家が不当に軽く扱われていたり、無視されていたわけで、そんな音楽史を我々は学校で学んでいるわけです。

 モーツァルト(オーストリアの作曲家)は、映画「アマデウス」以来復権できましたが、以前は軽くスルーされていた作曲家です。ロッシーニを始め、ヴェルディやプッチーニなどのイタリア系大作曲家は、まだまだスルーされていますし、フランス系作曲家のサンサーンスやドビュッシー、ラヴェルなどは、扱いが軽すぎると思います。パリで活躍したオーストリア系ハンガリー人である作曲家のリストなんて、ショパンとは比較にならないほどの大作曲家(私はモーツァルト並だと思ってます)なのに、ピアノ専科のショパン並の扱いとか…。とにかく、学校で習った音楽史って、とっても偏っているんです。

 まあ、ムキになって語るほどの事でもないんですが(笑)。

感情を込めずに歌おう

 声楽が器楽と異なるのは、言葉が使えることです。言葉が使えることで、感情表現も比較的容易にできます。そのため、未熟な歌手たちは、歌う際に、気合を入りすぎたり、感情過多になるキライがあります。私もそんな未熟な歌手の一人です(汗)。

 歌では、気合が入りすぎたり、感情が過多になると、声が重くなります。歌のジャンルにもよるけれど、声が重くてOKって事は、ワーグナーとか、ヴェリズモオペラとかのアリアぐらいでしょう。つまり、声が重くて良い事なんて、あんまりないんです。

 声は軽いほうが良いのですし、使えます。

 ですから多くの歌手にとって、歌う時は、なるべく気合とか感情とかを抜きにして、ひたすらテクニックだけで歌うようにするべきです。そのテクニックだって、作曲された時代ごとに、異なった声楽テクニックがあるわけですから、それぞれの時代にふさわしいテクニックを使うべきなのです。例えば、モーツァルトの時代の声楽曲を歌ならば『人として歌う』のではなく『楽器として歌う』ぐらいの気持ちじゃないと歌えません。

 「でも、歌なんだから、感情を込めて歌うべきだし、プロはみんなそうしているじゃないですか?」

 それはあくまでも、プロの歌手の話です。発声的にもテクニック的にも完成しているから、感情を適切に込めて歌うことができるわけです。発声やテクニックが未熟な歌手が、そんな完成された歌手をマネたところで、いい結果なんて出るはずがありません。

 上ばかり見ないで、しっかり自分の足元を見つめることも、上達のためには必要な事だと思います。

アルテとアルテス

 “「アルテ」と「アルテス」と両方聞きますが、どちらが正しいのでしょうか? ”とは、フルート界のFAQの一つです。

 あの教則本の著者は、ジョセフ=アンリ・アルテスといいます。ですから、正解は“アルテス”です。しかし、ジャパン・フルート・クラブから出ているモノ(いわゆる“黄色いアルテ”)は“アルテス”ではなく“アルテ”です。なぜなら、あの黄色いアルテの編著者である比田井洵氏は「アルテ」と言っているからです。

 逆に言えば、それ以外のモノは“アルテス”です。

 今では、アルテス(アルテ)は、黄色い教則本以外にもたくさんあります。その数は、出版社と翻訳者の数だけ、色々なバージョンがあると言えます。それはピアノのバイエルと同じような事になっているわけです。

 ちなみに、黄色いアルテは、原著に全く忠実ではなく、かなりの部分、翻訳者のオリジナルが加味されています。おそらく、アルテス本人が見たら「これは私のモノではありません」って断言するくらいに違います。だって、原著でたった1ページの15課が、黄色いアルテスだと22ページに増えてますし、巻末のガリボルディも黄色いアルテにしか掲載されていませんからね。

今月のお気に入り 薬用柿渋 ボディソープ

 夏は汗をかきます。汗をかくと、どうしても体臭が臭うわけです。まあ、体臭くらい、個性の一つだし、どうでもいいじゃん…って個人的には思いますが、世間的には“スメルテロ”とか“スメルハラ”とかいう言葉もあるようです。他人から嫌われたからと言って、困ることは個人的にはありませんが、だからと言って、あんまり臭いのも社会人として、どうなの…とも思うし、我々ジイサンは普通にしていても、若者からは、臭い臭いと言われるわけだから、不必要に嫌われてもなんだから、体臭に気を使うに越したことはないと思います。

 というわけで、最近愛用しているのが、薬用柿渋石鹸、ってかボディーソープ。これを使うと体臭が抑えられる…かどうかは本人には分かりませんが、これだけ世間でもてはやされているのだから、それなりに効果があるものだろうと信じて、使ってます。まあ、安いしね。

 個人的には、柿って好きなので、ほんのり柿の香りのするボディーソープが気に入っているという理由もないわけじゃありません。

今月の金魚

2015年9月3~4日  ミカン、入院&退院。
2015年9月21日   シズカ、我が家にやってくる
2015年9月27日   オタキサン、星になる

今月のひとこと

 コンサートに行くと、入り口で大量のチラシをもらう。で、コンサートが始まるまでの時間、そのチラシに目を通すわけだけれど、たいてい1つや2つ、私の興味を惹きつけるコンサートのチラシが混ざっていたりするわけだ。で、自宅に戻って、思わずチケピで買っちゃうわけだ。で、そのチケピで購入したコンサートに行くと、また入り口で大量のチラシをもらって…そうやって、コンサート・ゴーアーの連鎖が途切れないわけだ。ううむ、うまく踊らされているような気がする。(2015年8月29~31日)

 JRの放火事件、続いていますね。電車事故の多発から政情不安を起こし、政権弱体化を狙った行動なのかな?って思いますが、その手法は某国では通用するけれど、我が国日本では、市民の民度が高いので、通用しません。それにしても、タイミング的に考えるなら、やはりこれって安保法案反対行動の一種なのかな?って勘ぐってしまいます。だとしてら、市民の交通の足を人質にとった、かなり卑怯な手口だよな。(2015年8月31日~9月1日)

 そう言えば、私だって人生の中で、サイン・コサイン・タンジェントなんて使った事ないよ、女子じゃないけど(笑)。でも三角関数を学んだ事は、私の物事の考え方や発想法、因果関係の把握方法に大きな影響を与えたと思います。案外、数学って無自覚だけれど、自分のアタマでモノを考える時の、強力なストラテジーになっていると思います。(2015年9月1~5日)

 映画『テッド2』を見てきた。妻に「いつもよりも下品になってない?」と言われた。うむ、映画の影響を受けやすい、蓮葉な私なのでした(笑)。(2015年9月5~7日)

 腕時計が止まった(涙)。太陽電池駆動だからなあ…、最近の日照時間の少なさで、バッテリーが上がってしまったみたいだ。ほんと、自然エネルギーによる発電って、不安定でアテにならないなあ。(2015年9月7~10日)

 大雨の被害にあわれた方々にお見舞い申し上げます。とりわけ、鬼怒川の氾濫で避難されている方々のご無事をお祈りします。それにしても、やはり自衛隊はもっと強化するべきだと、災害の度に思います。もっと予算もつけてあげようよ、人員も増やそうよ、装備も立派なものにしてあげようよ。ほんと、そう思います。自衛隊の皆様、ご苦労さまです。もちろん、警察の方や消防の方、各種ボランティアの方々にも感謝いたします。(2015年9月10~13日)

 『コンクリートから人へ』という政策を打ちたて『事業仕分け』で大ナタを振い、多くの公共事業を中止に追い込み、たくさんの土木建築業者を廃業させた結果が、今回の鬼怒川の大氾濫に繋がったと思います。ある意味、今回の洪水は、旧民主党政権による人災と言えるでしょう。福島原発事故だって、民主党政権による人災だし、ほんと、あの政党は何人の日本人を殺し、路頭に迷わせれば気が済むのでしょうか…。(2015年9月13~18日)

 『自分と意見の異なる人間なんて、ぶん殴ってもOK!』と考える人って、どれくらいいるんでしょうか? 自分と意見が異なる人がいたら、まずは意見を交わして話し合って、お互い妥協点を探り、それでもうまく意見のすり合わせができないなら、多数決でどちらかの意見に決めて、決めたら当面は文句を言わない…というのが民主主義の原則でしょ? どこにも『自分と意見の異なる人間なんて、ぶん殴ってもOK!』というプロセスはありません。むしろ『自分と意見の異なる人間なんて、ぶん殴ってもOK!』という考え方は、専制政治とか独裁政治とかで、よく使う手法でしょ? もちろん“ぶん殴る”の代わりに“痛い目を見る”とか“消えてもらう”とかだったりするわけですが…。とすると、先日の参議院の特別委員会での暴動を見る限りにおいて、反対野党(民主党・共産党・社民党など)の皆さんは、民主主義の原則ではなく、独裁政治の手法を以って、日本の政治を牛耳ろうとしていたわけだね。つまり、民主主義を否定したわけだ。安全保障関連法案以前に、民主主義を否定したんだ。そして、その行動を英雄的に報道しているマスコミは、同じ穴のムジナってわけだ。彼らは「戦争法案が通ったら戦争が起こる」と散々騒いでいるわけだけれど、安全保障関連法案がきちんと決まったら、すぐに戦争が勃発し、日本が戦火に包まれなければ、彼らは大嘘つきとなるわけです。彼らが正直者か、嘘つきか、日本人全員の目で確認しましょう。(2015年9月18~21日)

 いろはすのトマト味を飲んだ。実は最初、ゲテモノ扱いをして、飲まず嫌いを起こして、ずっと冷蔵庫に入れたままにしておいたのだけれど、ついつい飲んでしまった。美味かった。飲まず嫌いをして、ほんと、済まなかったと思った。(2015年9月21~27日)

 “のどぬ~るスプレー”をすると、ノドが沁みる(涙)。ああ、きっと、まだまだノドは絶不調なんだろうなあ…。(2015年9月27~29日)

 トンボがたくさん飛んでいる。秋だな…って思う。(2015年9月29~30日)

 今月は以上です。よろしくお願いします。

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