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テノールは所詮、和音の穴埋め役とは心得ているけれど…

 合唱の練習に行ってきました。今回は遅刻しなかった(当然)ので、最初の体操からバッチリ参加しました。

 体操の中でY先生が「腹式呼吸」のやり方を説明してました。そのやり方は「下腹を引きながら息を吐き、吐ききったら、お腹を緩める(と息が自然と入る)」というやり方でした。ふーん、腹式呼吸にも、色々なやり方があるもんだなって思いました。

 たぶん、このやり方で呼吸をすると、キング先生には叱られてしまうでしょうね。「お腹は片時も緩めな~い」がキャッチフレーズですから(笑)。地元の第九の指導者のS先生あたりからも注意を受けそうだな(「息は腰を膨らませて吸う!」ですから)。ちなみに、この三人、言うことが微妙に違います。最終的には同じ地点を目指しているのでしょうが、素人さん相手にどこまで求めるのかとか、まずは何を優先して指導していくべきかなどで、その言葉が変わっていくのだと思います。ま、私は、我が師のキング先生に言う通りにやっていきたいと思います。

 指導者によって、指導上、何を重視するかが違う、と言うと、この合唱団の指導者のY先生は、肩関節の柔軟性にこだわりがあるようで、体操というと、肩関節をグリグリと廻します。大切なんでしょうが、肩の上げ下げに、あまり気を持って行かれると、息が浅くなるので、ちょっとイヤです。おまけに、肩をグリグリしながらノドを開けるのを要求されると…ノドが開きすぎて…吐き気が…。いやあ、歌の準備体操しながら気分が悪くなるって、めったにあるもんじゃないです。

 そうそう、ノドを開きながら「声は後ろに向かって出す」って指示をするわけです。これは口腔内を広げる時の広げる方向を指示しているわけで、Y先生、本当に真後ろを指示されるんですよ。そっちの方向に向かって声を出しちゃうと、ポジションが下がっちゃうよォ~。ここも先生によって強調点が違うのかな? 私は後ろに引っ張らずに、脳内ポニーテールをする事にしました。ここでも我が師の教えを守ります。

 それにしても、肩をグリグリする時は、本当に肩だけをグリグリするんですよ。腕をブンブン廻した方が早いと思うのだけれど、メンバーの年齢を考えて(五十肩の人も多いでしょうから)腕は廻さないのか、それとも別の理由があって腕を廻さないのか…今度チャンスがあったら、尋ねてみましょう。

 さて、今回の練習は、いきなりパート練習から始まりました。男声パートの指導者は…今回はY先生。男同士で、ゆったりとやりましょう。

 男声パートだけになったので、メンバーの数を数えてみたら、テノール10名、バス8名でした。ふーん、テノールの方が多いんだ。珍しい合唱団ですね。それと(私は遠慮して後ろの隅の方で小さくなってますので)メンバーをずら~っと見回して気付いたこと。それは、白髪の人が多いこと。禿頭の人もいないわけではないけれど、やっぱり少なめで、大半の人が白髪の御老人でした。髪の毛って、男性ホルモンの支配下にあるんだよねえ。つまり、男性ホルモンでギラギラしている人は禿頭になりがちなんだけれど、そういう人って歌わないってことかな? 少なくも歌好きな私なんか、今流行りの草食系男子だし(え?男子って年齢じゃないって、そりゃあそうだ、失礼)髪の毛真っ黒のフサフサだもん、もういい年なのに。どう考えても男性ホルモンがギラギラしているタイプじゃないねえ。やはり、髪のある人の方が、歌好きなのかもしれません(乱暴な推論ですが、どうですか?)。

 パート練習をしたのは、48番「Amen」、47番「Worthy is the Lamb」、39番「Hallelujah」、23番「All we like sheep」でした。つまり、後ろから攻めたというわけです。

 練習自体は、パート練習とは言え、ほとんどがバスの練習で、テノールはそのバスの練習を見学している…みたいなノリでした。まあたまに歌いましたが(笑)。

 とは言え、別にバスが特にできないから特訓をした、と言うわけではなく、バスは外声で大事なパートなので、念入りに練習をしただけなんだそうです。その点、テノールは内声なので、和音にはまって歌えれば、それでいいんだそうです。まあ、穴埋めって奴ねえ~。まあ、合唱におけるテノールの役割なんて、その程度で、つまり脇役なんだよなあ。ロコツに言われると、へこむけど…。別に好きで脇役やっているわけじゃないし、好んで和音の隙間を埋めているわけじゃないけどなあ。テノールってだけで、そんな地味な事をやんなきゃいけないから、合唱ってイマイチ気が乗らないんだよなあ…。

 ああ、メロディーを思いっきり歌いてえ~。

 さて、メサイアでのテノールの音域上限はほほGどまりなんだけれど、ハレルヤではAが出てきます。今の私では、Gは楽に歌えるけれど、Aは音程を当てるのが精一杯で、ロングトーンまでは無理。つまり、エラそうにブログを書いているけれど、テノールとしては合唱テノール程度がせいぜいで、とてもとてもソロ・テノールとしては力不足も甚だしいわけです。頑張って練習して、音域を広げないとなあ…。でないと、メロディ歌わせてもらえいもんなあ、頑張ろう。

 そうそう、パート練習の時「テノールさんは、だいたい良いんだけれど、下降音形の時の音程がちょっと雑かな~。しっかりお腹で音を支えるといいです。それでもちゃんと歌えていると思うけれど…」って言ってたけれど、これ、私の事だよなあ(汗)。指導者に聞こえないように、気をつけて小さめの声で歌っているつもりだけれど、うっかり聞こえちゃったわけで…気を抜かないで、手を抜いて、歌わないといけませんね。ああ、ヤバいヤバい。

 それにしても、バスの皆さんの歌い方って、基本的にマルカートなんだよねえ。メリスマですらマルカートで歌ってます。それを聞いていると「ああ、合唱団に来ているんだなあ…」って思います。ここには“フレーズをレガートで歌う”なんて無いんだよなあ。こういう歌い方の小さな違いに、ソロと合唱の差いがあるんだなあって、しみじみ思いました。(私自身は基本、レガートで歌っちゃいます。だって、マルカートで歌うと疲れるじゃん:笑)

 結構長い時間、パート練習をした後、やっと合わせの練習に入りました。合わせは、21番「Sutely」、22番「And with His stripes」、23番「All we like sheep」の三曲をやって、最後に、47番「Worthy is the Lamb」、48番「Amen」をやりました。いわば合唱の見せ場の部分ですね。

 合わせの時は、立って歌う(パート練習の時は座ったままなんです)ので、ついつい無意識にカラダを使ってしまうので、声が前に飛びすぎる危険があります。クワバラクワバラ…気をつけないとね。そんな事に気をつけていたら、最後の「Amen」で迷子になっちゃいました。つまり“落ちました:汗”。

 急いで戻ろうとしたけれど、あの曲って、分かりやすい切れ目がなくて、戸惑ってしまいました。私が落ちた途端に、テノールは崩壊するし(嘆)、ソプラノを頼りに戻ろうと思ったけれど、なんかよく分からなかったし(後で妻に尋ねたら、その箇所では、ソプラノもパートごと落ちて[驚]、崩壊していたそうです)、指揮者に頼ろうと思ったけれど、フレーズの出入りを明確に指揮するタイプの指揮者ではないので、ヒントにならず、ウダウダしているうちに2ページぐらい落ちっぱなしでした。2ページって長いよ~、時間にして約1分弱だよ。そんなに長く落ちた事って、ほんと、ひさしぶり。いやあ、合唱適応能力が著しく欠落していますなあ(泣笑)。

 そんなこんなで、今回のメサイアの練習はおしまい。合唱団は、ブルックナーの練習に入ったので、そっちは遠慮させてもらって、帰宅しました。

 そう言えば、合唱練習が終わると、必ず“とんかつ定食”を食べる私でした。なんか“合唱 -> とんかつ”って刷り込みが出来つつあります。まあ、とんかつ好きだから、問題ないけれど(笑)。

コメント

  1. グレッチェン より:

    本当に合唱とソロって違いますよね。私は歌が好きで本当はアリアとか歌いたかったのですが声楽教室が近くになくて仕方なくママさんコーラスとやらに参加してましたが、私は声がハッキリしているのでメゾでした。当時は邦人の合唱曲ばかりでソプラノがメロディ、アルトが合いの手、メゾは和音担当でしたから本当につまらなかったですね。おまけにソプラノが一番偉くてアルトが次で メゾなんて半ば無視されてなんて変な風潮でした。今は幸い文化講座にアリアを教えてくれるのがあってそちら専門になりましたが、合唱はメサイアとかロ短調とか一部洋モノをのぞけば殆ど参加しようとは思いません。なんて実際は最近の邦人の合唱曲に私の実力が付いていかないだけですけどね。でもメロディを心行くまで歌えるのは美味しいもの食べる時と同じくらい幸福です!

  2. すとん より:

    グレッチェンさん

     「歌」という意味では同じ音楽だけれど、おそらく「合唱」と「ソロ」は音楽のジャンル的にはかなり違うんだと思います。

     合唱の中でもソプラノはメロディ担当なので、ある意味、ソロと通じる部分があるかもしれませんが、リズム担当とか和音担当とか合いの手担当とかの他のパートには、合唱ならではの楽しみってのがあるんだと思います。本当に合唱が好きな人は、ソプラノが歌えても、わざわざ志願してアルトやメゾのパートを歌いたがるとも聞きます。

     ま、女声の場合は、ある意味、ソプラノ(メロディ)とそれ以外という選択肢があるわけだけれど、男声の場合、テノールでもバリトンでもバスでも、それ以外しかないわけで、そういう選択肢のない出発点から始まるというところが、女声とは違うと思います。

     合唱をやっている時って「どうして、私は女に生まれなかったのか!」って激しく思う時ってありますよ。「女だったら、絶対にソプラノやっているのに~」ってジリジリしながら思う時ありますよ。それくらい、合唱では男声って恵まれないパートなんですよ…ってか“恵まれない”と感じちゃう人間は、合唱なんてやっちゃいけないんだと思います(笑)。

     それにしても、最近の邦人の合唱曲って、半端なく難しい曲が多いような気がします。あれだけ難しいと、歌えるようになる楽しさというか、練習での困難を乗り越える喜びってのに満ちあふれていると思いますが、“聞く音楽”としての楽しさとか美しさって点ではどうなのって思います。ま、聴衆をよろこばせる音楽ではなく、演奏者の楽しみのための音楽なんだと言われれば、それまでなんですが…。

  3. プリロゼ より:

    >それにしても、肩をグリグリする時は、本当に肩だけをグリグリするんですよ。

    これってねぇ、腕ごと回すより、肩の関節がよく動くんだって!
    鍼灸の先生がいってたわ。
    おばさんは五十肩まだ経験ないけれどぉ、腰痛肩こりで鍼灸マッサージかかせないのぉ!!

    合唱・・・なめてたわ・・・。ただ歌えばいいと思ってたワタクシが、どんだけアホか。
    悟りました・・・。
    で、やっぱりソロにしよって思った(笑)

  4. すとん より:

    プリロゼさん

    >腕ごと回すより、肩の関節がよく動くんだって!

     へえ~、そうなんだ。知らなかった。腕の重みを利用して腕ごとブンブン回した方がよく動くと思うのは、素人の浅はかってやつなんだね。へえ~。

     合唱はね、合唱としての楽しみがあるんですわ。合唱に行って、ストレートに歌ってくると、たいてい叱られます(笑)。合唱では、常に“ハモリ”を考えて、発声して、歌わないといけないわけで、そこにハマると、病み付きになるみたいですよ。

     私も「たまに…」とか「期間限定」なら合唱も楽しめます。いつもとか、いつまでもとかだと、ちょっとイヤ気がさすかな(笑)。やっぱり、自分の声で自分を表現したいじゃない。指揮者の言う通りに歌い続けるのって、シンドイと思っちゃう人なんです。

     私は自分が一番かわいいので、やっぱり根っこはソロの人なんだと思います。

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